あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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十七話と十八話はもともと一緒でしたが、後半を一つの話に独立させました


第十八話:西賀亮

ナクサから南西に約200km離れたとある山中。西賀亮は任務に従事している。

 

(このペースだと間に合わないな。)

 

懐から小さな符を取り出す。俗に「通信用の符」と呼ばれる霊具で、ごく少量の霊力を流すと別の通信用の符のもとに声を飛ばす霊術が発動する。遠隔地の陰陽師と連携して任務にあたる際には必須の霊具である。

 

「央元さん、西賀です。」

 

「おう、どうした?西賀君。」

 

符の向こう側から任務を指揮する陰陽師央元春樹の低い声が返ってくる。

 

「すみません、防衛結界用の符の配置が予定時間内に終わらなそうです。」

 

「あとどれくらいかかる?確実に間に合う時間を教えてほしい。」

 

「45分ほしいです。」

 

「分かった。西賀君の式神のお陰で随分時間が余ってるから、焦らず確実にやってくれ。」

 

「承知しました。」

 

符が沈静化する。

 

地震で防護結界が消失し、マガツヒと霊獣の脅威に晒された人里を救出するのが今回の任務である。既に人里に接近していたマガツヒの群れと凶暴な霊獣は始末がつき、後は防護結界を再展開するのみとなっている。

 

「他の班、仕事早すぎるでしょ。」

 

思わずボヤキが口に出る。今回の任務には計3人の陰陽師が従事しているが、西賀亮以外の陰陽師は既に防護結界再展開の仕込みを終えているのだ。

 

「あまり気にするな。今回の任務は各支部から精鋭が集められている。客観的に見てもお主の仕事が遅いのではなく、他の陰陽師が早すぎるだけだ。」

 

イズナがフォローをいれる。

 

実際にそうかもしれない。3人いる陰陽師の内、1人は南部第一支部のこの道15年目のベテラン。そして指揮官を務める央元は3年目の若手陰陽師だが、既に彼が所属する支部では第二位副主席陰陽師という地位に就いている出世頭である。少なくとも、自分が3年目で彼と同じ地位に就けることはまずあり得ないだろう。

 

「なんだ、亮。今更、己の無能ぶりに打ちひしがれているのか。」

 

西賀亮の頭上から嬉しそうな女の声。若い女がふわふわと浮いている。彼と契約する式神の善如龍王である。

 

「これでも人並みの早さで仕事は進めてるから、無能では無いと思うんだけど。」

 

「我が手を貸しているにも関わらず人並みの早さ?それを無能と言うのだ。」

 

「龍王は戦いしかやってくれないじゃん。そんなこと言うなら符の設置を手伝ってよ。」

 

「ふん、身のほどをわきまえよ。我の目的は人里の温泉だ。お前に任せるといつまでも温泉に入れぬゆえ、邪魔なマガツヒと霊獣を駆除したまで。我がお前を助けるのではなく、お前が身を粉にして我に尽くすのが道理だ。世話方としての自覚が足らぬぞ。」

 

「……すみませんでした。」

 

「ふふっ。」

 

西賀亮が不満を訴える犬のような表情を浮かべるのを見て善如龍王が嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

頭部の一対の蒼角、臀部から伸びる長い尾、自身の周囲を浮遊する宝玉と装飾。善如龍王は一見すると少し派手な風体の美しい女のアヤカシといった印象だが、実際は力の使い過ぎで肉体を喪失した強大な龍が式神契約によって仮初の肉体を得た存在である。

 

大陸には彼女を題材としたおとぎ話がある。おとぎ話に登場する善如龍王は少女の病を癒し、干ばつに苦しむ村に恵みの雨をもたらす善性と慈愛の化身の如き性格をしているが、実際の彼女は人の泣き顔を眺めるのが趣味と公言して憚らない性悪、暴虐無人の権化である。

 

式神契約は形式上、陰陽師が主、アヤカシを従とする。だが、西賀亮の記憶にある限り彼女が自分を主として扱ったことなど一度もない。常に彼女の暇つぶしの道具としてこき使われ、仕事の手伝いなど彼女の気が向いた時にしかしてもらえない。何とも困った式神だが、それでも彼女のイビリ、おちょくりに耐えることに全く意味が無いわけではない。

 

眼下に広がる湖。天気は快晴、周囲はほぼ無風にも関わらず、湖面には竜巻が発生している。竜巻には目と手が生えているかのごとく、周囲を蠢くマガツヒは距離とは無関係に次々に竜巻に飲まれて消えていく。荒れた海のように激しく渦巻く湖の中央では身の丈10mに達しようかという虎に似た霊獣が、渦に飲まれまいと必死にもがいている。

 

虎の霊獣が流ちょうな人語で叫ぶ。

 

「助けて!私が悪かった、人里を襲おうなどとは二度と思いません!」

 

「やかましいぞ、獣。」

 

善如龍王が吐き捨てるように応える。囁くような小声だが、竜巻の轟音にかき消されることなく、周囲に明瞭に響き渡る。

 

「もう逆らいませんから!」

 

「もがき苦しむ様で我を楽しませる栄誉を与えてやる。感涙に咽び泣くがよい。」

 

「そんな…!」

 

「ははっ、下等な霊獣にしてはなかなか楽しませるではないか。あの世でこの龍王の無聊の慰みとなったことを犬猫どもに誇るが良い。」

 

「がぼぼ……」

 

絶望の表情と共に虎の霊獣が徐々に沈んでいく。

 

「龍王、やり過ぎだよ。あの調子ならもう逆らわないって。」

 

「ほぅ。亮、お前あの霊獣を庇うというのか。」

 

「あの霊獣はマガツヒの大量発生で生態系が狂って獣が獲れなくなったから人里に来ただけなんだよ。賢いから、事態が落ち着けば人を襲ったりなんてしない。殺す必要は無いよ。」

 

「その通りだろうが……せっかく我も興が乗ってきたところなのだがなぁ。」

 

善如龍王の顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。我ながら悲しいことに、彼女にこき使われ過ぎて日に日に彼女の期待を察せられるようになっている。

 

「分かったよ。あの霊獣を助けてくれたら俺が代わりに遊び相手になるよ。」

 

「その言葉、忘れるな。」

 

善如龍王が「パチン」と指を鳴らす。すると、竜巻があっという間に霧散し、湖が一瞬の内に静けさを取り戻す。虎の霊獣が好機とばかり湖から脱出するが、疲労困憊してその場に倒れこむ。

 

「聞け、獣。お前の芸には飽きた。代わりにこの男で遊ぶことにする。」

 

善如龍王が尾の先端で西賀亮の頭頂部をツンツンと突く。

 

「人里を襲わぬと吐いたな。我は人の生き死になどに興味は無いが、下等な獣が我への誓いを反故にすることは許さぬ。先刻以上の苦痛と恐怖を味わいたくなくば、自分の言葉を肝に銘じよ。」

 

「は、はいぃぃ!肝に銘じますぅ!失礼しましたぁ!」

 

「失せよ。」

 

虎の霊獣は大量の水を吐き出すと一目散に走り去っていく。

 

「さぁて。猫遊びも悪くは無いが、やはり遊び道具はお前に限るなぁ、亮?」

 

善如龍王の顔に悪魔のようなねっとりとした笑みが浮かぶ。この後酷い目に遭わされるのは間違いないが、覚悟は決まっている。

 

(やるしかないな。)

 

西賀亮は至って凡庸な陰陽師である。無能扱いされるほど仕事ができないわけでもないが、優秀な人物として名前があがる事も無い。そういう男である。

 

そんな西賀亮に他人より優れたものがあるとすれば、それは縁。強大な力を持つアヤカシと出会い、なぜか式神として仲間にしてしまう数奇な縁。それしかないだろう。善如龍王とも常識では考えられない紆余曲折を経て式神契約を結ぶに至っている。

 

縁のお陰か、西賀亮の元には本人の実力を凌駕する任務が次々と舞い込んでくる。みな、西賀亮の元に集う規格外のタレントに期待しているのだ。

 

今回の任務もそうだ。何体のマガツヒが潜んでいるか見積もりも立たない山中に突撃し、おまけに並みの人里なら半日経らずで廃墟に変えるほどの力を持つ虎の霊獣の相手までさせられている。どちらも西賀亮のようなペーペーが単独でやり抜ける仕事ではない。善如龍王の力ありきで任せられているのだ。

 

結局のところ、西賀亮にこの仕事を任せた陰陽寮の上役と央元の目論見は当たっていたことになる。善如龍王は並みの陰陽師なら数日の調査と準備が必要な相手を、虫を踏み潰すかのごとく容易く片付けた。超弩級の霊獣を式神として使役する陰陽師として自分もまた名をあげるだろう。そんな器では無いというのに。

 

(でも、これが俺の仕事のやり方だ。)

 

西賀亮は縁あって善如龍王の他にも色々な意味で格上の存在と式神契約を結んでいる。そういった契約相手からは格の差に従って舐めた態度をとられる事も多く、善如龍王のようにイビリ抜いてくる者も少なくない。

 

だが、彼は少なくとも愚かでも卑屈でもなかった。自分の器を見定め、受け入れる度量がある。配下の式神や周囲の陰陽師が自分より格上でも、無暗に気後れしたり劣等感を覚えることも無い。凡人に過ぎない自分にやれることをやり抜くことにひたすら没頭できる。

 

今宵も善如龍王が心行くまでおもちゃのように遊ばれ尽くすことだろう。どんな目に遭わされるのかを想像するだけで胃痙攣を起こしそうだが、仕方が無い。自分が身体を張れば伝説に謳われる大いなる龍王が人類を守るために力を貸してくれる。陰陽師としての使命を果たし、周囲の大きな期待にも応えられる。

 

(これでいい。)

 

西賀亮にとって優れた職業人とは使命に忠実な者である。陰陽師としての使命とは、人類への奉仕に他ならない。犯罪的サボり魔の部下たちの尻拭いに忙殺され、人智を超えた霊獣のおもちゃにされようとも、少なくとも使命を放棄しようなどとは微塵も思ったことが無い。

 

西賀亮は自分の陰陽師としての職業人生に概ね満足していた。

 

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