あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
カンナの眼下に広がる崖の下から様々な音が響いてくる。
「マガツヒだ!マガツヒに襲われてるんです!誰か助けて下さい!」
「きいいいぃぃぃぃっ!!」
銃声、男が助けを求める声、そして怪物の咆哮。
崖下に目を凝らすと、山道を走る荷馬車と、それを追う黒い何かの姿をとらえる。追手の速度は荷馬車よりも早く、追いつかれるのは時間の問題だった。
(やるしかないな。)
決断するやいなや、崖を飛び降りる。岩壁の突起物を頼りに約100mの高さを5歩で駆け下りて着地し、荷馬車に駆け寄った。
「追いつかれますよ!荷物捨てて下さい!」
しかし荷馬車はこちらに気づかず、目の前を通り過ぎて行く。
(……まあいいか。私がマガツヒを倒せば済む話だ。)
追わず、荷馬車に追いつきつつあったそれの前に立ちふさがる。
そのマガツヒは熊に酷似していた。本当に熊によく似ている——全身からどす黒い瘴気を垂れ流し、歪んだ形状の顔には目も鼻も耳も無く、顔面全体を火を吐く十字の口が覆っている点を無視できる人間がいれば、その人には単なる巨大な黒熊にしか見えなかっただろう。
「ぎいいぃぃっ」
マガツヒが金属質の不快な怒号を上げ、行く手を遮ったカンナに突進する。一歩踏み出すごとに衝撃で地面が砕け、口から漏れた炎が地に引火していく。
(短期決戦だな。山火事になりかねない。)
カンナは落ち着いていた。
(私が助ける!)
寝起きの頭が使命感と闘争心で急速に冴えていく。顔のないマガツヒがこちらへ意識を向け、憎悪と害意に満ちた咆哮を放つが、微動だにせず睨み返し、軽く拳を握る。
(私が勝つ!)
マガツヒの丸太のような剛腕の一撃を外にくぐり抜けて回避する。がら空きのマガツヒの右下腹部にカンナの蹴りが炸裂すると、分厚く積層された肉がひしゃげ、筋肉と骨を巻き込みながら木っ端みじんに吹き飛んだ。
「ぐおおおおぉぉ」
マガツヒは全く怯まない。カンナの頭部をめがけ、振り向きざまの左腕の一撃が飛んでくる。スウェーで回避しつつ、マガツヒの左足の膝に左の下段蹴りをお見舞いする。マガツヒの太く固い足が鈍い音を立てて砕け、平衡を失ったマガツヒがたたらを踏んでうつぶせに転倒する。
「きいいいいぃぃぃ」
甲高い雄叫びと共にマガツヒの口内で急速に火が大きくなる。マガツヒは両手で上半身を支え、一撃で焼き殺さんと頭を「ぐりん」と回転させてカンナに照準を定める。だが、マガツヒが火炎を放射するよりも早く、カンナの踵落としがマガツヒの頭部を直撃する。マガツヒの頭部が「ぼぐっ」と嫌な音を立て、原型をとどめないほどにひしゃげた。形を失った口から漏れ出た火炎は勢いを失い中空に発散していく。だが、それでもマガツヒが滅びる様子は無い。
(頭は急所じゃないのか。)
ならばと、立ち上がろうとするマガツヒの背に飛び乗り、通常の熊ならば心臓があるであろう箇所に踏みつけをお見舞いする。マガツヒの背骨と肋骨が折れ、裂けた肉の隙間から瘴気が噴き出す。すると、これまで身体の損壊に構う様子を見せなかったマガツヒが、猛烈な怒気を発しながらじたばたともがき始める。
(弱点は心臓か。)
マガツヒは背骨が折れているにも関わらず、両上を支えに平然と立ち上がる。動物型とはいえマガツヒはマガツヒなので、通常の動物の常識は通用しない。
(決める。)
マガツヒが立ち上がるのと同時に背を蹴るように飛び降りる。マガツヒがこちらへ振り向くタイミングに合わせて跳躍し、首元の体毛に掴みかかりながら、勢いをのせた飛び膝蹴りを心臓部に叩き込んだ。
「……」
柔らかく弾力のある何かを破壊する感覚。どうやら心臓を破壊したようだ。絶命したマガツヒは断末魔を上げることもなく、どす黒い瘴気の霧となり消えていった。