あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
カンナは事件後すぐ警察に自首し、少年審判で裁かれた。
自分の犯行は殺人未遂として扱われると思っていたが、実際の判決は想像を遙かに超える軽さだった。
カンナが起こした『紅連会本部襲撃事件』の担当裁判官は
「今回の判決にあたり、被害者に1人の死者も出なかったことを考慮しました。被告人は未成年の少女ですがアヤカシであり、ヒトの限界をはるかに超える力の持ち主です。被告人に殺意があれば多数の死者が出ていたことは確実と考えられます。また、被告人は紅栄吉と紅馨に対し強い憎悪と復讐の意志を持っていたことを認めましたが、実際には最も重傷であった2人が迅速に治療を受けられるよう、犯行後ただちにシジョウ西区第一警察に2人を担いで出頭、自首しています。この行動が元で2人は迅速に治療を受けられ、一命をとりとめました。これらの事実を総合的に検討し、被告人には殺意が無かったと判断します。」
(ん?)
「次に、被告人は自首後も非常に従順でした。深い反省の念の顕れと判断します。更に、今回の犯行は大切な家を爆破され、最愛の家族を理不尽に奪われて間もない異常な心理状況下で行われました。被告人は普段から文武両道、社会奉仕活動への参画著しく、青少年の模範となる人格を備えており、犯罪傾向は認められません。情状酌量に値すると判断します。今回の事件は108名の重軽傷者を出す重大事件です。しかし、108名という衝撃的な数字にこだわることは皮相的なものの見方であり、被告人の生い立ちと被害者の関係を踏まえると––」
(ん!?何か私、そこまで悪くないみたいな感じになってない?)
何かがおかしい。判決理由で述べられていることのほとんどは事実だが、肝心の部分が違う。カンナは紅栄吉と紅馨に対する明確な殺意を伴って襲撃し、途中で心変わりしただけだ。それがなぜか、殺意が無かったことになっている。
少年審判は裁判官、書記官、被告人であるカンナだけで行われる。検察や原告は出廷しない。裁判官が被告人に犯罪の事実を告げた上で被告人に事実確認をする形で進められる。
馬奈木は最初、カンナに「被告人は強い憎悪と復讐の意志を以って紅連会本部を襲撃する計画を企て、実行した。間違いありませんか?」と聞いた。
(そりゃ、もちろんそうだな。何せ殺すつもりだったんだから。)
そう考え素直に「間違いありません」と答えたのだが、どういうわけか「憎悪と復讐の強い意志」という表現がそっくりそのままカンナの動機になっている。
(『殺意はありましたか?』って直球で聞いてくれれば良かったのに!もしかして、あの時『いや、殺す気満々でしたよ』って私が訂正しなきゃ駄目だった?)
殺意が無かったと偽りたかったわけではない。確認に正直に応じただけだ。それが被告人がとるべき態度だと思っていた。
「––以上の理由により、被告人を保護観察処分とし、『北ラクドウ少年院』への10ヵ月月の入所を命じます。自らが犯した罪と深く向き合い、本来の模範的な人物に戻ることを強く期待します。」
(ええっ……108人病院送りにして10ヵ月月で出られるの?)
度肝を抜かれた。法律には詳しくないが、異常な短さに感じる。ありがたい話ではあるが、カンナの殺意に関する裁判での扱いには引っかかるものがあり、どう受け止めれば良いのか困惑するばかりである。
「北ラクドウ少年院」はシジョウの南側と隣接する大都市「ラクドウ」の更生施設である。とてつもなく広大な敷地に女子用、男子用の施設が別れて設置してある。
(綺麗。)
それが女子用の施設に対する第一印象。おしゃれな私立高校のような雰囲気だ。
少年院では規則的な生活を送る。朝6時半に起床。7時から朝食。8時半から朝礼。その後は12時の昼食まで更生・教科指導に励む。昼食を終えるとまた更生・教科指導、それに体育教育、後は自由時間。17時から夕食。その後は21時半の就寝まで基本的に自由時間。収容者の年代によっては受験教育や職業指導、就活支援も受けられる。
暮らしは伸び伸びしていた。規則さえ守ればあとは基本的に何をしても自由。その辺の学校の方がよっぽど校則が厳しいだろう。規則について、フランクの性格の院長はこう語った。
「ここには犯罪傾向が進んでない子しか来ないの。そんな子を犯罪者扱いするとね、『私はそういう扱いを受ける子なんだ』って思い詰めちゃって、更生に悪影響しか無いわけ。それって少年院の目的に反してるじゃん?ここは社会から隔離されているわけでもないただの教育施設で、あなたたちはどこにでもいる普通の子って事を分かってほしいから、普通の学校みたいにするわけ。」
(なるほど。)
確かに、収容されている子たちは全員普通の女の子にしか見えない。少なくとも、シジョウの非行少年どもに比べればはるかにまともな子ばかりだ。何をしでかしたのかは知らないが、108人も病院送りにした馬鹿は自分だけだろう。
施設では自ずと内省の時間が増え、様々なことに想いを巡らせた。家族との思い出。友人や学校の思い出。北見慎のこと。爆破の轟音と振動。家族の遺体。憎悪と復讐に狂った自分。黒い炎に責め尽くされ横たわる紅栄吉と紅馨。そして老体を押して紅連会本部にかけつけ、カンナの殺人を寸前で踏みとどまらせ、2日後に寿命で眠るように息を引き取ったガウガウ。天涯孤独となった我が身––。
(私、独りになっちゃったのかな……。)
復讐心に身を焦がしていた時には浸る暇も無かった喪失と孤独の苦しみを一気に味わうことになった。親にもらった最後の誕生日プレゼントである高級万年筆を手放すことができなくなった。フォトアルバムに収まった家族写真を眺めながら毎晩泣いた。
だが、全く希望が無いわけではない。北見慎が多忙を押して面会に来てくれた。
(少年院に居るところなんて北見先生に見られたくない!)
そう思ったのは面会の直前まで。
「久しぶりです、蒼澄さん。この度はご愁傷様です。少しでも元気になっているといいのですが……。」
北見慎と会うのは爆破事件の前日に会って以来だった。彼はカンナの職業的指導者として面会を許可されている。髪型は七三にまとめ、高級感のある革靴と皺ひとつないフォーマルな服装に身を包んでいる。
「お久しぶりです、北見先生。ありがとうございます……!」
実際に会うとつまらないプライドなどあっさりと消え失せ、うっとりしてしまう。お堅い格好も彼にはよく似合っている。傷ついた心に慰めがもたらされ、思わず一筋の涙がこぼれる。
「大変でしたね。」
「はい。」
「やっちゃいましたね。」
「すみません。」
「僕に謝る必要はありませんよ。憎い相手に自分の手で報復したくなる気持ちはわかります。」
「そうなんですか?」
「実は僕も少年院に入ってたことがあります。ラクドウ中央少年院という、こことは違って犯罪傾向が進んだ凶悪な子供が収容される院です。」
「……知りませんでした。北見先生が犯罪なんて想像も付かないです。」
お世辞や気遣いでなく本心である。北見慎が子供の頃は荒れていたことは本人の口から聞いていたが、せいぜい喧嘩ばかりのガキ大将だったとか、その程度のことと思っていたのだ。
「法眼先生がまともな人間になるチャンスをくれたんですよ。」
「北見先生はなぜ少年院に?」
「暴行、傷害、脅迫です。せっかくの機会なので少しだけ身の上話をさせてください。僕はシジョウの生まれですが、両親はアル中の小悪党でした。12歳の時に両親が酒の飲み過ぎで死んでしまいまったので、ラクドウにいる母方の叔父の元に引き取られたのですが、この叔父が犯罪者ばかり狙う詐欺師で、色んな悪い奴から命を狙われていたんです。叔父を守るために悪党を大勢叩きのめしましたが、ある日ゴロツキが僕を倒すために法眼先生を連れてきて、ボコボコにされてしまったんです。いよいよお終いかと覚悟しましたが、法眼先生が情けをかけてくれて、自首と弟子入りを条件に見逃してくれました。叔父はその後すぐ持病で死んでしまったので、自分一人で逃げようかとも思いましたが、命を救われた手前約束を反故にするのも気が引けて、大人しく自首したんです。法眼先生の弟子になったのもそのためです。」
「壮絶ですね。」
「蒼澄さんほどではないですよ。」
北見慎がニヤッと笑う。
「裁判では私の境遇を鑑みてかなり情状酌量を認めてもらえました。そういえば、蒼澄さんの裁判を担当したのは馬奈木さんという女性の方ですよね?実は、私の時も馬奈木さんでしたよ。」
「そうなんですか?」
「馬奈木さんは名物裁判官です。若いころから青少年への厳罰に疑義を呈する論文や本を出してて、初犯で反省の色が見られる子には常識破りの軽罰で済ますことで有名な人です。昔はラクドウの裁判所に在籍してたんですよ。」
(なるほど。十カ月で済むのも馬奈木さんのお陰か。)
「それで、どうして私が急に身の上話をしたかというとですね。」
北見慎が姿勢を正す。
「蒼澄さん、自分の行く先を悲観して自棄にはなっていませんか?」
「自分でもわからないです。家族もいなくて、大きな事件も起こしてしまって、自分の将来がどうなるのか……。」
「想像するのは難しいと思いますが、大人の僕に言わせてもらえば、蒼澄さんなら今の苦境なんて跳ねのけられますよ。」
「本当にそうですか?私、毎晩のように家族のことを思い出してめそめそ泣いているんです。この万年筆、お爺ちゃんとお父さんが16歳の誕生日プレゼントにくれたものなんですけど、これを握りしめてないとずっと落ち着かないんです……。」
「辛い気持ちになるのは当然です。蒼澄さんは何一つ悪くない完全な被害者なので気の毒ですが、この壁は蒼澄さんが乗り越えるしかない。でも、蒼澄さんなら大丈夫です。誤解を恐れずに言いますが、未成年が家族の仇をボコボコにするくらい、なんてことはないですよ。人を殺したわけでもないですし、その程度で人生が終わるなんて絶対にあり得ないです。」
「先生は本当に私が良い子になれると思っていますか?本音を言ってほしいです。」
「蒼澄さんはずっと良い子ですし、これからもっと良くなります。……というのが私の偽らざる本心ですが、これだと気休めに聞こえちゃいますよね?」
少し考える仕草をしてから続ける。
「こう考えてください。私が良い例だと思いませんか?私は犯罪者に育てられた少年院出の元クソガキですが、今はシジョウで真っ当な大人をやっていると自負しています。小さいですが会社を起業してうまくいっていますし、道場の経営も順調です。孤児院や恵まれない家庭に寄付をし続けられるくらいの余裕もある。」
「私も先生みたいになれるという意味ですか?」
「蒼澄さんがそうなりたいと願うなら、なれるよう私が導きます。私が真っ当な大人になれたのは、私に才能と志があったことも大きな要因ですが、何より決定的だったのは優れた師との縁があったことです。私が法眼先生に救われたように、今度は私が蒼澄さんを救ってみせますよ。」
「先生が、私を……?」
「できます。蒼澄さんの才能は私以上です。それに、ここだけの話、私の方が法眼先生よりモノを教えるのは上手です。私以上の才能を持つ子を、どん底から這い上がった私が導く。だから絶対にうまく行きます。」
「……。」
「しかし、これには当然蒼澄さんの姿勢も重要です。どうですか?」
「やってみます……。必ず立ち直ります……。今よりも強くなります……。」
ボロボロと熱い涙が零れてくる。
「その意気です。ただし無理はしないように。喪失から立ち直るのには誰でも時間がかかりますから、焦りは禁物です。この院はとても雰囲気が良い。ここでたくさん悩んで、泣いて、精神を落ち着けるのが最初の修行ですね。今は自棄になったり将来に絶望したりしていなければそれで十分です。」
「分かりました。」
「そろそろ時間ですね。なるべくこまめに面会に来るようにします。次来る時はらいおん亭の塩まんじゅうを差し入れしますよ。好物ですよね?それでは。」
北見の面会後もカンナの泣きっぱなしの日々は続いた。地元の友人からの励ましの手紙を読んで泣く。万年筆を見つめて泣く。家族写真を見ては泣く。何があったわけではないが悲しみが胸を満たして泣く。だが、救いのない涙ではない。
(私は立ち直れる。独りじゃない。何もかもが終わったわけじゃない。)
喪った家族は取り戻せない。だが、取り戻せるものは取り戻しつつある。殺人を犯す寸前でガウガウに引き止められ、老裁判官に温情をかけられ、少年院でも恩師と友人の励ましを受けている。涙を流す度に苦悩の道の終着点へ徐々に近づいている。手放しかけた人生が、未来への希望が、少しずつ自分の内に戻ってくるのをカンナは感じ始めていた。