あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第三十七話:英雄

いよいよ中学校の避難民を東区へ護送する日がやってきた。荷馬車に乗って東区へ向かう。

 

カンナは央元、杉、田井中、安心院と共に暴徒を護送することになった。紅連会の連中は抵抗は無駄と悟り大人しくしているが、竹崎のぼやきは止まらない。

 

「蒼澄、お前に殴られたこと警察に言うからな。」

 

「……。」

 

「無視すんなよ!」

 

「はぁ……。」

 

思わず大きなため息が零れる。

 

「警察なら、田井中さんと安心院さんがすぐそこにいますよ?婦女暴行しようとしたら殴って阻止されましたって、訴えればいいじゃないですか。」

 

「未遂だろうが!」

 

「私が止めたから、ですよね?」

 

「お前が止めなくても、俺が自分の意志で止めたかもしれないだろ!何度も言わせんな!」

 

「はいはい、そうですね。薬で眠らせた真中さんに覆い被さって服をはぎとってたし、赤音を犯したいとか言ってましたけど、途中で止めたかもしれませんね。そう訴えればいいんじゃないですか?お二人があなたを支持してくれるといいですね。」

 

同乗者は全員、ストレスで死にそうな顔をしている。自分も似たような顔をしているのだろう。

 

(マガツヒに襲われて死んで、お願い。)

 

東区に着き、ようやく竹崎地獄から解放される。

 

停留所には中央区の生存者を満載した荷馬車が長蛇の列を作っている。徒歩で移動している者も数え切れないほどいる。

 

(何人生き残れたんだろう。西区や南区も、同じくらい荷馬車がいるのかな。)

 

暴徒を警察に引き渡し、2時間近くかけて子供の保護者を見付けて子供を返し、避難所の面々に別れを告げる。

 

「央元さんと杉はこれからどちらへ?」

 

「防衛結界の再展開部隊を支援する。東区の前線に向かうよ。」

 

「赤音を親戚の元に送り届けたら私も向かいます。」

 

「分かった。」

 

赤音を叔母の家まで送る。家の前で赤音が人目を憚らず号泣し始める。抱きしめ、生きてまた会いに来ることを誓い、泣き疲れるまで根気強くなだめつづける。

 

【キスして】

 

最後のおねだり。こちらの返事を待たずに赤音の猛烈なキス攻撃が始まる。赤音が満足するまで唇を吸わせてやり、ようやく解放される。

 

(赤音のせいでめっちゃキスが上手くなった気がする。)

 

男ができた時、やけにキス慣れしていると変な誤解を受けるのは面白くない。可愛い女の子のわがままに何でも応じるのは辞めた方がいいのかもしれない。唾液まみれの口元を拭いながら反省する。

 

気を取り直して東区の東端。市街地に迫り来る大量のマガツヒとの防衛線へ赴く。

 

「救護班、すぐ来て下さい!」

 

「うぅ……。」

 

「鎮痛剤、残り2箱です!」

 

「俺はもう助からない。誰か介錯してくれ。薬と医者は助かる奴に回せ。」

 

「ごほっ、ごほっ。」

 

「ダメだ、どこも薬も人手も全く足りてない。」

 

「泣き言を零す暇があったら手を動かせ!」

 

途中、怪我人を収容するキャンプを通過する。あちこちで式神が手当を受けている。傷だらけの者。手足を欠損している者。無傷なのに顔面蒼白で衰弱している者。みな目に生気が感じられない。

 

(助かるの、この人たち?)

 

「全員手遅れ」と言われたら誰もが信じそうな光景だ。

 

治療者たちも明らかに衰弱、憔悴している。陰陽寮の腕章を着けていない、民間の医療従事者と思われる者も多い。1区画先ではマガツヒと陰陽寮の部隊が戦っており、時折キャンプ中に轟音と振動が響き渡るが、みな反応が薄い。驚く元気も無いのだろう。陰陽寮の部隊より、医療従事者の精神が参る方が早いかもしれない。

 

「結構厳しい光景だね。」

 

先行していた杉らと再会する。

 

「そうだな。でも、蒼澄さんなら問題無いよな?」

 

「煽ってるんですか?余裕ですよ、この程度。」

 

央元も杉も平然としている。自分も式神になったつもりで余裕の笑みを浮かべて見せるが、内心穏やかではない。

 

「それじゃ、始めるとするか。」

 

▼▽▼▽

 

それからは正に戦い漬けの日々だった。

 

「蒼澄さん、交代だ。」

 

「分かりました。」

 

時刻は夕暮れ時。今日の戦いが終わる。ここからは夜目がきく種族の式神たちの時間だ。

 

奥に下がり、陰陽寮の医療班の検査を受ける。不可視の鎧のお陰で外傷は無いが、マガツヒには不可視の鎧を貫通する未知の呪術、超能力を用いる個体もたまにいる。実際、カンナも何度か大ダメージを負わされている。だが、その度に医療班が自らの誤診を疑うほどの回復力で復活し、戦線に復帰し続けた。

 

日に日に少なくなる食料を胃袋に押し込みながら央元、杉と雑談を交わす。央元と杉本は21歳で、もう10年の付き合いらしい。どうやら自分は同年代と思われているようだ。

 

「俺、『黄金之神』って絵巻物が好きなんだけどさ。主人公の杉本ってやつがどんな傷を負ってもたちどころに復活するから『不死身の杉本』って呼ばれてるんだよ。蒼澄さんは正に『不死身の蒼澄』だな。」

 

「それ、僕も思った。怪我治るの早すぎ。」

 

「『黄金之神』、私も好きです。全巻読み終えてます。」

 

「龍一は?」

 

「僕も全巻読んだよ。」

 

「俺、最終章まだ読んでないんだよね。」

 

「ラストが最高でしたよ。どうなるか、教えてあげましょうか?」

 

「ざけんな!陰陽師の権限で現場から摘まみだすぞ!」

 

命がけの戦場だが、ありきたりな明るい話題でよく盛り上がる。

 

食事を済ませたら井戸水で歯を磨き、身体を洗う。すぐ近くで陰陽寮の部隊とマガツヒが戦っている音を聞きながら眠りにつく。これが1日の流れである。

 

マガツヒは睡眠も休憩も必要としない。そのため、こちらは文字通り昼夜を問わず戦い続けなければ戦線を維持できない。東区の防衛線では6小隊が交代を繰り返しながら戦い続ける内に、1小隊が睡眠をとる。ひたすらこれを繰り返し、防衛結界の再展開が済むまで戦線を維持しなければならない。

 

式神も、医療従事者も、少しずつ数が減っていく。死傷する者、精神に変調を来す者、戦場を去る理由は様々である。特に民間の医療従事者はカンナが来てから1週間ほどで精神的限界を迎える者が続出し始めた。補充要員の数は抜けた人数の半分にも満たない。

 

(ふんばりどころだな。)

 

状況は厳しいが、気力は充実している。前線を維持する使命感が孤独感や喪失感といった戦いに不要な感情を忘れさせてくれる。

 

(状況が落ち着いた時、どうメンタルをケアするのか真剣に考えないとな。)

 

結局、防衛展開の再展開が完了したのはカンナが参戦してから約3週間後であった。最大の問題の1つが解決し、医療従事者たちが人目を憚らず号泣して喜びを露わにしている。だが、央元は未だに緊張感を保っている。

 

「備蓄の残りがそろそろ危ういらしい。」

 

「どうするんですか?」

 

「陰陽寮がラクドウに大量の補給物資を用意している。防衛結界が再展開できたから、もう防衛線に大人数を張り付かせる必要も無い。最低限の人数を残して、残りは補給路をこじ開けるのに使う。時間が無いから蒼澄さんも来てくれ。」

 

荷馬車で街の南部へ急行すると、既に物資輸送の血路を開くための死闘が始まっている。

 

「さっさと押しのけて道を結界で保護しろ!」

 

「突っ込め、突っ込め!」

 

「うおおぉぉぉ!」

 

「■■■■■––!」

 

ラクドウへ伸びる南への道路では。滅茶苦茶な乱戦が繰り広げられている。統率された動きを見せる陰陽師と式神たちに、前後左右からマガツヒが出鱈目に襲い掛かる。

 

その中に、真っ白な毛並みの獣とも巨人ともつかない怪物が約20体、混ざっている。

 

(何あれ?)

 

マガツヒではない。マガツヒ特有の瘴気を放っていないし、人間を全く攻撃せず、マガツヒばかりを狙っている。

 

「みんな!聞こえるー!?」

 

怪物が挙げた手のひらの上で、怪物と同じくらい真っ白な毛並みに覆われた妖狐の女性が拡声器片手に声を張り上げている。

 

(葛の葉だ。)

 

葛の葉。伝説の陰陽師安倍晴明と共にマガツヒと戦い、陰陽寮の創設に深く関わり、今は陰陽寮の顧問に就いているアヤカシである。新聞で何度か写真を見たことがある。

 

「遅くなってごめん!ラクドウと周辺都市からありったけの物資をかき集めてきたから!食べ物もたくさんあるよ!」

 

「食べ物」と聞いて陰陽師、式神らが反応する。シジョウの市民だけでなく陰陽寮の部隊も食料に余裕が無いのだ。

 

「お腹いっぱい、ご飯が食いたいかー!?」

 

「うおおおぉぉぉ!」

 

「食料を積んだ荷馬車がすぐそこまで来ているぞー!」

 

「うおおおぉぉぉ!」

 

「聞こえないぞー!飯は要らないのかー!?」

 

「う”お”お”お”ぉぉぉぉぉぉ!」

 

「食事にありつきたかったら戦えー!」

 

「お”お”お”ぉぉぉ!」

 

葛の葉の檄に合わせて陰陽師、式神らが獣のような雄たけびをあげる。

 

「盛り上げるのが上手いですね。」

 

「ほとんどご飯の話しかしてないね。」

 

だが、効果抜群なのは間違いない。皆、空腹なのだ。目の前のマガツヒを片付けた先に待つありったけの食料を想像するだけで血が騒ぐ。

 

「行くぞ!私に続け!」

 

葛の葉の号令と共に怪物が1列になってマガツヒの群れに突っ込む。その背を陰陽師と式神たちが追う。

 

「■■■■––!!」

 

怪物は見た目に違わずかなり強い。豪爪の一振りで数体のマガツヒを葬り、物理攻撃が効かないマガツヒには白い炎と化してあっという間に焼き殺す。

 

「あっははは!」

 

雲海から出現した翼竜型のマガツヒの群れが葛の葉に突っ込む。

 

「結」

 

葛の葉が小声で呪文を唱えると、瞬時に大きな直方体の結界が生じ、群れを閉じ込める。

 

「閉」

 

結界が中身をぐちゃぐちゃに押し潰しながら収縮し、最後に青白い炎を発して燃え尽きる。秒殺だ。

 

「さすがは葛の葉様だ!」

 

「続けぇ!」

 

怪物の軍団と葛の葉の助力を以てしても戦いは丸1日続いたが、ついに血路が開ける。南から侵攻するマガツヒを粗方片付け、輸送路を保護する結界を半ば強引に展開する。作戦成功だ。

 

「うおおぉぉ––!!」

 

誰もかれもが疲労困憊しているが、休む暇はない。直ちに物資の搬入が始まる。物資を満載した荷馬車、荷馬車、荷馬車。次々とシジョウへやってくる。もの凄い数だ。市民と協力して積み荷を整理し、各地へ運ぶ。最優先は食料と医薬品。

 

物資を運搬する先々で、陰陽寮の部隊に市民の歓声と罵声が浴びせられる。

 

「何日かけてるんだ、無能ども!死ね!」

 

「葛の葉様、抱いてぇ!」

 

「お前らがちんたらしてる間に、何人死んだと思ってる!?腹切って詫びろや!」

 

「おお、葛の葉様!人類の白き守護神!」

 

「お前らの結界、まるで役に立ってねぇじゃねえか!どういうことか説明しろ、この詐欺師が!」

 

「千里の旦那様ぁ、あたしの腹であんたの子を産ませてぇ––」

 

荷馬車の先頭を行く葛の葉と、現場の最高指揮官である陰陽師千里清治へのバッシングは凄まじいの一言に尽きる。2人とも沈痛な面持ちでバッシングに身を晒している……ように見えたが、市民の目が届かない場所ではけろっとした表情で談笑している。

 

「清治、さすがだよ。よく今日まで持ちこたえてくれた。」

 

「まあ、何とかなりましたわ。」

 

千里清治は通信用の符越しの声を聞いたことしかないが、声と喋り方から連想した外見と実際の見た目にほとんど差異が無い。2mに達しようかという長身、険しい強面、ボーボーに伸びた髪と髭。岩のような筋骨隆々の身体は日に焼けて浅黒く、傷だらけだ。色白で毛並みが真っ白な葛の葉と並んだ姿は正に「美女と野獣」である。

 

「私はもう行くけど、『狐火』はみんな置いていくから使って。」

 

白い怪物は「狐火」というらしい。知能があり、葛の葉の指示や操作をほとんど必要としないらしい。

 

「はいよっ。ところで、難民の受け入れ先はどないです?」

 

「近隣都市に片っ端から声をかけて交渉中。ラクドウとカイチは最大限協力してくれる。ヤヨ、モヤマ、マオズは今も交渉中だけど難航してる。制度も風土も違う都市の人間を受け入れるのに抵抗があるらしくてね。」

 

「いやぁ……足らんでしょ、絶対。ラクドウとカイチが受け入れられる人数なんて、合わせてもせいぜい1万人ってところでしょ?他の都市が全部首を縦に振っても精々2万人。多分、3万人はシジョウから溢れると見とかんとダメですよ。」

 

「私もそう考えてる。前に清治が言ってた『テント村作戦』で行こうよ。どれくらいイケそう?」

 

「テントさえあれば、テント村を作って人を移すまでは確実に。ただ、テント村を治める人手が少なすぎて、ロクな村にならんのではという懸念が。」

 

「分かった。最低限必要な人手と物資を見積もって報告して。あらゆる手段で集めてみるよ。」

 

「役所の人らに見積もってもらってるところです。明日の夜中には報告しますわ。」

 

「さすが!私はもう行くよ、通信用の符で連絡して。」

 

去り際、葛の葉は部隊の面々の労をねぎらい、最後に檄を飛ばす。

 

「シジョウの惨劇は、近年で最大規模のマガツヒ禍として後世に語り継がれるだろう。はっきり言うが、我々の前にはまだまだ厳しい山場がいくつも待ち受けている。だけど、人類は今以上の惨禍を乗り越えて今に在るんだ。この危機を乗り越えられない理由なんて、1つも存在しない。我々はまた、人類に希望を示す。いいか、勝つぞ!」

 

 

「おおっ、勝つぞっ!」

 

陰陽師と式神たちが疲労を感じさせない咆哮をあげる。

 

(1000年以上マガツヒと戦っている人は言うことが違うな。)

 

約1000年前、人類はマガツヒの脅威により絶滅の危機に瀕した。大陸全土にマガツヒが大量発生し、いくつもの街が、村が、地図から姿を消した。人口が減りすぎてまともな記録すら存在しない、絶望と退廃の暗黒時代である。葛の葉はそんな時代すらも生き延び、超能力者の寄せ集め集団に過ぎなかった陰陽寮を人類の盾にまで発展させた人物である。

 

(強き者は家族を守れ。より強き者は故郷を守れ。最も強き者は人類の未来を守れ。)

 

希望。英雄葛の葉がそれを語れば、単なる気休めの言葉ではなく、純然たる力、シジョウに未来をもたらす力となる。最も強き者とは、彼女のように他者に希望を与える者を指すのかもしれない。

 

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