あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第十五話:アヤノ#2

アヤノは周囲に他のマガツヒの気配が無いことを確認してから目を閉じた。

 

冬の冷たい風が軽く汗ばんだ顔を撫でる心地よい感触に意識を集中する。最悪の思い出から意識を反らす。すると、精神を満たしていた恨みつらみの感情が沈静化していく。憎き仇たちが精神世界から退場し、戦いが始まる前の冷たく澄んだ精神を取り戻していく。意志と行動で精神状態を調整する技能は般若のアヤカシの戦いに必要不可欠だ。

 

「お見事です。アヤノさんの戦い方をこの目に焼き付けました。」

 

カンナから真新しいハンカチと水袋、それにのど飴を受け取る。

 

「ありがとうございます。」

 

気が利く子だ。軽く汗を拭い、水で喉を潤し、のど飴を口に放り込む。

 

(あっ、レモン味だ!)

 

好物である。

 

「次マガツヒが出たら私に任せて下さい。手際よく片付けて見せます。」

 

「状況によりますが、なるべくカンナさんに任せますね。」

 

その後、任務は順調に進む。標準作業時間内に全ての点検作業が完了し、集合場所の橋に遅れて到着したアスカとイズナと合流する。

 

(順調なのは良いけど、このままだとカンナさんの戦いが見られないな。)

 

次の機会にお預けだろうか?そう思った直後––

 

「ご主人、あっちからマガツヒの気配がするっス!」

 

アスカが叫んで西賀亮に注意を促す。アスカは3000m離れたマガツヒの存在を察知できるらしい。自分はまだ何も感じていなかった。

 

「アスカ、マガツヒの数と距離と方角はわかる?」

 

「数は一体。距離は私がギリギリ感じ取れるくらいなので多分3000m。方角は……なんというか、あっちっス。」

 

アスカが漠然と南の方角を指し示す。

 

「西賀さん。」

 

カンナが強い意志を秘めた目で西賀亮を見つめる。

 

「分かってるよ、カンナ。イズナ、カンナの能力を見るいい機会だと思う。」

 

「そうだな、ここは一旦カンナに任せることにする。」

 

カンナが無言でうなづく。

 

「陰陽師から霊力の供給を受ける感覚を掴むいい機会にもなるね。」

 

西賀亮がカンナに霊力を流す。カンナの身体が青白く発光する気に包まれた。アヤカシの霊力とヒトの霊力がうまく融和したサインだ。

 

「任せてください。みなさんの手は煩わせません。」

 

南の方角。こちらへ猛進する気配を認める。接敵まで3分強というところだろう。

 

「カンナさん、全然緊張してないっスね。」

 

アスカが囁く。

 

「あの子はポーカーフェイス過ぎて私には分からないです。」

 

「私は臭いで分かるんですけど、人間が緊張した時に出る臭いがほとんどしないっス。」

 

犬神のアヤカシであるアスカの嗅覚は常人離れしており、呼気や汗の僅かな臭いの変化から人の精神状態の変化を察することができる。自分にはまるでわからないが、アスカがそう言うならカンナは冷静なのだろう。

 

「……来るっス!」

 

最初に感じたのは獣臭。最初はわずかに、徐々に強くなっていく。アスカが「くちゃい」と鼻を摘まむほど臭いが濃くなった時、橋の向こう側の樹林帯から臭いの発生源が空高く飛び立つのが見えた。巨大な陰が一足で橋を飛び越し、カンナの目の前に着地する。

 

「ぎゃあああぁぁぁっっっ!!」

 

それは猿と昆虫を混ぜたような姿をしていた。全長5m、体高2m。全体的に猿のような姿をしているが、顔には皮膚や体毛が存在せず筋肉と内臓が露出している。昆虫のような6本の後ろ足で立ち、4本の前足の先端はカマキリの鎌のような形状に変形している。前足の鎌が地面を打つ度にゴンゴンと金属質な音を立てている。

 

(カンナさんはどう出るかしら。)

 

猿のマガツヒの強さは自分が倒した巨人のマガツヒよりやや強い程度だろう。名前付きを1人で倒せるカンナが遅れを取るとは思わないが、数百mの距離を一瞬で詰めた先ほどの跳躍力からして仕留めきれずに逃げられると厄介そうだ。マガツヒは殺人本能の塊であり、滅びるまで衝動的・本能的な殺人行為に没頭するものだが、敗北を予感すると逃亡する個体も少なくない。シジョウを襲った黒蝗がその代表例だ。より長く生存した方がより多くの殺人の機会を得られるのだから、決して不自然な行動ではない。

 

(逃げる素振りを見せたら拘束するか。)

 

念のため大剣を抜刀する。

 

「きいいぃぃぃぃ!!」

 

甲高い叫び声と共にマガツヒが右前足の鎌をカンナに振り下ろす。カンナは避けずに前に出て左肩で受け止める。カンナを袈裟懸けに斬り裂こうとした鎌はカンナの全身を覆う不可視の鎧に阻まれ、「ゴン」と鈍い音を立てて衣服を破いただけで止まった。

 

(あれが不可視の鎧ってわけね。)

 

カンナがそういう能力を持っていることは知っていたが、知らなければ何が起きたのか分からなかっただろう。マガツヒも攻撃がまるで通じないことは想定していなかったのか、呆けたように一瞬動きを止めた。

 

カンナは左腕で鎌を抑えてマガツヒの右前足の動きを封じると、上段蹴りで先端の関節を破壊し、前腕の鎌をねじり切って奪い取った。

 

「■■■■■■––!!」

 

マガツヒが怒り狂って残る3本の鎌をまとめてカンナに振り下ろす。カンナは潜り抜けるように回避し、マガツヒとの距離を一気に詰め、鎌を振り下ろした勢いで前に体重が乗った後ろ足に飛び蹴りを食らわせた。マガツヒの自重が乗った後ろ足の関節が、可動域とは真逆の方向に曲がって壊れる。マガツヒはバランスを失って転倒したが、カンナはすぐに止めを刺そうとせず、残った後ろ脚の筋を奪った鎌で滅多切りにした。

 

(うまい。マガツヒの逃げ足を封じた。)

 

逃亡手段を失ったマガツヒは鎌を滅茶苦茶に振り回して抵抗するが、カンナは3本の鎌を難なく素手で受け止めて動きを封じ、マガツヒの頭部を思い切り踏み砕いた。

 

「!!」

 

マガツヒは一瞬身体を大きく痙攣させて絶命し、瘴気の霧となって消えていく。

 

(手際が良い。)

 

マガツヒの特徴を瞬時に把握し、自分の能力を活かして逃げ足を封じ、確実に止めを刺す。戦いの組み立て方が上手く、無駄がない。優秀な子だとは思っていたが、ここまで戦えるとは。

 

「皆さん、お待たせしました。」

 

カンナが汗を拭いながら戻ってくる。涼しい表情で身体には傷一つ負っていない。マガツヒの鎌で切り裂かれた衣服の左肩の部分が、見えない手で縫合されていくかのように修復されていく。自分の霊力で生成した衣服を身に着けるアヤカシにはよく見られる光景だ。

 

「カンナさん、凄いっス!」

 

アスカが無邪気な笑顔でハイタッチを求める。カンナも「イェ~イ!」とハイタッチに応じる。意外に乗りが良い。

 

「うむ、見事な手際だったぞ、カンナ。」

 

「危なげなかったね。」

 

西賀亮とイズナも賞賛の言葉を送る。

 

「カンナさん、言うことなしです。安心して見ていられました。」

 

「ありがとうございます。」

 

カンナがニヤッと笑顔を見せる。クールで不敵で、ちょっとニヒルな感じがする笑みは彼女のイメージにぴったりだった。

 

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