落ちる、落ちる。
窓も電灯もない真っ暗闇の中を、ただ落ちていく。
(落ち着け、落ち着け……!)
急な落下体験に拓海は動揺するが、すかさず深呼吸。
ある程度落ち着きを取り戻すと、次に周囲を見回し、拓海と亮は互いに目線を交わす。
これで、相方の位置を確認できた。
ちょうどその頃に、真下より淡い光が差し込む。
「【技能】【発動】【身体強化Type.N】」
その直前に開いていた創喚書から、いつも通りの技能を選び、神力を握り潰す。
そうして強化された体を動かし、体勢を整え、そして前転を交えて着地を――
「――――ッ!」
する寸前、先に床に足をつけた亮が、途端に血相変えて疾走。
なにも分からぬまま、床に足をつける直前に脇に抱えられ、不格好な態勢のまま地面を蹴る。
――経過時間、およそ二秒。
次の瞬間。拓海達のいたところには、剣山で出来た壁が聳え立っていた。
「――――――」
ゾッと血の気が引く。
隠された凶器は、拓海の感知には反応しない。
仮にしたとしても、回避することは出来なかっただろう。
もし亮が連れていってくれなかったら……そう思うと、顔の表情筋がきつく強張ってしまう。
だがこれで、この結界のコンセプトを理解した。
(忍者、新月城、穴、剣山――いや、罠)
キーワードがこれだけあれば十分。
さっきの穴は、
それは、絡繰屋敷に良くある
「さしずめここは絡繰城ってとこか……!」
そう思い当たっている間に、亮は少し離れたところへと転がり込むように不時着。
さらに奥へと滑っていく体を、手をブレーキにして止め――カチッ!
「ッッッ――――!」
誰もが聞き慣れた、耳心地の良い、けれど今は恐怖を掻き立てる音がする。
同じく耳にしたのか、咄嗟に拓海を放った亮は、跳ぶように起き上がる。
そしてすぐにその場で一心不乱に双剣を振るい出し――四方八方から来る無数の苦無を弾いて弾いて弾き飛ばした!
「立て、拓海ッ!」
言われるがままに、よろけながら立ち上がる。
同じくして、弾き飛ばされた苦無があちこちに転がる。
「前に、翔べッッ!」
続け様に、言われた言葉通りに跳ぶ。
すると、先程いたところを挟むようにあった襖が開けられ――その両サイドから壁が飛び出し、拓海のいたところを隙間なく閉じた。
(さっきから殺意高すぎだろ……!?)
いや、敵を妨害する絡繰など、基本そんなものだろうと言われると否定しづらいが。
屈むように着地し――ここは大丈夫らしい。
心底安堵しつつ、他のところを触らないよう慎重に立ち上がっていると、いつの間にか降りてきていたナタリアは満足そうに頷いた。
「うんうん、わたくしの考えた渾身のアトラクション、楽しんでくれているようでなによりですわ」
「その目、節穴だったりする?」
「失礼な、違いますわよ。だってほら、ヒヤッとしたでしょう?」
「ああ、ホラーテイストのつもりだったのね。それならしたよ、確かに。リアル生命の危機を感じたから」
焦っているこちらとは裏腹に、悠々と近付くナタリアの姿に、少しばかりの苛立ちを感じる。
彼女が立つ場所は、今でこそないが剣山が立ち上っていた場所。
なのに絡繰は反応せず、微動だにしない。
(関係者には、反応しないように設定でもされてるのか)
そうでなければ、こんな血生臭そうな城に籠城したい馬鹿はいないし、妥当と言えばそう。
しかしそれはそれとして、ずるいなとちょっとだけ思ったりしつつ、その隣にいるべき彼女はどこにいるのかと全体を見渡そうとして、
「――――――」
――全身に怖気が伝う。
意識を釘付けにするのは、目の前に広がる何もない空間。
その一点を寸分もズレなく、ジッと見つめて、一秒。
そうすることでようやく、正面から、一直線に襲い来る幻衛士の姿を捉えることが出来た。
「ハッ――――!」
ふわりと浮かぶように、しかし風を置いていくが如く迫りくる沙良は、おもむろに刀は振り上げ、
――それは翼のように、あるいは爪のように。
背に浮かぶ浮遊刀、そのうち三刀はまるで引っ掻くような形で、続け様に振り下ろされた。
「させるか……ッッ!」
回避行動を取る前に亮が間に入り、カリバーンで真っ向から受け止める。
「ッ、ゥッ、、っッ、ぐッッッ、ギ…………!?」
防ぐ度、鉄骨同士がぶつかったような、重い音がする。
彼女の細い腕、細い刀身からは想像もつかない威力を持った一撃と三度の連撃。
一つ受ける度に亮の足元が抉れ、腕から聞こえる軋む音が大きくなっていく。
(これが結界の効力……!)
自分らが使っていた時より、その恩恵の恐ろしさを肌で感じ取れる。
受け止めたのがカリバーンで良かった。
カラドボルグならヒビが入っていただろう一撃でも、無垢なる不変の剣はヒビどころか埃も煤もついていない。
「――――、っ。は、ァ……真っ向から、来てくれて助かった。おかげ、で、間に合ったよ」
特に震える左手を庇うように、振り下ろされた四刀を防ぎながら、額に汗を流す亮は皮肉に塗れた感謝を述べる。
それに対し、沙良は涼しげに白無垢之剣に力を込めながら失笑した。
「言ったでしょう? これはあたしが演じる舞なのです。ただ動かない的で踊るなら木偶人形でいい。むしろ、もっともっと抗ってください。――でないと、ただの蹂躙になりますから」
「言ってくれる……!」
だが彼女の言う通り、このままでは木偶の坊と一緒だ。
現状、この状況を打開できるのは恐らく拓海だけ。
だから手助けを――そう動こうとした足は、こういう時は下手に回る頭によって止められる。
(下手に、動けない――っ)
そう。それが、いま拓海達が直面している問題だった。
だって、分からないのだ。
スイッチの位置が。どこに絡繰があるか。
それはどんな絡繰か。その絡繰はどれだけの危険性があるのか。
わかるのは、体験した四つだけ。
全部でどれだけの絡繰があるかも分からない。
(大丈夫だと思える場所、なんて分からない。可能性があるすればそこは――)
一つ、ある。
いま考えうるのは、そこしかない。
周囲を見渡す。いけそうだ。……けれど、それが正解だろうか?
下手に動けば、また絡繰が来るかもしれない。
さらに言えば、そこにも絡繰があるかもしれない。
かと言って、二の足を踏んでいる状況を、彼女らが許す訳がない。
(どうする、どうする…………っ)
だから考えて、考えて、考えて考えて考えて考えて――
「心配すんな」
「……、亮?」
その時、ふと亮は呟いた。
額に汗を滲ませながら、不敵な笑みを浮かべる。
「確かに下手に動くと痛い目を見るような状況だが、構わず好きに動けばいい。――なにがあっても、アンタはオレが守ってみせる」
「…………わかった!」
細かいことは後回しだ。タイミングを見計らう。
「っ――会長、紫苑さん!」
丁度その頃、合流したアキラに抱えられて降りてきた未来の、叫ぶような呼び声。
彼女達の意識が一瞬、そちらへ向く。
「――【身体強化】【変換】【Type.S】!」
それを合図とし、亮が根性で沙良の一撃を弾き返すと同時に拓海は文字をなぞり、そのまま体に触れて身体強化を
そのまま心当たりである方向へ――この一室に射し込む、一筋の夜光に向かって走り出す。
それを遮るが如く、次々と絡繰の罠が作動する。
足くくり、電気柵、丸太の振り子などなど。
様々な襲いかかる脅威を掻い潜り、いなせなかったものは沙良と剣戟を交わす合間を縫って亮が対処して、なんとか前へ進んでいく。
そうして制服はボロボロ、頬や手足に擦り傷を作りながら数分後、ようやく格子窓が見えてきた。
「――【変換】【Type.P】!」
減速はしない。身体強化を
すると後ろから聞こえてきていた、剣戟の音がパタリと止む。
「拓海!」
こちらに走って近付いてくる亮の声を聞いたと同時に、木製の格子を殴り破壊。
そしてその勢いのまま、窓に足をかけて蹴り上がり、
(いや、その前に一回後ろを見、)
「――たっくんたっくん、こっち、みて?」
「ぇ――――――――が、ッ!?!?」
その時、何故か足元からナタリアの声が聞こえたように錯覚する。
思わず足元を見た次の瞬間、背中を鈍器で殴られたような激痛が走り、
突如として、亮の左腕が鮮やかに切り飛ばされていた。
「――――――はっ?」
なにが起きた? 何が、なにがなにがナニガ!?
宙に舞う腕とカリバーンを、亮は呆然と眺める。
その問いに答えるものはおらず、遅れて襲い来る身を裂くほどの激痛が昂りかけた思考を冷ます。
コインで撃たれ、目の前で瓦の上を跳ねるように転がっていく拓海の姿をようやく認識した時、殺気が亮の背を突き刺す。
振り返ると、まみえるは迫りくる沙良。
前に降ってきたカリバーンを咄嗟に咥えて、カラドボルグと重ねる形で防ぐ。
「ッッッ、!」
すると口と手に伝わる衝撃。それは身体をふわりと浮かび上がらせる。
腕は痺れ、歯から来る染みるような痛みには、思わず眉間に皺が寄る。
後退していく身体は、次第に瓦の屋根へと着地し――その寸前、彼女の背に浮かぶ翼剣その一刀が、血に濡れているのを垣間見た。
(いや、そんなことは二の次だ)
今優先すべきことなど一つ、考えるまでもない。
何があっても守ると言った矢先の体たらく。
これをすぐにでも挽回しなければ、幻衛士としてこの場にいる意味がない。
ならば――!
「フッ………!」
跳躍。
口に咥えた聖剣を器用に咥え直し、刃を左側にして、獣のように振るう。
「……さっきの一撃を受けておいて、その一太刀は流石に浅慮ですよ」
嘲りと落胆の入り混じる呟きと共に放たれた沙良の一閃と、カリバーンが交錯。
当然、押し負ける。
そのまま振り抜かれた沙良の攻撃に身を任せ、思わず笑みをこぼした亮の体は、まるで撃ち出された弾丸のように吹き飛ばされる。
――もうすぐ屋根から落ちようとする、拓海の方へと。
「……そういうことですか!」
そう、強化されていないこの身では、どう足掻いても今まさに屋根から転げ落ちようとしている拓海に間に合わない。
なら間に合うだけの力を利用すればいい。幸い、その力はすぐそこにあるのだから。
すぐに亮の狙いに気付いた沙良は、跳びながら翼剣を飛ばす。
「させませんわ! 沙良!」
「はい、どうぞ」
同じくナタリアをコインを手品のように取り出すと共に、突如沙良の方から飛んできた真っ黒なものがその両手を覆い、そのまま弾き撃つ。
すると黒いものを付着させて飛ばされたコインは翼の剣同様に、人や格子窓の残骸と言った障害物となるものを避け、緩やかな軌道を描きながら飛翔する。
(そうか、あれ
影分身や影跳びからして、沙良の技は影を使うことを前提としたもの。
だからコインにその影を纏わせてから飛ばすことで、コインの軌道を自在に操れるようにしたのだろう。
先に手に纏わせたのは、その操作の権限をナタリアに譲渡する為。
恐らく、先程耳元で囁かれたように聞こえた沙良の声も。
……とまあ、ここまで考察しておいてなんだが、自分が思っていたより勢いが足りなかったらしい。
拓海の元へと落ちる前に、二刀の翼と四枚のコインが迫りくる。
「く、そ……ッ」
仮に考察が当たっていたとしても、この状態ではそれらを止められるわけもなく。
勢いの緩み始めた滑空で身動きの取れない亮に、凶器は容赦なく飛来し――
「それはこっちの台詞よ」
不規則に連続した銃声。
翼とコイン。それぞれにばら撒かれた弾丸は、間違いなく標的に直撃し、亮に辿り着く前に落下した。
瓦の上をころころと転がり、落ちていく。
《行きなさい》
《……恩に着る!》
ちょうどその頃に、亮の滑空が終わり、拓海も屋根から転げ落ちる。
銃口を彼女達に向ける戦闘服を着た美月に感謝の念を送りながら、亮は着地すると同時に跳び、そのままコイン達の後を追うようにして、拓海のいた方向へと降りていった。