あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
西賀亮班に所属する猫又の式神、リンの部屋。
朝日が部屋に差し込む。リンは目を覚ましていたが、すぐには目を開けずに身体の状態を確認した。違和感や痛みがないか、じっくりと自己検査を行う。
(体調ヨシ!)
布団から飛び起き、寝間着を脱ぎ捨て、裸で鏡の前に立つ。包帯と絆創膏が目立つ自分が映る。すべて、前回の仕事で負った傷だ。
包帯と絆創膏を外して傷口を確かめる。眉間の裂傷、右あばらの骨折、脹脛の内出血、背中の打撲跡、その他数えきれないほどの戦いの傷跡。全て痕跡すら残さず消えている。
(すごい。)
太上老君には後でしっかり礼をしなければ。彼女の治癒術がこれほど優れているとは思わなかった。
もう一度鏡の中の自分を見つめる。いつもの自分らしくない、どこか落ち着きない印象を受ける。
(ちょっと興奮してるな。いったん気を落ち着けよう。)
朝風呂に入り、寝ぼけ気味の体を目覚めさせる。乱れた髪を整え、頭部の猫耳と二本の尾の毛に、いつもより時間をかけて念入りに櫛を入れる。
(約束の時間までまだあるな。武具の手入れをしよう。)
亡き兄から受け継いだ巨大な鉤爪を取り出す。ブラシで汚れを落とし、油を塗布する。鉤爪はマガツヒとの戦いのために特殊な素材から作られており、頻繁な手入れは必要ない。だが、黙々と油を塗布していると心が鎮まる。テンションを調整するための一瞬のルーチンなのである。
「……」
油の臭いを感じながら、前回の仕事での苦い失態の記憶を反芻する––
▼▽▼▽
一週間前、リンは同僚の小狐丸、鬼一法眼の三人でとある任務に就いていた。
任務の内容はナクサの外れにある犯罪組織「赤猿組」の拠点強襲。拠点の包囲と構成員の捕縛は同心たちが担い、リンたち陰陽寮組は赤猿組が雇っているアヤカシの用心棒の反撃に対応する。
赤猿組の拠点は広大な屋敷だった。入り口の見張りを無力化して屋敷に押し入ると、早速ガラの悪そうな鬼のアヤカシと遭遇した。
「誰だ、てめえら!」
怒号を上げて用心棒が詰め寄ってくる。
「用心棒だ!」
「陰陽寮のみなさん、任せますよ!」
同心たちが叫ぶ。
「私がやる!みんなは先に進んで!」
「リンさん、任せます!」
「気を付けるのだぞ、リン。」
小狐丸と鬼一法眼が同心らと先を進むのを背中で感じながら、リンは用心棒と対峙する。用心棒は躊躇うことなく殴りかかってきた。
事前の情報で「用心棒のアヤカシはみな腕利き」と聞いていたが、確かに恐ろしく強かった。辛くも勝利したが、リンも用心棒も重傷を負っていた。
(無力化……無力化しないと。)
失神寸前だったが、気力を振り絞って立ち上がる。気絶した用心棒の体に霊力の放出を妨害する札を貼り付ける。スクナビコナ製の筋弛緩剤を無理やり口に流し込み、最後にテグスで身体を拘束する。
(……無力化完了。)
だが、リンの体力もそこで限界だった。全身の痛みで意識が朦朧とする。もはや雑魚マガツヒ一体にすら勝てる気がしない。人目につかない場所に隠れると、力尽きて動けなくなる。結局、任務には復帰できなかった。
「皆さん、本当にありがとうございます。大変な強行作戦でしたが、お陰様で大成功です。」
任務は無事成功した。同心は皆無傷、赤猿組の幹部は全員捕縛。赤猿組の構成員もリンが相手をした用心棒以外には重傷者は出ていない。
リンも用心棒の一人を無力化したことで、最低限の役割は果たせたことになる。だが、自分の仕事ぶりは失態だと自己評価していた。
(敵に大怪我を負わせた上に、任務の途中で使い物にならなくなるなんて。)
初めての経験だった。
小狐丸と鬼一法眼は自分よりはるかにうまく役割を果たしていた。小狐丸は軽傷、鬼一法眼は無傷。二人とも用心棒に必要以上の怪我を負わせずに鎮圧している。
(すごいな、二人とも。私ももっと強くならないと。)
自然とそう思った。
任務後、リンの怪我を見舞いに来てくれた鬼一法眼に稽古を頼んだ。彼女は陰陽寮の近くに自分の道場を持っている。
「お願いがあるんだけど。」
「どうした、リン?」
鬼一法眼が小刀でリンゴを切りながら答える。
「もっと強くなりたいの。稽古をつけてほしいんだけど、いいかな?」
「かまわぬが、まずは怪我を治すのが先だ。」
「ありがとう。」
鬼一法眼が切ったリンゴをリンのそばに置いた。
「ちゃんと月謝も払うよ。いくら?」
「……ゲッシャ?」
「ん?」
鬼一法眼は生まれて初めてその言葉を聞いたというような表情を浮かべた。
「私、変な事言った?」
「ゲッシャ、ゲッシャ……そうか、『月謝』か。いや、すまぬ。リンが変なことを言ったわけではない。長らく月謝とは縁の無い生活をしていたので、急に月謝と言われて何のことか把握しかねた。」
「……法眼って武術の先生なんだよね?道場も持ってるんだよね?生徒から月謝もらわないの?」
「いや、そういうわけではない。道場は閑古鳥が鳴いていてな。そもそも月謝を払う生徒が居ないのだ。」
「そ、そうなんだ。」
「月謝か、ふふっ。リンが月謝を払ってくれれば水ともやしと小麦粉で飢えを凌ぐ必要もなくなるな。借金取りとも、拳ではなく言葉で支払い期限の交渉ができる。ありがたい話だ。」
「そう……良かったね。」
鬼一法眼は目を輝かせている。リンが引いていることには気付いていないらしい。
「リンゴ、一緒に食べてようね。」
鬼一法眼の悲惨な食生活を想像すると、見舞いの品を一人で平らげることはできない。
「ありがたい。実は昨日の夜以降何も食べていなくてな。空腹で意識がもうろうとしていたところだ。」
鬼一法眼が自分が切ったリンゴを口に放り込む。時刻は既に夕方だった。
▽▼▽▼
(行くか。)
鈍色の光沢を放つ鉤爪を元の場所に戻し、ブラシを片付け、鬼一法眼の道場へ向かう。
鬼一法眼の道場は、陰陽寮から少し離れた山の中にある。リンは陰陽寮の自室から一気に道場へ駆け抜け、鬼一法眼との約束の時間の五分前に道場へ到着した。
道場の中央では鬼一法眼と、見知らぬ先客が正座していた。
「リン、こちらへ来なさい。」
見知らぬ先客の隣に座る。会釈をしてきたので軽い会釈で返す。
彼女はとにかく背が高い。肩までの長さの髪は墨を流したような黒。顔立ちは端正で彫りが深く、凛々しく、意志が強そうな印象を受ける。眉は細く薄く、切れ長の目にはやや険がある。服越しにも引き締まった体つきをしているのがよくわかる。
(強そう。)
彼女からはそんな第一印象を得た。
「蒼澄カンナです。最近西賀亮さんと式神契約を結んだ新人です。」
カンナの声は低く澄んでいる。そして滑舌が良い。
「同じ班なんだ。私、リン。ため口でいいよ。」
「リン、カンナ。そなた達から稽古を頼まれて、法眼先生は考えた。二人は互いに切磋琢磨する仲となり、リンはカンナから人間との戦い方を、カンナはリンからマガツヒとの戦い方を学ぶのだ。」
「リン、よろしく。」
「こちらこそ。」
カンナと固く握手をする。彼女はとにかく手が大きい。手のひらの皮は固く、マメの感触がある。
「早速だが、リンとカンナで練習試合を行う。」
「法眼先生、リンは怪我が治り立てのようですが。」
(あれ?私カンナに怪我のこと言ったっけ?)
「うむ。確かにそうだがそれは関係ない。敵はこちらの怪我に配慮などしてくれぬ。むしろ、戦いでは相手の弱みをつくのが定石。リン、わかるな?」
鬼一法眼に手渡された練習用の防具を身に付け、道場の中央で対峙する。
「霊術の使用は禁止。我が『そこまで』と言うまで戦い続けること。それでは、はじめ!」
早速練習試合が始まるが、リンは動かない。動き方が分からないのだ。
(どうすればいいんだろ。)
リンは猫又の里と呼ばれる名も無い山村で育ち、戦いの術を身に着けた。だが、リンが知っているのはマガツヒとの戦い方のみである。リンにとって人間とは戦う相手ではなく、仲間か庇護の対象でしかなかった。
カンナは左半身をリンに向ける。スタンスはやや広め、拳の握りは緩い。格闘技経験者のような気がする。
(なんとかして懐に飛び込まないと。)
カンナはリンよりも三十センチ近く背が高い。自分の間合いに持ち込まなければ一方的に殴られ続けることになりかねない。
カンナの目線と呼吸を読み、ここだというタイミングで一気に距離を詰める。
(押し倒す!)
カンナにタイミングを合わされないよう、全速力では突っ込まない。カンナの右腕が突きの予備動作を開始する。だが、その瞬間にリンは加速した。一気に懐に飛び込み、体重を乗せた右の拳を放つ。
(!?)
激痛が走った。リンの攻撃が当たるよりも速く、カンナの左拳が防具越しに横腹を強打する。苦痛で叫びそうになるのを意志の力で堪えるが、体勢を立て直す間もなく投げ技で転ばされ、マウントをとられる。
(あ––)
「そこまで!」
鬼一法眼が鋭く叫び試合を止める。今まさにリンの顔面に落とされようとしていたカンナの拳がぴたりととまる。
「少し間をおいて次の一戦を行う。……リン、来なさい。」
リンは既に肩で息をしているが、カンナは息一つ乱れていない。今すぐにでも次の一戦を始められそうだ。
「法眼先生……カンナ、強すぎるんだけど。」
「カンナは我が創始した拾生拳と破難拳という拳法を修めている。リンと同い年だが、既に達人の域に足を踏み入れつつある。」
「へぇ。凄いんだね、カンナ。」
「うむ。我も多くの教え子を持ってきたが、あれほどの大才は稀にしか見ぬ。」
「それで、どうやったら勝てるの?」
「リンではカンナには勝てぬ。」
「へぇ……。」
「……。」
(駄目じゃん!)
勝ち目が無い相手と戦って何を得ればいいというのだろう。
二戦目。やはりというか、手も足も出ない。カンナの懐に飛び込んだ瞬間に顎に掌底を喰らう。動きが止まったところを投げて転ばされ、顔面目掛けて踏みつけが飛んでくる––
「そこまで!」
顔面至近距離でカンナの足裏がぴたりと止まる。
「リン、こちらへ。」
少しふらつきながら鬼一法眼の近くに寄る。
「法眼先生、一つ聞いても良い?」
「良いぞ。」
「この訓練、意味ある?ボコボコにされるだけで何を学べば良いのか分からないんだけど。」
「安心せよ、リン。意味のない訓練などさせはせぬ。まずは互いを知ることから始めよ。」
(うーん、互いを知る、か……。)
三戦目。今度は一気に距離を詰めるのを止め、じりじりと少しずつ近づいてみる。
(一気に距離を詰めると返しの一撃に対応できない。でも、ゆっくり詰めれば。)
「……。」
「……。」
長く膠着状態が続く。
(少しずつ……。)
もう一歩でカンナの射程圏に入る。カンナは微動だにしない。
(この距離なら!)
意を決して飛び込む。カンナは反応しない。胴に組み付いて力づくで押し倒そうとするが––
「!?」
ピクリとも動かない。
(うそっ!)
猫又はアヤカシの中でも最高峰の瞬発力を有する種族である。リンほどの体格でも、多種族の筋骨隆々の大男に引けを取らない膂力がある。
いつの間にか首にカンナの腕が絡み着いている。
「あっ」
気付いた時にはもう意識が遠のいていて––
「んにゃっ。」
間抜けな声をあげて目を覚ます。後頭部に柔らかい感触。
「大丈夫、リン?」
後頭部に触れていたのはカンナの膝だった。心配そうな表情でリンの顔を見下ろしている。
「……うん、大丈夫。」
カンナの目を見つめ返す。彼女の深い紺色の光彩にぼーっとした表情の自分が映っていた。
「お互いに所感を述べよ。まずはリンから。」
「えっと……強すぎて何が何だか分からなかったんだけど……うーん、そういえばカンナは試合中一歩も動いてなかった気がする。あと、どの試合でも私に最初に打たせて返しの技で倒されたような。」
「うむ。では次、カンナ。」
「はい。まず、リンは人間相手の戦い方を学ぶべきだと思います。マガツヒとの戦い方を流用しているのがよく分かります。全体的に予備動作が大きいのでカウンターを当てやすいですし、敵の攻撃を見て回避する癖があるので防御も甘いです。それと、体力任せのごり押しが多いので、体力負けしても戦えるよう基本的な打撃技術を身に着けるのが最優先だと思います。打撃のセンスは結構ある方だと思います。」
(へぇー。そんなにあれこれわかるんだ。)
「うむ。我もカンナの意見に賛成だ。」
「最初は基礎ですね。体力とメンタルはあるので少し技を身に着けるだけでほとんどの相手を圧倒できると思います。」
「ああ、そうだな。リン、そなたには今後、我が猫又のために創始した猫闘術という拳法を授ける。訓練に励むのだ。」
「分かった。」
「うむ。我はこの後用事がある故、今日はこれにて解散だ。」
「「ありがとうございます。」」
着替え中、カンナに声をかけられる。
「リン、怪我が治りたてのところ殴ったけど大丈夫?」
「別に大丈夫。それより何で私が怪我してたってわかるの?」
「歩き方。」
「歩き方でわかるの?」
「右半身より左半身の方が身体の動きが固いし、上半身の右半分に意識が向いてる感じがしたから。多分右半身に怪我をしてて、ここ数日は身体の左側を下にして寝てたんじゃないのかなと思って。この辺をやっちゃったんじゃない?」
右のわき腹をさする。一番酷い怪我をした箇所である。超能力じみた洞察力だ。
(凄い稽古仲間が出来ちゃったな。)
強くなりたいリンとしては願ったりかなったりである。期待に胸が膨らむ。
(それに、カンナとは仲良くなれそう。波長が合う気がする。)
一方カンナは着替えながら孤独だったここ数年に思いを馳せていた。
(稽古仲間がいるのは十六歳の時以来かな。久しぶりだ。)
マガツヒと戦い、犯罪者をぶちのめし、滅茶苦茶になった街の瓦礫を片付け、わずかな空き時間を孤独な鍛錬に費やす。強くなれ、シジョウを救えと自分に言い聞かせながらひたすらここまで走って来た。
「カンナ、この後暇?銭湯に行って、その後ご飯行こうよ。良いお店知ってるんだ。」
「行く。」
リンに陰陽寮の西の方にある大衆銭湯に連れていかれる。中途半端な時間なので客は少ない。身体を洗い、リンと並んで湯につかる。
「カンナって力強いよね。」
「鍛えてるからね。」
「でも、そんなにごつくないね。」
「骨格が普通なんだ。それに筋肉もあまり太くならないし。」
カンナは広背筋と僧帽筋が多少デカい点を除けば大して身体が大きくない。服を着ればただの背が高い女である。男並の体格を目指して身体をデカくすることに没頭した時期もあったが、ほとんど効果は出なかった。恐らく体質なのだろう。デカくなれなくても試合には勝てたので、その方面の努力は早々に打ち切った。
「一応体重は七十七キロあるよ。」
「すごっ。男子じゃん。」
「格闘技をやってたんだけど、ある程度上のランクでは私なんてチビで軽い方だったよ。私より背が高くて体重も九十キロくらいある選手がごろごろいたし。」
「へぇー。」
「多分、リンと私にあまり筋力の差は無いよ。私の方が少し強いくらいかな。」
「本当?」
「ほんと。リンって体重何キロ?」
「つい最近受けた健康診断で五十四キロだった。」
カンナより二十キロ以上軽いことになる。それでも、タックルを受けた時に力の差はほとんど感じなかった。猫又のアヤカシはそれくらい瞬発的な膂力が優れている。リンはその中でも割と上の方だろう。
「体重をあと二、三キロ増やして、ちゃんとした打ち方を身につければ、ほとんどのアヤカシを殴り倒せるようになると思う。リンは強く打ちすぎるから、手加減を覚えた方がいいかな。手を怪我するし、相手を殺しちゃうよ。」
「前にね、任務で悪い奴らの屋敷に押し入ったの。用心棒と戦ったんだけど、大怪我させちゃって、それで色々思うところがあって法眼先生に稽古をお願いしたんだよね。」
「まあ、これから技を身につければ大丈夫だよ。」
思いのほかリンが深刻そうな表情を浮かべたのでフォローする。敵に重傷を負わせたことを引きずっているのだろうか。
「ねえ、カンナの筋肉触らせて。」
「ん?いいよ。」
背筋を隆起させて触らせてやる。
「腹筋も。」
湯船で膝立ちになり、腹に力を入れ、腹直筋と腹斜筋を見せつけてやる。リンは「おー、凄い。」と言いながらぺたぺたと触れてくる。
(遠慮がないな。)
「太ももに力いれて。」
「う、うん。」
性器を手で隠しながら立ち上がり、太ももにぐっと力をいれる。内転筋群の盛り上がりっぷりにリンが「おおっ」と声をあげ、手のひらでさすってくる。
(この子、スキンシップが激しいな。)
銭湯の湯船は広いのにリンはわざわざ肌が触れ合うほど近くに座ってくる。正直、少し恥ずかしい。
「リンって猫っぽいってよく言われない?」
「はぁ〜。カンナもそれ言うんだ。」
リンがわざとらしい大きなため息をつく。
「猫又は耳や瞳孔の形が猫っぽいから、猫に見えるのは当たり前だよ。でも猫じゃないから、覚えておいて。」
「ふーん……分かりました。」
「よろしい。」
追及しても仕方が無いので納得したフリをしたが、ぶっちゃけると、リンが猫に見える理由が猫又のアヤカシの身体的特徴のみかは甚だ疑問である。
(リンって私が飼ってたリンリンにそっくり。リンリンもすぐ私にべたべたしてきたし、手の甲で顔を撫でるクセもよく似てる。ていうか、リンとリンリンってほとんど名前が一緒だな。)
カンナは可愛いものへの庇護欲求が強い。リンを見ていると猛烈に庇護欲が刺激される。抱きしめ、愛撫し、自分に甘えさせたいという欲求がむくむくと湧いてくる。
(リンは甘えん坊って感じがするな。年の離れたお兄ちゃんかお姉ちゃんが居そう。)
風呂あがり。リンの髪を乾かし櫛を入れてやる。
「ふみゃ~。」
リンはよほど気持ちいいのか、うっとりした表情を浮かべて気の抜けた声をこぼす。
(猫じゃん。)
手をリンの顔の前にすっと差し出し、ひらひらとふる。リンは嬉しそうに両手で捕まえ、顎の下をこすりつけ始めた。気持ちが良いらしい。
「んにゅ~。」
(猫じゃん。)
銭湯を出るとリンお勧めの海鮮丼専門店「漁師飯」に連れていかれる。リンはここの常連で週に一度は晩飯の弁当を買いに来るらしい。
「おっ、リンちゃん今日もお弁当かい?」
「ううん、今日は友達と来たからお店で食べていく。」
店の名物である爆盛海鮮丼を注文する。
「美味しいでしょ。」
「うん。」
白米一合半に海鮮二人前が乗った丼をぺろりと平らげる。
「カンナって食べ物の好き嫌いとかある?」
「無い。好物は蕎麦と玉子焼きとおでんだけど、食べられないものはないよ。」
「ナクサには美味しいお店がたくさんあるから。また誘うから、一緒に行こうね。」
「うん、誘って。」
友人と店で食事。昔は毎週のようにやっていたことだが、ここ数年はとんとご無沙汰だった。
(嬉しい。)
こういうことがまた出来るようになるのはシジョウを救った後だという思い込みがあった。それまではひたすら孤独に耐えるしかないと思っていたが、思いがけず新しい友人が出来たらしい。
(ナクサに来て良かったな。)
心の底からそう思った。