あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

44 / 67
第四十三話:旅立ちの誓い

東区、中央区との境に近い某所。ヤツカは詰め所で遅い昼食をとろうとしていた。

 

「あっ、だ、誰か!」

 

中央区の方から20人ほど走ってくる。誰もかれも、尋常な様子ではない。区境の結界をまたぐと疲労困憊してその場に倒れる。

 

「何かありましたか?」

 

一番体力が残っていそうな若い男に声をかける。

 

「猿、猿。」

 

「はい?」

 

「出たんです。陰陽寮の人たちが瑠璃猿とか呼んでるマガツヒ。」

 

「えっ!?お疲れのところ失礼、すぐに来てください。」

 

男を強引に詰め所へ連れ込む。詰め所では2人の若い女性が昼食をとっている。一人は1ヵ月ほど前に南区から配置転換でやってきた送り狼のアヤカシ、リク。もう一人は3ヵ月ほど前にナクサから派遣されてきた猫のアヤカシ、キナコ。ここ最近、市民の警護をよく共にする仲だ。

 

「リクさん、キナコさん、瑠璃猿のマガツヒが出現したようです。」

 

「なっ!?」

 

卓から食事と飲み物がどけられ、中央区の地図が広げられる。

 

「すみません、何が起きたのか説明をお願いします。」

 

「57番の作業現場で作業していたら、警護の式神の方が急に『瑠璃猿のマガツヒが出たから東区に逃げろ』って。必死で逃げたんですけど、7丁目の1番地あたりで追いつかれて、式神と自警団の方が時間を稼ぐために場に残って下さって。」

 

「状況は分かりました。護衛の名前はわかりますか?」

 

「陰陽寮の小久保さん、薮原さん、伊良部さん、あと自警団の若い女性の蒼澄さんって方です。」

 

「蒼澄さんというのは、蒼澄カンナさん?」

 

「そうです。」

 

「逃げ遅れた市民はいますか?」

 

「いないです。」

 

「協力に感謝します。リクさん、キナコさん。」

 

「救助ですよね?私も必要なら出ます。」

 

「ウチも!でも、まずは報告して指示を仰がんとな。瑠璃猿のマガツヒは確か千里さんに直接報告案件やで。」

 

「私が報告します。リクさんとキナコさんは出撃の準備と、逃げてきた市民を医療班に引き渡して検査受けさせてください。」

 

2人が去っていくのを見送りながら棚から通信用の符を取り出し、霊力を流す。

 

「千里さん、こちら東区第1拠点、ナクサ本部のヤツカです。」

 

「どうにかしましたか、ヤツカさん?」

 

符から千里の低く野太い声が応答する。

 

「瑠璃猿のマガツヒが出現しました。場所は作業現場57付近。第9護衛班の小久保さんが時間を稼ぎましたが、中央区7丁目1番地で追いつかれ、残りの護衛と自警団員の蒼澄さんという方が時間稼ぎのために残りました。作業員は全員無事ですが護衛が1人も戻っていません。ここから現場まですぐです。第11護衛班全員で向かいますが、よろしいですか?」

 

「アカン。却下です。」

 

「……なぜです?」

 

抑えたつもりだが、声に怒りがこもるのが自分でもわかる。

 

「えっとね。確か第11護衛班は、3名。あなたは夜刀神のアヤカシ、リクさんは送り狼のアヤカシ、キナコさんは猫のアヤカシ。ここまでは間違いない?」

 

「仰る通りです。」

 

「その3人で行ってどないするん?瑠璃猿のマガツヒに勝てるん?護衛を救出できるん?作戦でどうにかなる戦力差ちゃうで。間違いなく秒であの世逝きや。」

 

「……」

 

「俺が間違ってたら指摘してな。勝ち目があるなら前言撤回して出撃許可するで。」

 

「千里さんの仰る通りです。冷静さを欠いていました、失礼しました。」

 

「はい、次から気をつけましょうね。今な、俺も中央区におるねん。狐火見付けてそっち向かわすから、狐火と一緒に護衛を連れ戻すだけなら許可します。優先順位は護衛班全員の生還が最優先、次点が護衛のお迎え。この優先順位を必ず守って、瑠璃猿のマガツヒは狐火に任せること。これが絶対条件。何か質問は?」

 

「ありません。指示通りにします。」

 

「はい、気を付けてね。何かあったらまた連絡して。ほな。」

 

通信用の符が沈静化する。

 

狐火が来ると早速現場へ向かう。

 

(いる!)

 

区境の結界をまたいで中央区に入った途端、強大なマガツヒの気配を感じる。

 

「大物ですね。」

 

リクとキナコも同じ気配を察知したらしく、表情が強張っている。

 

「ウチ、こんな化け物と戦ったこと無いわ。」

 

「私はもうマガツヒの叫び声が聞こえます。嫌な声です。」

 

(声?妙だな。瑠璃猿のマガツヒは獲物を仕留めるとすぐに姿を消すはず。まさか、まだ戦っているのか?長期戦に持ち込むことに成功したのか?)

 

もしそうなら戦闘になる恐れがある。

 

(読めない。)

 

狐火がいれば問題無しというのは、はっきり言って楽観論である。瑠璃猿のマガツヒは出現頻度が極端に低く、しかも襲撃を生き延びた者が少なすぎて情報不足であり、性質が十分に解明されているとは言い難い。応戦してくる可能性も、狐火が敗北する可能性もある。狐火が敗れれば、千里がいう通り自分たちもあの世逝きだろう。

 

距離が近づくにつれ、ヤツカの耳にも瑠璃猿のマガツヒの叫び声が聞こえてくる。

 

(怖い。)

 

あっという間に現場にたどり着く。そこには予想し得ない光景が広がっている。

 

首と胴を切断された2人、首だけの1人、そして首も胴もある1人。瑠璃猿のマガツヒの襲撃現場に首無し死体が転がっているのは当たり前だが、異常なのは4人から少し離れたところで瑠璃猿のマガツヒが黒い炎に巻かれてのたうち回っていることだ。

 

「ギュロロロロ!!」

 

瑠璃猿のマガツヒは必死で地面を転げ回り炎を消そうとするが、炎は全く衰えない。黒い炎は瑠璃猿のマガツヒの全身、大矛、そして体内を満たす液体にも引火している。

 

「炎に見えますが炎では無いですね。熱を全く感じない。」

 

「謎の霊術としか言いようがないですね。」

 

「まあ、好都合やけどな。もがくのに必死でこっち気付いとらんやろ。」

 

「瑠璃猿のマガツヒは狐火に任せて護衛を回収しましょう。」

 

担架を持って遺体へ駆け寄ると、予想通り首無し死体は小久保、薮原、伊良部、首があるのは蒼澄カンである。

 

「ヤ、ヤツカさん!この女性、生きてます!」

 

リクが驚愕する。確かに、カンナの胸元に少し耳を近づけると「どぐん、どぐん」と大きな鼓動音が聞こえる。肩に深い裂傷があるが、既に血は止まっている。

 

「何ちゅう生命力や……!」

 

「すぐに連れ帰って医療班に見せましょう!」

 

カンナを担架に載せている内に、のたうち回っていた瑠璃猿のマガツヒが遂に動きを止める。

 

「ギュッ……!!ロロオオォォ……」

 

黒い霧となり消えていく。多数の市民と式神を死に追いやった最悪のマガツヒが、今まさに目の前で滅びたのだ。

 

▼▽▼▽

 

シジョウ北区。真っ黒な口を開けた穴の前に北見慎が立っている。

 

「北見先生!」

 

「……」

 

「ご無事だったんですね。」

 

「……」

 

北見慎は無表情でこちらを見つめるばかりで何も話さない。

 

「北見先生?」

 

その時、穴から何の前触れもなく大量の黒い昆虫型のマガツヒが現れる。周囲がブンブンという耳障りな羽音に包まれ、あっという間もなく北見慎がマガツヒに集られ、黒に染まる。

 

「……」

 

北見慎は倒れない。彼を真っ黒に覆うマガツヒの隙間から白い光が零れたかと思うと––

 

「はあっ!」

 

北見慎が正拳を放つと同時に、見えない何かが周囲の昆虫型のマガツヒを粉々に消し飛ばす。

 

「北見先生!」

 

北見慎の元へ坂を駆け上がる。彼は修羅の如き形相でこちらを見返す。

 

「私を侮るな。」

 

「え?何が––」

 

「死ねっ!」

 

顔面目掛けて正拳が飛んできて––

 

▼▽▼▽

 

「うーん……。」

 

カンナは東区の病院の一室で目を覚ました。

 

「蒼澄さん、覚醒しました!」

 

「先生呼んできて、早く!」

 

看護師たちがあわただしく動き出す。

 

(ここ、病院?)

 

白いシーツ、穏やかな木漏れ日、カグライト駆動扇風機の涼しい風。良い気分だが、空腹で喉が渇いている。

 

(生きてる。)

 

あれから2日間眠り続けていたようだ。

 

医者によると、意識不明で倒れているところを陰陽寮に救助されたらしい。

 

(例の赤い光の2発目を浴びたのが最後の記憶。嘘でしょ、あそこからどう生き延びたんだろう。狐火はいなかったはずなのに。それに、作業員は無事なの?)

 

詳しい状況を知りたいが、しばらく入院することになった。

 

入院中、ありとあらゆる検査を受ける。全ての検査結果が重篤な多臓器不全から既に回復しつつあることを示し、異常な回復の早さに医者たちはかえって頭を抱えている。

 

(前に瑠璃猿のマガツヒに負けた時に担ぎ込まれた病院でもこんな感じだったな。)

 

入院中、帰郷中に出会った陰陽寮のヤツカがお見舞いと情報共有に現れた。任務で疲れているのか、前に会った時より明らかに痩せている。

 

「蒼澄さん、お久しぶりです。体調はどうですか?」

 

「問題ありません。私を助けて下さったのはヤツカさんですよね?本当にありがとうございます。」

 

「礼を言われるほどのことではありません。正確には私の他に同僚のリク、キナコの2人もいましたが、我々は蒼澄さんを回収しただけでほとんど何もしていませんので。」

 

ヤツカが救助当時の状況を説明する。黒い火に巻かれて滅びた瑠璃猿のマガツヒ。強力な呪いをかけられていながら、既に心臓の鼓動が戻っていたカンナ。

 

「作業員たちは全員無事です。」

 

「それを聞けて安心しました。」

 

「瑠璃猿を倒した黒い炎のようなもの、あれは蒼澄さんの術でしょう?」

 

「黒い炎ですか、それなら私がやったと思います。ただ、あの術は自由に使いこなせるわけではないので、倒した記憶は無いです。」

 

「あなたは英雄です、蒼澄さん。あのマガツヒは市民を104人、式神を51人殺しています。陰陽寮も散々煮え湯を飲まされましたが、まさか民間人のあなたが倒してしまうとは。私に陰陽寮の代表者面をする資格はありませんが、誰もが感謝していると思います。まずはお礼を言わせてください。」

 

「お役に立てて何よりですが、自分でも倒した瞬間を覚えていないので複雑ですね。」

 

「ふふっ、状況的に蒼澄さんの手柄なのは確かなので、誇っていいと思いますよ。それと、私個人としてもお礼を言わせてください。」

 

ヤツカがにこりと笑い、懐から写真を取り出す。

 

「小久保仁、薮原大悟、伊良部祥子。3人とも同じ部署に所属する大切な仕事仲間でした。」

 

飲食店の個室で撮影されたと思われる写真。顔を真っ赤にしたヤツカと伊良部が杯を片手に肩を組んで破顔している。2人の後ろで、素面の小久保と薮原が苦笑いを浮かべている。卓上には大量の空の徳利が転がっている。

 

「祥子さんは同期。薮原さんは直属の上司。小久保さんは薮原さんの上司で、私が今の職種に就く切っ掛けをくれた人です。祥子さんはこの作戦に参加する1ヵ月前に結婚していて、私が友人代表としてスピーチをしたんです……。」

 

ヤツカの唇がわなわなと震え、目から大粒の涙が零れ始める。

 

「仲間の敵を討ってくれてありがとう。」

 

本格的に泣き始めたヤツカを優しく抱き寄せる。

 

「私が勝てたのは3人のおかげです。1人なら犬死でした。私が英雄なら3人も英雄ですよ、ヤツカさん。」

 

「ありがとう……。」

 

ヤツカが顔をあげる。いかにも気が強そうな彼女のしおらしい表情に胸がきゅんとしてしまう。

 

(可愛い……私が慰めてあげないと!)

 

片手で彼女の背を撫でながら、もう片方の手でコップの水を飲んで唇を潤し、飴玉を口に放り込む。

 

(面会前に歯を磨いて正解だったな。励ましのキスの準備、OK!!)

 

甘くなった舌で唇を舐めながら待つが、ヤツカはすぐに泣き止み元気になる。

 

「取り乱してしまい申し訳ない。思わず感極まりました。もう大丈夫です。」

 

(ちっ。私に泣きつけばいいのに。)

 

「このお礼は必ずしますので。」

 

(お礼。)

 

ふと妙案を思いつく。

 

「ヤツカさん、早速お礼をしていただきたいのですが、良いですか?」

 

「もちろんです。私にできることなら何でもしますので、言って下さい。」

 

「実は、仕事を探してるんです。就職活動の相談に乗ってほしくて。」

 

「私に就活の相談ですか。というと、まさか––」

 

「お察しの通りです。実は、復興がひと段落したら式神になりたいなと考えていまして––」

 

▼▽▼▽

 

シジョウの惨劇から2年3ヵ月が過ぎた。

 

冬、中央区のとある茶屋。カンナは緑茶を啜りながら新聞を読んでいる。

 

『臨時議会 第一次復興計画の終了を宣言 都市機能の回復進むも課題は山積

 

シジョウ臨時議会は第一次シジョウ復興計画の完遂を宣言した。第一次シジョウ復興計画は中央区の都市機能の回復を主要な目標とし、インフラや建物の再建が行われ、警察と行政も再編成が完了し、マガツヒも大半が掃討されるなど、大きな成果をあげている。

 

とはいえ、シジョウの真の復興には課題が山積みである。中央区の人口は惨劇前の50%ほどに減少し、かつての賑わいを取り戻したとは到底言い難い。北区には黒蝗と笑い女が潜伏していると考えられる穴が未だに残存している。陰陽寮最高顧問葛の葉氏は『突入作戦の立案には長期的な調査が必要』との見解を発表しており、解決の目途はたっていない。現在、北区は完全に封鎖されており、関係者以外は立ち入り禁止となっている。住居、職場、稼ぎ手を失った住民への公的補助、福祉も十分とは言い難く、数多くの問題が顕在化している。

 

第二次シジョウ復興計画の概要は〇月×日に公表予定。次計画では被災者への公的補助と失業対策が焦点になるとの見方が大きく––』

 

「蒼澄さん!」

 

呼ばれて顔をあげると、ヤツカがこちらへ駆けてくる。

 

「待たせてしまい申し訳ありません。」

 

「いえ、気にしないで下さい。実は新聞を読むために早めに来ていましたので。」

 

今年の冬は例年より寒い。ヤツカはファーフード付きのモスグリーンの厚手のコート、ベージュ色のネックウォーマー、灰色の手袋、ブラウンのロングブーツでガチガチに防寒しているが、野暮ったくなくてお洒落だ。

 

「ナクサへ行かれるんですね。」

 

「はい。シジョウでやれることは一旦やり尽くしたと思っています。この続きは式神になってからです。」

 

今日、カンナはナクサへの旅路に就く。式神となり、異界に逃げた故郷の仇敵を討つまでは帰らない。ヤツカは貴重なオフにも関わらず見送りに来てくれたのだ。

 

「少しですが、蒼澄さんに餞別の品があります。必要なだけ持って行って下さい。」

 

「ありがとうございます。おっ、豪華な餞別ですね!」

 

防水機能付きの寝袋、携帯トイレ、味も栄養バランスも抜群の保存食。どれもシジョウ南区に本店がある有名アウトドア用品メーカー「POKO」の本格品だ。

 

シジョウからナクサまで約500km。道も険しく、カンナの体力でも最短2週間はかかる。

 

陰陽寮は大陸各地に支部を有するが、その中でも遠くナクサで式神になることを目指すのはヤツカの勧めによるものである。病院でヤツカに式神就活の相談をした時にこんなやりとりがあった。

 

▼▽▼▽

 

「蒼澄さんが式神を目指すのは、やはりご自身の手で笑い女と黒蝗を倒したいからですよね?」

 

「そうですね。あと私ももう成人なので、早くちゃんとした仕事に就きたいなと。」

 

「ふむ。それなら断然ナクサがお勧めです。」

 

「ナクサですか。随分遠いですね。理由を教えて下さい。」

 

「はい。陰陽寮は実力主義なので、異界突入の任務に抜擢されるには実績を積んで周囲に実力を知らしめることが重要です。ナクサのような大型支部に所属していると、今回のシジョウのような遠方の大規模任務に動員される機会も多いので、幅広い経験を積めます。」

 

「なるほど。」

 

「式神になるには、現職の陰陽師と直談判して契約するか、あるいは陰陽寮の講術所で式神養成課程を修了する必要があります。今シジョウ近郊の支部に行っても、大半の陰陽師はシジョウの任務で出張中なので、陰陽師となかなか会えないはずです。それにシジョウ近郊の支部はどこも講術所を併設していないので、良い陰陽師とすぐ出会えなかった場合に厄介です。」

 

「シジョウの近くなら良いってわけではないんですね。」

 

「そうです。ナクサは陰陽師の数も多いですし、陰陽寮で一番大きい講術所があります。それと、陰陽寮の幹部は全員ナクサに在籍しています。幹部の意向はシジョウの作戦の人選にも影響しますから、幹部と接する機会がある本部は政治的に有利です。私も、懇意にしている幹部の推薦でこの任務に配属されていますしね。」

 

「なるほど。確かにナクサが良さそうですね。」

 

▼▽▼▽

 

「ナクサで式神になればヤツカさんと仕事をする機会もありますか?」

 

「恐らくは。私は教官なので他の式神とは仕事内容が違いますが、教官も現場実習で任務に参加することがあるので、ご一緒する機会はあると思います。」

 

「『式神になって私の部下になれ。お前専用の可愛がりコースを用意してやる。』でしたっけ?期待してますよ、上官殿!」

 

得意の声真似を披露してやると、ヤツカが爆笑する。

 

「あははっ、似過ぎ、似過ぎ!だいたい、何で覚えてるんですか!あれは勢いで言っただけですから!瑠璃猿のマガツヒを仕留めた英雄に私が教える事なんてありませんよ。」

 

団子と茶を楽しみながらヤツカとしばらく雑談するが、別れの時間がやってくる。

 

「シジョウでの蒼澄さんの戦い振りは本職顔負けです。きっと大勢の陰陽師が蒼澄さんを式神にしたいと思うはずです。期待していますよ。」

 

別れ際、ヤツカにハグされたので、抱きしめ返す。ついでにネックウォーマーを下ろしてキスする。

 

(何年ぶりのキスだろ。)

 

ナクサへ行くには、まずカイチという東の隣街まで乗合馬車で移動し、後は基本的に歩く。普通カイチからナクサへは何本も長距離馬車を乗り継いで行くが、馬車代が出せない。

 

東区の乗合馬車の券売所で思いがけない人物と再会する。

 

「久しぶり、蒼澄さん。」

 

去年の春、入水自殺を食い止めたあの女の子だ。彼女はその後仮設住宅へ移住し、行方がわからなくなっていた。

 

「その後どうだった?」

 

「あの後役所に就職したんだ。この券売所が職場。今は社宅で一人暮らししてる。」

 

「そうなんだ。」

 

彼女は昔カンナを攻撃したことを気にしているらしく、かなり気まずそうな顔を浮かべている。

 

「……暴力を振るって申し訳ありませんでした。助けてもらったのに最低なことをしてしまったと反省しています。訴えられたら慰謝料を払わせていただきますので––」

 

「あのことは水に流そう。少しでも立ち直れたのなら私はそれでいいから。」

 

「ありがとう。私ね、あれからずっと蒼澄さんのことを考えてたの。蒼澄さんってご両親を亡くされてるでしょ?私と同世代で、家族もいなくて一人ぼっちのはずなのに、ずっと戦っててすごいなって。」

 

「そうなんだ。」

 

「私も、蒼澄さんみたいに死んだ家族の分まで頑張ろうって、そう思えたんだ。蒼澄さんは私の命以外にも、色んなものを救ってくれたんだよ。今は生きてて良かったって心の底から思ってる。本当にありがとう。」

 

自分の行いが彼女に希望を与えたと知り、誇りが胸を満たす。

 

「そういえば、蒼澄さんはカイチに行くの?何で?」

 

「私、式神になるの。穴の向こうに逃げたマガツヒを倒して、必ずシジョウを元通りにするから。」

 

「蒼澄さんが式神?それってすごい。」

 

「目的地はナクサの陰陽寮本部なんだ。時間はかかると思うけど、絶対にやり遂げて帰ってくるから。それまで待っててくれる?」

 

「待ってる。」

 

「名前教えて。友達になろう。」

 

「私、進藤ミホっていうの。ミホって呼んで。」

 

「じゃあ、私のことはカンナって呼んで。」

 

「うん。ねぇ、カンナ。お客さん全然いないし、お別れの前に……ねっ?」

 

ミホが自分の人差し指の腹に「ちゅっ」とキスし、含みのある微笑を浮かべる。

 

「こっち来て。」

 

無人の待合室にミホを連れ込み、長椅子に座り、ミホを対面座位の姿勢で膝に座らせる。ミホが期待に満ちた目でこちらを見つめる。

 

(可愛い。テント村にいた時とは違う人みたい。)

 

いつ帰って来られるかは自分でも分からない。一日でも長く彼女の記憶に残るよう、強く抱きしめ、深く唇を重ねる。

 

(強き者は家族を守れ。より強き者は故郷を守れ。最も強き者は人類の未来を守れ。)

 

強くなる。かつての誓いは色あせていない。今でも当時の音量そのままに心中で反響し続けている。

 

カイチ行の馬車が来るまで他の客は来なかった。

 

「行ってくる。」

 

すすり泣きながら見送るミホの姿が見えなくなるまで手を振り続ける。

 

(今日を旅立ちの日にしたのはたまたまだけど、完全に当たりだな。ミホに会えて本当に良かった。)

 

シジョウにはかつてのミホのように火が消えかけている人がまだたくさんいるに違いない。ならば、自分が親火となりまた火を灯そう。

 

(穴の謎を解いて、笑い女と黒蝗をこの手で倒す。シジョウには未来があるって、私が証明するんだ。)

 

長く険しい、しかし確かな道が足元に伸びている気がした。

 

▼▽▼▽

 

カンナが去った後もヤツカは店に残っていた。店の味と雰囲気を気に入り、ここで早めの昼食を済ませることにしたのだ。

 

玄米、麩とわかめのお吸い物、焼いた白身魚、高原野菜のお浸し、冷ややっこ、トマトとアボカドのサラダ。〆には濃い緑茶と、高級菓子屋らいおん亭の青い飴玉。

 

(おいしいな、このお店。)

 

宝石のように美しい飴玉で口内が甘くなると、別れ際のカンナのキスを思い出す。1つ、どうしても解せないことがある。

 

(蒼澄さんのあのキスは一体何だったのだろう……?)

 

ヤツカは知らなかった。シジョウでは親愛や激励の気持ちの証として、女性同士でキスするのが一般的であることを。カンナも知らなかった。それはシジョウ特有の風習で、ヤツカのように他所から来た者にはかなりの衝撃を与えることを……。

 




過去編はこれにて終了です。評価と感想をお待ちしています。アカウントが無くても評価と感想は投稿可能です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。