あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
第二十二話:夢見る少女
カンナは大陸西部の大都市、シジョウで育った。
カンナが物心ついた時、家には父親の穣と祖父の大、そして飼い猫のリンリンと飼い犬のガウガウがいた。母親の南はカンナが二歳の頃に病で他界していた。
祖父と父は有名人だった。子供のカンナにはよくわからなかったが、二人はシジョウのためになることをしていたらしい。カンナは漠然と「お父さんとおじいちゃんは正義の味方なんだ」と思っていた。
「私は大人になったら正義の味方になります!」
学校の授業で将来の夢を発表する時、カンナは高々と宣言した。
当時九歳のカンナにとって、「正義の味方」とは、悪人や怪物を打ち倒す絵巻物の主人公のことだった。
では、正義の味方に打倒される悪人や怪物とは何だろう?怪物はマガツヒや凶暴な霊獣を指す気がした。悪人には二つの心当たりがあった。
一つは毎晩見る怖い夢に出てくる「アイツ」。毎日カンナの夢に登場し、暗い牢屋に閉じ込められた子供を酷くイジメるのだ。子供が可哀そうだし、カンナも嫌な気分になるし、悪人で間違いないと思っていた。
二つ目は祖父や父がたまに口にする「怖い人」。
「学校からへの行き来に〇〇通りを使わないこと。お友達が〇〇通りに行きたいって言ったら『あそこは怖い人が一杯いるから子供や女の人は通ったらダメ』って教えてあげてね。」
「××にある大きな屋敷は怖い人が住んでるから近づいたり中を覗いたりしないこと。屋敷の周りをうろうろしてる人の方も見ないこと。」
シジョウは治安が悪い街で、そういう場所がたくさんあった。つまり、〇〇通りや××にある屋敷の怖い人が悪人なのだろう。カンナは将来必ず倒すと心に誓っていた。
(正義の味方になるために強くならないと。)
九歳のカンナにとって「強さ」とは敵を叩きのめす武力だった。思い立ったが吉日、カンナは家の近くにある道場へ通い始め、拾生拳という拳法を習い始めた。
カンナには規格外の才能があった。道場に通い始めて一年もすると、カンナの練習相手になれる者は同世代にはいなくなり、より上の世代と鍛錬するようになった。十二歳の時には拾生拳大陸全国大会の十八歳以下の部門で優勝し、以降、出場した全ての格闘技の大会で優勝し続けた。全国紙やスポーツ誌に何度も蒼澄カンナの名前が載り、カンナも有名人になった。
子供のころ、カンナは気性が荒かった。身に着けた強さを悪人と思われる者たちを叩きのめすことに躊躇なく用いた。
クラスメイトから金銭をカツアゲした他校の年長の不良を襲撃し金銭を奪い返した。不良が年下の女の子にボコボコにされたショックでひと月近く学校に来れなくなったと聞いた時には遠慮なく嘲った。
路上で目撃したおやじ狩りをぶちのめし警察署まで引きずって行った。半殺しにされたおやじ狩りの姿に助けた男性も警官も引き気味だったが、気にも止めなかった。
学校の空き教室で女友達に強引にわいせつ行為をしようとしていた男性教員を叩きのめした時、ふと思った。
(これで正義の味方になれるのかな?)
カンナも十代になると、ある程度の思慮が身に付いてきた。世の中に正義の味方という仕事は存在しないこと、目についた悪人を片っ端にボコボコにしても父や祖父のようにはなれないことが察せられるようになった。
(将来、何の仕事をしようかな。)
父と祖父は猛烈な仕事人だった。単に生活費を稼ぐためではなく、仕事を生き方そのものと考える人たちだった。亡き母もそういう人だったらしい。カンナも知らぬ間に正義の味方とはそう呼ばれる何らかの仕事のことと思うようになり、これが蒼澄家の血筋というものかと思っていた。
そんなある日、確か十一歳の時だったか、家に父宛の手紙が届いた。献血の結果を通知する手紙だった。封を破って勝手に中身を見たカンナは、その時初めて父の血液型がO型であることを知った。
(あれ?)
カンナはAB型だった。カンナは年の割にかなり物知りな子供だった。
(親がO型なら子供はAB型にはならないはず。どういうこと?はっきりさせなきゃ。)
迷いは無かった。
「お父さん、献血の結果が届いてるよ。」
「ん?わかった。後で見ておくね。」
「ここに置いておくね。ごめん、間違えて開けちゃった。」
「別にいいよ。」
父が献血結果の用紙を受け取る。数秒後、父の顔がわずかにひきつったのをカンナは見逃さなかった。
「親がO型で子供がAB型ってあり得ないよね?」
「よく知ってるね。そうだよ。」
父はあっさりと認めた。
「まさかこんな形で話すことになるとは思っていなかったけど、準備はできてるよ。本当はカンナが十八歳になった時に話すつもりだったんだけど、今聞きたい?」
「今知りたい。」
「分かった。」
父はカンナを連れて祖父の書斎へ向かった。
「父さん、カンナに金庫の中身を見せたい。」
「今すぐか、穣?」
「おじいちゃん、私、お父さんの献血結果を勝手に見たの。私はAB型なのにお父さんはO型だった。」
「ああ、そういうことか。それはしゃあないな。」
祖父は金庫から大量の書類が入った茶封筒を取り出した。
「カンナ、まずはこの記事を読んで。」
父が指し示したのは地方新聞の昔の記事だった。
『山中で赤ん坊を保護 病院へ搬送され一命をとりとめる
〇月X日未明、北区N丁目の山中で、生後間もない赤ん坊が放置されているのを近隣住民が発見した。赤ん坊は発見者に保護され直ちに病院へ搬送された。発見時、赤ん坊は裸で布にくるまれており、著しく衰弱していたが、一命をとりとめた。
発見者の通報を受けた警察の調べによると、赤ん坊の身元や放置した犯人に関する手がかりは一切見つかっていない。現場近くでは成人男性のものと推測される靴跡が確認されたが、事件との関連は明らかではない。
警察への情報提供は下記の宛先へ––』
「この記事に出てくる『赤ん坊』がカンナで、『発見者』が父さんと母さん。ガウガウが散歩中に急に山の中に走って行って、追いかけた先でカンナを見つけたんだ。」
カンナはしばらく病院に入院していたが、迎えに来る者はおらず、退院後に「青風館」というシジョウの孤児院に引き取られた。両親は赤ん坊が心配でたびたび青風館を訪れていたらしく、何度も会ううちに情が湧き、カンナが一歳の時に養子として引き取ることを決めたらしい。「カンナ」の名は、赤ん坊が孤児院に引き取られる時に母が贈ったベビー服にカンナの花模様が刺繍されていたことにちなんでいるとか。
「カンナの本当の親やカンナを山に置いて行った人はまだ見つかってない。」
茶封筒には開示請求で入手した警察の捜査資料、様々な新聞の記事の切り抜きが入っていた。警察はシジョウの産婦人科をしらみつぶしに調べたが、カンナと思われる赤ん坊が産まれた病院は見つからなかった。また、カンナがアヤカシであることがわかるとその線での捜査も行ったが、生みの親と思われる人物は見つからなかった。赤ん坊の近くにあった成人男性の靴跡についても結局真相はわからず、赤ん坊遺棄事件は迷宮入りしていた。
(私、捨て子だったのか……。)
予想外だった。しかし、それだけだった。
(拾われたのがこの家で良かった!)
蒼澄家は経済的にも精神的にも豊かだった。育ての親は街が誇る正義の味方であり、おまけに可愛い犬と猫もいる。家族仲も良好で、何一つ不満はなかった。
他方、産みの親は産まれたばかりの赤ん坊を山に遺棄する輩だった。カンナが頑健なアヤカシでなければ、山中で孤独に衰弱死していただろう。そんな畜生に感傷や関心を抱く感性をカンナは持ち合わせていなかった。
「血のつながりがなくても、カンナは蒼澄の家の子だからな。」
「捨て子であることや、産みの親のことが分からないことがカンナを苦しめるかもしれないと思って、大人になるまでは伏せておこうと父さんと母さんで決めたんだ……」
父と祖父は神妙な面持ちだったが、カンナに葛藤や苦しみは微塵も無かった。自分がこの家の真の家族であることは疑う余地のない自明の理に思えた。父と祖父がカンナに真の我が子として接していることなど言われずとも理解している。血のつながりなど精神の繋がりに比べればあまりに矮小な問題に思えた。カンナが抱いた感情は山で死にかけていた自分を救い、今まで育ててくれた親への愛と感謝だけだった。
父と祖父は緊張し、不安そうな顔をしていた。何故なのかカンナには分からなかった。
「……やっぱりショックだったかな?」
どうやら自分を心配しているらしい。親というのは色々子供に気を使うものなのだろう。なんとかして自分の想いを言葉にして伝えたかったが、カンナはあまり口が上手い方ではなかった。
「私は蒼澄カンナ。蒼澄の家の子だよ。お父さんとおじいちゃんとお母さんが私の親だよ。みんな大好き!」
自分の想いがどれだけ二人に伝わったのかは分からない。真の親子だって互いの心が読めるわけではない。伝わっていればいいな、そして今まで通りの日々が続けばいいなとカンナは思っていた。