あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第三話:陰陽寮への旅路#3

「すごい……あっという間に倒した……。」

 

カンナが後ろを振り返ると、先へ行ったはずの荷馬車が戻ってきていた。20代後半とおぼしき男性の御者がポカンとした表情で消えゆくマガツヒの死骸を眺めている。

 

「どうして荷物を捨てなかったんですか?」

 

御者に向けて咎めるような口調で問いかけると、御者はばつの悪そうな困り顔を浮かべた。

 

「私から説明します。」

 

カンナの圧に怯んだ御者に代わって荷台から降りてきた初老の男性が深々と礼をし、返答を引き継いだ。

 

「まずは自己紹介から。私、藤野真と申しまして、『藤野生薬』という薬の材料を扱う会社を経営している者です。正一、お前も挨拶しなさい。」

 

「藤野正一です。藤野真の息子です。自分は料理人やってます。」

 

馬の操縦台から飛び降りた御者も同じくらい深く頭を下げた。藤野真は上品で知的な好々爺といった印象、藤野正一は明るく人懐っこい印象のあっさりしたイケメン。2人とも長身痩躯で鼻と耳の形がそっくりだ。

 

安全な人間。ひとまずそう結論づける。

 

「私は蒼澄カンナです。よろしくお願いします。」

 

一応、礼には礼を。深いお辞儀で応じるが、追及の手は緩めない。

 

「で、なんで荷物を捨てなかったんですか?あのままだと追いつかれていたと思いますよ。」

 

「蒼澄様の仰る通りです。ですが、あの荷物は命にかえてでも届けなければならない理由がありまして。」 

 

藤野真が落ち着いた声音で答える。

 

「命にかえてもって、何を運ばれているんですか?」

 

「薬の材料です。ほら、潜毒(せんどく)が大陸の西で流行ってるでしょう。あれの治療薬の試作品を作るための薬草が積んであるんですよ。」

 

潜毒は2ヵ月ほど前から大陸西部で大流行している細菌性の伝染病である。発症時の死亡率が2%に達するとされる危険な伝染病だが、ワクチンも治療薬もまだ開発途中のはずだ。

 

「大事な積み荷ということは理解しましたが、あのままだと2人とも殺されていたと思いますよ。」

 

「その通りですが、実は妻が潜毒に罹患しておりまして。」

 

「……あー、なるほど。」

 

「潜毒はどうだか知りませんけど、伝染病って年寄りほど重篤化することが多いじゃないですか。妻も私と同じくらいの年なので、最悪の事態を防ぐためにも早く治療薬が完成してほしいんです。荷台に積んでるのは本当に希少な種類の薬草で、しかも私の会社の在庫の大半を積んでいるので、失うわけにはいかなかったのですよ。」

 

「そういう事情があったんですね。失礼しました。確かにそれなら捨てるわけにはいかないですね。」

 

理解を示すためにつとめて柔らかい口調で返す。

 

「遅くなりましたが、助けて下さり本当にありがとうございます。」

 

藤野真が再びお辞儀をすると、隣で藤野正一も「蒼澄様、ありがとうございます!」と元気よく頭を振り下げて謝意を示した。

 

「藤野さん。恩着せがましくて恐縮ですが、1つお礼をしていただきたいです。」

 

「もちろんです。」

 

「私はナクサを目指しているんですが、実は道に迷ってしまいまして、山を出るところまで送っていただけますか?」

 

「偶然ですね、実は私たちの目的地もナクサです。あまり広くない馬車ですが、蒼澄様さえ構わなければ乗って下さい。多分夕方くらいには付きますよ。」

 

「ありがとうございます。同乗させていただきます。荷物を置いてきたので急いで取りに戻りますね。」

 

「お待ちしています。」

 

その場を走り去り、突起物を頼りに飛ぶように崖を直登し、元来た場所へ駆け戻る。荷物を持って帰ってくると、藤野親子が出発の準備をしている。カンナは崖を上り下りした直後だが、軽く汗をかいているだけで息に乱れはない。

 

「お待たせしました。」

 

「お早いお帰りですね。出発の準備はできていますので、早速ナクサへ向かいましょう。」

 

藤野正一が操縦台に、カンナと藤野真は荷台のスペースに身体を押し込むようにして座った。カンナは身長187cm、藤野真も180cmはあり、荷台はぎゅうぎゅう詰めである。

 

「私たちはこの山の北側の麓の村から来たのですが、蒼澄様はどちらから?」

 

「私はシジョウから来ました。藤野さん、様は要りませんよ。」

 

「では蒼澄さんと呼ばせていただきますね。それにしてもシジョウですか、随分西の方から来られたのですね。」

 

「ええ、まあ。」

 

「ナクサはかなり広い街ですが、どこで降ろしましょうか?」

 

「陰陽寮に行きたいので近くで降ろしてもらえますか?」

 

「分かりました。ちょうど私たちの荷物の届け先も陰陽寮の近くです。陰陽寮へ向かわれるということは、もしかして蒼澄さんは式神様なのでしょうか?」

 

「いいえ、まだ式神ではないです。式神になるために陰陽寮へ向かっています。」

 

「陰陽寮」は、伝説の陰陽師である安倍晴明が設立した、人々を脅威、特に人の負の感情から生じる超常の怪物「マガツヒ」の脅威から守ることを使命とする超国家組織である。大陸の各地に支部を持ち、本部はナクサにある。

 

「式神」は陰陽寮に所属する陰陽師と契約を交わしたアヤカシを指す言葉である。アヤカシには独力でマガツヒに対抗する力を持つ者も居るが、陰陽師から霊力の供給を受けることで能力を大幅に向上させることができるため、マガツヒとの戦いでは式神が主戦力となる。

 

カンナは自分の契約相手となる陰陽師を見つけて式神になるためにナクサを目指していた。

 

「ナクサにはお知り合いの陰陽師様や式神様はいらっしゃいますか?」

 

「いないです。なので講術所に通うことになるかもしれません。」

 

一般的に、カンナのような在野のアヤカシが式神になるルートは大きく二つに大別される。

 

1つは陰陽師と面談して採用されること。式神を探している陰陽師を自分で見つけ採用面談を通過しなければならないが、うまくいけば最も手っ取り早く安い費用で式神になることができる。

 

2つ目は陰陽寮の講術所の訓練課程を修了すること。修了生は式神見習いとして陰陽寮に属することができ、式神見習いとして働きながら式神契約を結ぶ陰陽師を探すことになる。ほぼ確実に式神になれるが、講術所に通う金と訓練課程を学ぶ時間が必要である。

 

カンナはほぼ無一文なので1つ目の方法を望んでいたが、残念ながら陰陽寮にコネは無い。ナクサでは適当な住み込みの仕事を見つけて講術所に通う金を貯めるつもりだった。

 

そんなカンナに、藤野真が思わぬ助け舟を出した。

 

「蒼澄さんさえよろしければ、私の知り合いの式神様をご紹介しましょうか?」

 

「藤野さんのお知り合いですか?」

 

「はい、私には式神様の知り合いが二人います。一人は大黒天様で、蒼澄さんも本とか新聞とかで見たことがあるかもしれませんが、英雄七福の一人で、大國商会の会長さんですね。私も仕事でよく取引させていただいています。もう一人はスクナビコナ様という方で、製薬業界では行ける伝説みたいに扱われている偉い薬師の方です。実はこの薬草の届け先もスクナビコナ様なんですよ。お二人とも確か、西賀(さいが)さんという本部所属の陰陽師様とご契約されていたはずです。」

 

(奇跡じゃん。)

 

思わず生唾を呑み込む。現役の式神と知り合いになれるのは有難い機会だ。うまくいけばその西賀さんとかいう陰陽師との繋がりもできるかもしれない。

 

だが、カンナにはこの申し出を簡単には受けられない事情があった。

 

「藤野さん、大変有難い話なのですが……。」

 

「もちろん蒼澄さんの意向が最優先ですが、何か事情がおありですか?」

 

「はい。実は私、昔暴力沙汰を起こして更生施設にいたことがあるんです。」

 

「そうなんですね、意外です。」

 

「私みたいなのを紹介すると、藤野さんのお顔に泥を塗ることになりませんか。」

 

カンナが起こした暴力沙汰は死者こそ出なかったものの、被害者の数が多かったため大事件として広く報道されている。当時カンナは16歳だったので実名は出なかったが、シジョウの人間なら真相を知っている人は大勢いるし、経済界の大物である大黒天などは知り合いも多いだろうから既に情報を得ている可能性もある。

 

「私は特に気にしませんよ。」

 

「ん?えっ?」

 

あまりにあっさりした藤野真の態度に思わず拍子抜けする。

 

「蒼澄さんがそういうことをしたのだとしても、きっと深い事情があったんだと思います。だから私の顔に泥がどうとか、そういうことは気にしないでください。私が紹介したいから紹介するんですし、その結果何があっても蒼澄さんが責任を感じる必要はありませんよ。」

 

「大変ありがたいのですが……本当にいいんですか?私が起こしたのはかなり大きな事件ですよ?」

 

「何年か前にシジョウで『紅連会(こうれんかい)本部襲撃事件』って大きな事件がありましたね。蒼澄さんが仰ってるのはそれのことでしょう?」

 

藤野真が抑えた声で問いかける。図星である。

 

「そうです。よくわかりましたね。」

 

素直に感心した。

 

「蒼澄という姓とシジョウという地名を聞いてピンと来ましたよ。妻がもともと報道の仕事をしていたので、この手の話にはちょっと詳しいんです。」

 

「なるほど。そこまで把握した上でご紹介いただけるのでしたら、お言葉に甘えさせていただけますか?」

 

「任せてください。ナクサで大黒天様とスクナビコナ様に会う予定があるので、その時に蒼澄さんのことを紹介します。」

 

「ありがとうございます。お願いします。」

 

(なんて幸運だ。)

 

会社の面接を受けに行く途中で困っている人がいたので助けました。するとその人は面接を受けようとしていた会社のコネを持ってる人でした!……就活がうまくいっていない学生がする愚かな妄想のような出来事が、まさかわが身に起きようとは。

 

(これを逃す手はないな。)

 




原作世界観の補足

・大陸
 物語は地球ではない星、とある大陸。大陸には様々な国、街、人里が存在する。

・マガツヒ
 人間の負の感情から生じる超常の異形。外見や能力は多種多様だが、どの個体も本能のまま人間を殺害する。霊力を帯びた攻撃でしか倒せない。死ぬと霧になり消滅する。

・アヤカシ
 超常的な力を行使できる人間。様々な種族が存在し、種族名は神話や妖怪譚に関連することが多い(例:犬神、烏天狗、猫又等)。いわゆる超人、ミュータントだが、社会的には人間として扱われることがほとんど。

・ヒト
 アヤカシではない人間。ヒトの力だけでマガツヒに対抗することは不可能。

・陰陽師
 職業の名前。ヒトの中でも、陰陽術への適性を持つごくわずかな者だけが、訓練を積むことで陰陽師になれる。

・式神
 職業の名前。アヤカシが陰陽師と契約を結ぶと式神になれる。アヤカシの霊力に陰陽師の霊力が融合するとアヤカシの能力が大きく向上する。

・陰陽寮
 主にマガツヒの脅威から人類を守護する超国家的組織。原作では本部が所在する街の名前は明らかではなく、「ナクサに本部がある」は筆者の独自設定。

・霊力
 正体不明のエネルギー。マガツヒには霊力を帯びた攻撃のみ通用する。霊力を用いて行使される超常的な技を霊術という。
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