あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第三十二話:救出劇

ある日、唐突に事件は起きた。中央区の避難所の1つである「中央区公民館」が暴徒の襲撃を受けたのだ。

 

「暴徒は5名、全員男性。銃を所持している者もいたそうです。現場の式神が追い払いましたが、けが人が出ました。」

 

中田原、野中、田井中、橡が深刻な表情で話し込んでいる。治安悪化は予想されていたことだが、想定よりもかなりペースが早い。

 

「中田原さん、陰陽寮の部隊の方に治安維持の協力をいただけないでしょうか?」

 

野中がすがるような口調で訴えるが、中田原は静かに首を横に振る。

 

「残念ですが、現状マガツヒの他区への侵攻を防ぎ、掃討作戦を進めるので手一杯の状況です。無理に治安維持に人手を割いても焼け石に水になるばかりか、根本原因であるマガツヒの討伐が疎かになり状況が悪化するばかりです。」

 

「そうですか……。」

 

野中は素人だが馬鹿ではない。実行不可能な策に固執する愚は犯さないが、それでもかなり残念そうだった。

 

【怖い】

 

赤音も精神的余裕を失いつつある。お風呂タイムで綺麗にできる人数が1日15人ほどに減ってきたし、夜はカンナの傍を絶対に離れないようになった。

 

ある日、カンナがいつもどおりベッドで彼女の身体を拭いていると、急に泣きつかれた。

 

【こういう時私みたいな子はすぐ強盗や強姦魔に襲われるって本で読んだことある】

 

尋常ではない怯え方をしている。

 

「避難所に変な人は居ない?」

 

【分からない】

 

「私たちが避難所に居ない時、他に信頼できる人は居る?」

 

【野中先生 真中さん 田井中さん】

 

「うーん。」

 

少ない。それに、真中は性格が気弱な上に避難生活のストレスで精神をすり減らしている。荒事に耐えられるようには見えない。

 

「赤音、聞いて。私がいない時は野中さんか田井中さんの傍を離れないで。真中さんじゃだめ。私も真中さんは信用してるけど、悪い奴に襲われた時に真中さんじゃ赤音を守れないから。もし怪しい人がいたらすぐ私に言って。難癖付けて、避難所から追い出すから。」

 

その日は赤音が寝付くまでずっと抱きしめていた。本当はカンナも避難所で赤音の傍に居続けたいが、状況がそれを許さない。

 

中央区のマガツヒ掃討作戦自体は順調に進捗し、いよいよ大詰めを迎えている。マガツヒを誘導する仕掛けの9割近くが設置完了し、既に区のマガツヒの大多数は区に12か所ある狩場のいずれかに誘導・隔離されている。後は順番に掃討するだけだ。だが、こちらの消耗も激しい。

 

避難所の屋上。中田原が橡の治療をしている。彼女は新種のマガツヒとの戦いで重傷を負ったのだ。

 

「なんで保健室で治療しないんですか?」

 

「式神や陰陽師が弱ってる姿を素人には見せるのはご法度だからね。」

 

橡が腹部の裂傷を抑えながら答える。

 

「なので蒼澄さん、橡さんは軽傷ということでお願いします。実際の容体は野中さんと真中さんにしか話していませんので。」

 

「中田原さんに毎晩徹夜で抱かれて寝不足ってことにしといて。」

 

「分かりました。」

 

中田原も徐々に消耗している。彼は毎日夜中まで通信用の符で誰かと作戦会議をしている。疲れや動揺をほとんど表に出さないが、食事を食べるのが徐々に遅くなっているのにカンナは気付いていた。

 

(狩場のマガツヒの掃討もある。私が抜けるわけにはいかないな。)

 

何とかこの苦境を乗り切らなければと自分を叱咤するが、状況は更に悪化する。

 

「こちら央元。中央区公民館に多数のマガツヒ接近!」

 

ある日の午後、昼食をとっていると、中田原の通信用の符から突如として男の切迫した声が響く。

 

「数と避難所までの距離は?」

 

「1kmほど先に靄のマガツヒがおよそ200体。それともう1体、新種と思われる体高8mほどの蟷螂型のマガツヒが4体、靄のマガツヒを押しつぶしながら接近中。目視で捕えられています。」

 

「結界は?耐えられそう?」

 

「持ちこたえて30分。」

 

「すぐ行く。倒そうとせず、時間稼ぎに専念して。蒼澄さん、橡さん、行きますよ!」

 

「「はい!」」

 

中学校を飛び出す。

 

中央区公民館は旧中央区立中学校から約4kmの位置にある。マガツヒから身を隠す特殊な結界を張れない場所にあるので、防御用の結界を張り、部隊が交代で見張り番をしていたはずだ。

 

中央区公民館が近づいてくる。もはや見慣れた靄のマガツヒの群れの他にもう1体、見たことがないマガツヒが結界を滅多打ちにしている。

 

「ギイイイイィぃぃぃ!」

 

通信用の符で聞いた蟷螂型のマガツヒとやらに間違いない。

 

そのマガツヒは蟷螂のような体形だが、身体はところどころ茶色い獣毛に覆われている。大きな身体を支える6本の後ろ足は異常に太く、逆に先端が槍のように鋭利な2本のしなる前足は細長い。顔面は真っ赤に充血した狂気の単眼に覆われている他は何も無く、代わりに腹部に大きく縦に裂けた口があり、そこから絶えず怨嗟の怒号を響かせている。

 

「避難民の救出が最優先!全員、生きて中学校に連れ帰ります!不意打ちから入ります。蒼澄さん、蟷螂のマガツヒを狙って!」

 

「はい!」

 

「橡さん、靄のマガツヒを片付けて!避難民の通り道を作ります!」

 

「りょ!」

 

カンナは蟷螂のマガツヒに側面から突っ込み、橡と中田原は靄のマガツヒの群れの背に回り込む。

 

(人だ!)

 

1人の男が蟷螂のマガツヒに串刺しにされ、高々と釣りあげられている。

 

「うおおおぉぉぉ!」

 

串刺しの男は雄たけびをあげ、周囲に血のしずくを振りまきながら蟷螂のマガツヒに銃を連射している。

 

「キシャアアアァァァァ!」

 

蟷螂のマガツヒは痛みにもがく仕草で肥大化した後ろ足で地団太を踏み、足元の靄のマガツヒを次々と踏みつぶしている。

 

(めちゃくちゃだな。)

 

よく見ると、そこら中に式神の遺体が転がっている。遺体はどれも裂傷、刺し傷、火傷だらけで、地面には血だまりができている。

 

その時、蟷螂のマガツヒの地団太の音に混じって激しい水流の音とがちゃがちゃという金属音がし始める。

 

(橡さんだ。)

 

次の瞬間、地を割って広範囲に銀の槍が咲き乱れる。大量の靄のマガツヒが串刺しになり瘴気の霧となり消えていく。蟷螂のマガツヒも後ろ足と下腹部に槍が突き立てられるが、後ろ足はよほど固いのか槍の方が強度負けして折れている。

 

(今だ。)

 

地面から力任せに槍を1本引き抜き、靴を脱ぎ捨てて跳躍する。槍の穂先を足場にして蟷螂のマガツヒに斜め後ろから接近する。下腹部を槍で刺さた痛みにもだえる蟷螂のマガツヒの頭部に飛び掛かり、大きな目を狙い槍を思いきり突き刺す。その時、目がぎょろっと動いてこちらを捕える。

 

(駄目だ、かわされる!)

 

蟷螂のマガツヒが頭を振ったせいで狙いが外れ、目を狙った槍は頭頂部に深々と刺さる。

 

「アアアアアァァァ!」

 

蟷螂のマガツヒが怒り狂って槍の海の中を暴れる。顔面に刺さった槍にしがみ付いて周囲を見渡すと、橡が残った靄のマガツヒを蹴散らして公民館に突入し、住民を外へ逃がしている。

 

(時間を稼がないと。でもその前に、あの人を助けないと。)

 

蟷螂のマガツヒに串刺しにされている男。さきほどまで銃で抵抗していたが、今は刺さった前足を引き抜こうと悪戦苦闘している。

 

蟷螂のマガツヒの頭部を飛び降り、前腕を滑るように伝って先端に達し、前腕部の関節を力任せにねじ切る。落下しかけた男を服を掴んで抱きとめ、槍の海の穂先に素足で着地する。不可視の鎧のおかげで、バランスさえとれば槍の穂先すら足場にできるのだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ぐぶっ。」

 

返事の代わりに男が大量に吐血し、カンナの着物を赤く染める。

 

「ごめん。」

 

「お気になさらず。」

 

「……なんて美しい女性だ。」

 

「はい?」

 

「この仕事が済んだら俺とデートしてください。着物を汚したお詫びに、お洒落な服を買ってあげるよ。」

 

「元気そうで何よりです。」

 

地面に降り立つと、男は余裕の笑みを浮かべながら銃に銀色の弾丸を込めていく。恐らく年齢は20代前半。子犬系の可愛らしい顔立ちをしているが、所作は落ち着いている。

 

「俺は北別府俊介。陰陽師中田原洋二と契約している式神です。あなたの名前は?」

 

「蒼澄カンナです。自警団です。」

 

「蒼澄さん、先ほどは見事な腕前でした。2人でゆっくり話したいですが、今は仕事を優先しましょう。こいつは俺が引き付けるから、住民の護送を手伝ってください。」

 

「分かりました。あの、傷は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、大丈夫!まだまだ動ける。俺、式神の仕事に命かけてるから。動ける間は戦い続けるよ。ほら、行って!」

 

「任せます。」

 

銃声を背後に聞きながらカンナも避難民の誘導に加わる。

 

(結構子供や老人が居るな。)

 

公民館の避難民は58名。その内、自力で中学校まで歩くのが厳しい者が9人。1人は赤ん坊、1人は避難中に足首をねん挫した10歳前後の男の子。1人は暴徒から男の子を庇って足を撃たれた女性。残り4人は足腰の弱い老人。

 

赤ん坊は母親が、男の子は中田原が、女性はカンナが運ぶ。老人の内、1人を陰陽師の央元春樹、1人を央元の式神杉龍一、そして残り2人を自警団の腕章を付けた中年の大男が運ぶ。大男はカンナの知り合いである。彼は獅子堂紘一といい、蒼澄家が贔屓にしている高級菓子屋「らいおん亭」の創業者である。鬼のアヤカシであり、体力はヒトの限界を超越している。2任の老人を介護用の背負子で運搬しているが、まるで手ぶらで歩いているかのように軽快だ。

 

「紘一君、ごめんねぇ。」

 

「社長、マズいと思ったら俺を捨てていけ。社長には未来があるんだから。俺はもう十分生きた。死んでも婆さんの元に行くだけだ。」

 

「はいはい、お年寄りは寝ててね。」

 

カンナが背負うのは狸のアヤカシ安心院夏美。美人で背が高く、並みの体格に見えるがかなり重い。背中越しの感覚から、相当身体を鍛えているのが分かる。

 

「ごめんなさいね、重いでしょ。私、山岳警備隊だから身体を鍛えてるの。」

 

「余裕です。足は大丈夫ですか?」

 

「痛むけど、気にしないで。弾は抜けてるし、大きな血管には当たらなかったから大丈夫。ゆっくりとなら自分で歩けるから無理はしないで。」

 

ちゃりん、と安心院の首飾りが音を立てる。よく見ると、首飾りに小さな信楽焼がついている。

 

(何?この可愛い首飾り。)

 

中田原に率いられて中学校へ向かう。後ろでは蟷螂のマガツヒの怒号と北別府の銃声がまだ鳴り響いている。心配だが、今は進むしかない。

 

マガツヒには遭遇せずに済むが、人数が多いので歩みは遅い。

 

「こんなにノロノロ進んでて大丈夫かよ。」

 

公民館から救助した大中という男が不安げに問い詰める。

 

「気持ちはわかりますが、今は固まって行動した方が良い。」

 

「どう考えても遅い組とそれ以外は分けた方がいいだろ!」

 

大中が大声を出す。赤ん坊が泣きだしてしまった。

 

「ええっと、あなた大中さんでしたっけ?まず、大声を出すのは止めて下さい。マガツヒを呼び寄せますので。組を分けないのはどんなマガツヒが出現しても対応できる可能性を上げるためです。」

 

「央元が言ってたぞ。マガツヒは狩場に誘導してるんだろ?なんでその辺にマガツヒがいるんだよ?」

 

「おいこらっ、大中。お前、もう忘れたのか?狩場に誘導したのは最初から居るマガツヒの大半、誘導漏れは出るし、新種のマガツヒは行動が読めないって、散々説明したよな?何聞いてたんだ、お前?」

 

央元が小声に怒気を込めて詰め寄ると、大中はあっさり沈黙する。

 

「なんですか、あれ。」

 

小声で安心院に問う。

 

「大中くん、ストレスで大分イライラしてるみたいなの。」

 

安心院がうんざりした口調で応える。恐らくこれが初めてではないのだろう。

 

(このタイミングでトラブルメーカーか。最悪だな。)

 

その時、突然空が暗くなる。

 

(ん?)

 

空を見上げると、見たことがない鳥のような生き物の群れが音も無く飛んでいる。どの個体も異様な巨体で、地に陰を落としている。

 

「マガツヒだ!部隊全員、構え!」

 

中田原の指示が飛ぶのと空からの急襲が始まるのがほぼ同時だった。

 

「降ろします。」

 

安心院を降ろすと同時に駆け出し、急降下してきたマガツヒを飛び蹴りで吹き飛ばす。地面に打ち付けられたマガツヒが翼を支えに悠々と立ち上がる。

 

「うふふふ……。」

 

そのマガツヒは体高約3m。太古の昔に大陸に生息していた翼竜のような体形をしている。ブヨブヨと締まりの無い肉体は灰色の乾燥した皮膚で覆われ、伸縮する首の先には頭の代わりに棘だらけの球体が生えている。首には無数の小さな口を生やし、絶えず不気味な笑い声を発している。翼は細長く、左右非対称の歪んだ形状をしており、ところどころに鋭利な突起物がついている。

 

「龍一!壁と屋根で避難民を囲め!」

 

「おう!みなさん、僕の傍に来てください!」

 

杉が地面を両手で叩くと、地面が盛り上がって壁となり、杉の左右と後方を広く囲む。更に杉が壁を叩くと、今度は壁から屋根が生え、あっという間に大きな囲いが完成する。

 

「入って、入って!」

 

杉が住民を壁内に誘導するが、その間にも何体もの翼竜のマガツヒが突っ込んでくる。

 

「やあぁ!」

 

橡が地面を槍の石突で強打する。彼女の前方に無数の銀の槍が咲き乱れ、翼竜のマガツヒの群れを目掛けて矢のように射出される。

 

「きゃはは!」

 

「げぎゃぎゃぎゃ!」

 

撃墜された翼竜のマガツヒが両翼と両足でバタつかせ、避難民たちに詰め寄る。避難民が恐怖で腰を抜かす。

 

「やめろ!こっちに来い!」

 

杉の囲いから一人飛び出た獅子堂が、大声をあげて走り去っていく。地上のマガツヒが一斉に獅子堂に狙いを定める。

 

「う……うおお!」

 

追いつかれた獅子堂は霊力でさすまたのような武器を生成し、必死で抵抗する。完全に素人の動きである。腰が引けて防御に徹しているのですぐにやられはしないが、翼竜のマガツヒの頭部と翼を織り交ぜた攻撃で傷だらけになっていく。

 

「獅子堂さん、私に任せて壁に隠れて!」

 

大声で叫ぶ。翼竜のマガツヒの行動から、声で獲物を見つけている可能性に思い至ったのだ。

 

「うふふ!」

 

「くふふ!」

 

狙い的中。獅子堂に詰め寄っていたマガツヒがこちらへ突っ込んでくる。

 

「いいぞ!こいつら音で獲物を探すようだ!」

 

中田原も気付いたらしい。だがその時、不意に中田原をひと際大きな影が覆う。

 

「あっ。」

 

中田原が素早く札を取り出し、空高くに防御用の結界を張る。

 

「ウウゥゥゥン––」

 

だが、巨影の主が放つ音波の一撃で瞬く間に結界が砕かれる。

 

「くそっ。こっちだ!こっちに来い!」

 

防げないと見るや、中田原は背負っていた子供を物陰に隠して結界で覆い、大声を出しながらその場を離れる。巨影の主が中田原に狙いを定め、急降下してくる。

 

「中田原さん、逃げて!」

 

カンナと橡が同時に飛び出す。だが、カンナの行く手を2体の翼竜のマガツヒが阻む。カンナの背後には腰を抜かして座り込む避難民がいて素通りはできない。央元が結界術、杉が壁で中田原を防御しようとするが、どちらも一瞬で砕かれてしまう。橡だけが翼竜のマガツヒの包囲を抜けて飛び出す。

 

「礼美さん、来るな!」

 

「洋二さん––」

 

橡が上空から襲い来る巨影の前に身を投げ出す––

 

とすん、と思いのほか軽快な着地音。立ち込める砂埃、飛び散る血しぶき。砂埃の中からは橡の悲鳴とも雄たけびともつかない叫び声と、金属がぶつかり合うような音が響く。

 

「どけ!」

 

立ちふさがる翼竜のマガツヒの頭部を力任せにねじ切り、残る1体の頭部に思い切り投げつける。その時、砂埃が晴れた。

 

「おいおい、嘘だろ。洋二さん、礼美さん!しっかりしてくれ!」

 

央元が悲鳴のような叫び声をあげる。砂埃の中の光景はそれほど無惨だった。

 

中田原が倒れている。抑えた腹部からは大量の出血。どう見ても致命傷だ。橡はマガツヒから中田原を庇うように仁王立ちしているが、左手の肘から先が切断されている。

 

地上に降り立った巨影の主は翼竜のマガツヒだが、他の個体とは明らかに異質な存在感を放っている。体高は約5m。身体は筋肉質に引き締まり、皮膚には張りと湿り気があり、首に生えた無数の口は笑みをこぼさず真一文字に結ばれている。

 

「……。」

 

大型翼竜のマガツヒは鳴き声も発さず、頭部、翼爪を激しく橡に打ち付ける。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”!」

 

橡が右腕1本で槍を振るい奮戦するが、足元がふらついている。

 

「ふっ!」

 

周囲の翼竜のマガツヒの頭部をもぎ取り、大型翼竜のマガツヒの頭部に投げつけるが、翼の一振りで容易く防がれる。外見だけでなく運動能力も桁違いだ。

 

(このままだと橡さんも死ぬ。)

 

突っ込もうとした瞬間、大型翼竜のマガツヒ口が開く。

 

「イィィィィィン––––!!」

 

可聴域すれすれの高音が発せられると、周囲の翼竜のマガツヒが一斉にカンナの方に突撃する。

 

「くそっ!」

 

乱戦になる。寄ってくるマガツヒを文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げて葬るが、数が多い。

 

(まずい、まずい!)

 

周りの相手をしている間にも橡はどんどんボロボロになっていく。

 

大型翼竜のマガツヒの意識が逸れた隙に、中田原が懐から札を取り出して術を発動する。橡を守るように結界が展開され、驚いた大型翼竜のマガツヒが飛翔して飛びのく。中田原は更に別の符を取り出して霊力を流し、語りかける。

 

「央元春樹に中央区の部隊の指揮権を引き継ぐ。」

 

騒がしい戦場に中田原の凛とした声が響き渡る。

 

「この場を私と橡に任せて直ちに脱出し、自警団員蒼澄カンナの先導の元、住民を率いて中学校に向かえ。総指揮官と連携し、マガツヒ掃討作戦と住民の避難を完遂しろ。」

 

「いや、洋二さん、そんな––」

 

「春樹、これは命令だ、今すぐ動け!」

 

「あっ––はい、お任せを!」

 

央元の表情はひきつっているが、目に決意の光が宿っている。

 

「カンナちゃん。」

 

ふと、橡に呼ばれた気がする。中田原、橡と目が合う。2人は穏やかな表情で中学校の方角を指さしている。

 

(死ぬ気だ。)

 

橡が槍を自分の胸元に突き立てる。血染めの穂先が彼女の背中から飛び出る。

 

音がする。地面の下から、周囲から、ありとあらゆる場所から、激しい水流の音と、金属同士の衝突音が聞こえてくる。あまりの騒音に耳を塞ぎそうになった時、全ての音が消え、痛いほどの静寂が周囲を包み込む。次の瞬間、翼竜のマガツヒ、大型翼竜のマガツヒの全身から、血染めの銀の槍が花束のように咲き乱れる。

 

「––!」

 

地上のマガツヒはその場に倒れ、空中のマガツヒは落下して地上に叩きつけられる。どのマガツヒもじたばたと力なくもがくが、すぐに瘴気の霧となって消えていく。

 

橡が身体から槍を引き抜き、その場に倒れる。槍を地面に突き立て、這うように移動し、中田原の隣に横たわる。中田原は最後の力を振り絞り、橡の身体を抱きしめ、顔についた砂埃を優しく払う。

 

「」

 

「」

 

2人はお互いにしか聞こえない小声で短く何かを言い交わした後、口づけをして動かなくなる。数秒後、橡の銀の槍が形を失い光の粒となる。光の粒はしばらく2人の周りを漂っていたが、やがて空気に溶けるように消えていった。

 

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