あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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注意:やや過激な表現が含まれます


第二十五話:紅連会本部襲撃事件#1

蒼澄家の二階、カンナの自室。

 

部屋の床に座り、目を閉じ、鼻をつまむ。

 

体内を巡る霊力の流れに集中する。さらさらと身体の隅々まで循環する霊力の流れが頭部に集中し、凍り付いたかのように滞留する様子を想像する。聴覚が研ぎ澄まされ、窓の外の微細な空気振動から外の人々が交わす会話を聞き分ける自分の姿をはっきりと脳裏に思い描く。

 

(発鬼。)

 

心の中で唱えるのと同時に、霊術を発動する。聴覚が冴えわたり、隣で眠りこけるガウガウの寝息に混ざり、遠くの物音や声が聞こえてくる。

 

「おい、あんた、一昨日も来てたよな?関係者以外は接近禁止って俺が言ったのをもう忘れたのか?」

 

(よし、聞こえる!)

 

カンナの耳が屋外の人の話し声をとらえる。実験は成功だ。破難拳の奥義発鬼は身体のリミッターを外す技だが、馬鹿力を出す意外にも身体の一部の機能をピンポイントで向上することもできるらしい。

 

「〇日の捜査本部との合同会議、代わりに出てくれない?」

 

「□□さん、カンナさんの様子は?」

 

「取材を受ける話はご検討いただけましたでしょうか?」

 

「分かりました、自分が代わりに出席します。」

 

「怖いくらい、落ち着いています。かえって心配ですね。」

 

「検討なんかしてねぇよ!取材は捜査窓口に問い合わせて。現場取材は一切受け付けない、って言っただろうが!次来たらおたくの会社に苦情を入れるぞ!」

 

「悪いな。」

 

「俺も同感だ。落ち着いた子ほど、妙な覚悟を決めていないか気を付けた方が良い。言っちゃ悪いが、精神的に参りきってる方が何もできなくてかえって安ぜn――……」

 

(……術が切れた。)

 

屋外の会話が聞こえなくなる。耳に入るのはガウガウの穏やかな寝息と、自分の「はぁはぁ」という激しい息遣いだけ。

 

全身を強い疲労感が包む。肉体を酷使した直後のように、全身から玉のような汗を流し、息切れを起こす。どうやら全身に馬鹿力を与えるよりもはるかに疲労が激しいらしい。発動までの集中にもかなりの時間を要する。多用はできなさそうだ。

 

(今回の収穫は……警備のメンバーが捜査チームと定期的に打ち合わせをしていることが分かったこと。それと、やっぱり私は無茶をしないか警戒されていることが分かったこと。やった意味はあったな。今後も続けよう。)

 

盗み聞きの目的は爆破事件の犯人の手がかりを得ることである。現実的に考えて、未成年の一般人である自分に独自で事件を調査することなど到底不可能である。どう考えても最初に犯人を突き止めるのは警察だ。そして、無茶をすると警戒されている自分に警察がどの程度情報を共有してくれるのかは読めない。下手をすると、全てを知るのは犯人逮捕後になる可能性もあると予想していた。

 

悲しみに健気に耐える女の子のフリをしながら警戒を解き、警備チームの会話をへとへとになりながら盗み聞きする。なんとももどかしいが、復讐のためにできることはそれくらいだ。

 

盗み聞きのタイミングを毎日変え、警備チームが毎日十時に情報共有を目的としたブリーフィングを行っていることを突き止める。以降は盗み聞きのタイミングを絞る。

 

ブリーフィングで交わされる会話の大半はカンナにとって無用な情報か、警察用語だらけで理解できない内容ばかりだった。固有名詞を中心に聞きなれない単語は覚えて調べるようにすると、どうやら爆破には特殊な爆薬が使用されていたので、その入手ルートから犯人を特定しようとしているらしい。

 

(たぶん、犯人は馬鹿だな。爆発物もそうだし、庭にも足跡を残している。家から市街地に行くには一本しか無い山道を通るしかないから、目撃されれば印象に残る。迷宮入りは無さそうだな。)

 

予想は的中する。盗聴を開始してちょうど一週間後、ブリーフィングで捜査の進展状況が共有された。

 

「捜査本部は爆破の実行犯を(くれない)(かおる)と断定。紅馨は指定犯罪組織『紅連会(こうれんかい)』の若頭筆頭であり、会長(くれない)栄吉(えいきち)の大甥である。犯行の数日前に紅連会本部に爆発物の材料と見られる物資を業者が届けた形跡あり。また、紅馨は事件当日に蒼澄宅近辺で目撃証言あり。更に、紅馨は過去にシジョウ地裁の爆破未遂で逮捕された経験あり。これは推定だが、犯行は紅栄吉自身の指示によると予想される。証拠隠滅を阻止するため、早急に紅栄吉の関与の証拠を入手し、二人まとめて逮捕するのが捜査本部の方針だ。以上。」

 

(大当たり。)

 

カンナは紅連会を知っていた。

 

かつて、シジョウには「黄山会」という組織が存在した。黄山会は警察幹部の経歴を経て政界入りした美頭孝を後ろ盾とし、違法な武器や薬物の売買、売買春の斡旋、違法賭博、特殊詐欺を主なシノギとした犯罪組織である。祖父が制定した条例で多くのシノギが立ち行かなくなり、父が美頭孝と黄山会の癒着を報道したことを切っ掛けに美頭孝が権力の座を追われ、内部抗争の果てに実質解散に追い込まれた。

 

紅連会は黄山会の後継を主張する組織である。構成人数は百人程度で、数千人規模だった黄山会に比べると小規模である。だが、シジョウの犯罪組織への締め付けが厳しくなってもなお足を洗わず官憲に反逆し続ける組織だけあって、構成員は犯罪の世界に骨を埋めることを誓った筋金入りばかりらしい。

 

(やっぱり狙いはお父さんだったのかな。)

 

犯行が紅連会によるものと分かり、犯人の標的や動機についてもある程度推理できた。

 

黄山会の後継は紅連会だけではない。ラクドウという街の「黒城会」も同様である。黒城会は人身売買、児童売春の斡旋、特殊詐欺、違法な武器や薬物の売買、インチキ霊具の売買のシノギで近年急成長した組織である。紅連会とも繋がりがあり、組織規模の差から黒城会が主、紅連会を従とする関係を築いている。ラクドウの政財界の大物と裏で癒着し、官憲を恐れず蛮行を繰り返す様は、かつての黄山会そのものらしい。

 

カンナはこれらのことを父の取材記事から学んだ。父は亡くなる前の二年、記者として黒城会を追い続けていた。黒城会とラクドウのセレブの黒い繋がり、更に黒城会が紅連会を通じてシジョウに活動範囲を広げようとしていた証拠を報道した功績により、ラクドウ首長から名誉市民の称号を授与されていた。

 

(黒城会はお父さんが目障りだった。だから手下の紅連会に始末させた。)

 

あくまで仮説だが、カンナの中ではある程度辻褄があっていた。

 

(詳しい背景は吐かせればいいか。とにかく、みんなを殺したのは紅連会。)

 

親に教わった「怖い人がいるから行ったら駄目な場所」に紅連会本部があったので本部の場所はわかる。会長である紅栄吉や逮捕経験がある紅馨も、新聞に顔と名前が載ったことくらいはあるだろう。新聞なら素人でも調べることができる。

 

「ふふふ。」

 

家族の死後、初めて笑った。まさか、これほどスムーズに報復するべき相手が特定できるとは。

 

「ガウガウ、おいで。」

 

ガウガウと一緒に布団に潜り込む。

 

「みんなを殺した犯人が分かったよ。」

 

ガウガウの耳元でささやき、優しく抱きしめる。

 

「待っててね。絶対に仇は討つから。」

 

父の書斎から紅栄吉と紅馨の顔写真が載った新聞記事のスクラップを見つけるのに丸一日を要した。紅栄吉の記事は七年前、紅馨の記事は五年前だったが、二人の年代的に数年で容姿が大きく変わることは無いだろう。

 

後は二人の居場所だけだった。新聞から紅馨の自宅がシジョウ中央区にあることだけは分かった。「紅」は渡世の名ではなく本名らしい。珍しい名字なので現地をしらみつぶしに探せば見つかる可能性はあるが、今も自宅が中央区にある保証も、紅栄吉が同居している保証もない。

 

(狙うなら本部かな。紅栄吉と紅馨をまとめて襲いたいけど、二人がいるタイミングは突き止めようがない。どちらか片方を攫って、もう片方の居場所を吐かせるしかないな。)

 

不確実だ。だが、待っても確実性を増す策は出ないだろうし、いずれ二人は警察の手に落ちる。今襲うよりも、逮捕後の二人を襲うことの方が難しい可能性もある。失敗の恐れがあるからといって復讐を止める選択肢は無い。

 

(明日行く。)

 

翌日、カンナは自宅を抜け出した。午前は例の世話焼きの婦警が部屋に来ることが多いので午後の時間を選ぶ。警備チームに見つからないよう、山道を使わず藪をかきわけて市街地に出て、紅連会の本部を目指す。

 

(着いた。)

 

シジョウ西区の外れにある、フェンスで囲まれた庭付きの三階建て。一見すると普通の会社の社屋に見えるが、ここが紅連会の本部である。

 

(やけに人が多いな。)

 

物陰から建物を見張っていると、いかにもガラの悪そうな数人規模の集団が次々と建物に吸い込まれていく。

 

(三十一人……三十七人……四十四人……)

 

カンナが見ている目の前でも組織規模の半数近い人数が建物に吸い込まれていく。しかも、どういうわけか全員がフォーマルな礼服を着ている。季節は夏、陽光の暑さが厳しい午後である。

 

(紅連会の連中って毎日本部に礼服で顔出ししてるの?……いや、そんなわけないか。多分組織でお祝いするようなことがあるんだ。もしそうなら、二人がいる可能性も高いな。)

 

果たして、カンナが見ている目の前で大勢の男に囲まれた紅馨が、それから十分ほどして更に大勢の男に囲まれた紅栄吉が本部に入っていく。人の流れはそこで途切れ、門が閉められる。

 

「よし!」

 

思わず独り言を漏らしていた。本来、犯人や居場所をそう簡単に特定できるはずなどない。盗み聞きで犯人がわかったのは単なる偶然、顔と居場所があっさりわかったのもただの偶然。カンナは迷信を信じる性質ではないが、これほどの幸運が重なると、天とか神としか言いようがない存在が復讐を後押ししていると思わずにいられない。

 

予想より時間はかからなかったが、待ちに待った時がついに来た。家族の仇がすぐそこにいる。絶対に逃がしはしない。家族の仇をこの手で葬る瞬間を想像するだけで血がたぎる。

 

物陰から飛び出し、門を飛び越え、本部の敷地内に侵入する。庭には向日葵が咲いている。

 

(腹立つな。)

 

家族の仇にこの美しい向日葵畑を愛でる資格があるはずがない。殺意と怒りのあまり、吐き気すら覚える。建物入口の扉を開けようとするが、鍵がかかっている。

 

「ふっ!」

 

前蹴り一発で蝶番ごと扉を吹き飛ばし中に侵入する。

 

最初に目についたのは『就任式会場は三階の大広間』と書かれた看板。次に紅馨の紅連会二代目会長就任を祝う札が付いた胡蝶蘭の飾りの数々。

 

(紅馨が会長になるのか。礼服だらけなのはこれのせいか。)

 

たしか、現会長の紅栄吉は八十五歳のはずだ。そろそろ引退したいのだろう。

 

「おい!」

 

「ん?」

 

右手から響く怒号。見ると、階段を駆け降りてきた大男が猛然とこちらへ突き進んでくる。

 

「女、誰に断って入った。」

 

男の目は怒りに燃えている。

 

「ここがどこだか分かってんのか?」

 

「……」

 

「おい!」

 

男がカンナの胸倉に掴みかかり壁に押し付けようとするが、カンナはビクともしない。

 

(こいつは……殺す必要はないな。)

 

顔面に頭突きをくらわせ、続けて怯んだ男の顎に肘鉄をお見舞いして意識を奪う。

 

「おっと。」

 

受身も取らずに後頭部から倒れかけた男をネクタイを掴んで支え、廊下にそっと寝かせる。紅栄吉と紅馨以外の人間はなるべく殺傷しないつもりだ。

 

三階へ向かう。途中、誰ともすれ違わない。カンナを見送るのは胡蝶蘭の飾りばかりだった。既に就任式が始まっていて構成員は全員会場入りしているのかもしれない。

 

物陰から三階の廊下を覗く。

 

(あそこだな。)

 

一段と大きな扉の入口に男が男二人、門番よろしく扉に背を向けて周囲を警戒している。あの扉の向こうが就任式の会場に違いない。

 

手近にある胡蝶蘭が入った鉢を床に叩きつける。音を聞きつけ、入口の男の内一人が特殊警棒を構えながらこちらへ向かってくる。カンナは隠れて待ち伏せし、男に背後から襲い掛かり、瞬時に締め落とす。

 

(もう一人。)

 

倒した男から特殊警棒を奪い、扉の前のもう一人に投げつける。見事命中、男が倒れる。靴を脱ぎ捨てて足音を消して駆け寄り、股間と鳩尾に踏みつけをお見舞いし、完全に無力化する。

 

(さてと……本番はここから。)

 

首尾よく会場の入口にたどり着いた。中では今頃、カンナの仇たちがのんきに会の代替わりを祝っているのだろう。だが、御祝はこれまでだ。

 

(地獄を見せてやる。)

 

家族の死後、カンナの原動力となっていたどす黒い活力が噴火の時を求めていた。

 

(やってやる!)

 

体内を巡る霊力の流れに集中する。さらさらと身体の隅々まで循環する霊力の流れが豪雨の後の川のように勢いを増し、身体という枠に押し込められて荒れ狂う濁流の渦となる様子を想像する。想像の世界で、カンナは暴虐と絶望の化身だった。巨大な肉食獣が無力な草食獣を食い散らすように、圧倒的な力で家族の仇を惨殺する自分の姿を思い浮かべる。

 

(発鬼。)

 

心の中で唱えるのと同時に、霊術を発動する。全身に力が漲る。強い高揚感を覚えるが、思考は恐ろしく冷静でクリアだ。今の自分がこれまでの人生で一番強い確信がある。

 

(殺す!)

 

ドアを蹴り破り、中へ突入する。

 

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