あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第三十一話:異界

「ありがとうございます。」

 

中田原と橡に連れられて職員室に戻り、熱い茶を飲んで気持ちを落ち着ける。

 

「無理もないです。私も10年陰陽師をやっていますが、あの光景は衝撃を受けます。」

 

「明日、きつかったら休んでていいよ。もともとあたしと中田原さんの2人でやるつもりだったから。」

 

「大丈夫です。行かせてください。」

 

そう返すが、穴に飲まれた故郷の風景は脳裏に深々と焼きついている。

 

(北区の被害が大きいことは知ってたし、覚悟も決めたつもりだったけど、あれは辛いな。まさか土地ごと家が無くなるなんて。)

 

動揺を茶ごと飲み込もうとするカンナに中田原が話題を振る。

 

「あくまで可能性の話ですが、あの穴はもしかしたら異界に繋がっているかもしれません。」

 

「異界?」

 

「マガツヒが超能力で作る空間のことです。異次元、異世界と呼んでも構いません。あの穴はどう見ても自然発生したものではないので、マガツヒが産みだしたのは確かです。」

 

「なるほど。」

 

「穴に飲まれるのと異界に取り込まれるのは同じではありません。穴に飲まれた物体は穴の底で木っ端みじんになるでしょうが、異界はこの世と異なる理に支配された世界です。飲まれたものが破壊されているとは限らない。」

 

「本当ですか?」

 

「あくまで可能性の話です。ですが、可能性があるならもうダメだと決めつける必要もないですよね?」

 

「確かに、そうですね。」

 

どうやら励まされているらしい。

 

カンナにはあの穴の中身を予想する知識や経験が無い。だが、中田原の言には理を感じた。予想できないはずなのに、悲観的な未来を確定事項のように扱うのは、確かに不合理だ。

 

(私らしくないな。いけいけ、おらおらが私の持ち味なのに。)

 

自分がネガティブになっていることを冷静に見つめなおし、少し気が楽になる。

 

「それにですね、誤解を恐れずに言えば、シジョウの被害はマガツヒの襲撃規模を考慮すると奇跡的な少なさなんですよ。」

 

「この状況でですか?」

 

「黒蝗は過去にも観測事例があると言いましたね?過去に襲われた人里の住民の生存率はどこも1割未満、平均すると20人に1人程度です。」

 

「ほぼ皆殺しですね。」

 

「神出鬼没で動きも早いんです。空を覆うほどの大群が何の前触れもなく防護結界を喰い破って襲ってきますからね。基本的になす術は無いです。」

 

「シジョウはそこまで死者は出ていないと思うんですが、なぜですか?」

 

「黒蝗は群れの数がある程度減ると即座に撤退する習性があります。黒蝗と笑い女が現れた時、シジョウのアヤカシの一団が防衛戦を敷いて抵抗したらしいので、そこで撤退に追い込むほどのダメージを与えたのだと思われます。」

 

アヤカシの一団。その言葉を聞いて、北見慎の姿が思い浮かぶ。

 

(北見先生はどこにいるんだろう。)

 

そのアヤカシの一団に北見慎もいたに違いない。カンナの出所を迎えに行けなかったのは戦いに没頭していたからだろう。今はどこかで自警団でもやっているのだろうか。

 

(早く会いたい。)

 

胸が締め付けられる思いがする。

 

翌日、予定通りマガツヒの掃討に出発する。

 

「掃討作戦の概要を説明します。中央区にいくつかマガツヒの狩場を作ります。更に、マガツヒを狩場に誘導する仕掛けを設置します。うまくいけば区内のマガツヒの大半を狩場に封じ込められますので、そこを叩きます。」

 

「なるほど。」

 

「今は中央区の部隊で手分けして狩場と仕掛けを準備しています。私も仕掛けを設置していくので、蒼澄さんは橡さんと一緒に護衛をお願いします。」

 

「はい。」

 

区内の各地に符や札を設置していく。

 

「大雑把に言うと、マガツヒに行ってほしくない方に通行を妨害する術を仕掛けます。マガツヒが回避すると、自ずと狩場へと向かうようにするんです。狩場にも罠をしかけておき、侵入したマガツヒが出られないようにします。追い込み漁のようなものです。」

 

仕掛けの設置が終わるまではマガツヒとの不必要な戦闘は避ける方針だが、不意の遭遇戦は避けられない。

 

「中田原さん、マガツヒが来ます。」

 

橡がマガツヒの気配に気付く。進行方向、倒壊した商業施設の陰から鬼のマガツヒ。逆方向からから靄のマガツヒ、約30体。

 

「蒼澄さん、タイマンと群れの相手ならどっちが得意ですか?」

 

「タイマンですね。」

 

「では蒼澄さんに鬼のマガツヒを任せるので、橡さんは靄のマガツヒを。」

 

「はい。」

 

「蒼澄さん、まずいと判断したらすぐ援護するので、自由にやってください。鬼のマガツヒは5割が頭部、4割が心臓が弱点です。残り1割も、全身のどこかに必ず弱点があります。」

 

「はい。」

 

前に出る。鬼のマガツヒはこちらへまっすぐ突っ込んでくる。

 

鬼のマガツヒには個性がある。南区の自警団を襲った個体は体高5mはあったが、こちらへ向かってくるマガツヒは体高3.5mほどで、前の個体に比べると肩幅が広く、足が速い。既に距離は300mほどに縮まっている。

 

(中田原さんと橡さんの方には行かせたくない。最初のすれ違いで最低でも動きを止める。)

 

鬼のマガツヒとの距離、あと200m。前に出たカンナに狙いを定めている。

 

(棍棒を振るったら潜り抜けて足の関節を潰す。体当たりなら受けて投げて転倒させて足の関節を潰す。)

 

鬼のマガツヒとの距離、あと50m。鬼のマガツヒが咆哮をあげ、両腕で棍棒を振り上げ、急加速する。

 

(潜り抜けられない!)

 

鬼のマガツヒが渾身の力で打ち下ろした棍棒を交差させた両腕で受け止める。重さで地面にヒビが入るが、両足で踏ん張る。

 

(よし、止めた。)

 

鬼のマガツヒは両手で棍棒を振り回し、横振りにカンナの頭部に殴りかかる。

 

(まずは頭を潰す。)

 

前宙で棍棒を飛び越えて回避。同時に棍棒を足場代わりにして両手で数m跳躍し、ガラ空きの頭部に前転踵落としを叩き込む。鬼のマガツヒの頭部が嫌な音を立て砕け、胴体に深々とめり込み、たたらを踏んで仰向けに倒れる。

 

(死なない。ということは、弱点は心臓か。)

 

倒れた鬼のマガツヒの膝を砕き、立ち上がれなくする。強引に棍棒を奪い取り、鬼のマガツヒが太い腕を組んでガードするのに構わず、心臓部を繰り返し殴打する。

 

「ふっ、ふっ、ふっ。」

 

繰り返し棍棒を打ち下ろす。焦らず、呼吸を止めず、一発一発力を込め、不規則なリズムで。鬼のマガツヒはもはや俎上の魚である。遂に心臓を庇う腕がひき千切れ、肉と骨が砕け、棍棒が心臓を直接叩いた。

 

「■■■■■■––!!」

 

けたたましい断末魔をあげ、鬼のマガツヒが瘴気の霧となり消える。

 

「カンナちゃん、あんたマジで強いね。本当に素人?」

 

橡が声をかけてくる。靄のマガツヒの群れは地面から突き出た無数の槍に串刺しにされている。見ていなかったが、橡の能力だろう。

 

「私も驚きました。センス抜群ですね。」

 

「ありがとうございます!」

 

お世辞かもしれないが、プロに褒められればやはり嬉しいものだ。

 

「棍棒を素手で受け止めても無傷なのはどういうからくりですか?」

 

「目に見えない透明な鎧で身体を守ってます。物理攻撃は完全に防げます。」

 

「めっちゃ便利じゃん。あたしもそういう能力ほしいわー。」

 

その後も結構な頻度で遭遇する靄のマガツヒと鬼のマガツヒを、橡と手分けして倒しながら街を練り歩く。

 

「ほっ!」

 

橡が地面を槍の穂で叩く。地面の下から激しい水流の音と金属同士の衝突音が鳴り響き、マガツヒの足元に収束していく。その直後、大量の槍が地面から突き出てマガツヒを貫く。これが橡の戦い方らしく、群れで行動する靄のマガツヒに相性抜群である。

 

朝早くに中学校を出発。3人で街に仕掛けを設置をし、午後に中学校へ帰還。次に備蓄品の運搬や住民の救助を行い、それが済むと備蓄品の開梱、整理、分配。避難所を見回り、定例会を行う。全てが終わるころには夜空に星が輝いている。そんな日々が2週間ほど続いた。

 

日々の癒しが「お風呂タイム」である。本当に風呂に入るわけではない。あかなめのアヤカシである赤音の「固形物の表面の汚れを落とす」能力を使い、服や身体の汚れを落とすのだ。

 

赤音が目を閉じ、両手の平に霊力を集める。その手でぽんっと軽く触れられると、弾力と湿り気のある柔らかい物体で優しく撫でられるような感触が全身を走る。くすぐったい感触に1分も耐えれば、風呂で丹念に全身を洗った直後のように身体の汚れが落ちている。服も歯も綺麗になるから驚きだ。水も洗剤も要らないのが本当に助かる。

 

赤音は避難所の衛生面を支える大黒柱となった。固形物であれば人体でなくても綺麗にできるので、食器、寝袋、厠もピカピカにできる。本人も周りの役に立ちたいらしく、この仕事に非常に乗り気だった。ただし、1日に綺麗にできるのは約20人という限界がある。また、この能力で赤音本人を綺麗にすることはできないらしく、本人は毎晩濡らした手拭いで身体を拭いていた。

 

【カンナさん 身体を拭いてもらえますか?】

 

赤音がノートに書いた字を見せる。赤音は他人に身体を拭いてもらうのが好きで、よくおねだりに来るのだ。赤音がおねだりする相手はカンナ、橡、野中の病院に勤務している女性看護師の真中だが、どうやらカンナが1番お気に入りのようだ。カンナに拭かれるのが一番「お姫様気分」に浸れるらしい。

 

保健室のカーテン付きのベッドが赤音の風呂である。

 

バケツに熱い湯をはり、手拭いを浸す。少し冷やしてから赤音の身体を本人が心行くまで拭いてやる。赤音は年齢の割に長身で既に160cmを越しているが、身体が細く、ものすごく体重が軽い。色白で細長いので全体的に鶴のような印象を受ける。

 

【カンナさんみたいな身体憧れます 強い肉食獣って感じで】

 

本人も痩せすぎをかなり気にしており、カンナの鍛えられた肉体への憧れをよく文にした。

 

【筋肉見せて】

 

「しゃーなしだよ。ほら!」

 

上裸になり、上腕二頭筋と背筋を肥大化させる。赤音はぺたぺたと筋肉を触り、ほおずりする。

 

【カンナさんと一緒にいると癒されます】

 

赤音が愛らしい笑顔を浮かべて見せる。

 

(可愛い……私が守護(まも)らないと。)

 

思わずこちらもうっとりしてしまい、使命感に近い庇護欲が湧いてくる。

 

陰陽寮は治安の悪化を予想していたが、少なくとも中学校は平和である。どうやら野中、真中、田井中の貢献がかなり大きいらしい。野中はリーダーシップと胆力に優れ、厳しい状況下でも平時のように落ち着きはらっている。真中はとにかく頭の回転が早く、備蓄品の残数を管理する帳票を自作し、避難民のアレルギーや健康状況に応じてうまく配分してくれる。ただ、避難所生活がストレスになっているらしく、1日のタスクが終わるとへとへとになってすぐに寝てしまう。田井中は強面だが、人柄は冷静かつ温厚で、たまに避難民どうしがトラブルを起こしてもうまくなだめてくれる。どうやら中学校は人に恵まれているらしい。

 

カンナは赤音、橡、中田原と意気投合し、よく雑談を交わした。

 

【橡さんと中田原さんって付き合ってるんですか?】

 

赤音が興味津々という表情でノートに書いた文章を見せる。

 

「えっ。なんで分かるの?」

 

橡が驚いた表情を浮かべる。中田原は苦笑いを浮かべている。

 

「私も付き合ってるだろうなって思ってました。」

 

「いつから?」

 

「一目でわかります。というか、気付いてない人ほぼ居ないと思います。」

 

「えーっ、嘘でしょ。なんで気付いたのか知らないけど、あんた達だけだよ、気付いているの。」

 

【野中先生 真中さん 田井中さんも気付いてる】

 

「マジで?」

 

「橡さん、すぐ態度に出るからなぁ。」

 

「はぁ?違いますって。中田原さんが『こいつぅ、俺の女だからぁ!』感出してるからでしょ。」

 

「私は橡さんの『私の男だぞ』感で気付きましたよ。」

 

【私も】

 

「ほら。」

 

「えっ、マジで?」

 

橡は無口な割に内面が顔に出やすい。中田原と2人きりの時はキャピキャピして上機嫌になるが、逆に中田原が自分以外の女と話しているのを見るとあからさまに表情が強張る。特に中田原が真中やカンナと2人で会話するのは彼女にとって大変面白くないことらしく、よく中田原の背中越しに鋭い視線を飛ばしてくる。これほど内面が態度に出る人も珍しいが、本人にはその自覚が無いのが面白い。

 

【橡さんが寝てる中田原さんのほっぺにチューしてるの見たことある】

 

「橡さん、任務中にそういうのは無しにしようって、前に決めたよね?」

 

「す、すみません。」

 

中田原が割と本気のトーンで橡を嗜める。中田原は温厚だが根がかなり真面目で、本気のトーンになると結構迫力がある。橡はしゅんとしてしまった。

 

【屋上は人が来ないから大声出さなければ大丈夫だと思う】

 

「『大声出さなければ大丈夫』って何のことよ、このマセガキ!」

 

橡が一瞬で復活する。赤音は物おじせずグイグイ行く性格で、橡をからかうのが楽しそうだった。

 

(くそっ、羨ましい、羨ましい!私も北見先生と「大声が出ちゃうようなこと」したいのに!)

 

一方カンナは嫉妬の炎に焼かれ、赤音が橡をからかうのをとめないのであった。

 




異世界には転生しません
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