拓海達が庭園に到着する少し前。
一足先に目的地に辿り着いていた未来は、物陰から既に庭園にいた男性を愕然と見つめていた。
「……嘘でしょ」
思わず呟く。
その隣にいる女性となにかしらの会話を交わした後、女性はまるで消しゴムで擦ったように消えていった。
そんな彼女を平然と見送った彼は、池前にあるベンチに座って周囲を見渡し始める。
「どうしてここに……いえ、十中八九、あのメールの件でしょうけど」
こちらに目を向ける前に身を隠し、思わず愚痴る。
最近になって、定期的に送られてくるようになったメール。
その内容に答えを出すのが嫌で、ろくに返信しなかったから当然と言えば当然、なのだろうが……
「知り合いか?」
「まあ、はい。創喚者だったとは知りませんでしたけど。……紫苑さん達には申し訳ないですけど、一旦避難しましょう」
「応よ」
移動する。
とにかく庭園から離れ、あの男があそこから離れる際、寄る可能性が限りなく少ない場所へ。
この近くに、それに該当する場所は……
(あった)
あそこなら、とやってきたのは、近くにある某コーヒーチェーン店。
若者以外お断りな雰囲気や商品もそうだが、呪文の如き長く複雑な注文が敷居高過ぎて無理だと愚痴っていた。
……似たような長い詠唱書いてたくせに。
「ここなら、まあ大丈夫でしょう。とりあえず、あの人がどこかに行くまで時間を潰します」
個人的にも率先して来るような場所ではないし、彼が休憩としてここに寄ることはないだろう。
そう安心した未来は、レジでササッと注文と支払い済ませてから、アキラと共に席に座る。
さて、まずは彼等に連絡を――
「……どうやら安全ってわけじゃァなさそうだぜ」
「えっ?」
「あのー」
彼の意味深な言葉に問い質す前に、声を掛けられる。
目の前で立っていたのは、見知らぬ女性。あそこにいた、彼の幻衛士らしき人ではない。
大学生くらいだろうか?
カジュアルな服装に身を包む、セミロングくらいの長さをした茶髪の彼女は、どこかのヒロインのような愛らしさがある。
ニコニコと笑うその人は、こちらに手を振っていて――
「っっっ――――!?」
アキラの発言、その意味を理解した。全身の産毛が逆立つ。
見間違えるわけもない。
その反対の手にあるのは間違いなく、ピンク色の創喚書だった。
「その反応、やっぱり! 大人しそうな上に鳳姫の
(ランクSの弊害……っ!)
思わず舌を鳴らす。
最高ランクは様々な特典がある代わりに、未来の今の髪と目のように変色する。
とは言っても、それを認識できるのは適性のあるもの……つまり創喚者と成り得るものだけらしい。
これだけ聞くと大したことのない事のように思えるが……
(やっと実感できた。思ってたより最悪だ、これ)
背中に冷や汗が伝う。
これは先に位置を知らせる、いわゆる目印と成り得るもの。
つまり、後手に回ることを強要するものだということだ。
現にこうして、相手は分かっているのに、未来はここまで近付かれるまで気付けなかったのだから。
《未来ちゃん、どこー?》
《植野さん、今どこにいますか?》
その時、二人からの心話。恐らく到着したのだろう。
申し訳ないが、反応することはできない。
呼び出して、来たその時を合図にしてこちらの首を掻っ切られかねない。
「ああ、心配しないで。今ここにわたしの幻衛士はいないよ。ただわたしは、らしい人を見かけたから挨拶しただけ。創喚者同士、仲良くしていきたいと思ってたから」
「信じられるとでも?」
確かに幻衛士らしき人物は見えないが、来珂や先程消えた彼の幻衛士のように、姿を消している可能性がある。
それに周囲には当然、大勢の一般人がいる。
それに擬態できるような主人公だった場合、尚のことみつけるのは困難だ。
虱潰しで探すわけにもいかない以上、アキラの大物を振り回すには場所も何もかも不利。
唯一の打開策は結界を張ることだが、それを許す相手かどうか……。
「んー、そう言われても、それが本当だから、信じてもらうしかないんだけど」
と、困ったように首をひねる。
本当にそれだけなら願ったりだが、他に用がない限り、創喚者同士が出会えばやることは一つだ。
拓海達のような人が。
願いに目もくれず、ただそうしたいからと他の創喚者に手を差し伸べる人が、そう何人もいるはずがない。
「って、そうだ。挨拶をするならまずは自己紹介だよね。わたしは
「……青の創喚者、植野未来です。これで挨拶は済みましたし、もう用はないですよね? でしたらもう――」
「えー、そう言わずに、少しでいいから仲良く話そうよー」
「えっ、いやちょっと」
意味が分からない。これだけ拒絶の意思を示しているのに、なぜここまで食い下がってくるのか。
「くっ」
困惑する未来に構わず、すみれは彼女の腕を掴もうとして、
「おっと、そこまでにしてもらおうか」
声が聞こえてくると共に、すみれの動きが止まった。
その腕には、目を細めてみないと分からないくらい、細くてキラリとしたものが巻き付いている。
あれは、糸。恐らくは武具として創喚したもの。
無関係の周りを巻き込まれないよう、虚空より張り巡らされていたその内、長く伸びた数本を辿り、振り返る。
するとそこには声の主……家達楓が、未来の後ろの席に座っていた。
「家達さん、いつからここに」
「君がここに入ってすぐだよ、植野氏。
実は君に用があってね。場がはけるのを待っているつもりだったんだけど、困っているようだったから間に入らせてもらったわけさ」
「私に、用?」
何の用だろうか、と首を傾げる。
そんな未来をよそに、すみれは少し目を丸くする。
「もしかして、貴女も創喚者?」
「そうとも。そして、そちらの植野氏は私の同志の友人でね。彼の友人は私にとっても友人なのさ。――だから」
と、楓は指に巻き付けていた弛んだ糸をもう片手で触れ、ピンと張る。
「下手な真似をしてみると良い。その瞬間、まずはその指を輪切りにしてみせよう」
一瞬、この場に訪れる沈黙。
沈黙の後、次第にすみれはその顔を膨らませる。
「……もー、分かったよ。そこまで言われたらしょうがない。元々、挨拶だけだったしね。だからこれ、解いてくれる?」
その言葉を受けて、楓は手の力を緩めると、その糸は文字通り霧散する。
やはり武具創喚したか、それに値するナニカだったらしい。
拘束から抜け出せたすみれはグッパッと手を握っては開く。
「よし、楽になった、ありがとう。それじゃあね、未来ちゃん! また次会うことがあったら、その時こそは仲良くしてねー!」
そう言ってすみれはすぐにニコニコ笑い、手を振りながら去っていた。
「なんとかなった、みたいですね」
ふう、と安堵の息を溢す。
ナンパ以外で、それも女性にここまでグイグイ来られたのは初めてだったので、初動が遅れてしまった。
腕を掴まれても潜り抜けるのは簡単だったが、余計な手間は省けたので楓には感謝だ。
「ただ、悪い人では、なかったかも?」
無理に暴れることなく帰った上に、拘束した相手に感謝を述べたところをみるに、もしかしたら本当にただ挨拶したいだけの良い人だったのかもしれない。
創喚者同士である以上、反省も後悔もないが……。
「次また会うときがあれば、彼女の言う通り、仲良くお茶してみるのもいいかもしれないですね。ねえ、アキラさん。……アキラさん?」
何故か出入り口を訝しむように睨むアキラに目を瞬く。
「……いや、なんでもねェ。多分、気のせいだ」
「そう、ですか」
絶対に何かある。が、これ以上口を開かない以上、聞いても無駄だろう。今のところは気にしないでおこう。
そう未来は切り替えて、改めて後ろの楓へ振り向いた。
「家達さんも、ありがとうございます」
「礼には及ばないさ。ここにきて他の創喚者の相手なんてしていられないしね」
「私に用があるって言ってましたもんね」
「ああ、だから……まず先に、謝っておくよ」
「えっ?」
そう言う楓の顔は、不気味なくらい感情の見えない、不透明な笑顔を露わにして……
「これにて依頼完了だ――
「――っ!?」
その名前に、心臓がドクンとはねた。体中に嫌な汗が滲む。
愛理と入れ替わる形でこちらに近付いてくる男が一人。
それは正しく、先程まであの庭園にいた筈の男であり……
「お父、さん」
未来にとって父親である彼、植野浪がそこにいた。
「感謝するよ、ホームズ」
「私は依頼を果たしただけさ。言っておくけど、これから先は別料金だ。私はただ探してほしいとしか言われてないからね」
「十分だ。とりあえず、未来。メールは見たか?」
「……お見合いの件なら、見た。けど待ってよ、それは――」
「話なら帰ってからでも出来るだろう。自分としてもすぐにでもその髪の色について聞きたいが……少し騒がしくなってきた」
確かに周囲のざわめき、多くの視線がこちらに集まっている。
それに慣れない浪は、キョロキョロと挙動不審に見回していて……
「【
未来は念の為、テーブルの下に隠していた創喚書の文字をなぞり叫ぶ。
するとその言葉通り、浪と楓はそのままの状態で固定された。
恐らく近くにいる、幻衛士も。
「っ、これは――そうか」
驚きと共に納得する浪には目もくれず、その隙に未来は机越しにいるアキラの元へ飛び込む。
(せっかく注文したのに……楽しみにしてたのに……!)
その際、目の端のカウンターにある注文品をみて、心の中で愚痴る。
一口だけでも飲みたい。飲みたいが、ここで浪に捕まるわけにはいかない。
(……恨みますよ)
一度楓達を睨みながら、アキラの腕にすっぽりと納まるのと同時に
今すべきことは何かを、頭の中で叩き出す。
「アキラさん!」
「応ッ! 悪ィが、ちと荒れるぞ!!」
彼等が動き出す前に未来はアキラへ指示を出し、店を出る。
硝子窓越しに、彼等が動き出すのを垣間見ながら、未来達はその場から去っていった。
《念の為、心話で聞く。目的地はどうする?》
細道、脇道を利用してジグザグに。出来るだけ人通りの少なく大回りできる道を、尋常ならざる速さで駆け抜けるアキラが問い掛けてくる。
全身へかかる風圧に振り落とされないよう、全力でアキラにしがみつきながら思案し、
《とりあえず、交差点で!》
《了、解ッッ!》
未来の返答にアキラはニッと笑う。
それから一度踏みしめ、腰を落とし、跳ぶようにして速度を上げるのだった。