――幻衛士。
それは拓海たち創喚者がまず始めに呼び出す存在。
主戦力であり、やられてしまえばその時点で夢現武闘会だの敗北を意味する、もう一人の核。
そして、それ即ち、創喚書となった物語の主人公でもある。
「と、いうわけで。これからよろしく頼むぜ、創喚者」
「は、はい。……よろしく、です」
「おいおい、上下で言えばアンタが上だろう。とはいえ、これから一緒にやっていくんだ。畏まったりとか、そういうのはなしでいきたいんだが、どうだろう?」
「あ、はい……わか、った。そうする」
拓海の中にある知識を必死に飲み込みながら、そう言って畏まっていた態度を崩し、改めて親しげな挨拶をする亮に頷く。
これから長い付き合いになることは間違いない。なら変に主従関係を築くより親しくした方が良いだろう。
と、傅いたまま手を伸ばす亮を引っ張りあげるように立たせ、改めて握手する。
「よし。それで、だが……」
「――オーディンッッ!!」
「最初の仕事は、お連れの彼女を止めること、でよろしいか?」
亮が指差すそこには、今まで見たことないような剣呑な声と表情で、オーディンを睨む真里華がいた。
「……いや、するなら自分でする」
「
拓海の一言で亮は素直に一歩下がる。
そんな二人をよそに、「なにかね?」と言って飄々とするオーディン。
その態度に、真里華は眉間に皺を寄せ、歯をギシリと鳴らす。
「白々しい態度はやめて。拓海に……私と一緒にいる人を見ても、僅かでも適正があったとしても巻き込まないでって、それに頷いたのは貴方よ!」
「逆に聞くが、その言葉で儂が一言でも、絶対に参加させないとでも言ったかのお?」
「――ふざけっ!!」
「当初はその言葉通りにするつもりだったとも。しかし、予定通りに行かず、最後の枠が埋まないまま、開祭予定日を迎えてしまった。ギリギリまで探すべきかと、ここを出たその矢先だったのだ、君たち二人がやってきたのは」
その内一人は候補として上がっていた少年。
適正ランクも参加条件を満たしている。となれば確かに、自分がオーディンであっても、恐らく同じ事をしていただろう。
でもそれは、同じ立場であればの話だ。
「……なによそれ。つまり枠埋めに困っていたところに良い当て馬が出来たから、約束破って押し付けたってこと? そんな横暴、許さない。ふざけないでよ!!」
「ふむ。君も怒りも最もだ。しかし、そう言うのなら、そもそもこんなところに連れてこなければよかったのだ」
「っ……でもだからって、納得出来るわけがないでしょ!!」
「確かにそうだが、諦めろ。現実はこうなったのだから、それを飲み込んで立ち回るしかない。儂が言うことではないが。
そら、儂のことより、もっと彼のことを見るべきではないかね?」
オーディンは話の締めくくりに、杖代わりにしている槍――恐らくかのグングニル――を振って拓海を指す。
こちらに振り向く真里華の表情を見て、拓海はオーディンを睨みそうになるのをグッと堪え、それよりも気にすべき真里華と向き合う。
「拓、海。あの、その……」
言葉を選ぶように、真里華は口を淀ませる。その様子は辛く悲しそうだ。
そんな彼女を見て、拓海は気にすることない、大丈夫だ。
そう先に言葉を重ねようと口を開き、
「真里華、俺は――」
「すまん、創喚者。積もる話は後にしといた方が良さそうだ」
そこからさらに、亮が言葉を上にして遮った。
彼を見ると、彼の視線は少し離れたところの横に建つ先程の本屋に向いていて、警戒を表すように目を細める。
「……創喚者に、なってしまったんですね」
辿るように目を向けると、そこにはさっきの少女・未来がいて、少し悲しげに呟いていた。
その手には、先ほどまでどこにもなかった筈の青い創喚書があり、思わず拓海も創喚書を手に身構える。
どこに隠し持っていたのか――それは創喚時、大半が頭に定着しなかった中でまだ残っていた数少ない知識にその答えがあった。
(
全然気付かなかった、と整理している拓海を余所に、真里華も拓海から未来へと目を移し、歯を食い縛るように目を瞑る。
「……夢現武闘会は始まった。だから仲良しごっこはおしまい。――とでも言いに来たの? 《青の創喚者》」
目を開き、白い本が何もなかった筈のところから塗装が剥げたみたいに姿を現す。
彼女の目は鋭く変わり、拓海からすれば、何かを我慢していることが見てとれるもの。
――それがきっかけとなり、空気が軋むような、息苦しさがこの場を支配する。
「返答は控えさせていただきます、《白の創喚者》。ですがこの場ではもう、ただの友人ではいられません……なんて、当初は言うつもりだったんですが」
同じように感情の読めない目をした未来が、拓海へと目を向ける。
するとそれは薄れ、心なしか空気も軽くなる。
「貴方には、小さくとも借りがあります。ですから、今回は見逃して――」
「馬鹿言っちゃいけねェな」
男の声。聞こえてきたのは、真後ろ。
振り向けば、一人の男が拓海に向かってグローブをはめた手に持つ巨刃を携えた大槍を振りかぶっていて……。
「横槍失礼、と」
拓海が気付いたと同時に一閃。
言葉もなく、それをただ呆然と見るしかない。
脳裏に浮かんだ死のビジョンが現実となろうとして、
「――チッ」
穢れなき純白の剣が、甲高い音と共にそれを遮った。
それは誰も見たこともないし知らない、拓海だけが知っている一振り。
拓海の書く《トゥルーファクト・ウォー》にとって重要な武具・アーティファクトの一つ。
錆を知らず、血を纏う事もなく、決して折れる事のない文字通りの純白。
心無き意思を持つ不変の聖剣。
「大丈夫か?」
銘はカリバーン。大元はアーサー王伝説の選定の剣。
拓海を背に、いつの間にか手にしていたそれを振るう亮は、あっけらかんとした様子で青髪男を大槍ごと弾き飛ばす。
吹き飛んだ男は、腰に袖を結んで巻いたジャケットを揺らしながら、一切の揺るぎもなく、ゆっくりと未来の横へ着地した。
「あ、ああ……助かった」
「拓海っ!」
呆然として思わず座り込みながら、亮の問いに言葉を返す。
亮が男を吹き飛ばした時点で近寄ってきていた真里華が、拓海に寄り添ってくる。
「見たところ怪我一つないけど、本当に大丈夫? 痛いところとかない?」
「うんまあ、どこも痛くないから、大丈夫だよ」
「そりゃよかった」
男から目を離さないまま、亮は二人の会話に割り込み、笑みを浮かべる。
だがそれも束の間、亮と男――恐らく《青の幻衛士》――は睨み合う。
「……しっかし、不意打ちとは、なんともまあ大人げない。もう少し手心というか、加減をしてほしかったぜ」
「戦場でそいつはご法度だろ? 幻衛士と創喚者どちらかを倒せば良いんだったら、非戦闘員である創喚者を狙うのは当然の摂理ってやつだ。それに易々と防いでおいて良く言う。敵ながらあっぱれだぜ、
「そいつはどうも。でもオレはそんな大層なもんじゃない。ただのしがない傭兵だよ」
「ただの
「ごもっとも」
軽快な言葉の応酬。しかしそれは皮肉に満ちている。
下ろしている武器も、切っ先はまだ相手に向いたままで、いつでも斬りかかれる隙を伺っているのが分かる。
「アキラさん、いきなりなにをしているんですかっ! この人は――」
「それはこちらの台詞だなァ、創喚者よ。相手はなったばかりと言えど同じ創喚者だぜ。ンなちんけな理由でせっかくのチャンスをふいにするのはバカのすることだ」
「……それは」
「願いを叶えたいンだろ、ならまずは目の前の障害は全て壊せ。下手に見過ごせば足元を掬われるかもしれねェ。だったらどうすべきか、分かるだろ?」
「…………そう、ですね」
躊躇いながら、一瞬申し訳なさそうな目をしてすぐ、未来は敵を見る眼に切り替えて創喚書を手に身構える。
「とまあ、そういうわけだ。悪ィが覚悟してもらう」
この場に走る緊張感に、拓海も思わず本を抱え込んでいると、オーディンは感心するように頷く。
「ふむ、いきなりここでやり合うつもりとは、中々どうして、今回は血の気の荒いのがいるらしい。良いぞ良いぞ、存分に得物を交えて構わん。
ただ一つ忠告しておこう。ここは中立区域。何者にも塗り替える事の出来ない唯一絶対の場所。故に結界を張る事は出来ん事を知らせておく」
「ご丁寧にどうも」
「なんのなんの。それもこれも主催としての務めだ。では皆の者。またいつか会う日が来るだろう。その日まで、どうかごゆるりと――」
そう言って翻し、オーディンは瞬く間に姿を消した。
それを見届けた亮は、左腰に帯刀しているものを掴むように構え、引き抜くように腕を振るう。
すると空いた右手には、白とは対となる黒い剣があった。
正確には現界、実体化させたというべきか。
幻衛士達が物語の中で愛用していた武具は、固有装備として、幻衛士の任意で呼び出せるようになってる。
これは創喚された者の所有物として登録されており、制限があるらしい創喚の枠を取らない特別枠だ。
彼の持つ大槍も、恐らくそれだろう。
「なんだ、剣士じゃなくて双剣士、それもいろんな事に手を出してる半端者だったか」
「半端者には半端者なりの戦い方があるんだよ」
そう苦笑しながら、剣を握る両手に力を込め、青の幻衛士――アキラもまた構えを取り、二人は腰を落とす。
「そういや自己紹介してなかったな。オレはアーキ・
「これはご丁寧に。オレは相坂亮。《黒の幻衛士》で、さっき創喚されたばかりの新参者だ」
「オーケー、覚えたぜ、相坂亮。それじゃあそろそろ――」
「ああ、そろそろ――」
そして二人は地面を蹴り、
「ドンパチしようかァ!」「始めようか」
――瞬間、激突し、切り結んでいた。
ただ一度の交錯。しかしそれだけで衝撃はこの場を荒らした。
二人は同時に振り返ると、すぐさま先ほどのように姿を消す。
すると最初の一撃は挨拶だったと言うように、鉄同士が連弾の如く連なって響き合い、幾つもの火花を
時に小さく、時に爆ぜるように。
それはまるで
「す、げぇ……」
思わず呟く。
その戦いは、やはり人間離れしていた。
ただがむしゃらに荒々しく振るうアキラの一撃も、一つ一つ丁寧に捌きながら合間を縫って一太刀滑り込ませる亮の一撃も、迫る一撃を逸らすことでさえも。
物語では分かるように描かれているそれを、こうしてみれば一撃一撃が必殺だと思える。
「……これが、夢現武闘会。これが、幻衛士」
かろうじて見えるその光景は、自分達とは別の生き物なのだと、証明していた。