あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
往路の倍以上の時間を要したが、中央区公民館の58名の避難民を全員無事に中学校に護送することができた。
「そうですか、中田原さんと橡さんが……。」
事の顛末を央元と杉が野中らに伝える。皆、意気消沈している。2人は避難所の精神的支柱だったのだ。
他方、央元と杉は疲労困憊しているものの目は闘志にあふれている。
「中田原洋二と橡礼美の意志と任務は、この央元春樹と杉龍一が引き継ぎます。命を賭してみなさんをお守りしますので、何も心配しないで下さい。」
野中たちだけでなく、陰陽寮の部隊へも通信用の符で情報が共有される。
「––以上、被害は陰陽師1名死亡、式神5名死亡、それと……すみません、俊さんは行方不明です。中央区の指揮権は俺が引き継ぎます。」
「はい、お疲れ様。央元君、新人なのに大抜擢じゃん。」
北別府の声は普段と変わらず明るい。
「適材適所。やっぱり洋二さんは見る目が違いますわ。」
「調子乗んなよ、春樹。洋二の目が節穴かどうかわかるのは、これからだぞ。」
ガラが悪そうな男の声が割り込む。生前、中田原が作戦を立てる際によく相談相手にしていた千里という陰陽師だ。中田原の師匠のような人物で、シジョウの作戦における最高指揮官らしい。
「止めて下さいよ、千里さん。新人の大抜擢を見てご自身の立場を危ぶまれる気持ちはわかりますが、おっさんの嫉妬は見苦しいですよ。帰って娘さんに自慢できるくらい手柄立てさせてあげますから、機嫌なおして下さい。」
「おう、その言葉、責任持てよ。俺は娘の20歳のお誕生日会をすっぽかしてここにいるんだからな。去年の会も仕事でドタキャンして娘を泣かせたし、マジでやばいんだよ。」
「パパ最悪~。嫌い~。」
「怜子、黙れ。」
その後二言三言雑談を交わし、通信は終了する。誰1人として落ち込んだ様子など見せない。
(プロだな。)
生前の中田原と橡を思い出す。任務中の陰陽師、式神は一般人の前で決して弱みを見せないものなのだろう。
「さて、蒼澄さんだっけ?明日からも掃討作戦を手伝ってくれるとありがたいんだけど、どうかな?」
「やります。」
「ちょっと段取りを打ち合わせようか。」
マガツヒ誘導の仕掛けはほぼ設置完了している。既に中央区のマガツヒの大半は12ヵ所に設置された狩場のどこかに封じ込められている。人的被害が出たことを除けば、作戦自体はかなり順調に進捗しているのだ。
「そういえば、中央区のマガツヒを掃討し終えたらその後はどうするんですか?」
「次は中央区の住民を南区、西区、東区のどこかに逃がす。どこに送るかは状況次第。護送が終わったら、中央区には警戒部隊だけ残して、残りを北区と防衛結界の再展開部隊の支援に振り分けることになるな。」
「暴徒が出て、凄く不安がってる子供がいるんです。避難してきた住民のトラブルも増えてきていますし。」
「住民のトラブルは俺も怖い。だけど今はストレスの根本原因であるマガツヒを何とかするのが先決だ。わかってほしい。」
「はい。」
「蒼澄さんの主観で構わないから、この避難所で頼りになるやつと要注意人物の顔と名前を教えてほしい。公民館の要注意人物はあの大中って男。ヘタレの癖に、女子供には高圧的なカスみたいな奴だよ。逆に警官の安心院さんとお菓子屋の社長の獅子堂さんはしっかりしてて、俺たちも随分助けられてる。」
「こっちで頼りになるのは医者の野中さん、警官の田井中さん、看護師の真中さんです。ただ、真中さんはストレスで参ってるのであまりきついことはさせないで下さい。もめ事を起こすような人はいないと思いますが、後で一応野中さんと田井中さんに確認しておきます。」
「ありがとう。中田原さんが蒼澄さんのことを『素人と思えない』ってよく言ってたよ。頼りにさせてもらうから、ヨロシクな。」
「こちらこそ。」
その時、杉が部屋に駆けこんでくる。
「春樹、すぐ来て。学校の前に俊さんが倒れてる。」
「すぐ行く。蒼澄さんも来てくれ。」
学校の校門の前に全身血みどろの北別府俊介が倒れている。生きて動けているのが不思議なほどの重傷だ。
「通信用の符が破損したから口頭で報告に来た。公民館に集まっていたマガツヒはなんとか倒した。それとここに来る途中、マガツヒを誘導する最後の仕掛けを設置してきた。掃討戦に移行して良いと思う。」
「ありがとうございます。すぐ怜子さんに連絡を––」
「ダメダメ、止めてくれ。この時間、まだ姉ちゃんは戦いの真っ最中だよ。可愛い弟の訃報を聞かされたら、泣いちゃうよ?次の定時連絡で伝えて。」
「……分かりました。言い残すことはありますか?」
「実家の俺の本棚に遺言書があるから後はヨロシクって姉ちゃんに伝えて。」
「はい。」
「あと、学校を見たい。実は俺、この学校の卒業生なんだよね。」
「私が。」
カンナは北別府の血だらけの身体を抱き上げ、学校の敷地に入る。彼の身体も、流れ出る血も、冷蔵庫にでもいたのかというほど冷たい。
「もしかして蒼澄さん?」
「そうですよ、北別府さん。」
「俊介って呼んで。」
「俊介さん。」
「いいね、最高。何でもいいから喋って。」
「えっと……俊介さんは私のことが好きなんですか?」
「好き。」
「どこが?」
「顔と声。もうね、本当に俺の理想なの。」
「ありがとうございます。」
「蒼澄さんとデートしたかったなぁ。あ、俺のことは忘れた方が良いよ。でないと、蒼澄さんに男ができた時に、俺の幻影と見比べちゃって苦労するからね。多分、もうこの世に俺みたいなイケてる男はいないからさ、時には妥協も大事だよ。」
「参考にします。元気ですね。」
「神経が馬鹿になってて、痛いとか怖いとか感じないんだよね……。」
北別府が黙り込む。次に口を開くと、今度はうわごとを呟き始める。
「俺、式神の仕事に命かけてるから……動ける間は戦い続けるから……。幸助、姉ちゃん、父ちゃん、母ちゃん、俺もう逝くよ、ごめんな……。」
今わの際だ。どうすることもできないが、何もせずにはいられない。校庭のベンチに座り、血みどろの身体を優しく抱きしめ、耳元で優しく語りかける。
「私、記憶力が良いんです。俊介さんのこと、みんなを助けてくれたカッコいい英雄としてちゃんと覚えておきます。」
「ありがとう。」
「俊介さんが助けた人たちは必ず守り抜きます。」
「……ありがとう。」
「寒くないですか?苦しくないですか?最期まで私が傍にいますから安心して下さいね。」
「……ありがとう……とても暖かいよ。」
彼の心臓が止まるまで、ずっと抱きしめていた。
▼▽▼▽
定時連絡で北別府俊介の死を彼の姉である北別府怜子に報告した。
「ショックだけど、立派な最期で少し救われるかな。報告ありがとう。必ず任務を成功させて、生きて帰って遺言書を読むよ。それじゃ。」
彼女の口調は変わらない。これがマガツヒの巣窟へ突撃する部隊の指揮官を任される人間の強さなのだろう。
公民館から58人もの住民が急遽移住してきたことで受け入れ側はてんてこまいである。けが人、老人、赤ん坊、保護者とはぐれた男の子、トラブルメーカー。中学校にいた避難民たちも、急に人が増えて明らかに緊張している。
(どう考えてもトラブルが起きるな。)
夜、中学校の見回りをしていると、公民館から移ってきた赤ん坊の母親に声をかけられる。
「すみません、蒼澄カンナさんで間違いないですよね?」
「そうです。」
「北見さんのお弟子さんですよね?」
「そうです。」
不意に北見慎の名が出てぎょっとする。
「私、東といいます。北見さんの会社で経理をしているものです。」
東が懐から社員証を取り出し身分を明かす。
「あの、蒼澄さんは社長が何処に行ったのかご存じですか?」
「すみません、私も北見先生の行方は知らないんです。東さんが最後に会ったのはいつ頃ですか?」
「マガツヒが襲ってきた日です。」
「その時のことを教えてください。」
「はい。」
「あの日、会社で社長が『マガツヒが結界を壊してる』って急に大声を出して、外に連れ出されたんです。」
東が北見慎に連れられて社屋を出ると、既に街は黒蝗の狩場と化していた。黒蝗は視界に入った人間に片っ端から襲い掛かる。黒蝗に集られた人間は数秒と経たず全身に虫刺されの跡のようなものが発生し、すぐに衰弱死する。たとえ屋内にいても、黒蝗は僅かな隙間に身体をねじ込んだり、硝子を割ったりして侵入してくる。季節は夏。換気のために窓を開けている建物も多く、会社も黒蝗に侵入されて中は真っ黒になっていた。
「恐くて気を失っちゃって、気付いたら社長が家まで運んでくれました。社長は私に『虫のマガツヒは追い払ったけど、別のマガツヒがいるから、自分は北区に向かう』と言って北区へ向かいました。私が社長を見たのはそれが最後です。」
「ありがとうございます。貴重な情報でした。」
本当に貴重な情報だ。だが、絶望的な情報でもある。
(北区に向かったのか。)
今やマガツヒの巣窟と化している北区。北別府の部隊が取り返そうと連日死闘を繰り広げている北区。そこに向かって行方不明になったということはつまり––
「北見先生はもう––」
口から零れかけた言葉を慌てて飲み込む。
(そうか、だから北見先生が見つからないのか。)
カンナは北見慎がどこかで自警団として活動していると思い込んでいた。
北見慎が見つからないのは不自然なことではないと思っていた。自警団はマガツヒの襲撃後に急ごしらえで設立された民間組織である。あちこちで自警団を称する組織が立ち上がっていても不思議ではないし、北見慎はどこか別の自警団にいるのだろうと思い込んでいた。
思い込み、思い込み。振り返ると、北見慎の行方について随分と根拠のない推測を積み重ねていた。何の根拠があってまた会えると思っていたのだろう。なぜ、彼が北区へ向かった可能性に思い至らなかったのだろう。いや、もしかすると、北区に消えることの意味が恐ろしすぎて、無意識で考えないようにしていたのかもしれない。
(北見先生––)
▽▼▽▼
その夜、カンナはいつもの殺人鬼の悪夢とは別に、もう1つ悪夢を見ていた。
夢の中。カンナの少し前に、中田原と橡がいる。中田原は腹部から大量に出血している。どう見ても致命傷だ。橡は悲し気な表情で彼を見つめているが、しばらくすると彼の傍らに横たわり、自らの胸に槍を突き立てて目を閉じた。
砂煙が立ち込め、2人の姿が見えなくなる。砂煙がおさまると、そこには北見慎とカンナがいる。
北見慎は全身に裂傷や打撲を負っている。どう見ても致命傷だ。そんな彼を見て、なぜかカンナはにやにやと邪悪な笑みを浮かべている。
また砂煙が立ち込め、2人の姿が見えなくなる。今度の砂煙はさきほどよりはるかに大きい。ようやく砂煙が消えると、カンナの姿が消え、代わりに巨大な骸骨が現れた。
骸骨は体高約15m。長い白髪を振り乱し、あばら骨は肥大化して鳥かごのような形状になり、肩甲骨からは一対の巨大な黒い翼が生えている。腕は人にしては不自然なまでに長く、足は短く、太い。
「ぐぁっ、ぐぁっ。」
骸骨が低い不協和音のような鳴き声を発する。女性の笑い声も僅かに混じっている。だが、その表情は険しい。食いしばった歯の隙間からは紫炎が零れている。
「離れろ!」
飛び掛かろうとするが、バランスを失って倒れる。
(何?)
身体に違和感を覚える。身体に力が入らない。手刀で岩を割り、素手でマガツヒを撲殺するこの身体から、いつもの力を感じない。
「ぐぁっ、ぐぁっ。」
骸骨が先ほどより満足げな笑い声をあげる。骸骨から目をそむけることも、耳を塞ぐこともできない。骸骨はカンナが夢から覚めるまで笑い続けていた。
▽▼▽▼
「はぁ……。」
早朝。目覚めたカンナは思わず大きなため息をついた。
(キモイ夢見ちゃったな。)
不愉快な骸骨の化け物よりも、血だらけで倒れる北見慎の姿の方が印象に残っている。
(北見先生が居なくなったら、私……。)
家族を喪い、帰る家も無い。北区のあの様子では友人たちも生存は絶望的だろう。この上、北見慎までも喪うのか。
足元を支えている何かにゆっくりヒビが走っていく心地がする。下では暗い穴が真っ黒な口を開けている。支えを失ったら、自分はどこまで落ちていくのだろう。