夢と現のクロスロード   作:佐月栄汰

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「んん、ゴホンゴホンゴホン!!」

 

 ふと、わざとらしく咳をする真里華。

 振り向くと、真里華はジトーっとした目をこちらに向けてきていた。

 

「お二人とも、仲良いのは大変よろしいと思いますけれども、外はそろそろ日が暮れる頃合いだってことをお忘れなく」

 

「……そうですね。けどとりあえず、中に入ってから話しましょうか」

 

 そんな真里華に未来は苦笑しつつ立ち上がり、ここにいる人全員を連れ立って、店内に入りながら「んー」と唸る。

 

「とはいっても、さて、どこから話したものか……まずは私の夢から、本当になりたいものから、ですかね」

 

「なりたいもの?」

 

「ええ。実は私、歌手になりたいんです」

 

「――それ、すっごく良いと思う!」

 

 未来の夢に、真里華は椅子に腰掛けながら、目を輝かせた。

 確かにあれだけ上手い上に歌に感情を乗せられるのなら、テレビで未来を見ることになるのもそう遠くはないだろう。

 

「ありがとうございます。きっかけは昔テレビで見た音楽番組、そこで映った一人の女性歌手の歌。

 紫苑さん達は、私の母……AKARIはご存じですか?」

 

「もちろん」

 

 今より一つ前の年号、その最初に生まれた歌姫と称された女性。

 あんな悲劇がなければ、今現在も活躍する女傑となっていただろうという声は今でも大きい。

 

 その人の歌は、どれだけの語彙があろうと、月並みな言葉でしか表せないほどによかった。

 

「初めて聴いた時、これだ、って思いました。歌なんて町中で腐る程聴いてきた筈なのに、漠然とした人生に、目標という明確な道ができた気分だったんです。

 ……でも。いえ、多分、だからこそ。父から『駄目だ』、の一言を貰っちゃったんですけど」

 

 そう言って、未来は椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「おかげでそういう学校どころか、習い事すら禁止。ぜーんぶ独学でやってる現状です」

 

「どくがく」

 

 マジか、と言いたげに真里華はドン引きしていた。拓海も内心引いている。

 素人だからというのもあるだろうが、プロと遜色ないどころか、下手な有名歌手より惹き寄せられるものがあったから。

 

「それでもなんとか足掻けるだけ良かったんですけどね、つい最近になって唐突に、お見合いの話を持ち込んできたんです」

 

「っ、まさか、まだ諦めてないと気付かれた……?」

 

「だと思います。思い返せば、書き留めノートが一冊、なくなっていたので」

 

 そういう未来の瞳は暗く、迷子のように不安げに揺れている。

 ――徹底している。

 無理矢理にでもその道にはいかせないという意思が、みえるくらいに。

 

「その前から母の死でちょっと一悶着あって、仲直りしたいと思ってたんですが、この件で余計拗れちゃって。

 気まずくて、少しでも遠くに行きたくて、鳳姫に来たんです」

 

 と、恥ずかしそうな、どこか申し訳無さそうに言う。

 

「そして今から二週間前。寮に荷物を運び終えて、暇になった時間に歌の練習場を探していたんです。

 その時、老人が森の中に入っていくとを見て、追いかけて……とまあ、後はお察しください」

 

「あー」

 

 真里華も察したらしい。

 その先にあったのがここ、夢と現の交差点であり、老人とはオーディンだったということを。

 そしてその一週間後に拓海達が来て――夢現武闘会が始まったということを。

 

「ここまで聞いてくれて、ありがとうございます。確かに、話すだけでも随分気が楽になった気がしますね」

 

 話は終わり。そういう未来の声色は晴れやか。

 しかしその表情は、どこか空虚に感じる。

 

(下手な慰めは、無意味か。それどころか多分、この人の性格上、そういうのは嫌いそうだ)

 

 それに思うところはあるにしろ、浪の判断は間違いではない。

 だから、このことそのものについて、拓海はなにか言うつもりはない。

 

 では、拓海が今かけるべき言葉は……

 

「これから、どうするつもりなんだ? 植野さんなら分かってるとは思うけど…………」

 

「ええ、ただ逃げていても何の解決にもならない。むしろタイムリミットが近くなるだけ。その前に認めさせないといけない。分かっています」

 

 お見合いとは、当たり前だが結婚を前提とした話し合いをする場だ。

 普通なら、見合い相手と合う合わないでその結果は決まるものだが話を聞く限り、恐らく浪はなんとしてでも婚姻を結ばせようとしてくる筈。

 

 ……そうなったら、否が応でも夢を諦めなくちゃいけなくなる。

 夢を追うのなら、立ち向かう以外に選択肢はないのだ。

 

「紫苑さん達と話していて決心がつきました。今日にでも仕掛けるつもりです。思っ立ったが吉日、って言いますしね」

 

 確かに、そう相槌を打ちながら、思考する。

 言ってしまえばこれは、ちょっと派手な親子喧嘩だ。

 未来のプライベート、家庭の事情。関わる必要のない閑話、世間話のようなもの。

 

 この一件に、自分はどうするか――

 

(――なんて御託を並べる必要はなかったな)

 

 その答えなど、拓海は一つと決まっている。

 

「……植野さん。その事なんだけど、俺達にも一枚噛ませてくれないか?」

 

 拓海から告げられた言葉に、未来はえ、と驚きの声を上げた。

 

「心配しなくても、余程がない限り、二人の喧嘩に割り込むつもりはない。これはただのお節介。ヒーローとして、友人として、できることをやりたいだけなんだ。

 それに、個人的にも思うところがあってね」

 

 今は空っぽの我が家が、苦しそうに、悲しそうにする両親の顔が、脳裏に浮かぶ。

 

「親と仲違いしたまま、取り返しがつかなくなるかもしれないのを、黙ってみていることなんてできない」

 

「――! もしかして……」

 

 やってしまった、と言わんばかりに決まりが悪そうにする未来に、拓海は苦笑する。

 

「ああ、勘違いさせたかもしれないけど、父さんも母さんもちゃんと生きてるよ。随分と会ってないけど、電話越しに話もするし、喧嘩をしてるわけでもない。

 ただ、なんていうかな……気まずいんだよ、お互い」

 

「? それって、どういう」

 

「まあまあ、気にしないで。それより、どうするの?」

 

 突如割って入ってくれた真里華が、本題に戻す。

 無理強いはしない。嫌だというなら、部外者である拓海達を引くのみ。

 ただそれを口にすると厭味ったらしくないので、ただ問う。

 

 未来は顎に手を当て、人差し指で唇をなぞる。

 そして数秒。

 

「……そうですね。今は藁にも縋りたいですし、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく!」

 

 こうして真里華と未来は笑い合った。

 変に緊張していた拓海も、思わず笑みを溢す。

 まだ何もしていないのに、妙な達成感さえ感じている自分を、ここからだと手を叩いて戒める。

 

「――よし。それじゃあ改めて、先生を納得、ないし屈服させる方法を考えよう」

 

「勿論、私達三人で、一緒にね」

 

「……はい!」

 

 そして三人は、一緒になってこの問題について思考を巡らせ始めた。

 

 

 

 

『先生! 先生の言っていた娘さん、見つけました!』

 

 外は暗く染まった、夜九時くらい。

 疲れた頭を休めようとベッドに横になろうとしていた時、今日出会った、自分のファンだという少年から連絡が入った。

 

『ちょっとしくじって逃げられたんですけど、なんとか追い詰めたので、指定した場所に来てください!』

 

 こんな時間まで外にいた彼を怒るべきか感謝すべきか悩んでいると、少し早口でそう場所の名前と一緒に言い切って、電話はぷつりと切れる。

 

《いかがなさいますか、クリエイター》

 

 と、浪に心話で問いかけてくるのは、冷たいを超えて無機質で乾いた女性の声。

 浪は数秒の熟考をし、そうしてため息を一つ。

 

「……仕方ない。せっかくだからね、行くさ」

 

 そう呟くように言いながら準備し、外に出て愛車を走らせる。

 

 アクセルを踏み、ハンドルを切る。

 いやに明るい夜の街を眺めながら、街灯とヘッドライトに照らされたアスファルトを駆け抜ける。

 

 数十分後、車を近くの駐車場に停める。

 そして指定場所――碧海学園(・・・・)に足を踏み入れた。

 

(しかし、あの娘は一体、なんだってこんな場所まで)

 

 逃げるにしても他にあったろうに。そう思いながら、見えない幻衛士に抱えられ、跳躍。

 閉ざされた校門を越え、校庭へと向かう。

 

「校庭、って言ってたはず、だけど……」

 

 左右と見渡すも、人影一つ見当たらない。

 

《熱源アリ。しかし数、位置、共に不明》

 

《……そうか》

 

 自身の幻衛士の言葉を聞いて周囲を警戒しながら、もう一歩踏み込み、

 

「【アスラ城・城下街】」

 

 ――瞬間、目に見える全てが変貌した。

 

 真っ暗でまっさらなグラウンドは、晴々とした蒼天の街並みへ。

 木造建築、石を敷いて舗装された路地。

 売店に置かれた商品らしきものから察するに、時代は中世モチーフの異世界系。良くある世界観だ。

 

「――――――♪」

 

 人影一つ見えない中を歩いていたその時、どこからともなく歌が聞こえてくる。

 それは、彼女(・・)が家で良く歌っていた曲。

 懐かしくて、愛おしくて、苦しくて、思わず目を瞑る。

 

(ああ――――)

 

 あの頃が目蓋の裏で蘇る。

 なによりも輝かしかったあの日々が、走馬灯のように駆け巡る。

 

 ――故に。

 

『お前達、お前がいけないんだ! 俺の言う通りにしないから、俺の邪魔をするから、よりにもよってこんな作家(ていへん)なんか選ぶから、俺の物にならないからぁ!!』

 

 最後に泥のような記憶に辿り着くのは、当然の摂理と言えた。

 

「っ、この、一体誰だ、この歌は…………!」

 

 苦しみと苛立ちのままに歩き、そして歌が終わる前後に、噴水広場が見えてくる。

 城や出入り口らしき扉等、様々な行き道に繋がる動線になっているので、恐らく中央部。

 その噴水前にある、簡易的なステージの上に立つ少女。

 

「お前か、未来」

 

「……お父さん」

 

 浪の娘、植野未来が緊張した面持ちでこちらを睨んでいた。

 ……色々言いたいことはあるが、ひとまず。

 

「まったく、こんな夜遅くまで逃げて、付き合わせてしまったあの子達に申し訳ない」

 

 肝心のその人の姿はないが……まあいないならいないでそれで良い。

 細事故にそう適当に片付け、未来の元へと歩き出す。

 

「さあ、帰るぞ。鬼ごっこはもう終いだ」

 

「待って。その前に、話を聞いてほしい」

 

「……またそうやって先延ばしにするつもりか? それこそ帰ってからでもできるだろう。

 ほら、こんなところに立ってないで、こっちに――」

 

 そうして浪は、彼女の腕を掴もうとして、

 

「まあまあ、そう言わずに。ここで話を聞いてやってくれませんか?」

 

 後ろからの声に、思わず手を止めた。

 未来の幻衛士ではない。だが聞き覚えがある、男の声。

 

「……やっぱりか」

 

 と、頭のどこかで薄々察していた浪は振り返る。

 先程電話をかけ、ここへ呼び寄せた少年・紫苑拓海が一人、こちらへニコニコと微笑みを向けていた。

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