「こんばんは、ウーロン先生」
妖力を用いた術で姿を隠していた拓海は、遅れて挨拶をする。敵対宣言を交えた、挨拶を。
対して浪は、その姿を見て小さくため息を溢した。
「……まあ、この娘が創喚者である以上、君達との交流も想定すべきだったか。
しかしまさか同盟……いや、友人関係だったとはね」
「安心してください。俺達はただ場を整えただけ。二人の邪魔は極力しません。
強いて言うなら、強引な事をしようとする貴方を止めるくらいかな?」
「なるほどねえ」
そう言いながら、浪は腕を組み、人差し指でトントンと腕を叩く。
本来なら、特に気にする必要のない所作。
当然のように、拓海の感知には何も引っかからない。
「――【弐ノ剣】」
だが次の瞬間、拓海と同じく隠れていた亮が、拓海の前に姿を現した。
ジャケットの裾を翻し、地面を踏み締め、左肘を引き絞る。
我流剣術が二番。
狙いを定めた聖剣の刀身に気が、魔力が、龍血が纏われる。
まるで牙のように、螺旋を描いて剣を包み、
「【砕牙】――――!!」
そうして矢を放つが如く、一気に牙を突き出した!
その破壊力は尋常でなく、荒れ狂う嵐のよう。
発せられた衝撃は石路を抉り、周囲のあらゆるものをあちらこちらへ吹き飛ばしていく。
それだけこの場を荒らしておきながら、剣の通り道には何もない、何も見えない。
――はずなのに。
その途中でカリバーンが堰き止められ、バチバチと火花が散った。
その切っ先から何かが剥がれるように、
「なっ……!?」
目を見開く亮。
腕はその隙にカリバーンを弾き返して体勢を崩し、回転を止め、
首の大動脈目掛けて振るわれる。
「――――」
対し亮は驚愕のまま、恐らく無意識下でそれに反応。
倒れ込むかと思うくらいに背を反らし、そのまま前に向けて蹴りを繰り出した。
すると、なにかが後ろに押し出され、地面に足を擦ったような音がする。
「システム稼働率49%にまで低下。これ以上の隠密は不可能・無意味と判断。――【ミラージュシステム・オフ】」
聞こえてきた声と同時に腕、足、さらに蹴りを喰らった部分――腹部から徐々にベールは解けていき、その姿が曝け出された。
静寂に佇むそれは、少女の形をしていた。
異様なほどに整った顔にある、微動だにしない無機質な赤い眼はこちらを捉えている。
ふんわりとした髪は残り風でわずかに揺れ、スレンダーな身体を隠す黒を基調とした衣服も伴って靡く。
真っ白い肌には、煤一つなく。
そこだけ見れば、少しだけ目のやり場に困るフェチズムな格好をしただけの人間にしか見えない。
――だがそれを打ち消すように、左腕から飛び出た刃が元に納められ、微調整の為かそのまま一回転。
型に嵌るような音と共に、わずかにズレていた
「コイツは……いや、
なんだ、と言葉にすることなく、しかし亮の目は間違いなく語っていた。
腕は勿論、幻衛士といえど端麗すぎる姿形は、人間というより人形と言う方がしっくり来る。
同じ形をしているのに、生物とは到底を思えないナニカ。
「――識別番号・PR3-(S)A。通称、ミーシア」
「拓海?」
その時、拓海はふと神妙な面持ちで呟く。
今呟いたそれが、彼女の
「十数年前、彼が世に送り出した作品の
実質絶版となったことから、幻の作品と呼ばれている」
――数万年前、滅びゆく地球から旅立った人類により設計された、地球を再生させる為のアンドロイド。
時を得て目覚めた彼女が、異様な変貌を遂げた地球を元の穏やかな惑星に再生させるまでの物語。
「タイトルは、プラネット・イヴ。ですよね、先生」
「……良く知ってるね。初版は別の出版社に移行してすぐで、色々問題もあったから、数もそんなになかったはずだけど」
「初めて読んだのがその本でしたので」
家にある父の小さな本棚を、なんとなくで漁った時、適当に手に取ったのがそれだった。
一巻しか出てないと知った時は、絶望した事を覚えている。
だから続きを書いていた事が分かって、内心歓喜で心が躍る。
同時に、佳境に入るか完結まで書いてから編集に渡している、という噂は本当なのかもしれないと恐れ慄いたりもしているが。
「それにしても、いきなりでしたね。流石に驚きましたよ」
「いきなりも何もないだろう。君達の匙加減でどうとでもなりそうな話、良く知らない君からされて、信用できるわけがない」
確かに、正論だ。それに対する反論はできない。
相手がファンだと言ったとしても、いや多分、だからこそ浪は敵意を示してきた時点で排除しようとしてきたのだろう。
それはいい。けれど、
「信用しなくて構いません。ただ、娘さんと話をしてやってほしいんです。今ここで。お願いします」
「紫苑さん……」
そう言って拓海は頭を下げる。
変な人を見たような目で浪は見ながら、しかしその顔は冷たいままだった。
「なんでそこまで……いや、言わなくて良い。誰にだって事情はある。君の熱意に免じて、聞いてやってもいい。そう思ったよ」
「なら……!」
「けどそれも一瞬だけ。事情があるのはこちらも同じ。あの娘が何を言おうと、自分さ頷くつもりはない」
流石、大人だ。子供の心理を良く理解している。
上げて落とされたせいで、未来の心は、より深く沈んでしまっていて、
「だってそうだろう? 夢なんてそんなもの、みたところで意味はないし、叶えたとしても理想との乖離で苦しいだけだ。しかも、よりにもよって歌手だなんて、お前が言っていい寝言じゃない。
――お前は、自分の言う通りにして、真っ当な幸せを送っていればそれでいい」
「…………そっ、かぁ」
そして最後の言葉を聞いたその瞬間、未来の眼は絶望の色に染まり、その場で崩れ落ちてしまった。
どれだけ話そうとしようとも、無駄だと悟ってしまった、そういう顔だ。
……それは、きっと親として、当然の判断なのだろう。正しい事なのだろう。
でも、少なくとも話は聞いて、互いの主張を訴え合うべきじゃないのか、喧嘩をするべきじゃないのか。
それが、親子という関係なんじゃないのか…………!
「さっ、これでこの話はおしまいだ。さっきも言ったが、外はもう暗い。帰るぞ」
そう言って浪は未来の腕を掴もうとして――
「――【身体強化】【Type.N】」
「――――!」
その前に、身体強化を握りつぶし、跳躍。
拓海は飛び蹴りを繰り出し、浪に直撃する前に、ミーシアは浪を抱えて後退する。
「……何のつもりかな? 邪魔をしないと言ったのはそっちだろう」
「悪いな、たった今嘘になった。――それで、どうする?」
心のこもらない謝罪をしつつ、足元で座り込んだまま動かない未来へと振り返る。
問いかけた言葉に、未来は黙り込んだまま。
「……なんて、聞くまでもないか」
仕方ない。
彼女は今、近しい人から直に夢を否定された事で、恐らく初めての挫折を味わった。
多分あの言葉には、最初の時より深く、根本からの否定に繋がっているのだろう。
その苦しみ、虚無感は本人にしか計り知れない。
拓海であっても気持ちは分かるだなんて、軽々しく言えやしない。
「しょうがない。やるか、亮」
「おう」
庇うように前に出る拓海達に、未来と浪は目を丸くした。
「紫苑、さん? 一体、なにを……」
「見てわかるだろ。動く気力がなくなった本人に代わって、後ろで控えてた俺が前に出た。それだけだ」
「……意味が分からない。なんでそんなことをしようとする。分かるだろ、無駄だと」
浪の言う通り、確かに拓海に未来の代わりは務まらない。
どれだけ代弁したところで、浪の心には何一つ響く事はないだろう。
だが。
「無駄になるかどうかなんて、まだ分からないだろ。第一そういうなら、まだ何をしてないし話してもないのに、勝手に端折って勝手に終わらせてんじゃねえよ」
それに、拓海はこうとも言った。
余程がない限り、介入する気はないと。
「まさかこれが余程のうちに入らない、なんて思ってたわけないよな? ――否が応でも話を聞くようにしてやる」
と言っても、拓海の出来ることは限られている。
ただ倒しては意味がない。少なくとも拓海では、他人ではいけない。
ならば、することはただ一つ。
目的を定めた拓海は、手をグッパーで骨を鳴らし、そしてグッと力強く拳を作る。
「……待って、ください」
その時、未来はポツリと囁くような声で、構えようとする拓海を止めた。
「紫苑さん、ありがとう。そしてごめんなさい。……けど、もう良いんです。
貴方がこれ以上頑張ってくれても、意味なんてない。あの人には何を言っても無駄だったんです。だから、だから――」
「……だから、なんだ?」
「っ――――」
未来は口を噤む。その先は言いたくない、そう告げているように。
(……前の俺と同じだ)
諦め切れないと分かっているのに、諦めるべきだと悟ろうとしていた、あの頃の自分に。
拓海よりも頑固だからか、言葉にすることすらできないでいるようだけど。
節々から、彼とは親子なのだというところが見え隠れしている。
「どうした、続きを言えよ」
「それ、は……」
「いい加減にしたらどうかな。これは自分達家族の問題――」
「黙ってろ。俺は今、彼女と話をしてるんだ」
余計な割り込みを、一喝して黙らせた。
我ながら、傲慢な物言いだと思う。
けれど、きっとこうでもしないと、その先の言葉は取り繕った諦めになる。
ならば引き下がるわけにはいかない。
余計なお節介だと思われようと、嫌われようとも。
「どうして、そこまで……」
「知ってるから」
未来の零した独り言に、拓海は一言答える。
「自分の意志でじゃなく、別のなにかが原因で諦めた結果を、俺は知っている。諦めるにしても、それを心から納得しない限り、その靄は呪いのように付き纏うんだ。
多分、一生。そうなるのを、黙って見過す方が、嫌だから。
……まあ、たったあれだけで本当に諦めがついて、納得できたっていうなら、話は別だけどな?」
「……っ、んなの――――!」
最後に嗤ってそう言って見せると、未来は勢いよく立ち上がり、真っ赤にした目で睨みながら、しがみつくように胸倉を掴んでくる。
「そんなの、納得出来てるわけないでしょ!? だってわたし、まだ何もしてない! スタートラインにすら立ててないっ!!
それにお父さんにだって……だけど…………!」
「言えるじゃないか」
「…………え?」
欲しい言葉を聞けた拓海は、精一杯の嫌味な表情を解して微笑むと、未来はポカンと目を丸くした。
未来がここで「はい」と頷きでもしたら、どれだけ理由があろうと、流石に拓海でも入る余地はなかった。
けれどこうして、言質は取れた。
本当は諦めたくないという本音が聞けた。
「だったら」
と、拓海は呆然とする未来の頭をポンと叩く。
「黙って俺に救われてろ」
「ぁ…………」
次の瞬間、未来の瞳が揺らぎ、目蓋に涙が貯まり出した。
ついでに胸倉から手が離れ、拓海は詰まった息を吐きつつ、「さて」と言って話を戻す。
「それじゃあ改めて問おうか。――お前は、どうしたい?」
その言葉に未来の瞳が揺らぎ、袖で流れる涙を拭う。
少しして、顔を上げる。
そこに諦めはもはやなく、かわりに熱の込められた眼があって……。
「わたし、私は、夢を追いかけたい、叶えたい。
――だから助けて、
「任せろ」
と、まるで自分は無敵のヒーローだと嘯くように笑って見せた。
握り拳で胸をトンと叩く。
――怒りをこの手に。
前回は自分に足りなかったものを。
今回は既に燃え盛って、あり余るものを、動力源のように。
炉に着火剤を放り込む。
――ドクン――
胸の内にあった、僅かな葛藤と躊躇いが燃え朽ちた。
拓海の中で、激情となって蠢く。
これはただの八つ当たりに等しいことだ。
本来、部外者である拓海が抱かなくてもいい感情だ。
けれど、それでも。
この男は未来の意思を、心を軽視した。無視した。
よりにもよって、親である彼がそれをした。
……ああ、これ以上の
許せない、ムカツク、気に食わない。
胸に巣食うこれが、拓海が正しく怒っていると証明してくれている。
そう、だから――
「「ミーシア/亮」」
重なる呼び声。
二人の幻衛士はそれに応えて駆け、剣と腕は、弾丸のように衝突した。