あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第十四話:アヤノ#1

アヤノは7つの会議を終え、ようやく自席に戻った。

 

(あー……しんど。)

 

時刻は15時。今日もほとんどの時間を同僚の尻拭いに費やしてしまった。班の一部の式神による犯罪的な過失に関するコンプライアンス部門への報告をさせられ、ついでに西賀亮のお人好しな性格につけこみ仕事や責任を押し付けようとする内勤の偉い連中と激しく言い合ってきたところだ。今日中に終えたかった自分の仕事は未だ手付かずである。

 

「お疲れ様です、アヤノさん。理解度チェックやりますか?」

 

カンナが声をかけてくる。

 

「そうですね。早速やりましょうか。」

 

翌日の任務について色々とやり取りをする。受け答えからカンナが資料の内容を完璧に理解していることが伺われた。

 

(カンナさんがアホの子じゃなさそうで本当に良かった。)

 

この後つきっきりで明日の任務の内容を説明する必要はなさそうだ。カンナが入寮時に受けた適性検査の結果を見たことがあるが、文章処理能力、数値処理能力、論理的思考能力は全て最高評価だった。それに彼女は名前付きのマガツヒを一対一で討伐した経験もあると西賀亮から聞いている。手がかからない子なのかもしれない。教育係としては本当に助かる新人だ。

 

(やっと自分の仕事ができる。)

 

今日はもうやることが無いカンナを退勤させ教育係としての仕事に取り掛かる。

 

問題児だらけの西賀亮班の式神たちだが、問題の質も程度もバラツキが大きい。モラル、常識、適正が決定的に欠けている者ははっきり言って救いようが無い。だが、能力や経験が不足しているだけの者はアヤノ流の研修を施してやり、一人前の仕事ができる式神に鍛えなおしてやればいい。

 

(誰から鍛えるか、かな……。)

 

大人数を一度に訓練するのはやめよう。個々人に手が回らず中途半端になる懸念がある。見込みのある少数の者たちから順次訓練を施し、可能ならばその者たちを教える側に加えるのが効率的だろう。だが、マガツヒが大量発生している現状では訓練を施す時間の捻出も課題だ。班員たちのスケジュールを精査した方が良さそうだ。それに教材も準備しなければならない。使える資料が無いか、資料室を漁る必要がありそうだ。既に一人前の者たちの助力を得られるよう調整ごとにも奔走しなければならない。忙しくなりそうだ。

 

(楽しい、な。)

 

骨は折れるが意義もやりがいもある。仕事とはこうでなければならない。アヤノは久しぶりにウキウキしていた。

 

翌日早朝。カンナ、西賀亮、イズナ、そして犬神のアヤカシであるアスカと共に任務の地を目指し、馬車に揺られる。

 

陰陽寮が通常の馬の5倍近い価格で仕入れた駿馬が曳く馬車は速く、静かである。時間は朝6時。自分とカンナ以外は既にうつらうつらしている。

 

「カンナちゃん。私、もう寝ちゃうっス……。」

 

早速アスカが睡魔との闘いを放棄する。

 

「冷えますね。寝るなら私の着物を羽織って下さい。」

 

カンナが脱いだ着物でアスカをそっと包む。

 

「えへへぇ……ありがとっス……。」

 

「私にもたれ掛かってもいいですよ。」

 

カンナがアスカの肩を優しく抱き寄せて身体を支えてやる。アスカは弛み切った笑みを浮かべ、あっという間に寝息を立て始めた。カンナはもう一方の手で小さく折りたたんだ新聞を読み始めた。

 

「潜毒の感染者が大陸北部でも発見されたそうです。」

 

「完全にパンデミックですね。」

 

これほど大陸中に広がる疫病も珍しい。確実に自分たちの任務に影響するだろう。頭が痛い。

 

パンデミックで社会不安や経済停滞が広まるとマガツヒの出現数にもろに響く。それに、大陸各地を飛び回る式神や陰陽師は細菌の拡大経路になりかねないので陰陽寮が何らかの対策を行う可能性もある。どんな対策をとるにせよ、人員配置の柔軟性が損なわれる懸念がある。陰陽寮に戻ったら過去のパンデミック対応事例を調べておかないとまずそうだ。

 

「新垣製薬がワクチンと治療薬の開発に着手したそうです。」

 

「新垣製薬って、ウチの班のスクナビコナさんが研究協力で出向しているところですね。」

 

「スクナビコナさん……お名前は伺ったことがあります。」

 

陰陽寮はマガツヒとの戦いや防護結界の保全と同等に、マガツヒの大量発生の予防を重視している。そのため、今のように疫病が蔓延した時には、保有している施設をワクチンの集団接種会場として提供したり、医薬品の備蓄に余裕があれば付近の自治体や医療施設に寄付する等して、少しでも大量発生を抑えようとする。

 

新垣製薬は新薬の研究開発分野で大陸トップの会社だが、ここの研究部門の幹部が西賀亮班の式神で高名な薬師でもあるスクナビコナの知人らしく、陰陽寮の幹部に直談判して彼女の出向を取り付けたらしい。これもまたマガツヒの大量発生の予防策の一環なのである。

 

カンナが読み終わった新聞を読ませてもらったり、イズナの尻尾を布団代わりに寝始めた西賀亮とイズナを眺めている内に現地に到着する。

 

今回の現場は樹林帯に囲まれた人里である。地形や龍脈の複雑さ、マガツヒの出現頻度のどちらも標準的である。防護結界の保全業務を覚えるのに最適と考え、カンナを要員にねじこもうと色々調整したのだ。

 

「亮!お主、人の尻尾を布団にするとはいい度胸だな!」

 

「ごめん……。」

 

「あぁ!毛並みが乱れておる!4時起きで毛づくろいしたのに~!」

 

イズナが懐から取り出した櫛でわしわしと尾の毛並みを整える。遅れて馬車から降りてきたアスカは「う~ん、良く寝たっス!」と伸びをしながら手櫛で寝癖を整えている。なんとも緊張感の無い光景だ。唯一カンナだけが冷静な表情で指示を待っている。

 

「……そろそろ仕事を始めませんか?」

 

弛んだ連中に一睨みをくれてやるとようやく場の空気が絞まる。イズナの指示が飛ぶ。

 

「この人里は街の北端と南端の2ヵ所に防護結界の起点となる陣があるはずだ。亮とアヤノとカンナはここから時計回りに、私とアスカは半時計周りに、結界の点検と陣の状態確認を行いながら人里を一周し、反対側にある橋の近くで落ち合うこととする。可能性は低いが防護結界の再展開が必要であればそれも行う。マガツヒが出現する可能性があるから気を付けるように。」

 

「よっしゃー!行くっス~!」

 

馬車で爆睡したおかげで元気なアスカがイズナの指示と反対の方向に走り出す。

 

「待たんか、アスカ!我々は反時計周りと言ったろうが!」

 

「西賀さん、カンナさん、行きましょう。」

 

アスカにがみがみと説教するイズナの声を背中に感じながら、防護結界の外縁に沿って進み始めた。

 

保全任務の主目的は防護結界の残存耐久力を調査し、必要であれば保修することである。

 

残存耐久力の調査には専用の札を用いる。札に霊力を流すと仕込まれた術が起動し、防護結界に霊力を流してフィードバックを自動的に札の裏面に記録してくれる。この記録は一見すると無意味な数値の羅列に見えるが、読み方を知っていれば防護結界の耐久力や安定性を把握することができるようになっている。予め計画した全ての点検ポイントでこの札を使い、防護結界に問題が無いかを調べ上げるのだ。

 

「アヤノさん、ポイント02192-0121-0098問題無しです。」

 

「はい。」

 

保全業務専用の報告書に調査結果を記録し、使用した札を余白に糊付けする。この報告書は最終的に大陸全土の防護結界の保全をスケジューリングする専門部署に回され、将来の保全計画立案に活用される。大陸には膨大な数の防護結界が点在している。全体を俯瞰し合理的に計画を立てる組織的な体制が無ければ到底面倒を見切れないのだ。

 

防護結界の保全は恐ろしく地味な仕事だが、人によって適正の有無がはっきりわかれる仕事である。地図読みや札に書かれた防護結界からのフィードバックを読み解くのが苦手な式神に任せると、標準作業時間の数倍の時間を要することも珍しくない。幸いにもカンナはこの手の仕事が得意らしく、初めてにも関わらず手際が良い。初心者なので標準作業時間の2倍以内の時間に収めてくれれば及第点と思っていたが、このペースだとそこまで時間はかからなそうだ。

 

「カンナ、凄いね。」

 

西賀亮が耳打ちしてくる。

 

「そうですね。資料を読ませただけで私はほとんど何もしていませんが。」

 

手がかからない新人である。班のポンコツたちにも彼女を見習ってほしいと思うのは度を越した願いだろうか?

 

その時、ふと嫌な気配を感じる。

 

「……西賀さん、マガツヒが居ます。」

 

「どっち?」

 

「南西の方角ですね。距離は2000mってところです。真っすぐこちらに向かってきます」

 

恐らく防護結界を破ることができずに周囲を徘徊していた個体だろう。動きからしてこちらに気付いているようだ。

 

「アヤノさん、マガツヒです。」

 

遅れてカンナも気付く。

 

「いい機会なので私の能力をカンナさんに見せます。」

 

般若のアヤカシには「恨みつらみの感情を術に変換する」という能力があるが、口頭で説明しても伝わりづらい。百聞は一見に如かず、ここで披露しよう。

 

「カンナさん、私が倒します。西賀さんを守りつつ周囲に他のマガツヒがいないか警戒しながら見ていて下さい。私の指示があるまで手出し不要です。」

 

「分かりました。西賀さん、下がりましょう。」

 

陰陽師は陰陽術への適正を除けばただのヒト(アヤカシでない人間)である。マガツヒとの戦いでの役割は、式神に霊力を供給したり札や符で援護したりする後方支援である。カンナが西賀亮の手を引いて防護結界の内側に入るのを見届けてから前に進み出る。

 

(400m…300m……200m……来る。)

 

「ぐおお」という唸り声と共に、目の前に広がる針葉樹林の木々をへし折りながら唸り声の主が姿を現す。

 

現れたのは異形の巨人。5メートル近い筋骨隆々の体躯、石のように暗い灰色の肌、のっぺらぼうの顔面。よく見ると、上半身の皮膚には邪悪な笑みを浮かべた無数の顔がうぞうぞと蠢いている。

 

「あはは」

 

「ヴァアアアァァァ––!」

 

「ひっひっひっ」

 

「■■■■■■––!」

 

上半身の顔がアヤノに向けて一斉に怒号と哄笑を浴びせかける。一方、アヤノは俯いたままマガツヒには目もくれない。

 

般若のアヤカシは恨みつらみの感情を武器にするが、人間である以上、さすがに常に恨みつらみに苛まれ続けるわけにはいかない。そんな精神状態ではかえってまともに闘えないだろう。だからそういう感情をいつでも呼び起せるよう「最悪な思い出」をストックしておくのだが、アヤノの場合それはかつて仕えていた陰陽師にまつわる記憶である。

 

(許せない……。)

 

あの男の顔を思い出す。その昔、式神としてのキャリアを崖っぷちに追いつめてくれた男の顔を。これまで数人の陰陽師と契約してきたが、今でもはっきりと顔を思い出せるのはあの男だけだ。あの男の顔だけはたった今会って話し込んだばかりのように鮮明に思い出せる。迫り来るマガツヒに怯える横顔、保身にとりつかれ住民の保護を放棄した表情、取り巻きと一緒に投げかけてきた悪意に満ちた哄笑––。

 

伏していた目を上げ、巨人を睨みつける。自分と巨人の間の中空にアイツの姿を幻視した。マガツヒののっぺらぼうの顔面にアイツの顔が重なった瞬間––

 

「あぁぁぁぁ!」

 

雄たけびを上げながらマガツヒに突っ込む。

 

マガツヒが振り下ろした右の豪腕を抜刀した大剣で受け流し、地を打った右腕に大剣を振り下ろして手首から先を切り落とす。剣を持ち直し、間髪を入れず右足の膝と付け根に叩きつける。マガツヒの上半身の顔が怒りと苦悶の叫び声を上げる。マガツヒは距離を取るために後ろに飛びのいたが、右半身の損傷が激しく、バランスを崩して仰向けに倒れこむ。追わず、地面に大剣を突き立てる。

 

『あれが例のアヤノだって。』

 

ひそひそ。

 

『任務中に暴走した挙句、止めようとした陰陽師の顔面に鉄拳をお見舞いしたらしい。』

 

『え~!凄いできる人だと思ってたのに。私ショック。』

 

ひそひそ。ひそひそ。

 

『サイコパスって表向きはしっかりしてるんだよ。任務中にまともな振りの限界がきてすっきりしたくなっちゃったんじゃねぇの?あはは!』

 

『ちょっと、本人そこにいるから、聞こえちゃうって……』

 

『やばい、鉄拳が飛んでくるぞ!』

 

『『『あはは!』』』

 

ひそひそ。ひそひそ。ひそひそ。

 

『陰陽寮では陰陽師が一番偉いって知らなかったらしいな、アヤノ?優秀だからって調子こいてる式神なんざ俺がちょっと手を回せばこの様よ。それに、俺の叔父がここらの管区長なのも知らなかったらしいな?お前にぶん殴られた傷はもう数日で完治するが、お前はこの先ずっと冷や飯食らいだ。俺に反抗した報いだよ!ざまあみろ、あはは。』

 

アヤノから黒い霧のようなモノが立ち込める。霧は風に流されることなくさらさらと巨人の方に流れ、全身を包み込むように纏わりつく。すると、立ち上がろうとしていたマガツヒが突如として全身を硬直させ、再びバランスを失ってばたっと倒れた。絶えず怒号を上げていた上半身の顔も怨嗟に満ちた表情はそのままぴたりと静まり返る。暗い気で包んだ相手の身動きを封じる。これがアヤノの能力だった。

 

地面に突き立てた大剣を引き抜き、全身を地面に縫い付けられたかのように動かないマガツヒに駆け寄る。俎上の魚と化したマガツヒの上半身の顔が殺気に満ちた目線を向けてくる。その顔の一つ一つがアイツや取り巻きの顔に見えた。

 

「死ね!」

 

罵声を浴びせながら大剣をマガツヒに叩きつける。

 

「死ね!消えろ!この……!」

 

何度も、何度も、何度も打ち付ける。いつの間にか急所を破壊していたらしく、マガツヒは断末魔をあげる間もなく瘴気の霧となって消え失せた。

 

(ありがとう。あの時私を嗤った人たち。)

 

大剣を振るい、付着した土を軽く落としてから鞘に戻す。

 

(お陰で今日もマガツヒと戦えます。)

 

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