あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第四十一話:自分の道

まだ暑さの残る初秋の昼時。カンナが生活の拠点にしているテント村が別のテント村と統合され、そこで獅子堂と再会した。

 

「久しぶり、蒼澄さん。頑張ってるみたいだね。はい、これプレゼント。」

 

「ありがとうございます。」

 

獅子堂は自慢の手作りのお菓子をテント村で無料で配っているらしい。

 

(美味しすぎる!)

 

蒼澄家の誰もが好んだ濃厚な味わいにすっきり上品な後味。思い出深い味覚が心身を癒していく。

 

「どうかな?味、変わってない?」

 

「変わってないです。本当に美味しいです。昔を思い出しました。」

 

「蒼澄さんがそう言ってくれるなら一安心だよ。俺もまだまだ終わりじゃないな。」

 

獅子堂の物言いに引っかかるものを感じる。

 

「あの、獅子堂さんのお店やお家は無事でしたか?」

 

「いや、全然無事じゃないよ。店は瓦礫でぺしゃんこ。奥さんも、子供も、従業員もあの虫のマガツヒに皆殺しにされたよ。生き残ったのは俺だけだね。」

 

「それは……」

 

彼が奪われたものの大きさに鳥肌が立ち、思わず絶句する。「ご愁傷様です。」の一言を絞り出すのがやっとだった。

 

「ありがとう。辛いけど、俺はまだまだやれるからあんま気にしないで。」

 

獅子堂は前より身体が筋肉質に引き締まり、日焼けし、あちこちに真新しい傷がある。ずっと復興に関わってきたのだろう。

 

彼はがれき撤去の現場へ向かう乗合馬車でいつも写真を眺めている。今は亡き彼の家族の写真。だが、表情は穏やかで明るく、悲壮感は皆無だ。少年院で家族の写真を見る度に泣いていた自分とは大違いだ。

 

彼とは別の現場になることが多いが、たまに一緒の現場になると驚くほど精力的に作業に従事している。汗と泥にまみれ、誰よりも大きな声で笑い、毎日のように現場でお菓子を配り歩いている。

 

彼はおしゃべり好きで、テント村でもよく話す。

 

「蒼澄さん、安心院夏美さんって覚えてる?」

 

「覚えてます。」

 

「実はね、俺、復興がひと段落したら安心院さんと結婚するんだ。」

 

「へぇー!ご再婚おめでとうございます!」

 

「えへへっ、実はもう安心院さんのお腹には俺の子供がいるんだよね。」

 

テント村では珍しい明るいニュースに、付近の人々もざわめく。

 

「さすがは社長だな。」

 

「めでたい話だが、ちょいと手が早すぎねぇか?」

 

「うるさいなぁ。俺みたいな男はねぇ、女性が放っておいてくれないんだよ!待たせずにさっさと応えてあげるのがね、女性に対する優しさなんですよ。お分かり?」

 

「こいつ、モテるからって調子にのるな!」

 

「「「がはは!」」」」

 

獅子堂は辛い現実に向き合いながら、同時に未来を見据えている。

 

(一代で有名なお店を創業するような人はやっぱり熱量が違うな。それにしても、安心院さんはいい男を見付けたな。)

 

安心院のニヤけ面が思い浮かび、つい笑ってしまう。

 

獅子堂は復興作業と並行して、潰れた店の再建準備も着々と進めているらしい。ある晩、獅子堂を訪ねて一人の人物がテント村を訪ねてきた。

 

「獅子堂社長?」

 

「はい、私が獅子堂ですが?」

 

「お手紙のやりとりばかりで、実際にお会いするのは初めてですね。私がマミです。」

 

「えっ、マミ社長!?」

 

マミと名乗ったのは狸のアヤカシの女性。お洒落で、「出来る女」オーラを漂わせている。

 

「こんな汚らしい格好で申し訳ありません。あの、何のお出迎えの準備もできておりませんが––」

 

「いえいえ、謝らないで下さい。事前連絡もなく突然押しかけたのはこちらですから、私の方こそ申し訳ありません。今日は別件でシジョウに来ていたのですが、少しだけ自由な時間ができたので、獅子堂社長とお顔合わせだけでもさせていただけないかと思いまして。」

 

「いやぁ、私なんかにわざわざ会いに来て下さるとは。ありがたい限りです。」

 

常に上機嫌な獅子堂だが、普段より若干テンションが高い。マミが美人なのが大きく関係していそうだ。

 

(獅子堂さんの好みなんだろうな。)

 

2人の話を聞くと、どうやらマミは投資会社の社長で、安心院の旧友であり、らいおん亭の再建に出資しているらしい。らいおん亭のファンでもあるらしく、数年前に店舗限定で販売された期間限定商品についてもあれこれ感想を述べていた。

 

獅子堂は上機嫌で話し込んでいるが、マミの方はこの後用事があるらしい。

 

「馬車の時間が近いのでそろそろお暇させていただきます。楽しい時間をありがとうございます。」

 

「ややっ、随分と引き止めてしまいましたな。マミ社長、お詫びも兼ねて、最後にこちらをどうぞ。」

 

獅子堂が青い飴玉が入った袋をマミに手渡す。

 

「らいおん亭を再建したら、まずこいつを売り出す考えです。名づけて『金剛石』。どんな苦難にも押しつぶされず、金剛石のように輝く人を応援する飴ちゃんです。」

 

「綺麗ですね!ケースに入れたら本物の宝石に見えそうです。」

 

「まだ試作品なので味は改良が必要ですが、完成したら真っ先にマミ社長にお届けしますよ。」

 

「大変な状況なのに、既にこんな素晴らしい企画があるとは、驚くばかりです。期待しています。ですが、まずは生活の再建を最優先にしてくださいね。私も長期的な目線でお手伝いさせていただければと思っていますので。」

 

「お気遣いありがとうございます。」

 

「夏美さんのことも支えてあげて下さい。それでは。」

 

マミの背中をいつまでも見送っている獅子堂に背後から不意打ちで話しかける。

 

「獅子堂さん!」

 

「うわっ、蒼澄さん!どうしたの、急に?」

 

「安心院さんに言いつけますね。」

 

「言いつけるって、何をさ。」

 

「身に覚えがあるんじゃないですか?随分ご機嫌なご様子でマミ社長とお話しされてましたね?」

 

「何?俺が美女相手にデレデレしてたって言ってる?」

 

「私はただ、安心院さんがさっきの獅子堂さんを見たらどう思うかなぁって。」

 

「かぁーっ!分かってないなぁ、蒼澄さん。この世で一番大事な礼儀はねぇ、笑顔と、上機嫌なんですよ。こんな暑いなか顔見せに来てくれた出資者にニコニコしない社長が、この世にいるもんですか!」

 

「へぇ。勉強になります。」

 

「それはそれとして、はい、口止め料。」

 

獅子堂がマミに手渡したのと同じ飴をカンナに差し出す。

 

「最初からそうすればいいんですよ、社長。勉強になりましたか?」

 

「とほほ……まさか俺も、こんな若い子に脅されるようになっちまうとは。」

 

美しい飴玉をまじまじと見つめる。本当に宝石のようだ。口に放り込むと、らいおん亭の他の菓子に比べると砂糖の風味が安っぽいが、それでも驚くほど美味しい。

 

「美味しいです。」

 

「そう、それは良かった。完成版はもっと美味しくなるよ。」

 

「苦い飲み物と合いそうですね。あっ、そうだ。今ここに濃い緑茶があれば、獅子堂さんがマミさんとどんな顔でお話してたか忘れちゃうかも……?」

 

「悪女になったなぁ、蒼澄さん。」

 

獅子堂が淹れた冷たく苦い緑茶で口内の甘味を中和する。

 

(昔を思い出すなぁ。)

 

味覚に連鎖して、様々な思い出や感情が呼び起される。

 

蒼澄家は一家揃ってらいおん亭の熱狂的なファンだった。記念日には必ず、記念日でない日も父が頻繁に大人買いするらいおん亭のお菓子を一家揃って食べたものだ。自宅が爆破された日もらいおん亭の羊羹を切り分けていた。良い思い出も悪い思い出も、らいおん亭のお菓子と共にあった。

 

周囲を見渡す。救いたいと願う故郷の人々。みなストレスに摩耗し、希望を失い、ひたすら続く「今」に疲れ切っている。未来に想いを馳せているようには到底見えない。

 

未来。自分もそうだ。惨劇以来、日々の苦境を耐え凌ぐことに精一杯で、自分の将来のことなどこれっぽっちも考えられていなかったことに今更気付く。はるか遠くに故郷救済という目標があり、そこに至るまでの道筋は未知と不確実性の暗闇で満たされている。

 

(私、将来、何すればいいんだろ。)

 

今の自分には暗闇に希望が隠れているとはどうしても思えない。あまりに多くの物を奪われた。まだまだ闘えるが、獅子堂のように未来に展望があるわけではなく、疲労感や停滞感が無いと言えば嘘になる。

 

(大人になったのに早速人生は五里霧中。こんな私が自分よりも困ってる人を助けたりできるのかな。)

 

ふと、獅子堂と目が合う。

 

(獅子堂さんは何でこんなに未来に目を向けられるんだろう。家族も、築いてきたものも、何もかも奪われて、十代の私より中年の獅子堂さんの方がきっと辛いはずなのに。)

 

もちろん、敏腕経営者である彼は自分では到底及ばない経験、先見性の持ち主だろう。苦境を乗り切るアイデアも色々と思いつくのかもしれない。だが、彼が特別なのはそれだけではない気がする。

 

「獅子堂さんはどうしてそんなに前向きでいられるんですか?」

 

「んー?俺、そんな前向きに見える?」

 

「シジョウで一番前向きで明るい人に見えます。」

 

「そりゃぁ、俺はお菓子作りしか能が無い男だからね。再婚するんだし、生活のためにもうじうじしてる余裕が無いだけだよ。」

 

(違う。)

 

今までの彼の姿を思い出す。自らを囮にして翼竜のマガツヒから避難民を庇い、暴徒の銃から身体を張って安心院を庇い、危険な復興作業に没頭し、テント村でお菓子を配り歩く獅子堂。生活の再建だけがモチベーションでそこまでやるのだろうか?

 

「あ、もしかして的外れなこと言ってる?」

 

「いえ、そういうわけでは……。」

 

質問を変えた方が良さそうだ。

 

「獅子堂さんの人生の糧はなんですか?お金とかご飯とかじゃなくて、精神的なものです。」

 

「周りからの信頼だよ。」

 

獅子堂は迷わず答える。

 

(これだ。)

 

当たりを引いたと直感する。

 

「どうしてですか?そう考えるようになった切っ掛けはありますか?」

 

「若いころに色々あったんだ。そういえば、俺が蒼澄さんのお母様と昔知り合いだった話ってしたことあるっけ?」

 

「えっ、そうなんですか?初耳です。興味あります。」

 

「ちょっと人前では話しづらい事だから、明日瓦礫の撤去作業が終わったら俺の家に来てくれる?蒼澄さんの質問の答えに深く関わることだし、順を追って詳しく話すよ。見せたい物もあるんだ。」

 

「はい、お邪魔します。」

 

獅子堂の自宅は南区の郊外にある。黒蝗の襲撃で妻絵里と2人の子供が殺害され、今は獅子堂が1人で暮らしている。お菓子を作る時くらいしか自宅には戻らないらしい。

 

広い台所には大量の食材と調理器具。ここでテント村で配るお菓子を作っているのだろう。

 

「これこれ。蒼澄さん、これ見て。」

 

獅子堂が1枚の写真を見せる。「シジョウ公認非営利法人 次への一歩」という看板が掲げられた小さな社屋の前で、今より大分若い獅子堂が、カンナの母小早川南と一緒に笑顔でガッツポーズをしている。獅子堂は手にシジョウの役所が発行した「飲食店営業許可証」を持っている。

 

「俺は次への一歩の最初の被支援者なんだ。」

 

「次への一歩」は母が立ち上げた団体である。団体の使命は元犯罪者に安定した仕事を斡旋し、社会復帰を支援すること。その被支援者ということは、つまり––

 

「俺はね、人を殺したことがあるんだ。」

 

カンナが質問する前に獅子堂がぽつりとこぼす。

 

「俺はキセンっていう街で鬼蜘蛛組っていう任侠団体に育てられたんだ。」

 

キセンはシジョウから遠く離れたところにある、水運で有名な街である。任侠団体が乱立し、シジョウとはまた別のガラの悪さがある街だ。

 

獅子堂は6歳で両親を病で亡くした。両親は生前懐石料理屋を経営しており、鬼蜘蛛組の組長は常連で、両親を喪った獅子堂を心配して庇護者となったらしい。

 

「15歳になると鬼蜘蛛組のシノギの飯屋で働くようになったんだけど、俺は子供の頃から料理が得意でね。結構大きな店だったけど、18歳の時にはもう料理長になってたよ。」

 

昔を懐かしむような、それでいて何かを悔やむような口調で獅子堂が続ける。

 

「絵里はもともとお店の常連だった。当時絵里はヤク中の危ない元彼に付きまとわれてたんで、俺の家に匿ってたんだ。だけど、知らないうちに元彼に居場所がバレてたみたいで、ある日俺がいない隙に自宅を襲撃されたんだよ。」

 

その日、獅子堂がたまたま自宅に忘れ物を取りに戻ると、部屋に全裸で立ち尽くす絵里の元彼がいた。足元には全裸の絵里。全身痣だらけで、口から血を吐いて気を失っていた。

 

「俺、頭に血が昇っちゃってね。元彼を殴り殺しちゃったんだ。」

 

キセンの住民は獅子堂を支持した。元彼は素行の悪さで悪名高く、対する獅子堂は働き者の好青年。獅子堂が鬼のアヤカシであることを差し引いても情状酌量が認められ、過剰防衛として裁かれた。

 

だが、ただ1人だけ獅子堂の殺意を見抜いた男がいた。獅子堂を養育した鬼蜘蛛組の組長、その人である。

 

「鬼蜘蛛組はガラは悪いけど、シジョウの犯罪組織みたいに何でもありではないからね。どんなに怒っても、人を殺すのはそりゃ駄目さ。」

 

獅子堂は責任をとるため自ら除籍を申し出た。

 

組長は激怒しつつ同情もしており、獅子堂にシジョウで飲食店を営む堅気の知り合いを紹介した。獅子堂は絵里と共にシジョウへ移住し、そこで働き始めた。

 

「シジョウで働き始めてちょうど1年経った時、黄山会の連中が職場に放火したんだ。店は全焼、雇い主は焼死、俺は失職。人殺しだから再就職先が無くて困り果ててたんだけど、そんな時に小早川さんに声をかけてもらって、小早川さんのレストランで料理人をすることになったんだ。」

 

母は獅子堂の料理の異才にほれ込み、次への一歩を通じた独立の支援を提案した。

 

「俺みたいな余所者の人殺しを助けたせいで、小早川さんは周りから死ぬほど叩かれてたよ。クソみたいな輩が店に押しかけて騒ぎを起こすんだ。でも、正直気持ちはわからないでもなかった。誰だって身近に人殺しなんていてほしいわけないからね。」

 

母は輩の嫌がらせに一切屈せず、開業に必要な資金、テナント、役所の許可をかき集め、2年ほどでらいおん亭の創立にこぎつけた。獅子堂が見せた写真は創立時に撮られたものらしい。

 

獅子堂がもう1枚写真を取り出す。結婚式会場で獅子堂が妻と抱き合っている。その隣では礼服を着た母が涙を流して微笑んでいる。

 

「らいおん亭が軌道に乗るまで3年近くかかったけど、お陰様で絵里とも結婚できた。小早川さんに大きくなったらいおん亭を見てほしかったけど、残念ながらこの写真を撮った4年後に病気で亡くなられてね。こればかりはどうしようもないからねぇ……。」

 

獅子堂がカンナと目を合わせ、にこりと微笑む。

 

「これが俺の糧。人殺しのクズを信じて真っ当な道を歩ませてくれた人たちに、俺は人生を賭けて応えるつもりでいる。お菓子作りの腕だけじゃなく、あらゆる面で『獅子堂紘一を支えて良かった』と思われるような人になりたいんだ。だから俺は店を失っても、家族を殺されても絶対に潰れない。こういう時だからこそ、周りの助けになれる男でありたいからね。これで蒼澄さんの質問に答えになってるかな?」

 

▽▼▽▼

 

夜、カンナは獅子堂の家を後にしテント村に戻っていた。

 

(獅子堂さんの話を聞けてよかった。)

 

苦境にあってなお己の道を見失わない彼の強さに触れ、自分の未来に光が差し込んでくる心地がした。ここ数年で多くのものを奪われたが、自分はまだ生きている。ならば、獅子堂のように自分の道をまた進めば良かったのだ。自分の道、つまり––

 

(正義の味方になる。)

 

なぜ幼少の頃から見続けてきた夢を見失っていたのか。不本意だが、この2年間は精神的に追いつめられ、目の前の戦いに追われ、視野狭窄に陥っていたことを認めざるを得ない。だが、もう見失いはしない。夢を取り戻してみれば、指針が既に自分の中にあることに気付く。

 

(式神って正義の味方にかなり近い仕事じゃないかな?)

 

あまり考えたことがなかった進路だが、向いているはずだ。これまで本職の式神たちと肩を並べ、マガツヒや犯罪者どもと戦い続けてきた。式神たちもみな自分の戦いぶりを「素人とは思えない」と評したではないか。

 

「式神になる。」

 

言葉にすると、もはやそれは必然にすら感じられる。惨劇後の闘争にまみれた暗い日々すら、この答えに至る布石だったとすら思える。

 

己の身を盾として脅威から人々を守る式神の姿に正義を見いだせないなら何に見出すというのか?穴、黒蝗、笑い女といったシジョウの絶望の根源と戦える場は恐らく陰陽寮だけだろう。災いを根から断つ父や祖父のような仕事をしたければ、式神以上の適職があるとは到底思えない。

 

「式神になる。これだ、これでいいんだ。」

 

苦難の日々に、ようやく道を見出した。これまでの半生と強固な地続きにすら思えるほど、あまりに単純にまっすぐ伸びた道。こんな簡単な答えに気付くのに随分と時間がかかってしまったが、この道がどこへ続いているのか、走り抜いて確かめたい。今まで感じていた停滞は既に遠い過去となり、小さくなって見えなくなっていた。

 

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