しばらくして学校が終わり、午前のみだったので昼間の飯時。
拓海と真里華は昼飯を買いに、帰り道沿いにある住宅エリアにある数少ないスーパーに来ていた。
この時間帯はいつも主婦や学生が多く、真里華と一緒に帰ろうとするときにも感じる嫌な視線が増えて、少し足取りが重くなる。
「それにしても、本当に久しぶりよね、同じクラスになるの」
「そうだな。まぁ、だからってなにか変わるって事はほとんどないけど」
周りを気にしないようにしつつ、ショッピングカートを引く拓海は、思わずひねくれた事を口にする。
それに対し、真里華は首を横に振る。
「そんなことないわよ? まず同じクラスになるって事は用事がある時、別のクラスに入る時の無駄に感じる気まずさとかないのは利点じゃない?」
「ああ、確かに。帰りとか別の場所で待ち合わせる必要もないしな」
「そうそう。それにね」
そう区切ると、真里華はこちらにとても嬉しそうな顔をみせる。
「なによりずっと仲の良い幼なじみと同じクラスになるってだけで、なんとなく嬉しい気持ちにならない?」
「…………あー、まあ、うん。なるな。確かに」
「でしょう?」
思った以上に破壊力のある一言にしどろもどろになる。
そんな拓海に真里華は微笑みながら、必要な食材や切れた調味料の詰め替え用などを、拓海が引いているカートに載せたカゴに入れていく。
その口元と目元は先程と同様に緩んでいて、足取りも軽い。
ここまで来るときも思ったが、思ったより真里華の機嫌が良くなっていて、少し戸惑う。
「これでよし、と。会計済ませてくるから、どこか近くで時間潰してて」
「ん、良いのか?」
「ええ、すぐ済むし、何かあったら呼ぶから」
しばらくすると、真里華はそう言って、預けていた親の仕送りが入った財布を持ってレジに並ぶ。
拓海は念のため、彼女の見える距離にある雑誌コーナーで、今日買いたいと思っていた本を探し出す。
「……やっぱない、と」
しかし、やはりというかお目当ての本はない。
そもそも本来なら、あるはずがない場所。
ここ数日知っている本屋を全部探し回っても、全然見つからなかったのでワンチャンあるかと思っていたが、ないものはないらしい。
ちらり、と真里華を見る。
レジ前に立ち、バーコードをスキャンしていく中年女性と他愛ない世間話をしているようで……時折こっちをみてくるのはなんでだろうか?
しかもなんか照れてるっぽい。
(でもまあ、そこまで時間はかからない、かな)
見るものもないので、袋詰め用のテーブル前に移動する。
「まてー!」
「ん?」
ゆったりと楽しげな真里華を見ながら待っていると、舌ったらずな騒がしい声がする。
「なんだおまえは!」
「みんなはぼくが、ヒーローがまもる!」
どうやら、子供達がヒーローごっこを始めたらしい。
母親らしき人はレジで会計を待っている状態で、下手に怒れないでいる様子。複数人いるから尚更だろう。
(懐かしいな……)
昔は拓海もあんな風にところ構わずヒーローごっこを始めて、良く親に怒られたりしていたものだ。
ただそれだけに留まらず、ゴミ拾い等と言ったちいさな事からコツコツと、誰かの為になることを必死にやっていた。
「……ヒーロー、ね」
そう、誰もが憧れ、望む存在。
けれどどこにもいないし、誰にもなれない偶像。
そんな歳を重ねれば気付かされる現実を、拓海は誰よりも、嫌になるくらい思い知っていて……。
「――あっ!」
「っと」
気持ちが重く沈みかけていると、誰かとぶつかり、思考が浮き上がる。
崩しかけた体勢を、袋詰めの台に寄りかかって耐える。
「す、すいません、大丈夫ですか!?」
「えー、はい。大丈夫です。それより……」
「えっ……あっ!」
下を見ると、ぶつかってきた彼女の鞄から零れ出てしまったであろう小物が散乱していた。
慌てて屈み、化粧品などを鞄に詰めていく。
拓海も「手伝います」と一言告げて、サッサッと拾って彼女に手渡す。
「あっ、ありがとうございます! それと、申し訳ありません。お手数までかけてしまって。注意はしてたつもりなんですけど……」
回収を終えて立ち上がると、少女は申し訳なさそうに頭を下げる。
が、状況的にしょうがないだろう。
なんせ暴れるように遊び回る子供達が、ここら辺を広く場所を取っているからだ。
それに注意が向いて、前にあまり目を向けられなかった、というのは良くある事だ。
「いえ、こちらこそすいません。人通りの多いところでボーッと立っていた俺も悪いので」
不注意であったのは確かだが、だったら此方が避ければ良いだけの話。
というかそもそもこんなスーパーの中で勝手に思い出して、勝手に沈んでいる方が悪い。
「だから、その、お互い様ってことで手を打ちません?」
「えっと、それで良いのでしたら……ってごめんなさい! 勝手な話ですけど、急ぎの用があるので、失礼します! ご縁があったら、また!」
「あっ、はい、また」
そう言って、彼女は時々振り向いてこちらに軽く頭を下げながら去っていった。
慌ただしい感じだったが、悪い人じゃないだろう。
二度と会うこともないだろうが、用がなかったら何か詫びとして奢られていたかもしれない。
(まあそうなっても逆に申し訳ないし断るけど)
ただ人とぶつかるなんてことで、そんなことされても困るだけだし。
それより、と拓海は首を傾げる。
「……最近はああいうのが流行っているのか?」
思わずそんな疑問を口にしながら、会計を終え、こちらに向かってくる真里華へと意識を向ける。
――それは黒でもなく茶でもなく、少女の髪は、橙色に染まっていた。
◇
そのあと、何事もなく真里華を連れて帰宅した拓海は、真里華の料理を味わっていた。
「本を探してる?」
「ああ。正確には創世記の詳しい内容が知れる本を、なんだけど、どういうわけか何一つ見つからなくてな……見つけられそうなところって思い当たったりしないか?」
「そうねぇ……」
話題として話した相談に、悩みながら真里華は食事の手を進め、拓海も釣られて口にする。
今日の昼飯はオムライス。
中の飯をバターライスにして、卵で蓋をしたその上にデミグラスソースをかけた、いつもと違うオムライスだ。
美味いのはもちろん、一手間かかっているのは間違いない。
「んー、まあ、ありそうな場所に心当たりはあるわよ。まあまあ近くて、拓海が絶対知らない本屋」
「おっ、マジか」
「ええ。ただ、近いと言っても早く行かないと日が暮れるし、ご飯食べたらすぐ行こっか」
「……おう」
やはりというか、真里華の中に場所を教えるだけ、という選択肢はないらしい。
それはそれで嬉しいのだが、もっと自分のために時間を使ってほしい。
いつか終わりが来るのだから。
(しかし、俺が知らない本屋なんて、ここら辺にまだあったのか)
御剣市全体の本屋は大体頭に入っているつもりだったが、リサーチ不足か、とんでもない場所に建っているのか。
少なくとも普通の本屋ではないだろう。
そう思いながら、ワクワクしている自分がいた。
そういう特殊なところこそ、掘り出し物とかある事が多い傾向にあるから。
(もしかしたら原典とかあるかも……というのは、流石に期待しすぎか)
どちらにしても、楽しみだ。
「それと、ね。その本屋に行く前に、約束してほしいことがあるの」
「約束?」
そんな拓海とは裏腹に、どこか不安そうな真里華の言葉に首を傾げ、真里華は頷く。
「ええ。まあ、念のためね。実はそこにはあるご老人がいるんだけど……その人に何を言われようとも、耳を傾けないで」
「え、なんで」
「お願い」
拓海は困惑する。
真里華がここまで誰かに、それも老人に警戒を促してくるなんて、小学生の時以来だろうか。
こう来ると、流石に尻込みしてしまいそうになる。
しかし本は欲しいし、かといって探しに行ってもらうのは、拓海の頭にない。
(それに、真里華がそこまで言う人物がいる場所に、これ以上一人で行かせたくない)
「……分かった、その時はそうするよ」
「――ありがとう」
頷くと、真里華は安心したように笑みを浮かべる。
その笑顔に、拓海の不安も薄れていく。
(まあ、真里華の言うとおりにしとけば、問題ないか)
そう思い、少しでも早く帰れるようにと、拓海は食事のペースを上げた。
◆
昼飯を食べ終えてから、しばらくして。
真里華は拓海を連れ、目的の本屋へと向かって足を進めていた。
「……なあ、こんなところに本当に本屋なんてあるのか?」
「大丈夫よ、私を信じて」
と言っても、これには流石に拓海も疑惑の表情が浮かべている。
今歩いているのは、草木が生い茂った獣道。
しかも本来、この先にあるのは道路すらない山だ。
真里華にはしっかりと道が見えているが、ここを知らない拓海がわかるわけがない。
加えて空も夕暮れ、道も薄暗くなっていているのだから、しょうがないだろう。
(まったく、なんでこんなところに建てたんだか。隠れ家的なものを作るにも限度があるでしょうに)
なんて思いつつ、獣道だからという理由をつけて手を繋げた真里華は、今にも顔がにやけそうになるのを必死に堪えながら進んでいく。
念の為、
もしもの時、すぐに帰るためだ。
当の老人は神出鬼没なので、見つけることすら骨が折れるが、やらないよりはマシだと思っている。
「着いたっ」
数分後、暗いこの道に差し込む、一筋の眩しい光が見えてくる。
その眩い光に目を細めながら、誘われるがままにその中へと足を踏みいれる。
「…………はっ?」
――そこには、幻想があった。
太陽がないのに明るい、黄昏時だったはずの、青く澄んだ空。
苔だらけの背の高い木々が壁となって、大体半径五〇メートルくらいに広がるこの場所を、色とりどりの花々や蝶が彩っている。
そして中央辺りに建つ、木造の苔むした一軒家に違和感などなく、むしろこの風景に馴染んでいる。
綺麗で、しかし歪で、違和感だらけな不自然極まりない場所、なのだが――
「驚いた?」
「驚いた、っていうか……なんなんだよ、ここは。なんで俺は、
「あー、分かる。私も初見はそうなったし。まあそういう場所だって割り切るしかないわよ」
唖然とする拓海に共感しつつ、話を流す。
店主のことを知れば、少なからず理解できるのだが、それだと約束した意味がなくなってしまう。
(拓海には悪いけど、忘れるまでもやもやしててもらおうかな)
「さ、ここについての感想は家に帰ってからにして、中に入ろっか」
「お、おう」
結論付けた真里華は、未だ戸惑う拓海の手を引いて、真っ直ぐ唯一の建造物へと歩いていく。
少し近付けば、本屋に立て掛けられた看板らしき物体も見えてくる。店名らしき文字は掠れて読めない。
「……しかし随分ボロいな。店名くらいは知っておきたかったんだけど」
「名前は私も聞いた事ない、かな。あっ、でも大丈夫よ。ボロいのは確かだけど、一応ちゃんと本屋してるから」
「その一応が怖いなぁ」
なんて、拓海は冗談交じりに言って笑う。
今度、この店の名前を聞いておこうと、内心決意しつつドアの前に到着。ノックする。
『はーい、居ますよー』
たまに誰もいないことがあるのだが、今日はいるらしいので、遠慮なく扉を開ける。
すると出迎えるのは、耳心地の良い鼻歌と、外装とはうって変わって、喫茶店のようにお洒落な店内だった。
あの一軒家の中とは思えないほど広々とした空間、内装と本棚には苔一つないどころかしっかりと手入れされている。
その本棚には、古本だけでなくごく最近の文庫本まで揃っており、レパートリーが豊富。
まるで小さな図書館だ。
そんな店のカウンターに立つ、犬耳のような癖毛のある
「いらっしゃいませ、赤羽さん! 今日はどのような……あれ?」
「ど、どうも」
二人が顔を合わせると、お互いに驚いた表情をして、すぐに苦笑へと変わる。
「ん? あれ、二人とも、知り合いだったの?」
「はい、少し。と言ってもさっきぶつかった程度だったのですが、どうもご縁があったみたいです」
そう言って、彼女は再び深々と頭を下げる。
「申し遅れました、私は
「あー、えっと、俺は紫苑拓海です。こちらこそ、よろしく」
「紫苑拓海さん……ああ、赤羽さんが良く口にしていた――」
「あーーーーーーーの! 自己紹介も済んだことだし、すぐにでも用事済ませよう! ね、ね!?」
恥ずかしさから大きな声を上げると、拓海は驚きながらも頷き、少女――未来はコホンと咳払い。
「そうですね。親睦を深めたいところですが、私も一応は店番を任された身ですし。……緊急という体で呼び出されて押し付けられたと言えど」
今日は未来の番でなかった筈なので、疑問に思っていたが納得だ。
大方、
未来には悪いけど、こちらとしては好都合だ。
「えっと、じゃあ早速なんですけど――」
改めて拓海は探している本について聞き出すと、未来は目線を上に向けて「んー」と声を上げる。
「創世記、ですか……そういえば確かに、図書館ですら見かけなかった気がします、が……内容知ってますよね?」
「勿論。ただ、自分素人ながら創作活動をしていまして、その為に知識のすり合わせをしたいんです。知っていても抜けてる部分があってもおかしくないので、一回原本に近いものでもあれば読んでみたくて」
「なるほど、確かにそうですね。私も創作を嗜んでいるので、気持ち分かります」
「……ここにはありますかね?」
「大丈夫だと思いますよ。ここは本来誰の目にも入らないような僻地にありますが、レパートリーはどこよりも揃っているのが、ここの唯一の自慢ですので」
本屋としてこれ以上ない宣伝文句なのに、穴場なのが致命的過ぎる。
ここにいる人達の思考が一致した瞬間だった。
「それで、他になにかありますか?」
「えっと、ない……あー、いや。一つだけ、ずっと気になってたんですけど」
「なんでしょう?」
何も聞いていないので、真里華は未来と一緒に首を傾げる。
軽く遡ってみれば、確かに何か言いたげにしていた場面があった。
それは自分では答えられないものだったのか、と密かに頬を膨らませ、
「そんな風に髪を染めるのって、密かに流行ってたりします?」
――直後、思考が固まった。目を見開き、思わず息を呑む。
「えっと、それは、どういう……」
「え? ああ、実は俺、流行に疎くて。他の人はしてなかったんですが、その人達はその色に反応もしないし、後輩も変……いや、個性的な色に染めてたんで、もしかして、と」
見かねてか、代わりに未来が問いかけ、返ってきたその答えに真里華は確信し、愕然とする。
(うそ、なんで……適正が規定値を越えることは基本低いって言ってたのに)
逆に言えば、誰であろうと越えることはあり得るということ。
そんな当たり前のことすら納得できないほどに、真里華は動揺してしまう。
「真里華……?」
が、心配そうに見つめてくる拓海の顔を見て、真里華は無理矢理にでも頭を切り替える。
彼女に確認を取る。――まだ見つかっていないらしい。
時間も時間だ、もしかしたら帰路に立つ頃合いなのかもしれない。
(楽観視していた自分を責めるのは、後で良い。今は、一刻も早くここから出ないと……!)
簡単な目的を定めた真里華は、すぐに拓海の手を掴む。
「ちょっ、ま、真里華さん!? 急なのはちょっともたないので一言ほしいと言いますかそもそもこういうことは俺みたいな奴じゃなくてもっと良い人が――」
「ごめん、拓海。本はまた今度にして、今日はもう帰ろうっ!」
「……へ?」
それとその卑屈な言い草は後で説教ね!
「いきなりで戸惑っていると思いますが、今は何も聞かず言うとおりにしてあげてください」
「え、あ、は、はい」
未来のフォローもあってか、真里華の急な催促に困惑したまま、拓海は頷いてくれる。
「ほんとにごめん、ありがとう……!」
「赤羽さんも、今は見つかる前に!」
「分かってる!」
応えるように拓海の手を引っ張って、店を出る。
走る、走る。
まだなんとかなるはずだと、ただ走る。
なにも分かってない拓海も、真里華の様子を見てか、ほとんど抵抗せず足を動かしている。
「……もう少しっ!」
急げ、急げ!
この空間から出れさえすれば、彼の目に止まることはない筈。
だから、あの老人が帰ってくる前に、悟られる前に……!
その願いは叶い、さっき入ってきた真里華達にしか見えない、不自然に空いた木々の間に跳び込んで――
「――残念」