あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第四十五話:残したもの

ナクサの上空へ、地上から白い光弾が発射される。光弾は衝撃波を発生させながら高度を上げていき、ついに眩い閃光を放ちながら炸裂する。あまりの威力にさきほどまで空を覆っていた分厚い雲が霧散し、数秒後に花火に似た「どん」という轟音が響く。

 

自然現象ではない。カンナに空を飛ぶ敵と戦う術を求められて鬼一法眼が披露した霊術である。

 

「これぞ破難拳第二の奥義。名を『討飆(とうひょう)』と言う。」

 

「すごい。」

 

「大技お見事です、法眼先生。」

 

リンとカンナがぱちぱちと手を叩く。

 

「うむ。大技ゆえ霊力の消費が激しいが、カンナならば使いこなせるようになるだろう。カンナには今日から討飆を伝授するとしよう。」

 

「お願いします!」

 

「リンはいつも通り猫闘術の基礎動作の反復訓練だ。」

 

「分かった。」

 

鬼一法眼の道場の広い庭で習得に励む。

 

(何が何でも身につけないと!)

 

カンナは討飆の存在を知らなかったが、破難拳には空を飛ぶ敵を想定した技があると予想していた。予想の根拠は陰陽寮が保有するシジョウ奪還作戦に関する資料のとある一文。

 

「過去に28の人里を滅ぼした恐るべき黒蝗と未知の強大なマガツヒ笑い女に同時に襲撃されたシジョウが滅びを免れたのは、シジョウの住民北見慎氏の英雄的奮闘によるものである。北見氏はシジョウ中北部で有志の市民を率いてマガツヒの前に立ち塞がり、大打撃を与えて撤退させしめたのだ。」

 

(やっぱり、黒蝗と笑い女を追い払ったのは北見先生なんだ!)

 

そうではと前々から予感していたが、それでも胸にこみあげるものがあった。

 

(犬神のアヤカシの北見先生が黒蝗と笑い女を返り討ちにしたってことは、破難拳には空を飛ぶ敵に効く技がきっとあるはず。)

 

果たして、カンナに教えを乞われた鬼一法眼は天空の敵を討つ奥義討飆を披露したのである。

 

(難しいな、これ。)

 

討飆は複数の霊術の併せ技である。

 

まず、「甲陣」という陣を目の前の中空に展開する。甲陣の表側に打撃を与えると、裏側から打撃力に応じた威力の弾丸が射出される。

 

高威力の弾丸は凄まじい衝撃波を放つ。そのため、周囲に害が及ばないよう「乙陣」という衝撃波に指向性を与える陣も同時に展開する。乙陣を巧く使えば衝撃波をマガツヒに直撃させ、討飆の破壊力に上乗せすることができる。

 

鬼一法眼は容易く討飆を発動して見せたが、甲陣と乙陣はそれ単体でも複雑な術である。しかも乙陣は展開後すぐに効力を失うため、両者を展開するタイミングはかなりシビアである。

 

恩師が故郷を救った技。黒蝗と笑い女に通用することは実証済み。稽古にも熱が入るというものだが、やはり霊力の消費が激しい。残念ながら訓練初日はまともな陣の展開もできず、霊力切れを起こしてあっさり終了した。

 

(歯がゆいけど焦らずにやろう。異界への突入方法はそうすぐには見つからない。今は牙を研ぐ時だ。)

 

訓練後、鬼一法眼の家にリンと泊まることになった。

 

鬼一法眼の住居は道場の敷地内にある庵である。いかにも修験者の住まいといった風情で、武術会の生ける伝説鬼一法眼がこの庵にぽつんと坐する様は一枚の絵画の風格がある。もっとも、実は鬼一法眼は庵を好むというわけではなく、単に貧乏で家賃を節約するために庵に住んでいるという噂もあるのだが。

 

「2人とも疲れているであろう。今晩は我が精の付く料理を振る舞おう。商店街の福引で鍋の具材が当たったのだ。」

 

鬼一法眼が用意したのはスパイスがきいた薬膳鍋。貧乏過ぎて生活能力に難ありとされることが多い彼女だが、料理の腕は文句のつけようがない。

 

「法眼先生。よろしければ先生と北見先生の思い出話をしていただけますか。」

 

「私もその人の話を聞きたい。」

 

「うむ。」

 

カンナとリンのリクエストで卓の話題は北見慎となる。

 

「では一つ。討飆は慎が考案した技だ。」

 

「そうなんですね。」

 

「慎は並外れて賢い子でな。難解な古文書を読み解き、古の英雄譚に着想を得て討飆を思いついたのだ。慎の座右の銘、『強き者は家族を守れ。より強き者は故郷を守れ。最も強き者は人類の未来を守れ。』という言葉も、その英雄譚に載っていたらしい。」

 

「古文書を読んで奥義を思いつくものなんですね。法眼先生は北見先生にそれだけの才があると見込んで弟子にされたのですか?」

 

「ああ、初対面の時から慎は異才を放っていた。もっとも、育ててみると、我の予想など到底及ばない才の持ち主であったがな。いずれ我を超える達人になると確信していたが……。」

 

鬼一法眼が箸と皿を置く。何かを言おうとして一瞬ためらい、しかし言葉にした。

 

「恐らく、慎は死んだのだろう。」

 

「……法眼先生もそう思われますか。」

 

認めたくはないが、惨劇から2年経っても行方知れずの北見慎が生きているとは確かに考えづらい。

 

「慎もまだまだやりたいことがあったはず。さぞや無念だっただろう。我も弟子が師を超える瞬間を見られず、本当に残念だ。……すまぬ。」

 

鬼一法眼がすすり泣きを堪える。

 

「……せっかくの夕餉を暗い雰囲気にしてしまって――」

 

「どうか気を落とさないで下さい、法眼先生。」

 

鬼一法眼の脇に移動し、彼女の肩を優しく抱き寄せる。傷ついた彼女の表情を目にし、カンナの心中でもようやく恩師の死を受け入れる覚悟ができた。

 

「北見先生は強くて賢い方です。自分が為さなければならないことが分かる方です。戦うべき時に戦い、故郷を守って死ぬことを無念とは思わないでしょう。」

 

「……そうだな。」

 

「北見先生が出来なかったことは一番弟子の私がやり遂げます。北見先生の仇を討ち、何年かけてでも遺体を見つけ、立派なお墓を立ててあげます。それに、私はいつか必ず北見先生を超え、法眼先生すらも超えて見せますから。」

 

カンナが笑みを浮かべて見せる。穏やかな、しかし余裕と確信に満ちた笑み。鬼一法眼の顔にもじんわりと救いの笑みが浮かぶ。

 

(これが慎が残したものか……。)

 

鬼一法眼は北見慎がカンナに授けた薫陶を感じていた。武術の技だけではない。勇気、知恵、思いやり、優しさ––

 

「カンナ、さすがは慎の一番弟子だ。」

 

カンナの頬に至高の宝玉に触れるような手つきで手のひらを添える。

 

「慎が我を超える時を見られなかったと思い込んでいたが、どうやら我は勘違いをしていたようだ。カンナ、其方を見れば分かる。慎は既に我を超えていたのだと––」

 

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