「――とまあ、そういうわけで、リア姉とは停戦という形で収まった感じかな」
次の朝を迎え、昨日の出来事を真里華達に語りながら、いつもの通学路を辿る。
勿論、ナタリアの願いなどは除いている。
流石に真里華相手であろうとも、ナタリアの胸の内を勝手に明かすわけにはいかないので。
「そっか。まあ、リアさんの襲撃を警戒する必要がなくなったから、良いのかな」
「多分ね。ただやっぱり身内が多いとはいえ他の創喚者もそうとは限らないし、どこにいるか分からない以上、油断は禁物だな」
「そもそも、何組がこれに参加してるのかすら分からないしねえ」
オーディンに聞けば答えてくれるかもしれないが、如何せんあれ以来彼の姿はない。
正直、望み薄と言っていいだろう。
「オーディンじゃなくても、リアさんの言ってた神はどこかにいたりすればいいんだけどね」
「……ヘル、か」
北欧神話における
ナタリアの話だと、そのヘルがいるらしい。
それぞれ違う神に勧誘されたことに、ナタリアと一緒に驚いて、同時に納得していた。
例え主神であろうとも、あんな老体一柱で準備が出来るとは思えないし、独断で開祭なんてするものでもない筈だ。
(とすると、やっぱり……)
もう一つ、拓海の中に確信が浮かび上がってくる。
それは――
「拓海?」
「……いや。そうだな、リア姉もあれ以来出会えてないっていうし、もし会えたら聞いてみようぜ」
それまではどうしようもないので保留だ。
それよりも。
「それで、そっちの方はどうだったんだ? きっかけは真里華から切り出されたって話だけど」
昨日、別行動を取った真里華。
その行き先で彼女がその時何をしていたのか、拓海はそれが少し、いやだいぶかなり気になっていた。
「うん。最近、思うところがあったから、その解消の為に教えを請いにね」
「教え?」
「うん。それがなにかは、んー……今は、秘密っ。そのうち、披露する時が来るまでお待ちくださーい」
指でバッテンを作り、ニッコリと笑う真里華。
そんなお茶目な姿を見て、思わず拓海の気が緩む。
正直言うと知りたいところだが、表情を見る限り、問い詰めるようなことではない。
「一応聞くけど、心配するようなことじゃないんだよな?」
「勿論。拓海と違って、私は無茶は極力避けるの」
「それ言われると耳が痛いな……分かったよ。それまで気長に待ってる」
「大丈夫! そんなに待たせないから安心して。カミングスーンって奴だから」
「そこは別に気にしてないよ」
聞きたいことは聞けた。それだけわかれば十分だ。
「……相変わらず、意味がわからないくらいの仲の良さ」
と、拓海の後ろから、呆れ混じりの平坦な声。
気が付けば、柊三笠がこちらを見上げていた。
「ミカ! おはっすー!」
「おはっすマリ。タクもおはよう」
「おはよう柊さん」
気安い挨拶を交わす彼女とは、楓と同じくこの学園からの付き合いだ。
真里華の親友ということである程度の交流があったのだが、去年は同じクラスで同じ図書委員だったこともあり、拓海とも知れた間柄となっている。
「盛り上がってたけど、何の話をしていたの」
「ん、いや、大した話じゃない――」
「教えて」
「お、おお……まあ、そんなに気になるなら仕方ない」
とはいえ、流石に本当のことを話すわけにはいかないので……
コホン、と咳払い。
「聞いて驚け。俺は渇望し、だが叶わないと思っていた憧れを掴むことになったのだ……」
「つまり?」
「知り合いのよしみで絶版本読める事になった」
嘘は言ってない。
「読ませて♡ 読ませろ」
それでもその内容が内容なので食いついた三笠は、顔色/声色一つ変えず、しかしトーンだけを高く低く豹変させ詰め寄って来る。
が、
「流石に又貸しはちょっと……」
「ならその人紹介して」
「まあそれなら良いけど、知り合いの知り合いとまともに会話なんて出来るん?」
「…………………………通訳」
「ええ……」
この無茶苦茶な要求には、流石の拓海もドン引きする。
だがあの時、暴動になりかけたとはいえ、助けてくれた恩がある。
これがその恩返しになるとは思えないが……
「……今度な。すぐは勘弁してくれ。俺も読みたいから」
「!!」
目を輝かせ、三笠はうんうんと頷く。
小動物みたいな愛らしさにほんわかとしながら、校門を通過する。
「むう……拓海! 確か今日、その本を借りに行くんだったよね!?」
「え? ま、まあ、帰る前に明日には用意できるってことでそう約束したけど……」
「それなら私もちょっと読んでみたいし、今度こそ私もついてっていい!!?」
「も、元々誘うつもりだったから、良い、けど……」
それよりも、近い。
良い香りと視界いっぱいに真里華の顔が広がって、理性がヤバい。
「そ、そっか! なら……そう! 今日も二人だけで――」
《駄目って言ったよねー》
「うっ」
来珂からの静止の心話に真里華は言葉を詰まらせ、その隙に後退ると、目の端に時亜の姿を捉える。
同じようにこちらを見た時亜が手を振ってきたので、真里華をツンツン突いて呼びかけ、一緒に振り返す。
すると時亜は、周りの女子とキャイキャイ楽しそうに騒ぎ始めた。
(良かった、友達出来たんだな)
髪の色の事がなくても、通常とは違う制服を着ている為、嫌な目立ち方をしてないか少し心配だったので一安心。
同じようにホッと息を吐いていた真里華と見合わせて噴き出すように笑った。
放課後、軽く昼飯を済ませてから亮と来珂を連れ立って、約束した場所に向かう。
場所は噂が広まっているだろうことを考慮して、鳳姫女学院から少し離れた庭園だ。
大昔に作られたそこは、世界を一つ切り分けられているかのような美しさと評されており、観光地として名高い。
だが、時期が時期なためか寄る人が少なく、分かりやすさもあるので、待ち合わせ場所としては最適なのだ。
そして家から大体三〇分。目的の場所に到達する。
夢と現の交差点とは違った、一つの時代を切り抜いたような風景を見渡す。
が、
「……あれ?」
もう一度周囲を見回す。だが、何度見ても未来達の姿はない。
いるのはどこにでもいるような、草臥れた中年男性一人。
(おかしいな。連絡もなかったし、先に着いてるものかと思ってたんだけど)
前回のはナタリアから唐突に頼まれたことなので仕方ないが、今回はあらかじめに約束していた事だ。
遅れるのなら、未来が事前に連絡を入れてくる筈。彼女がそれを怠るとは思えない。
「……駄目。心話も繋がらない」
そういう真里華の表情は硬い。
念の為、こちらも心話を繋げてみるが、やはり応答の一つもない。
――場の空気が張り詰める。
「何か問題でも発生したと見て間違いないかな。例えば、他の創喚者と鉢合わせた、とか」
「それなら尚の事、連絡がないのは変だ。結界の反応もないのも。最悪、心変わりしたってのが妥当か」
「彼女が黙ってそうするとは思えないけれど……どちらにしても、近くまで来ている可能性は高いね。どうにか確認したいところだけど……」
「だったら、上から見れば良いんじゃないか?」
と、ここまで黙って聞いていた拓海は一つ提言する。
「上……あっ、もしかして時計タワー?」
「そうそう」
「……あれか」
ここからでも見えるくらい、されどこの庭園の世界観を壊さない程度に高い、雰囲気ある石造りのラジオ塔を見上げる。
「あれだけの高さだ、その上に乗ればこの庭園全域くらいは見渡せるだろ」
幸い、他に人はさっきの男性一人くらいしか確認できなかった。
彼に見られないように注意するだけで、後は何の問題もなく事を進められるだろう。
少しの間、亮は顎に手を当て、そして頷く。
「……確かに。目的とするにも十分か」
「決まりだな」
善は急げ。
拓海達は早速そのラジオ塔へと足を向け、
「――ああ、すまない。一つ聞きたいことがあるんだが」
突如、後ろから声を掛けられた。
声の主は、位置的にさっきの中年男性。
不審/警戒。
咄嗟に真里華を後ろに下がらせ、振り返る。
「なんです――――嘘だろ」
そしてその顔をみて、全てが吹き飛んだ。
考えていたこと、警戒も、何もかも。
高揚と混乱が思考を塗り潰す。
見間違いじゃないかと理性が疑うが、白髪交じりだったり皺が増えていたり老けているが、恐らく間違いない。
彼は――
「おっと、いきなり話しかけられれば警戒するのは当然だな。自分は――」
「あ、あの! その、違ってたら申し訳ないんですけど……ウーロン先生、だったりしませんか!?」
恥をかなぐり捨てて、叫ぶように問いかけた。
すると彼は目を丸くする。
「なぜ、そう思ったのかな?」
「父の持ってた、雑誌の写真に、似ていたから、です」
「…………ああ、そっか。そういえばそんなのもあったか。仕方ない。御名答、自分はウーロンというハンドルネームでやらせてもらっているものだ」
「ああ、やっぱり……!」
思わず、歓喜の声が上がる。
拓海にとって、彼は一つの憧れだったから。
「……誰?」
「名作製造機って言われてる作者さん、だったかな。私も詳しくは知らないんだけど、世に送り出された作品の殆どがアニメないし映画化されている凄い人だったはず」
「へえー」
と、後ろにいる真里華は、彼について来珂へと語る。
補足すると、ウーロン先生は以前は純文学、現在はライトノベルを執筆している方だ。
拓海が電子機器を使わず執筆している理由であり、文房具をこだわるきっかけとなった人でもある。
つまり、
「お、俺、先生の作品がきっかけで、小説を書くようになったんです!」
この人の本を読んでいなかったら、拓海の人生は間違いなく違っていただろう。
「それは光栄な話だ」
「あの、後でで良いので、サインを――」
「待て拓海」
「――、あっ」
興奮のまま詰め寄ろうとする寸前に、亮からの鋭い一喝。
おかげで我に返れた。
「嬉しいのは分かったが、今は」
「わ、悪い」
「……どうやら、なにやら立て込んでいるようだね」
「は、い。すいません」
「いやいや急に話しかけたのはこっちの方だから、謝るならこちらの方だとも。用の方も手早く済ませよう」
そう言って取り出したのは写真。
裏返し、そこへ同じく取り出した油性ペンでなにかを書き出し、渡してくる。
「実はこの先の鳳姫女学院にいる娘に用があって来たんだが、どうも避けられているようで、一向に会えないでいるんだ」
「娘、ですか?」
「ああ。その写真に写っているのが娘だ。見つけたらそこに書いた電話番号で連絡をくれると嬉しい」
「分かりました。そのくらいなら、喜んで!」
「ありがとう。それじゃあ、また――」
と、彼は懐にペンを戻しながら翻し、
「
そんな衝撃的な言葉を残して、去っていった。
(――まさか、聞かれてた?)
一応、聞かれないように小声で話していた。少なくとも、あの距離から聞こえるはずがない。
だとすれば、まさか――
(近くに、幻衛士がいた――?)
鼓動が嫌に速くなる。
驚愕と共に、ゾッとする程の寒気がして、数秒呆然とする。
「……どうする。あっちの方が気になるなら、付き合うが」
「…………、いや。確かに気にはなるけど、まずは植野さんが先だ。行こう」
「
未だ動揺しているが、なんとか取り繕って走り出す。
塔の元へ向かいつつ、ついでに受け取った写真を確認し……
「――――――なる、ほど」
色々と、合点がいった。