あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第三十六話:仇討ち

捕えた暴徒たちは一つの空き部屋にまとめて閉じ込めることになった。

 

杉の壁で互いに隔離され、ワイヤーと鎖で動きを制限され、食事中以外は猿ぐつわをされる。猫又の大男と紅馨には強力な鎮静剤を投与する。用便は厠ではなく携帯(トイレ)で行う。教室は安心院、田井中、カンナ、杉が交代で監視する。

 

ほとんどの暴徒は抵抗の術は無いと悟り観念した様子だが、竹崎と紅馨は反抗的である。

 

「俺をこんな目に遭わせやがって!真中と赤音をやろうとしたけど、未遂だろうが!何もしてないのに閉じ込めるとか、犯罪者はお前たちだ!」

 

「蒼澄ぃ……。これで終わったと思うなよ。いつか地獄を見せてやるからなぁ!」

 

食事のために猿ぐつわを外すと、竹崎はひたすら被害者面をし、紅馨は今なおカンナへの報復を口にしている。

 

「なんだよ、この化け物どもは……。」

 

「クズの極致ですね。」

 

央元と2人、紅馨と竹崎の醜悪さに圧倒される。

 

暴徒に襲われた女性の精神的ダメージを心配していたが、今のところ重大な影響は出ていない。

 

意外にも立ち直りが一番早いのは真中だった。野中が命の危機に瀕したことで何かが吹っ切れたらしい。今までの不調が嘘のように負傷者の治療に取り組み、結果として暴徒襲撃の死傷者をゼロに抑えられた。

 

安心院は襲撃後もあまり変わりない。暴徒に殴られて痣だらけになったのを気にしていたので、「獅子堂さんに『安心院さん、すごい頑張ってたから褒めてあげて』って言っときます」と励ますと、「抱いてくれないと治らないって言っといて!」と嬉しそうにニヤついていた。無理をしている様子も無い。

 

(メンタル強過ぎでしょ、この人。)

 

赤音も思ったよりショックは受けていない。自分のことよりも野中と安心院の容体の方を心配している。ただ、襲撃の影響が全く無いわけではなさそうだ。

 

暴徒襲撃の夜、いつもの寝床代わりのテントの中。カンナが身体を休めていると急に赤音が入ってきた。

 

テントに入ってきた赤音に押し倒される。カンナの身体に赤音の細長い手足が優しく絡み着く。カンナも抱き返し、優しく身体を撫でてやる。赤音は顔を桃色に染め、ひたすら頬ずりをし、たまに頬に口づけしてくる。顔を見つめると、うっとりとした目付きで見返してくる。

 

「♪」

 

随分ご機嫌な様子だが、カンナを求める勢いには鬼気迫るものがある。

 

「怖かった?」

 

耳元で呟く。こうすると赤音は喜ぶ。カンナの低くてしっとりした声が好きらしい。

 

【怖かった】

 

ノートを一ページめくり書き足す。

 

【でも保健室にカンナさんが居て安心した】

 

赤音が頬を真っ赤に染めて微笑む。

 

「……ふふ。」

 

あまりの愛らしさに思わず照れ笑いが零れる。

 

【何があっても絶対に守るってまた言って】

 

そういえば、そんなことを言った記憶がある。

 

「何があっても赤音のことは私が絶対に守るから。」

 

せっかくなのでサービス、当時の言葉を一言一句たがわず再現する。多分これで合っているはずだ。赤音もあの時の言葉をカンナが覚えているのが嬉しいらしく、大はしゃぎで頬をこすりつけてくる。

 

赤音が人差し指でカンナの腹をツンツンと突く。これは「もっと」とか「もう一回」のサインだ。

 

「何があっても赤音のことは私が絶対に守るから。」

 

ツンツン。

 

「何があっても赤音のことは私が絶対に守るから。」

 

ツンツン。

 

「……何があっても赤音のことは私が絶対に守るから。」

 

ツンツン。

 

(強欲だな。)

 

その夜は赤音が満足するまで寝かせてもらえなかった。

 

トラブルに見舞われながらも狩場の掃討は続く。翌日、3つ目の狩場も問題無く片が付く。いよいよ、央元班が担当する狩場は残り1つとなる。

 

ここ最近、央元は避難民の移動に関する調整に忙殺されている。狩場の掃討を終えて中学校へ戻ると、毎日夜中まで通信用の符で誰かと連絡を取り合っていたが、ついに移動先が決まったらしい。

 

「中学校の避難民は東区に移る。狩場の掃討が計画通りに完了した場合、3日後に護送を開始する。陰陽寮の護衛付きの荷馬車が迎えに来るから、けが人、病人、妊婦、子供、老人優先で運ぶ。」

 

(やっとだ。)

 

長かった中学校生活に遂に終わりが見えてきた。

 

「あと少しだな。何とか問題なく終えたいものだが、どうなるもんかね。」

 

大詰めとなった今になって新しいリスクが発生している。紅馨の様子がおかしいのだ。

 

運動場の隅にある体育倉庫。そこからはマガツヒが放つ瘴気が発せられている。

 

「蒼澄ぃ……。」

 

瘴気の発生源は紅馨。教室に隔離後しばらくしてマガツヒに特有の瘴気を発し始めたので、1人だけ体育倉庫へ移されたのだ。「蒼澄ぃ」と呟くばかりでほとんど意思疎通もできない。

 

「央元さん、一体何がどうなってるんですか?」

 

「あまり知られていないが、極端に強い負の感情を抱き続けた人間がマガツヒに変貌することがあるんだよ。多分それだ。」

 

「そんなことがあるんですね。どうにかなりますか?」

 

「本人が感情を抑制するしかない。本来なら悪感情を祓う儀式をするんだが、儀式には専用の霊具が必要だから、今は無理だ。」

 

「なるほど。」

 

「それにしても、こんなにマガツヒ化の進行が早いケースは聞いたことが無いよ。普通は時間を経て徐々にマガツヒになるんだ。1日で瘴気を出し始めるなんて、よっぽど蒼澄さんのことが憎いらしいな。」

 

「自業自得ですよ。もともとマガツヒみたいなヤツが、本物のマガツヒになるだけです。」

 

「そうだな。俺もそう思う。」

 

「……マガツヒになる前に息の根を止めますか?必要なら、夜中にこっそり4つ目の狩場に捨ててきますよ。」

 

「いや、やめてくれ。俺だってこんなやつ死んだ方が世のためだと思うが、陰陽師である以上、救える可能性がある限り出来ることは全部やる。倉庫に人払いの結界と、気休めにしかならないが邪気を抑える結界も張る。その後どうなるかはこの男次第だ。マガツヒになったら蒼澄さんに任せるよ。」

 

「分かりました。」

 

「ところで、1つ聞いていいかな?」

 

「私が恨まれてる理由?」

 

「それ。保健室での会話からして相当深い因縁があるんだろ。」

 

「こいつは家族の仇です。紅馨は紅連会という犯罪組織の若頭で、私の家族を殺しました。なので、報復で紅連会の本部を襲って半殺しにしたことがあります。会長も構成員もみんな病院送りになって、会は消滅したらしいです。」

 

「ま、まじかよ。」

 

「正直、殺しても許される理由があれば今すぐにでも殺してやりたいです。」

 

「お、おう。壮絶すぎて驚いたが、とにかくマガツヒになったら任せるわ。ぶち殺してやりたい気持ちは分かるが、刺激はしないでくれ。」

 

「はい。」

 

紅馨をこの手で殺害できないのは残念だが、ここはガウガウと央元の顔に免じてやることにする。だが、結局紅馨は感情を抑えられなかったらしい。

 

「ヴウウウウゥゥゥ!」

 

夕暮れ時。体育倉庫から唸り声、立ち昇る瘴気。次の瞬間、体育倉庫が内側から炸裂し、中から巨大な獣が踊り出た。

 

「ヴウウウウゥゥゥ!」

 

そのマガツヒは異形の獣の姿をしている。球状に近い胴体から3つの頭を生やし、その頭のどれもが目から瘴気の煙を発して自らの視界を塞いでいる。前足は異様に太くて長く、人間のような5本指が生えており、逆に後ろ足は貧弱で短く馬のような蹄が生えている。尾はまるで爬虫類のようである。牙が大きすぎて口に収まりきっていない。ダラダラと涎を垂れ流しながら、歪んだ鼻で地面を嗅ぎ回り、必死で何かを探している。お目当てのものが見つからないらしく、10m近い体躯を前足で引きずりながらあてどなく彷徨い始めた。

 

「央元さん、行ってきます。」

 

「行ってくれ。俺と杉は避難所のパニックを抑える。」

 

校庭に飛び出す。体育倉庫周辺には予め央元の結界と杉の壁が用意されており、獣のマガツヒは最初から閉じ込められている。

 

「紅馨!聞こえる?蒼澄カンナはここ!」

 

獣のマガツヒに近づいて叫ぶが反応が鈍い。

 

(よく見るとこいつ、耳が無いな。)

 

上着を脱ぎ捨てて鼻元に投げつけてやると、途端に全身の毛を逆立てて襲ってきた。

 

鈍重な攻撃を容易く回避し、頭の1つに取り付いて徹底的に叩く。鼻を潰し、口を引き裂き、歯ぐきを破壊して牙を強引にへし折る。

 

「聞こえる?今からお前を殺すから!嫌なら私を殺してみろ!」

 

奪った牙を前足に深々と突き刺す。獣のマガツヒは痛みにもだえ、地面をのたうち回り始めた。

 

(大したことないな。蟷螂のマガツヒの方がよっぽど強い。)

 

獣のマガツヒの四肢を砕き、身体を解体し、心臓部から急所らしきものを探し当てるのにさほど時間はかからなかった。

 

(はい、お終い。)

 

急所を踏み潰すと、獣のマガツヒが耳障りな断末魔をあげ消滅する。後には紅馨の遺体すらなく、彼が身に着けていた衣服の残骸しか残らない。

 

「なあ、蒼澄さん。陰陽師として俺が責任をもって保証するが、蒼澄さんが倒したのはただのマガツヒだ。紅馨じゃないから、そこだけは覚えておいてくれ。」

 

央元が神妙な面持ちで語りかけてくる。

 

(……?あっ、人殺しじゃないって気を遣ってくれてるのか。)

 

何の感慨も抱いていなかったので、一瞬意図がわからなかった。

 

「大丈夫です、ありがとうございます。」

 

暴徒たちに紅馨の末路を伝えたが、反応はほとんど無かった。

 

(その程度のやつってことか。)

 

翌日、央元班が担当する最後の狩場も問題無く掃討が完了する。他班も無事狩場の掃討を完遂したらしい。つまり、中央区のマガツヒ掃討作戦が無事完了したことになる。

 

(これで中央区の住民を他区に移動させられる。)

 

最後の数日は穏やかに過ぎて行った。

 

昼間は住民の護送経路の安全を確保するための結界を設置する。大半のマガツヒを掃討し終えているため、マガツヒに出くわすのは1日に2、3回程度だ。

 

夜、久々に早く仕事を終えた央元に赤音が恋愛話を振る。

 

【央元さんって彼女とかいるんですか?】

 

央元は筋骨隆々の大男で、オラオラ系の輩じみた凶相である。かなり親しみづらい風貌だが、赤音は央元を全く恐れていない。人の中身を見る目があるのだろう。

 

「いるよ!これが俺の彼女のコトノさん。見て見て、めっちゃ美人でしょ、ぐふふっ!」

 

央元が嬉々とした表情で懐から取り出した写真。星空を背景に、スタイル抜群の大人しそうな美女と、喜色満面の央元が肩を組んでいる。

 

【超美人!】

 

「今度結婚するんだ。お互いの両親への挨拶も済ませてる。」

 

央元が「ぐふふっ」と弛緩しきったにやけ面を浮かべると、あまりのデレっぷりに赤音が喉を抑えて声を出さずに爆笑し、カンナもつられて笑ってしまう。

 

赤音と校内を散歩していると、赤音がとある人気の無い教室の方を身振りと手振りだけで「見てみて」と示す。中をのぞくと獅子堂と安心院が何やら話し込んでいる。

 

「」

 

「」

 

2人の会話は聞こえないが、なんというか「良い雰囲気」だ。赤音の方を見ながら大げさなキス顔をしてやると、赤音が吹き出し、安心院がこちらに気付いてしまう。

 

(げっ、ヤバい!)

 

だが、安心院は「ニヤッ」といたずらな笑みを浮かべてグッドサインを送ると、獅子堂との会話にすぐ戻ってしまう。

 

「安心院さんが獅子堂さんを落としてるところだから、邪魔しないでおこう。」

 

盗み聞きを続けたがる赤音を引っ張ってその場を立ち去る。

 

更に、人気のない場所でこっそりキスをしている杉と真中を見つける。

 

「!!」

 

赤音のテンションが最高潮に達し、両腕を上下にぶんぶんと振り回してぴょこぴょこと飛び跳ね始める。

 

(真中さん、がっついてるな。)

 

真中が獣のように杉の唇を貪り、杉がそれを優しく受け止めている。今にも未成年が目にしてはならない何かが始まりそうなので、その場に残りたがる赤音を引きずり早々に退散する。

 

【東区に行ったらカンナさんはどうするの?】

 

寝る前、いつものテントで赤音とおしゃべり。こういう夜ももう残り少ないことになる。

 

「シジョウを取り戻すまで戦うよ。赤音は?」

 

【東区に叔母さんの家がある】

 

「行く当てあるんだね、良かった。」

 

【カンナさんと一緒にいたい】

 

「全部片づけたら会いに行くから安全な場所で待ってて。」

 

【カンナさんも来て】

 

「ん?ちゃんと親戚の家まで送ってあげるよ。」

 

【ずっと一緒にいて】

 

「いや、だからそれは無理なんだってば。」

 

赤音が押し黙ってしまった。

 

(そんなに私と離れるのが嫌なのかな。いやぁ、モテる女は辛いな。)

 

仕方がないことだ。世の中の女子の大半は、蒼澄カンナのファンなのである。学生時代も、カンナと一緒に昼寝をしたりご飯を食べたりする順番を争って、女子たちがよく喧嘩していた。

 

満更でもない気分に浸っていると、赤音が猛烈な勢いでノートをめくり、とあるページを指し示す。

 

【身体を拭いて】

 

【手をつないで】

 

【撫でて】

 

【筋肉触らせて】

 

【抱きしめて】

 

【見つめて】

 

【耳元で褒めて】

 

【押し倒して】

 

【キスして】

 

どうやら、カンナにおねだりしたいことを書き溜めてあるページらしい。どれも濃く、太く、大きな文字で書かれている。ページの右下には大きなハートマークと、異様に写実的なカンナの似顔絵が書かれている。

 

「……!」

 

ページから発せられる熱量に絶句する。

 

【一緒に来ないなら全部やって これから毎晩】

 

「いやいや、何その交換条件?」

 

赤音は疑問には応じず、不機嫌な表情でこちらを睨んでいる。結局カンナは赤音の機嫌をとるため、迎えの馬車が来るまで毎晩彼女の要求に応え続けるのであった。

 

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