あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
重労働、戦闘、暴力、犯罪、そして停滞。テント村の日々に潤いは無いが、個人的な進歩はある。テント村での暮らしを通じて色々な技能を身に付けることができた。
まず、良からぬことを企んでいる人間をかなりの精度で見極められるようになった。悪さをしている輩を捕えると、数日前に怪しいと睨んだ奴だったという事例が日に日に増えていく。
次に、当たり前だが強くなった。新種のマガツヒが相手でも、行動パターンから能力や弱点をかなり素早く推理できるようになった。中央区で式神たちと毎日のようにマガツヒと戦っているお陰だろう。犯罪者との戦いでも、敵に与えるダメージを精密にコントロールできるようになった。意識を奪うことも、恐怖と苦痛を与えることも、思いのままだ。
そして、霊力で上下の肌着を生成できるようになった。アスリートが訓練中に着用する、肌にぴったり貼り付く黒いタイツ型の肌着。お洒落ではないが、物資が足りないテント村で清潔で着心地の良い肌着を自給自足できるのは大きい。日々の地道な訓練の成果である。
そんな日々を過ごすうちに、冬が終わり、春になる。シジョウ富士の麓に桜が咲き乱れる時期だが、遠くに見えるのは黒々とした巨大な穴。異界への突入方法はまだ見つからない。
(いつまでこんな日が続くんだろう。)
膠着する日々に喜びは少なく、悲しみは多い。テント村でも精神に変調を来す者が目に見えて増えてきた。
カンナは輩から助けた留学生と仲良くなったが、彼は鬱を発症し帰国することになった。残念だが、自分にできるのは彼の調子が戻った時にまたシジョウに留学したいと思えるよう、街をどうにかすることだけだ。
同年代の女子が川で入水自殺しようとしているのを阻止した。彼女は惨劇で家、家族、恋人を失ったらしい。救出後数日は大人しかったが、その内死んで楽になることを阻んだカンナに怒りの矛先を向けてきた。口汚く罵られ、何発も殴られ、すれ違うたびに怨念むき出しの目を向けられた。あまりに哀れで何も言い返せず、為すがままにされた。
「強き者は家族を守れ。より強き者は故郷を守れ。最も強き者は人類の未来を守れ。」
北見慎の座右の銘。心の中で何度も唱える内に、自分の座右の銘にもなった気がする。
冬明けは復興にプラスの影響を与える。気候が穏やかになり、雪や氷が溶けて作業が大いに捗る。大型の建設用からくりが中央区で使えるようになり、作業効率も格段に上がった。
「みなさん、ただいま!」
「お帰り……。」
「お疲れさまです……。」
「今日、ついに9丁目の大型仮設住宅の建設が完了したんですって。厠とシャワーが各部屋にあって––」
知り合いたちも徐々に弱っていく。終わりが見えない避難生活で心が悲鳴をあげているのが手に取るように分かる。なるべく明るく話しかけ、励ますようにしているが、気休めにしかなっていないのが自分でも分かる。カンナが自殺を食い止めた女の子も、もはや怒る気力すら使い果たして攻撃してこなくなった。
(一緒に落ち込んでも仕方が無い。)
梅雨。18歳の誕生日を迎え、ついに成人になる。
カンナの誕生日は青風館から蒼澄家に引き取られた日である。本当の誕生日は恐らく山に遺棄されているところを発見されたかその前日だろうが、両親の配慮で蒼澄家に迎え入れられた日が誕生日になったのだ。
「……」
何もかもが平和だったなら、家族や友人がカンナの誕生日祝いの会を催してくれていたことだろう。同い年の友人と成人式の着物を観に街の服屋に繰り出していたのだろう。北見慎にアタックするため具体的な算段を立て、実行していたことだろう。だが、現実には小さいテントで1人で過ごしている。
(私の人生も随分と狂ったな。)
理想と現実の差に思わず笑ってしまう。
共に戦ってきた人々を思い出す。中田原、橡、北別府姉弟、央元、杉、千里、葛の葉、安心院、野中、真中、田井中とその部下たち。そしてシジョウのために戦って死んだ、名も知らない数多くの人たち。
(強くなる。)
大人になったのだ。自分も、彼らの側の人間でありたいし、あらねばならないだろう。
「強き者は家族を守れ。より強き者は故郷を守れ。最も強き者は人類の未来を守れ。」
夏が近づいてくる。異界への侵入方法は見つからない。
「痛いよぉ……」
「ここから出して……」
いつも通り泣き子の嘆き声を聞きながらテントで身体を休めていると––
「もおぉぉ!いつになったら終わるんだよおおぉぉ!」
若い男の叫び声がテント村に響く。
(まずいな、誰かが限界みたいだ。)
この後起きることも予想できる。
「うるさい、黙れ!」
「暑くてイライラしてるんだよ、殺すぞ!」
「終わりたきゃ、その辺で黙って舌噛んで死ねや!」
周辺のテントから響く怒号、飛び出てくる男たち、泣きだす女性と子供。テント村がハチの巣を叩いたように騒然とする。
「みなさん落ち着いて下さい!」
裸足でテントから飛び出て声を張り上げるが、既にあちこちで殴り合いが始まっている。
(マズい!これは死人が出るぞ。)
深刻な乱闘に発展しそうな場所から割って入って止めるが、1人で鎮められる数ではない。
最初に叫んだ若い男が、中年の厳つい男と殴り合いを繰り広げている。中年の男が若い男を押し倒し、マウントを取ってボコボコにしているが、若い男が砂を目に投げかけて反撃する。怯んだ中年男を、今度は若い男がマウントを取って殴りつける。ふと、若い男が手が届くところに大きな石が落ちていることに気付く。石を拾い上げ、中年男の顔目掛けて思い切り振り下ろす––
「駄目っ!」
中年男の顔を手で覆い、石の一撃から守る。
「止めないで下さいよ、蒼澄さん!」
若い男が立ち上がり、泣きながら胸倉を掴んでくる。
「っ……。」
彼とは何度か話したことがある。彼は友人と2人でテント村に来たが、友人が明日の見えない避難生活への絶望で自殺してしまって以来、様子がおかしくなっていた。元々はトラブルを起こすような人物ではなかった。
「落ち着いて下さい!」
「どいて下さい。」
「明日、私と一緒に病院に行きましょう。ね?あなたには治療が必要に見えますから。」
「どいてって言ってるじゃないですかぁ!」
「てめぇ、ゴラあ!」
中年の男が起き上がり、若い男に石を投げつけるが、ふらついて狙いが逸れ、石は明後日の方角に飛んでいく。
(ちょっ!)
誰かに当たるかもしれない石に飛びついて叩き落とすが、その間に2人が殴り合いを再開してしまう。
「いい加減にして!」
やむを得ず2人を締め落とす。
まだあちこちで乱闘が起きている。こんな状況でも警官が来ないのがシジョウの現状である。
(仕方ない、やるか。)
故障して放置されている荷馬車用の大型の荷台に目をつける。
「っああ!」
荷台を素手で持ち上げ、渾身の力で地面に叩きつける。大きな破砕音を立てて荷台がバラバラに砕ける。
「おいっ、あれ。」
「うぉっ……。」
周囲の乱闘者たちが静まり返り、その静寂が更に遠くの乱闘者にも伝播する。
「今すぐ乱闘を止めてテントに戻ってください!イライラを他人にぶつけても、目の前の問題は解決しませんし、ストレスの元も無くなりません!皆さんや、皆さんの大切な人が無意味に傷つくだけです。」
足元に転がってきた荷台の車輪を、手刀で真っ二つにする。
「私には力があります!マガツヒや犯罪者を倒すための力です!皆さんにこの力を振るいたくありません!」
周囲の人々を、特に乱闘に参加していた人々の目を見つめる。
「ですが、怪我人や死人を防ぐためにこの力が必要なら、私は躊躇なく行使します。相手が誰であろうと、です。」
乱闘者たちがあからさまに怯む。
「私に喧嘩をさせないで下さい!辛くても、いがみあっても、暴力だけは止めましょう!ここにいる人たちは敵ではなく、味方のはずです!」
暴力を、より大きな暴力で制する。場が静まり返り、ようやく警官が到着し、本格的な暴動には至らずに済む。
(今日はなんとかなったけど、こんなのはいつまでも保たないな。)
脅しを実行しなければならない日は必ず来る。いかにその日を先延ばしにするかだが、その時を想像するだけで気が重い。
「……。」
何となく、北別府俊介のことを思い出す。彼は死ぬ最期の一瞬まで式神だった。彼には子供がいて、まだ24歳だったらしい。死にたくなかったに決まっているが、それでも式神の使命に殉じた。
(その時が来たら、躊躇しない。)
強さとはつまり、強い自分を演じ抜くことなのだろう。気が重いとか、嫌だとか、そんな程度の低い動機に行動を支配されないことだ。
夏が深まり、緑はますます生い茂る。惨劇からついに1年が経った。だが、相変わらず異界への突入方法は見つからない。
状況は確実に改善している。中央区の瓦礫の撤去は順調に進み、一部の地域では住宅の再建が進んでいる。家を失った人向けの仮設住宅も増え、そして何より、テント村に警官、役人、医療従事者が増えつつある。テント村も何度か統廃合され、効率的に治められるようになっている。
だが、それでも人々の心を救うには到底足りない。
「みなさん、ただいま!」
「お疲れ……」
「ああ……」
もはや聞き慣れた消耗を隠し切れない声。
(見回り行くか。)
カンナの庇護を必要とする者たちが今日も無事か、怪しい輩がいないかチェックする。
「お父さん、まだ帰って来ないの?」
「もうすぐ帰ってくるからねー。」
「……。」
母と2人、父の帰りを待つ10歳くらいの女の子。女の子の父親とは顔なじみだが、先日彼が作業していた現場に瑠璃猿のマガツヒが出現したらしい。瑠璃猿のマガツヒに襲われれば護衛の式神がいても全滅がほぼ確定である。
(遺体だけでも見付けてあげよう。)
可哀そうだが、自分にできるのはそれくらいだ。
誰も彼も、暗い目をしている。うわごとを呟く者。今はいない、大切な人の名を呼び続ける者。家も職場も失い将来を嘆く者。パートナーが自死を選び、取り残された者。
(穴だ。)
彼らの目の暗さ、それは正にあの穴の暗さだ。穴は今でも、青空、白い雲、自然の緑のコントラストが美しい夏の風景に、黒々とした存在感を放っている。夜になると穴は暗闇に溶けて見えなくなるが、今度は泣き子の嘆きが響く。何もかもが、シジョウの惨劇は終わっていないのだと雄弁に物語っている。自分も自らを奮い立たせている何かを失った時、穴の一部となり果てるのだろう。
(私は、ああはならない。最後まで戦って、必ず勝つ。生き残るのは私たちだ。)
長期戦のお陰で、テンションを調整する技術が格段に向上した。
「強き者は家族を守れ。より強き者は故郷を守れ。最も強き者は人類の未来を守れ。」
平時に暗い気持ちになりそうになると、北見慎のことを思い出し、彼の座右の銘を呟く。強くなるという誓い、そして共に戦った人たちが思い浮かび、ネガティブな思考を断ち切ることができる。
「私が守る。」
これは確か、12歳くらいの時に読んだ小説のヒロインのセリフ。復興作業中のマガツヒとの戦いは、基本的に不意の遭遇戦である。そういう時、このセリフを唱えて動揺を鎮める。何となく思い出したセリフに過ぎないが、「このセリフを唱えると私は落ち着く」とひたすら自分に暗示をかけ、自分を騙し抜くことが重要だ。
「私が勝つ。」
闘争心を一気に掻き立てたい時のための言葉。これも先のヒロインのセリフである。
(何て題名の小説だったっけ?海向こうから大陸にやってきた吸血鬼ハンターの美少女がヒロインで、大陸で悪さをする吸血鬼を退治する話だったけど。たしか、大昔の海向こう出身の作家が描いたはずなんだけど。)
面白かった記憶がある。だが、題名を思い出せない。
(状況が落ち着いたら図書館で本を探そう。戦いは長いんだから、ちゃんと脳と心を潤さないと。)
だが、癒しの時は思いがけず早く訪れることになる。