あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第三十八話:北区

防衛結界の再展開が成功し、物資の補給路も確保されたことで、シジョウは目下最大の危機を脱したことになる。とはいえ、街は相変わらずマガツヒの包囲を受けており、北区では連日過酷な奪還作戦が展開されている。

 

カンナは央元と北区の戦いに加わることにした。杉は物資の輸送路を確保する戦いで重傷を負い、後方支援に就くことになったので、ここでお別れだ。

 

「悪いね、春樹。」

 

「気にすんな。ちょうど頭使うやつを千里さんが欲しがってたところだから、しっかり手伝ってやってくれ。」

 

央元と杉が固く抱き合う。

 

「蒼澄さんも、春樹をお願いね。」

 

「お疲れ様です。体に気を付けて下さい。」

 

「ありがとう。」

 

「……しっかり怪我治して、仕事が済んだら真中さんで童貞卒業できる体になっとけよ。」

 

央元が杉の耳元で囁く。カンナに聞こえないようにしたつもりだろうが、ばっちり聞こえている。

 

「央元さん、聞こえてます。」

 

「えっ!?ごめん。」

 

「……実は、もう、卒業しておりまして。」

 

「えっ、いつの間に?」

 

「避難所で。」

 

「「ええっ!?」」

 

「真中さんに『授乳室の周りをうろつかないで』って注意された竹崎が逆切れしてるのを止めたのを覚えてる?あの日の夜。」

 

「あの日ですか?どこで?」

 

思わず詰め寄る。

 

「夜中に真中さんに起こされて、『不安だから一緒にいてほしい』って頼まれて、屋上に連れて行かれたんだよね。そこで星を見てたら『一目ぼれしました』って何の脈絡もなく告白されて。僕も真中さんみたいな人好きだから、『僕も気になってました』って応えたら、そのまま卒業式に……。」

 

杉が恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

 

「初めてが野外……さすがだ、龍一。お前には完敗だよ。」

 

「あの、杉さん。」

 

どうしても気になることがあった。

 

「真中さんはシジョウの人なんですけど、その、シジョウの人とそういう関係になるってどういうことかご存じですか?」

 

「僕は父親がシジョウ出身だから、その辺は把握してるよ。」

 

「ん?何のこと?話についていけてないの俺だけ?」

 

央元はきょとんとした顔をしている。

 

「央元さん、シジョウの人って基本的に婚前交渉は無しなんです。例外があるとすれば、婚約する時ですね。」

 

シジョウは数百年前に海向こうからの渡来人が興した街で、当時の海向こう由来の独特の風土や文化が現代でも残っている。その一例に婚前交渉に関する性倫理があり、未婚の男女は婚約していない限り肉体関係を持つ事は忌避されるのである。

 

「へぇ……えっ!?じゃあ龍一、真中さんと結婚するの?」

 

「するよ。任務が終わったらまずは指輪を買いに行かないとね。」

 

「電撃結婚にもほどがあるだろ!おめでとう。」

 

「おめでとうございます。」

 

「ありがとう。そろそろ荷馬車が出発するから、2人とも急ぎな。」

 

北区へ物資を運ぶ荷馬車では杉の話題でもちきりだった。

 

「龍一、あいつやるなぁ。」

 

「話の流れからして、杉さんって真中さんが初彼女なんですか?」

 

「そうだな。あいつとは10年近い付き合いだけど、女の子とデートしたことすら無いはずだ。」

 

「へぇ、意外です。見た目イケてるし、モテそうに見えますけどね。」

 

「龍一はガキの頃から式神になるのが夢で、遊びも恋愛も放り投げて鍛錬に打ち込んでたんだ。モテるほうだったけど、女子に告られても『あ、自分は夢追ってるんで、恋愛とかは別にイイっす』的な態度を取っちゃうヤツだったんだよね。」

 

「でも、真中さんは気になっていたって言ってましたね。」

 

「そうだな。ふふっ、あのさ、真中さんって顔が葛の葉さんに似てるの、わかる?」

 

「ああっ、言われてみると確かに。」

 

葛の葉から妖狐のアヤカシに特有の身体的特徴を取っ払い、眼鏡を外し、髪を茶髪のショートボブにすれば確かに真中になるかもしれない。

 

「龍一が人生で初めて告白した相手は葛の葉さんなんだよ。フラれたみたいだけどな。龍一はああいう顔が好きなんだ。」

 

「組織のトップに告白ですか。やりますね。」

 

「あと、龍一はインテリが好みなんだよ。真中さんって無口だけど、話すと賢い人だなってすぐわかるじゃん?そこに惹かれたんだろうな。」

 

「真中さんってすごい人なんですよ。シジョウ医療看護大学を首席で卒業してて、看護師の仕事をしながら有名な論文誌に何本も論文を載せてるんですって。野中さんが『あんな優秀な人は見たことが無い』って言ってました。」

 

「想像を絶するインテリだな。龍一にとっては理想の女性なのかもな。」

 

「それで食べられちゃったと。」

 

「『龍一さん、結婚して!ぱくっ!』ってな。」

 

「ふふっ、まあ、でもそういうことですよね。それにしても真中さんすごいなあ。」

 

気になる男はすぐに落として既成事実を作る。恋愛の教科書に載せるべきだ。

 

(女子かくあるべし、だな。学校の屋上でしちゃうのはちょっとどうかと思うけど。)

 

雑談を交わしている内に、荷馬車が北区に到着する。

 

「はぁ……酷いな。」

 

思わずため息が零れる。

 

街は予想以上に崩壊している。笑い女が通過した大通りはボロボロで、ぬりかべのアヤカシによるものと思われる急ごしらえの通路が敷かれている。建物は瓦礫となり、あちこちに散逸している。

 

中央区も悲惨だったが、少なくともそこに何があったのかを見ればすぐにわかった。だが、北区はそこに何があったのか分からないほどに崩壊している。半生のほぼ全てをここで過ごしたはずなのに、初めて来た場所のように感じられる。

 

(北見先生の道場も、学校も、遊技場も、劇場も、お気に入りの蕎麦屋さんも、全部無くなったのかな。)

 

雑談で上げたテンションが一気に下がる。悲しみが胸を満たしそうになり、あわてて意識を反らす対象を探す。よく見ると、あちこちに見慣れない仕掛けが設置されている。札、符、その他見ただけでは何か分からない人形や置物。

 

「何ですか、あれ?」

 

「符や札はマガツヒを外に出さないための仕掛けだな。人形や置物は……多分、マガツヒを弱体化させるための呪具かな?」

 

「そんなのがあるんですね。」

 

「『呪術』や『呪い』も、広く言えば陰陽術とか道術みたいな超能力の一種だからな。別にマガツヒの専売特許じゃないし、陰陽寮には呪術の専門家も結構いるよ。ヤバいマガツヒや霊獣の相手をする時は、呪術で弱らせまくってから戦うわけ。」

 

雑談しながら北区を北上すると、早くもマガツヒの瘴気、そして戦いの気配を感じ出す。

 

「搬入は他に任せて、俺たちは北別府さんに声をかけてさっさと参戦しよう。」

 

「はい。」

 

ちょうど指揮官である陰陽師北別府怜子が馬に乗って迎えに来てくれた。

 

「怜子さん、お待たせしました。」

 

「来たね、央元君。よろしく!」

 

北別府怜子は通信用の符越しの声音からイメージした人物像にぴったりの女性である。ゆで卵の白身のようにつるんとした顔、ぱっちりした目、細く濃い眉、少し厚めの真っ赤な唇。目元が弟の北別府俊介にそっくりだ。笑う時は表情筋をフル稼働させて大きく笑い、白く歯並びのよい歯をちらりと見せる。1ヵ月半に渡る戦いで陰陽師の制服はボロボロ、肌は傷だらけ、目の下には濃い隈ができているのに、明るく、軽やかで、自信満々に見える。

 

「怜子さん、状況の共有をお願いできますか?」

 

「うん。だいたいこの辺まで押し込んでて、マガツヒを封鎖する仕掛けが設置完了してるの。」

 

北別府が懐から北区の地図を取り出し、真ん中あたりで折りたたむ。

 

「市街地の半分くらいですね。」

 

北区は山の中にある。市街地はシジョウ富士以南にしか無く、シジョウ富士以北には水道関連施設、山や森林の管理署、山岳警備隊の待機所といった特殊な施設がある他はほぼ無人である。今は北区を代表する市街地の1つである「風走」の北端が前線のようだ。

 

早速風走に向かうが、建物が全く残っていない。北別府の案内が無ければここが風走と気付けたかすら怪しい。北見慎の道場や父が興した「正倫堂出版」の社屋があるはずなのだが、影も形もない。

 

大通りを整地して作った間に合わせの広場で式神たちが住民の遺体を荼毘に付している。みな傷だらけで、感情が見えない虚ろな目付きをしている。

 

(私も、もう何も感じないな。感覚が麻痺してる。好都合だけど。)

 

北別府に声をかけられる。

 

「蒼澄さんってシジョウの人よね?ご実家はこの辺り?」

 

「はい。実家はもっと北の青美台ってところにあります。」

 

「北に行くと穴がよく見えちゃうから気を付けて。きつかったら後方の仕事もいくらでもあるから言ってね。」

 

「戦わせて下さい。きつくないと言えば嘘になりますが、戦ってる方が気楽です。」

 

「分かった。」

 

「怜子さん、俺に何か指示はありますか?」

 

央元が割って入る。

 

「マガツヒを封鎖する結界の強化をやってもらおうかな。それと、物資の開梱と整理もお願い。」

 

「分かりました。結界は、南はばっちりそうでしたが、東か西ですかね?」

 

「うん、防衛結界を内側から叩かれるのはマズいから念入りにお願い。あそこで遺体を火葬してる人たちが詳しい状況を把握してるから、まずは現状をしっかり把握して、央元君の判断でマズいと思う場所から着手して。央元君が来たら指示に従うよう話は通してるから。」

 

「分かりました。」

 

「夜はこの辺でキャンプだから。じゃ、気を付けて。」

 

北別府と2人、風走を北上する。

 

(何か話すか。)

 

廃墟と化した思い出の街を無言で行くのは辛い。戦いの前にテンションを下げるのは得策ではない。

 

「央元さんってしっかりされてますけど、新人なんですか?」

 

「うん、今年の春に養成課程を終えたばかりのド新人だよ。千里さんと洋二くんが『こいつは天才だ、ウチにほしい!』って口説いて、こっちに連れてきたの。」

 

「期待の星なんですね。」

 

「実際、めちゃくちゃ優秀だよ。想像力があるし、まあ若いから色々経験不足だけど、この任務を生き抜いたら相当化けると思う。……雑談するならさ、蒼澄さんにどうしても聞きたいことがあるだけど、良いかな?」

 

「どうぞ。」

 

「俊介から口説かれなかった?」

 

「口説かれましたよ。何で分かるんですか?」

 

「ごめんね、変な事聞いちゃって。蒼澄さんってね、去年亡くなった俊介の奥さんに顔と声が似てるの。声とかそっくりでびっくりしちゃった。」

 

「ああ、正に『顔と声が理想だ』って口説かれましたよ。」

 

「やっぱり!央元君から、弟が死ぬときずっと抱きしめてくれてたって聞いたよ。俊介も式神やるからには誰にも看取られず野に死体を晒す覚悟だっただろうけど、1人で死ぬより好きな女の人の腕の中で死ねた方が良いに決まってるから、蒼澄さんのお陰で俊介は本当に良い死に方ができたと思う。本当に、ありがとうね。」

 

北別府が大きな笑みを浮かべる。彼女の目からボロボロと大粒の涙が流れるが、苦悩の涙ではなく救いの涙だ。こちらも思わず胸が熱くなる。

 

「他にできることが無かっただけです。でも、北別府さんのお言葉を聞けて安心しました。俊介さんは私たちを逃がす時間を稼ぐために戦って死んだんです。私、俊介さんのことは一生忘れません。」

 

北別府と話しながらたどり着いた風走の北端。

 

「追い込め、追い込め!」

 

「■■■■■■––!!」

 

「怪我人を下げろ、急げ!」

 

陰陽師と式神たちがもはや顔なじみの靄のマガツヒの群れと乱戦を繰り広げている。中央区からでも見えた巨大な穴が良く見える。

 

「……。」

 

分かってはいたが、やはり言葉が出ない。20kmほど北のシジョウ富士の麓から伸びる穴が、2km北にある北区最大の市街地「裾之街」の大半を飲み込んでいるのがよく見える。

 

式神たちとマガツヒを蹴散らして北上すると、いよいよ穴の淵が目と鼻の先に広がっている。穴の方から突撃してくる靄のマガツヒが式神たちに返り討ちにされていく。戦況はこちらが優勢だが、それよりも靄のマガツヒの出所に違和感を覚えた。

 

「あのマガツヒ、どこから来てるんですか?」

 

「気付いた?穴の方をよく見てごらん。」

 

よく見ると、靄のマガツヒは穴の中から這い出て来ているわけではない。穴の淵に、どこからか瞬間移動でもしてきたかのように突然出現している。

 

(何が起きているの、これ?)

 

穴の方を見つめていると、その時––

 

「ぐぁっ。」

 

穴の方から不協和音交じりの低い声。そして一瞬の僅かな頭痛。

 

「……?」

 

目を凝らすが、声の発生源らしきものは見当たらない。

 

「北別府さん、今何か聞こえませんでしたか?」

 

「ん?別に。」

 

気のせいだろうか。

 

「あの穴は間違いなく『異界』に続いているよ。」

 

異界。生前に中田原が予想した通りだ。つまり、穴の先の異世界に笑い女と黒蝗が潜んでいるのだろう。

 

「穴の中はどうなってるんですか?」

 

「わかんない。人や物を穴に放り込む実験もやったんだけど、ある程度潜ると別の場所から出てきちゃうみたいで、異界にはたどり着けない。」

 

「どうにかなるんですか?」

 

「突入方法が見つかるまであらゆる手段を試すしかないね。蒼澄さんの仕事は穴周辺のマガツヒを倒しまくる事。その間にこっちで色々と試すからさ。」

 

「分かりやすくてありがたいです。では、行きます。」

 

長く苦しい戦いだったが、いよいよ敵のねぐらの前に立っている。穴を見た時の衝撃を高揚感が押しのけていく。

 

(もうすぐゴールだ。今は目の前の戦いに集中しよう。)

 

深呼吸をすると、カンナも戦いに参戦した。

 

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