あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
任務を終えた西賀亮班の一行は馬車に乗り帰路についていた。
「カンナさん!私、また眠くなって来たっス~。」
アスカが甘えた上目遣いの表情でカンナにすり寄る。カンナにもたれ掛かって寝るのが気に入ったらしい。
「いいですよ。」
カンナが気前よく応じる。アスカが「待ってました!」とばかりに、飼い主に甘える犬のようにカンナにすり寄る。カンナは着物を脱いでアスカに被せ、片手で優しく抱きしめて身体を支えてやり、もう一方の手の親指と人差し指で獣耳の付け根を揉みほぐし始めた。
「あ”~っ、それ最高っス!寝落ちするまで続けてほしいっス~。」
「いいですよ。」
「カンナさんっていいにおいがするっスね……。」
カンナは満更でもない笑みを浮かべながらアスカの耳を優しく愛撫し続ける。アスカはしばらく至福の表情で快楽を貪っていたが一分と立たず眠りに落ちた。そんなアスカを見てカンナはしみじみとした笑みを浮かべている。他人を愛でることに幸福を感じる人柄なのだろうか。
アスカが寝落ちした後、イズナと西賀亮も寝始めた。イズナは自分の尻尾を抱き枕代わりにして、西賀亮は行きの馬車でイズナに怒られたことを気にしているのか、イズナの尾に触れないよう壁に身体を密着させて寝ている。
「西賀さん、寒くないですか?これを布団代わりにしてください。」
カンナが着物をもう一枚生成して渡してやる。西賀亮は寝ぼけ声で礼を言い、もぞもぞ動いて着物にくるまる。
カンナは着物の下に長袖の黒のインナーを着ていた。アスリートが着用する、肌にピッタリと張り付くスベスベした素材のタイツによく似ている。霊力を感じるのでこれも霊力で編まれた服なのだろう。
(すごい身体。)
インナー越しにカンナの鍛え抜かれた身体が見える。広背筋と僧帽筋が発達しており女性にしては肩と背中が大きい。腰は細く引き締まり、インナー越しに腹筋のカットがわずかに透けて見える。身体のあらゆる部分が細くしなやかな筋肉で覆われ彫刻のように芸術的だ。アヤノも仕事柄身体を鍛えているので、カンナの肉体が凄まじい鍛錬と自己管理の賜物であることが察せられた。
「何か?」
視線に気付いたカンナがこちらを見ていた。
「……すみません。何でもないです。」
あなたの身体を見ていましたとはさすがに言いずらい。
「アヤノさんもお疲れのようですがいかがですか?」
そう言いながらカンナがアスカの方を目くばせする。寝ますか?という意味だろう。
「私、疲れてるように見えますか?」
「睡眠不足と疲労を意志の力で隠しているように見えます。」
図星である。ここ最近は残業続きが常態化している。昨日も深夜まで教育の計画を立てていたのだ。任務で身体を動かしたこともあり、心地よい疲労と眠気を感じていた。
「陰陽寮に着く直前で起こしますよ。」
そう言いながらカンナが「おいで」と言わんばかりに片腕を広げる。
(寝ておくか……。)
陰陽寮に戻ってもまだまだ仕事がある。休める内に休むべきだ。
「すみません、ひと休みさせてもらいます。」
「どうぞ。」
カンナが霊力で更にもう一枚生成した着物を身にまとう。カンナはかなりの長身で、着物はちょっとした掛け布団のようだ。着物にくるまって荷台の壁に持たれかかって寝ようとすると––
「アヤノさん、壁は冷たいですよ。私にもたれ掛かって下さい。」
「邪魔じゃないですか?」
カンナは何も答えず、無言でアヤノを抱き寄せた。
「……ではお言葉に甘えさせていただきます。」
カンナの大きな身体にこてんと体重を預ける。
出会って間もない後輩にもたれ掛かって昼寝。西賀亮班に来る前なら絶対にやらないことだ。かつては移動中に昼寝など絶対にできないほど周囲との信頼関係が無かった。お陰で脳と身体を休めるべき時に休められず、無駄な我慢をしたものだ。
(冷えるな。)
耳が冬の外気に晒される。だが、カンナがすぐに気が付き、大きな掌を耳に優しく押し当ててくる。至れり尽くせりである。後輩をこき使う悪い先輩みたいだが、本人の自発的な行動なので問題ないということにして、今だけはこの安らぎに身を浸していたい。
(私もぬるくなったな……。)
そんなことを考えている内にアヤノは眠りに落ちた。
▼▽▼▽▼▽
右手にアスカを、左手にアヤノを抱きかかえる。カンナは学生の頃を思い出していた。
カンナは子供のころからとにかく目立つ存在だった。格闘技の大会に出れば優勝確定の天才アスリートで、全国紙やスポーツ誌に何度も顔と名前が載った。学業もトップクラスの秀才だった。クラスメイトに「他校の不良にカツアゲされた」と泣きつかれればその日の内に他校に単身で乗り込み、カツアゲ犯をボコボコにして金を奪い返すちょっと危ないやつだった。美人で背が高く、よく大人と間違われた。親が有名人だった。
カンナの人気はちょっとした芸能人並だった。数人の厄介なおっかけ女子がカンナに断りなく設立した「カンナ様を愛でる会」が、会員よりもカンナと親密になろうとする者を陰で制裁する事件が発生し、学校中で問題になった。同級生の親がカンナの人気に目をつけ、カンナの盗撮写真や子供に盗ませたカンナの私物で金儲けをし、カンナの親に訴えられる事件もあった。カンナが「一人にして?」とキレ気味で言わないといつまでも着いてくる取り巻きの女子が何人もいた。
カンナには体調管理のために授業をサボって図書室や保健室で昼寝をする習慣があった。取り巻きの女子は昼寝にもついてきた。目的はカンナと添い寝することだった。
(お前ら、授業出ろよ。)
自分のことは棚に上げてそう思ったが、基本的に取り巻きの期待には応えてやったものだ。カンナは庇護欲が強い性格で、無邪気に自分を慕う女子たちとちやほやし合うのは満更でもなかった。
あの頃は幸せだった。
アヤノが「すぅすぅ」と寝息を立て始めた。仏頂面でいることが多いアヤノも寝ている時は無防備な表情を晒すらしい。
(可愛い。)
アスカとアヤノを抱き寄せて愛らしい寝顔を見つめる。幸せだったあの頃を思い出しながら。
カンナに触れられるだけで子犬のようにはしゃぎ回ってた女子たちも、カンナを金儲けに利用しようとした悪い同級生の一家も、もうこの世にはいない。みんなシジョウ北部の子で、シジョウの惨劇で真っ先に犠牲になった。
(……。)
「今の私は幸せだろうか」と問われれば答えは「否」だろう。孤独に苛まれる日々にかつてのような彩は無い。
だが、不幸か?絶望しているのか?と問われればその答えも「否」だろう。今は不幸や絶望に浸る暇も無いほど「シジョウを救う」という己に課した使命に没頭している。幸せでないことと不幸は同じ状況ではないのだ。走り続けている間は本当の不幸や絶望は存在しない。
故郷では走り続けられなくなった人々を何人も見てきた。シジョウの惨劇で大切なものを失い、絶望のまっただ中で時間が停止し、喪失の日から抜け出せなくなった人たちだ。あの人たちの境遇こそが真の不幸だろう。自分には何も残されていないと昔は思っていたが、それは間違いだったと今ならば分かる。心に消えない炎こそが自分に残された貴重な財産であり、真の絶望と不幸から自分を守る聖火なのだ。
穏やかな寝顔のアスカとアヤノの頬にそっと掌をあてる。今、2人幸せだろうか。孤独ではないだろうか。大切なものを失ってはいないだろうか。
他人が不幸か幸福かを見分けることは難しい。笑顔を浮かべていても心は絶望で満たされていることがある。苦悩に満ちた表情でも心は希望と闘志に満ちていることもある。二人の皮膚が冬の外気に晒され少し冷たくなっていたが、カンナに触れる身体はぽかぽかと暖かで、あの時抱きしめた取り巻きの女の子たちのようだった。
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朝5時半。カンナは軽い朝食を済ませ身を整えると修練場へ向かう。
修練場は陰陽寮の敷地内にある身体や術を鍛えるための施設である。普通の体育館やトレーニング設備だけでなく、対マガツヒ戦を想定した訓練を行うための戦闘用からくり、霊術で人口の怪物を生成するための陣などの陰陽寮ならではの設備もある。
「おはようございます。」
女子更衣室で着替えていると後からやってきたアヤノに声をかけられる。
「おはようございます。アヤノさんもよく来られるんですか?」
「内勤の日はほぼ毎朝来てます。残業が多くて夜は身体を鍛える余裕も無いので。」
式神の仕事は体力勝負である。身体を鍛える者は多い。朝6時だが女子更衣室には既に10人近い人が居る。
カンナはスポーツウェアに着替えるために脱衣したアヤノの身体をこっそり眺めている。
(おっ、結構鍛えてるな。)
アヤノは細身だが、体幹と太ももの引き締まり方が普通ではない。美容に気を使うだけではこのような筋肉のつき方はしないだろう。頑健で実用性が高い、正に仕事人の身体だ。それと、肌が綺麗だ。ほのかに柑橘系の香水の香りもする。
カンナは老若男女を問わず、人の身体を見るのが好きだった。ある程度の年齢に達すると身体はその人の歴史、習慣を何よりも雄弁に物語る。そこに嘘は無い。生き方がそのまま身体に表れるのだ。
(アヤノさんはストイックな人なんだろうな。鍛錬、食事、睡眠、体調管理に気を張ってます!仕事一辺倒じゃなくて美容にも手を抜いてません!って感じの。)
アヤノとは気が合うかもしれない。自分も同類なのでわかるが、この手の人物は生活の全てが関心事である。時間と体力を何にどう配分するのかをひたすら計算し続けている。より意義のある鍛錬、栄養摂取、休息への関心が高く、その手の話題を振れば延々と喋り続ける。
(アヤノさんと仲良くなる方法は取り合えず筋トレ談義だな。)
西賀亮やイズナがアヤノに接する態度を見るに、恐らく彼女は単に個人として仕事ができるに留まらず、班の大黒柱、リーダー格の人物だ。せっかく教育係として身近に接する機会が多い以上、仲良くならない手は無い。着替え始めながらそう思った。
一方、アヤノもスポーツウェアに着替えるために脱衣したカンナのこっそり身体を眺めていた。
(すごっ。やっぱりアスリートは鍛え方が違うな。)
予想はしていたが、カンナの身体は鍛え抜かれている。187cmの長身のどこを見ても弛みや貧弱さは一切見当たらない。しなやかな筋肉が絶妙な均整を保ちながら全身を覆っている。彼女は格闘技で輝かしい成果を残してきたらしいが、正にトップアスリートの体だ。ネコ科の肉食獣を思わせる柔軟さと強靭さを感じる。
前にインナー越しにカンナの鍛え抜かれた身体を見た時から中身を見たいと思っていたが、想像以上だ。アヤノは特に美術に造詣が深いわけではないが、鍛えられた身体に美を感じるくらいの感性は持ち合わせている。アヤノ自身もかなり身体を鍛えている方だが、カンナは一つの到達点かもしれない。
(カンナさんと仲良くなるには取り合えずトレーニングの話かな。)
新人教育を担当するにあたって本を読んだり人事の研修を受けたりしたが、どんな教材にも「細かい指導テクより相手の人柄を知れ」とあった。
カンナは手はかからなそうだが、内面が非常に分かりにくい人物でもある。口数は少なく、かなりのポーカーフェースである。アヤノ自身も相手に取り入るのが上手いタイプではない。仕事以外にも共通の話題が絶対に必要だが、その点は苦労せずに済みそうだ。
アヤノは筋トレを、カンナは大鏡の前で形稽古を行う。鍛錬が終わるとシャワーで汗を流す。
「アヤノさん、髪を乾かしましょうか。」
「え?良いんですか?」
「任せてください。」
修練場のシャワールームには「カグライト」という霊力を消費して動力を生み出す特殊な鉱石で動くドライヤーがある。カンナにドライヤーで髪を乾かしてもらう。
(気持ちいい……うますぎる。)
本職の美容師に髪を乾かされている心地だ。昨日の馬車のアスカの弛んだ表情を思い出し、「自分はあんなバカな面を晒すまい」と意識してこらえる。
髪が乾いた後は櫛で髪型を整えられる。
「昨日の髪型と同じにしたつもりなんですけど、どうですか?」
「あ、ありがとうございます。これでいいです。すごいですね。」
細部が異なるがほぼ普段通りである。会って日が浅いのによくここまで再現できるなと感心する。
陰陽寮の食堂でカンナと朝食を済ませる。今日の朝食は焼き魚と野菜の定食。
「美味しいですね。」
「色々コネがあっていいとこの米を仕入れてるらしいです。」
アヤノは食が太い。大根おろしを山盛りにしたホッケの開き、生野菜のサラダ、具だくさんの味噌汁、梅干を乗せた白米一合半をぺろりと平らげる。昼と夜もしっかり食べる。それくらい食べないと体重をキープできないのだ。式神になって以来、この食生活を続けることで体重の増減を1kg未満に抑えている。
カンナもほぼ同量を量を平然と平らげる。
二人そろって執務室へ出勤する。始業までまだ時間があるが、昨日の任務の報告書に目を通す。
「……。」
アスカが書いた報告書は突っ込みどころ満載。修正指示を書いた付箋を大量に貼りつけ彼女の席に突き返す。他方、カンナの報告書にはほとんど訂正するべき点が見当たらない。初めてでこれなら期待以上だ。
(カンナさんはスパルタ教育、短期戦力化コースで決定かな。班を立て直す側になってもらおう。)
我ながら厳しい先輩だが、今の西賀亮班にやる気も能力もある人員をフル活用しない選択などあり得ない。やれるならやらせる、それだけだ。
カンナに大量の仕事を与え、やり方を教えて執務室を出る。今日も定時の間は会議、会議、会議。その多くが自分は一切関与していない同僚たちの不正、不手際について釈明する場である。あまりの理不尽に腹が立つが、嘆いても問題は片付かないし、結局は自分で自分を救うしかないのだ。
原作では機械や装置は「からくり」と表現されるので本作でも踏襲しています。
原作には現実世界の家電のようなものが存在しますが、電力ではなく「カグライト」という不思議鉱石から動力を得ています。