あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
リンの故郷は「猫又の里」と呼ばれる、人里離れた山奥の名も無い村である。呼び名が示す通り住民は猫又のアヤカシばかりで、猫又の自警団が里をマガツヒの脅威から守っていた。猫又は身体能力に優れたアヤカシであり、訓練を積めば陰陽寮の助けなしでも自分たちの暮らしを守ることができた。
リンが物心ついた時には両親は他界しており、兄であるレツと二人暮らしだった。レツは若くして村最高の戦士の誉れ高い猛者であり、リンにとっても自慢の兄だった。
リンは弱虫で、泣き虫で、猛烈な甘えん坊だった。レツが行くところにはどこへでもついて行った。雷が怖い、獣が吠える声が怖いなどとぐずぐず言って毎晩のようにレツの布団に潜り込み、「なでなで」と「ぎゅーっ」を求めた。レツがリンの期待に応えなかったことは一度もない。リンにとってレツの優しさが世界の全てで、幸せな日々がいつまでも続くと信じて疑っていなかった。
ある日、巨大なマガツヒが里を急襲した。遠くからでも目立つ、人骨に似た姿の巨大なマガツヒ。無数の小型のマガツヒを引き連れていた。巨大マガツヒが腕をひと振りすると、家屋が積み木を散らしたかのようにバラバラに吹き飛んで崩れていく。
「行ってくる。」
「お兄ちゃん、行かないで。」
獲物の鉤爪を持って家を飛び出ようとするレツの服の裾を掴んで引き止める。
「リン、兄ちゃんがあんなのに負けるわけないだろ。」
「……分かってるけど。」
リンもレツが負けるとは微塵も思っていなかった。どんなマガツヒが出てきても真っ先に立ち向かうのはレツ。自警団の団員が何かをする間も無くマガツヒを仕留めるのもレツ。リンにとっても里の者にとってもそれが当たり前だった。
リンがレツを呼び止めたのは、単に何となく寂しかったからだ。リンはどうしようもなく子供で、目の前のマガツヒよりも自分の感情の方が重大な事だと心の底から思っていた。
「村長さん、すみませんがリンをお願いします。」
「分かった。余計なお世話だろうが、気を付けろよ、レツ。」
「はい!」
「行かないで……!お兄ちゃん……!」
颯爽と討って出るレツの背中に泣き叫ぶが、レツの背中は既に遠い。レツが小型のマガツヒを蹴散らしながら大型に迫っていく。
それがリンがレツの姿を見た最後だった。
「今日からリンちゃんはおじいちゃんが守るからね。」
レツは戦いから帰って来なかった。レツと共に戦った自警団の団員によると、巨大マガツヒと相打ちになったらしい。リンは村長に養育されることになった。
(なんで?どうして?どうしていなくなちゃったの?)
塞ぎこみ、考えに考えたが何もわからなかった。今までは分からないことがあれば何でもレツに聞いていたからだ。そのことを思い出した時––
(……わかった。)
リンは一つの答えに至った。
(私がいけないんだ……。)
その答えは自分を罰する呪いだった。
(私がなにもできない子だから、ばちがあたったんだ……。)
その答えに達した日から、リンは猫又の戦士となる道を歩み始めた。
リンは自警団の訓練に参加するようになった。巨大マガツヒとの戦いで半壊した自警団は若いリンの参加を喜びつつも、明らかに心配していた。周囲はリンを戦士を目指すような子供とは思っていなかったし、リン自身もレツの生前に戦士になろうと思ったことはなかった。
リンは訓練に没頭した。自傷行為に近い厳しい訓練を己に課し、心配する大人たちの声には耳もかさなかった。リンには才能があり、十代半ばになるころには大人でもリンの動きについてこられるものはいなくなり、自然と村最強の戦士の名を得た。
リンは里の大人を寄せ付けなくなった。マガツヒが出現しても自分一人で片付けることに拘り、支援を申し出た大人たちには攻撃的な拒絶の態度で接した。里の大人たちは「自分たちはレツを死なせたことでリンに恨まれている」と勘違いしており、リンには強く出れなかった。
(一人でやらなきゃ。できるようにならなきゃ。そうしないと許してもらえない。誰かを頼っちゃいけないんだ。)
幼いリンが自分にかけた呪いは、もう目の前で人が死ぬのを見たくない恐怖心と混ざりあい、歪んだ信念となっていた。孤独に戦うことが唯一の贖罪と思っていた。
皮肉にも、リンには歪んだ信念を貫き通す実力があった。一人で戦い抜いた自信と実績が信念をより強固にした。里にリンを救える者は居なかった。
どれだけ強くなっても亡き兄の大きな背中に近づいている感覚は全く無かった。レツはいつも人の和の中に居た。老若男女を問わず里の者たちから愛されていた。リンはいつもレツに付き従っていたので、レツに向けられる里の者たちの笑顔をよく見ていた。かつてのレツのように里に近づく大半のマガツヒを自警団が手を出す前に倒せるようになってきていたが、孤独が深まるほどレツの背中は遠ざかっていく気がした。
孤独な鍛錬、孤独な戦い、里の大人との確執。夜になれば亡き兄を思い出し、悲しみと罪悪感で枕を濡らす。それがリンの青春時代の全てだった。
レツの死から十年後。あの時の巨大マガツヒが生きているという噂が里で立ち始めた。里の者たちは十年前の被害の大きさを思い出し、陰陽寮に助けを求めようとしたが、リンは反対した。
(誰かを頼っちゃいけないんだ。)
結局、里は陰陽寮にマガツヒの調査・討伐依頼を出し、里に派遣されてきたのが西賀亮だった。西賀亮はイズナ、アスカ、ナギを連れてきていたが、全員自分より弱そうだとリンは思った。西賀亮からの共闘の申し出をリンは拒絶した。
「私より弱い人と組んでも邪魔なだけだから。」
西賀亮たちが来て数日が経った。ついにあの巨大マガツヒ––西賀亮によると「ガシャドクロ」という名前らしい––が再び姿を現した。
(お兄ちゃんの仇を討たなきゃ。)
ガシャドクロを里の祠に追いつめ、リンは一人で最後の戦いに臨んだ。
図体ばかりで鈍重なガシャドクロの両腕を切り落とす。ガシャドクロが支えを失って地面に倒れ伏す。
(やっとだ。)
十年に及んだ復讐と贖罪の道に終着点が見えてきた。リンがトドメをさそうとした時、リンは背後から強烈な不意打ちを受けた。
(??)
いつの間にかリンは大量の小型のマガツヒに包囲されていた。しかも、ガシャドクロは小型のマガツヒを吸収し、失った両腕をあっという間に再生して見せた。分裂と再生を繰り返す群体、それがリンもレツも知らなかったガシャドクロの本質だった。
「助けて……お兄ちゃん……。」
十年間自身に禁じていた誰かに助けを求める言葉を思わずつぶやいていた。
リンはあの時、孤独に死ぬはずだった。リンは全てが終わってから知ったことだが、ガシャドクロは千年前に都を襲撃して複数の陰陽師を殺傷し、その後も約百年の周期で各地を襲撃し続けた大物だった。何も知らない小娘が一人で挑むなど自殺行為でしかなかったのだ。
だが、西賀亮が駆け付け、ガシャドクロの攻撃から辛くもリンをかばった。西賀亮たちは独自の調査でガシャドクロの本質を暴き、一人でガシャドクロ討伐に向かったリンを心配して駆けつけたのだ。リンを庇って傷ついた西賀亮の背中に、一瞬レツの面影を見た気がした。
遅れてイズナ、アスカ、ナギ、里の自警団も戦場に到着し、総力戦となった。あらゆるダメージから一瞬で回復するガシャドクロは不滅の敵に思えたが、イズナがガシャドクロが頸椎への攻撃だけを防御する様子から、頸椎が弱点であることを見抜いた。
ナギと西賀亮の支援で身体能力を増したアスカがガシャドクロの動きを封じた隙に、リンの鉤爪がガシャドクロの弱点を抉る。すると、無敵を思わせたガシャドクロが嘘のように一撃で絶命した。リンたちを包囲していた小型のマガツヒも本体が滅びたことで消滅した。
リンには例え拒絶されても手を差し伸べてくれる誰かが必要だった。自分にかけた呪いが強過ぎてそんな当たり前のことにも気付けなくなっていたが、リンは西賀亮こそが自分に必要な存在だったとその時初めて自覚した。
里の者たちにとっても因縁が深いガシャドクロが滅びたことで、リンと里の大人たちとの関係も劇的に改善した。大人たちはリンに受け入れられるのを辛抱強く待ってくれていたのだ。リンは勝利を祝う宴の中心に西賀亮の一行と一緒に坐していた。
(こうやってみんなと一緒に闘うのもいいな……。)
里の者たちの後押しもあって、自分の願いに素直になることにした。リンは西賀亮の式神となることを望み、リンの実力と人柄を知った西賀亮は二つ返事で受け入れ、リンは式神となったのだ。
十年前にリンが想像した猫又の戦士は強く孤独な存在だったが、式神となったリンは多くの戦友に囲まれて過ごしている。この方が自分に合っていると思う。遠くに見えていたレツの背中にも少しだけ近づけたような気がしている。自分が自分にかけた呪いを客観視できるようになったが、もはや呪いは解けた後だった。
▽▼▽▼
カンナに身の上話をし終えた時、リンはカンナの部屋から感じた何かの正体をはっきり掴んでいた。
(昔の私だ。)
兄を失い、天涯孤独の身となったリンの部屋とカンナの部屋は雰囲気が似ていた。間取りも置いてある家具も違うが、リンの部屋も無味乾燥で、家族写真やレツの遺品が最も大切な財産として扱われていた。昔を思い起こさせるカンナの部屋に自分の過去をありありと想起していたのかもしれない。
「リンは親戚とかは居るの?」
「居ないよ。家族はお兄ちゃんだけだったから、本当に孤りになっちゃったんだ。カンナは?」
「私もだよ。」
そんな気がしていた。カンナが写真に映る家族の話をする時の口調には、もう会えない人を懐かしむ響きが感じられた。カンナと波長が合う気がしたのは、彼女も自分と同じような傷を持つことを期待したからなのかもしれない。
「次はカンナの番。」
「もの凄く長くなると思うけど、大丈夫?」
「良いよ。明日の仕事は午後からだから。朝になるまで聞かせて。」