あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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多忙で間を空けてしまいましたが必ず完結させます!


4章:解放者
第四十四話:新しい日常


カンナが式神になってから約3ヵ月経った。

 

この3ヶ月、アヤノの要求に喰らい付くことに全てを費やしてきた。同僚が「根を詰めすぎでは」と心配するほど熱心に働き、できる仕事の幅と難易度を広げ続けた。

 

要領は良い方のつもりだが、それでもアヤノの期待に応えるのは簡単ではない。仕事終わりには脳はくたくたで休日も脳が休まらない日々が続いた。

 

だが、苦労の甲斐はある。ある日、長期の遠征任務から久々に帰還した西賀亮がアヤノと話しているのを立ち聞きした。

 

「ここ最近カンナのことはアヤノに任せきりだけど、仕事ぶりはどう?」

 

「凄いの一言です。これ、今カンナさんに任せてる仕事の一覧なんですけど、見てもらえますか?」

 

「どれどれ……。おっ、うぉっ!?もうこんな難しい仕事任せてるの?」

 

「そうです。しかも私は助言くらいしかしてなくて、ほとんどカンナさんが自走してくれてます。」

 

「すごいなぁ、もう2、3年目レベルの仕事ぶりだね。今後、遠征任務や他の陰陽師との合同任務に加えても大丈夫かな?」

 

「私が保証します、絶対に役に立ちます。」

 

(わっ!?私の評価、高い!)

 

喜びのあまり、職場であることを忘れて叫びそうになった。

 

(アヤノさんから認められれば、少なくとも班内での立ち位置は安泰だな。)

 

陰陽師と式神は出張が多く、互いの仕事ぶりを直接目にする機会は限られている。そのため、互いの実力は基本的に任務の報告書や周囲の評判を通じて把握する。西賀亮班において「アヤノに認められている」との評判は最強のお墨付きである。

 

班内での地位は重要だが、シジョウ奪還作戦に参加するには他にもやるべきことは山ほどある。

 

まず、身も蓋もない話だが、今の自分では黒蝗や笑い女と戦えば百戦百敗は必至である。

 

(今の私には空を飛ぶ笑い女や黒蝗には絶対に勝てない。飛ぶ敵を倒せる技を身につけないと!)

 

重大な問題だが、幸い解決策の目途はついている。

 

(多分、私が知らないだけで破難拳にはそういう技があるはず。法眼先生に教わろう。技を身につければこの件は解決だな。)

 

そして、シジョウ奪還作戦に参加するための最も重要なピースは、作戦の人選を担う者たちの意向である。

 

「シジョウ奪還作戦に参加するにはどうすればいいと思いますか?」

 

早朝の鍛錬後、朝食の席でアヤノに聞いたことがある。

 

「最高指揮官の千里さんという陰陽師に選ばれることです。」

 

「千里さん。」

 

シジョウの惨劇の時に見かけた野獣の如き巨躯の陰陽師の姿を想起する。

 

「千里さんは普段どちらにいらっしゃるんですか?」

 

「第八管轄区のどこかですね。ナクサのずっと西の方の、シジョウとかラクドウが含まれる管轄区です。千里さんはあそこの管轄区長なので。」

 

「遠いですね。お会いするのは難しいかな?」

 

「千里さんと対面する機会は少ないと思いますが、でも私たちにもチャンスはありますよ。カンナさんは本部所属の和道さんという陰陽師を知っていますか?」

 

「幹部の和道(わどう)陽大(ようだい)さんのことですよね?面識はありませんが、もちろん知っていますよ。」

 

「和道さんは千里さんの元上司で、シジョウ奪還作戦の副指揮官です。千里さんとの人間関係も良くて、千里さんはかなり我が強い方なんですけど、和道さんの意見には素直に従うそうです。千里さんは和道さんを通じて作戦の人員を自分の管轄区以外からも集めているそうですから––」

 

「––和道さんに認められれば、いずれお声がかかる?」

 

「そういうことです。というわけで、カンナさんが今やるべきことは、もっと仕事ができるようになって自分と西賀亮班を和道さんに売り込むことです。」

 

「はい!もっとこき使ってください!」

 

容易い道のりではなさそうだが、少なくともどこに進めば良いかは明確である。

 

(これが充実した日々ってやつかな。)

 

故郷で停滞に倦んでいたころとは正に雲泥の差である。しかも、今のカンナには家で帰りを待つ者がいる。

 

「ただいま。」

 

「遅いよ、カンナ!」

 

布団の中からリンの非難の声と鋭い視線が飛んでくる。

 

「ごめん、ごめん。」

 

今やリンとはお互いの家に頻繁に外泊し合う仲である。リンが住んでいる陰陽寮の社宅よりカンナの家の方が広いので、一緒に過ごすのはカンナの家が多い。

 

今日もまたリンと同じ卓で夕食を摂り、身を寄せ合って一緒に風呂に入る。そして一日の締めに一緒の布団で抱きしめ合い、眠りに落ちるまで他愛のない話をする。

 

「今日は遅くまで何してたの?」

 

「情報部から取り寄せた資料読んでた。機密資料だから資料室内で読み切らないといけなくて、帰りが遅くなったんだ。」

 

「言い訳!カンナは私を待たせても平気なの?」

 

「ごめんね。」

 

「態度で示さないとだーめっ!」

 

甘ったれた表情で擦り寄ってくるリンを抱きしめ、髪を、背を、顎の下を撫で回す。

 

「ふわぁ~……気持ち良い……」

 

「これで許してくれる?」

 

「駄目……もっとしてくれないと許さない……」

 

「はいはい。」

 

「……資料って何読んでたの?」

 

「研究部のシジョウ奪還作戦に関する報告資料。」

 

「ふーん。それって何が書いてるの?」

 

「『異界に突入する方法を調べ続けてきたけど、まだわからないからもっとお金と時間を下さい!』って書いてあった。」

 

「つまらなそう。」

 

「現状を知るのは大事だよ。」

 

「私と一緒にいるより大事?」

 

「ううん。リンと一緒にいることの方が大事。」

 

「ふんっ!やっと分かった?今日のところは許してあげる。」

 

リンが勝ち誇った生意気な笑みを浮かべる。

 

(あ”-っ、可愛い。)

 

リンはちゃんと甘やかさないとすぐ怒り、子供のようなわがままを言い出す。しかし甘やかすとすぐ上機嫌になり、根には持たない。マイペースだが、意外と場の空気や相手の感情の機微には敏感である。べたべた甘えてくるのも、本人の甘えん坊気質のせいもあるが、恐らく自分の庇護欲の強さに合わせて付き合ってくれている面もあるのだろうとカンナは分析していた。

 

「んなーっ……」

 

リンが蕩けた笑みを浮かべながら意味をなさない言葉を発する。眠気が限界に近いサインだ。

 

「そろそろ寝よっか。」

 

「お休みぃ……カンナ、ほらっ、寝る前の……」

 

「ちゅっ。」

 

リンとキスをして一日が終わる。

 

(完璧な一日だな。)

 

リンを愛でていると、乾いた何かに潤いがもたらされるような、麻痺していた何かが感覚を取り戻すような、停止していた何かが再始動するような、何とも言えない心地がする。

 

「すぅ……すぅ……。」

 

早くも寝息を立て始めるリン。彼女の匂い、息遣い、肌が触れ合う感触、心臓の鼓動。好きなだけ親愛の情を注いでも良い他者の存在を全身で感じる。

 

(幸せ。)

 

もう何年もご無沙汰だった、願い求めることすら忘れていた至福のひと時。それが今ここにある。

 

それなのに––

 

(あっ……今日も来るな。)

 

不穏な予兆。

 

その直後には喪失感が、孤独感が、焦燥感が、ずっとそこにあったかのように胸を満たしている。そして脳がフル回転し始め、最悪な記憶を次々に再生する。

 

爆音。

 

破損した家。

 

無惨な家族の遺体。

 

破壊された故郷の街並み。

 

がれきから掘り出した住民の腐乱した遺体。

 

憔悴と絶望に満ちた生存者たちの表情。

 

シジョウ富士の麓にぽっかりと空いた黒い穴――

 

「ううっ……。」

 

嗚咽をかみ殺すが、涙がボロボロと零れて止まらない。

 

(何で今更こんなに辛いの?)

 

リンと過ごすようになってしばらくしてから、夜、たまにこうなる。幸せなのに苦しい。新たな幸せを手に入れたはずなのに、喪失の記憶に囚われる。

 

(おかしい。何が起きてるんだろ。)

 

常在戦場が求められたシジョウの惨劇下で、どんな精神状況でも戦いに集中する術が身に着いたはず。それがなぜか今、苦悩に襲われ、何もできずにいる。自分に何が起きているのか、これほど分からないのは初めての経験かもしれない。

 

(リンにはバレてないかな?まぁ、別にバレても良いんだけど……。相談してみる?でも『理由は分からないけど苦しいの』なんて言われても、リンも困るだろうしなぁ……。)

 

目標に向けて邁進し、リンとの至福のひと時を過ごす。夜は感情の荒波に為すすべもなく打たれ、眠ればお馴染みの悪夢を見る。これがカンナの新しい日常だった。

 

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