あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第十二話:鬼一法眼#1

カンナの初仕事は人里の結界の保全任務に関する資料の読み込みだった。

 

「早速ですが、明日近くの人里の防護結界の保全に行くので同行してください。任務に関する資料を渡すので今日中に内容を頭に叩き込んで下さい。」

 

そう言ってアヤノが「どさっ」と手渡したのは人里の結界の点検と修繕方法、現地の地図、当日の行動計画。この後会議の予定が詰まっているアヤノが自席に戻るまでにこれらの内容を頭に叩き込まなければならない。「理解度をテストする」とも言っていたので、下手を踏むと初日から鬼教官殿のご不興を買うことになりかねない。

 

(……)

 

黙々と資料を読み進める。

 

陰陽寮は大陸各地に支部を持つが、全ての人里に人を常駐させられるほどの人員がいるわけではない。不足する人手で人里を守護できるよう、はるか昔に発明されたのが「防護結界」である。

 

防護結界は人里をまるごと覆うように展開されるドーム状の巨大な結界である。凡庸な陰陽師でも展開できるこの単純な結界は、大半のマガツヒが短時間で突破できないほどの防御力を持っている。マガツヒが防護結界に手こずっている間に人里の者が陰陽寮に討伐依頼を出し、そこから本格的な対処に乗り出すというのが陰陽寮の最も基本的な人類守護戦略の一つである。

 

防護結界は陰陽術を応用して作られた道具、設備である。適切に保全しなければ性能が低下し、最悪自然消滅する。要するに防護結界の保全とは、結界が期待される防御性能を維持しているかを点検し、必要であれば修理するということだ。

 

さすがに陰陽寮が何百年も続けてきた事業だけあって資料は洗練されており分かりやすい。要点がスルスルと脳に入っていく心地だ。地図と行動計画も頭に叩き込んだ。これなら理解度チェックも問題なくパスできるだろう。

 

余裕が出てきたのでとりあえず周りを見渡す。西賀亮は若手の割にかなり多くの式神と契約しているらしいが、執務室は閑散としている。カンナの他にいるのは、面接を担当した小狐丸とイズナだ。さらに、並べられた椅子の上で寝ている若い女性がいる。彼女は犬神のアヤカシと思われる。また、羽根が生えた背中をこちらに向けて黙々と書き物をしているのは、烏天狗のアヤカシと思われる女性だ。始業5分前だが、勤務時間に融通が効く班なのでみな遅い時間に来るのだろうか。

 

(今のうちに挨拶しておくか。)

 

式神は仕事の性質上出張が多く、同じ陰陽師と契約している式神でも顔を合わせて仕事をする機会は限られていると大黒天は言っていた。今のうちに存在だけでも知っておいてもらおう。寝ている犬神は後でいい。まずは烏天狗の方からだ。

 

「すみません、ちょっと良いですか?」

 

「ん?」

 

こちらを振り向いた烏天狗の顔を見て内心驚愕する。

 

()(いち)(ほう)(げん)だ!)

 

鬼一法眼。何らかの武術に本気で取り組んでいる者で彼女のことを知らない者はいないだろう。数多くの武術を創設し、幾多の著名な武闘家を育成した、武術会の生ける伝説である。自分が修めている「(じゅう)(しょう)拳」と「()(なん)拳」という拳法はどちらも彼女が開祖である。それに、彼女は北見慎の師だったはずだ。

 

「新人の蒼澄カンナです。拾生拳六段です。それと北見先生の元で破難拳を学んでいました。陰陽寮で法眼先生にお会いできるとは思っていませんでした。」

 

鬼一法眼の方も驚いた様子だった。

 

「慎の弟子か。其方の名は慎から聞いている。拾生拳の大会で試合を見たこともあるぞ。」

 

彼女は時代劇の登場人物のような変わったしゃべり方をするようだ。

 

「光栄です。私も法眼先生のお噂はかねがね伺っております。」

 

「そうか。」

 

鬼一法眼がにっこりと微笑む。

 

「我は任務があるゆえ、間もなく陰陽寮を発つ。今度ゆっくり語り合おう。陰陽寮の近くに我の道場があるから、好きな時に来なさい。場所は……ここだ。」

 

そう言いながら鬼一法眼がメモに道場への地図を走り書きする。

 

(え、これが地図?)

 

字も図も下手過ぎて何が書いてあるのかほとんど読み取れない。率直に言って五歳児の落書きレベルである。鬼一法眼は「これを見れば分かるよね?」という表情を浮かべているが、今すぐその顔を止めてほしい。自分の地図はそんな質には到底及ばないことを自覚してほしい。会話の流れが無ければ地図である事すら気付けなかったかもしれない。

 

「地図が分かりにく過ぎます。これでは道場にたどり着けません。」

 

「えっ?」

 

予想外の返しだったらしい。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして5秒ほど硬直した。

 

「う、うむ。そうか。確かに我は絵には疎くてな。我はまた間違えてしまったのか……。」

 

「口頭で行き方を補足いただけますか?」

 

「うむ。陰陽寮を出て高台を下ると何本か道があろう?南の山の方へ続く道を道なりに進めば我の道場だ。一本道なので迷うこともないだろう。」

 

「……分かりました。ありがとうございます。」

 

手書きの地図を二度見すると、辛うじて鬼一法眼が言う南の山へ通じる道らしきものが確認できた。だとすると、その先にある建物らしき絵が彼女の道場なのだろう。どうすればこれほど単純な道のりを、こうもわかりにくい地図で表現できるのだろうかと疑問を禁じ得ない。そういえば昔、北見慎に「北見先生の師匠はどんな人でしたか?」と聞いたことがあるが、北見慎は苦笑しながら「ちょっと変わった人」と言っていた記憶がある。

 

「それよりカンナ、構えなさい。」

 

「はい?」

 

さきほどまで着席していた鬼一法眼が、音も気配も無くカンナの前に立っていた。彼女はカンナより30cmほど背が低い。カンナの鳩尾あたりに最小限の予備動作で突きが放たれた。

 

(マジか!)

 

多少驚いたが、最小限の動きで受けて流しつつ、念のため手加減したカウンターの左掌底を彼女の顔面に放つ。伝説の武闘家だしなんとかするだろう、というより絶対にしろよ、という想いを込めて。武術大会では大半の対戦相手をカウンターによる秒殺KOで沈めてきた必勝パターンだが、鬼一法眼は軽く頭を振ってカウンターを回避した。

 

(ほっ。)

 

さすがは生ける武の伝説。勤務初日から先輩をぶん殴る狂犬の汚名は着せられずにすみそうで安心した。

 

「見事だ、カンナ。防ぐとは思っていたが、まさか反撃されるとは思わなんだ。」

 

(思わなんだ、じゃないよ。)

 

北見慎の鬼一法眼評は正鵠を射てはいるものの、少々訂正が必要なようだ。鬼一法眼は「ちょっと変わった人」ではなく「変な人」である。初対面の相手の人柄を知るために何の脈絡もなく殴り合いをしかけてくるのは子供向けの絵巻物の登場人物だけにしてほしいものだ。ハラスメントとして問題にしたらどうするつもりだったのだろう。

 

「道場に来ればいつでも歓迎することを約束しよう。稽古をつけてやっても良い。それに……慎の思い出話に付き合ってくれるとありがたい。」

 

「必ず近日中に伺います。」

 

思い出話。何気なく出てきた一言だが、恐らく鬼一法眼は北見慎は既に死亡していると考えているのだろう。状況を考えれば無理もない。北見慎がマガツヒとの戦いで行方不明になってもう2年も経つ。

 

自分に北見慎の死を受け入れる覚悟はあるだろうか。恩師で、しかも初恋の相手でもある男の死を。シジョウ救済の使命を追うならば、いつか直面しなければならない時が来る問題だ。その時はとっくの昔に来ていて、自分が目を反らしているだけなのかもしれないが。

 

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