あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第四十六話:帰る場所

食事と風呂を済ませるとカンナはあっという間に眠りに落ちた。霊力切れによる疲労が限界に達していたらしい。

 

(カンナって疲れたりするんだ。)

 

当たり前のことだが、それでもリンは心底驚いていた。リンから見たカンナはそれくらい常人離れした精力の持ち主だった。

 

夜はまだ長い。リンは家事を終えた鬼一法眼と2人、のんびりと三番煎じの薄い茶を啜っている。

 

(ちょうど良い機会かも。法眼先生にカンナの話してみよ。)

 

リンはカンナについて、少し気になることがあった。

 

ある日、リンはカンナの家に泊まっていて、夜中に喉の渇きで目を覚ました。その時、カンナが自分に背を向けて身震いし、嗚咽をかみ殺している気配を感じたことがあった。

 

(どうしたんだろう?)

 

カンナの境遇からして、彼女が夜中にひっそりと泣きたくなる事情があっても不自然とは思わない。泣きたければ泣けば良いし、カンナが他人に泣いているのを知られたくないのなら自分は気付かなかったことにするだけだ。

 

リンが不思議なのは、普段のカンナから泣きたくなるほどの苦悩の気配が微塵も感じられないことである。

 

マガツヒと戦わせれば一流の式神にもひけをとらない仕事をしてみせるカンナ。アヤノのしごきに平然とついていくカンナ。常に落ち着きと余裕に満ちているカンナ。賢くて何でも知っているカンナ。どれだけ仕事が忙しくても家事を完璧にこなし、求めれば心ゆくまで猫かわいがりしてくれるカンナ––

 

「リンはカンナをどう思う?」

 

こちらが話題を振る前に、不意に鬼一法眼から質問が飛んでくる。

 

「えっ?『どう思う』って?」

 

「カンナから何か危うい気配を感じたことは無いか?我は初対面の時に感じた。リンはカンナとよく互いの家に泊まっているのだろう?その時に何か感じたことは無いかと思ってな。」

 

「危うい気配?私は感じたことないかな。その気配って今もするの?」

 

「今はしない。気配は微弱で、我も常に感じられるわけではない。だが、今日もカンナが稽古をし終えた直後、わずかに気配を感じた。」

 

「んー……?その時私も法眼先生と一緒にカンナの近くにいたと思うけど、特に何も感じなかったかな。」

 

「うむ。ならばよい。」

 

「何か気付いたら教えるね。」

 

その時、カンナが「うーん」とうめき声をあげる。

 

「……随分とうなされているようだな。」

 

「多分、いつもの悪夢を見てるんだと思う。」

 

「いつもの悪夢?」

 

「カンナは毎晩同じ夢を見るんだって。」

 

鬼一法眼にカンナの「地下室に監禁された子供と殺人鬼の悪夢」の話をする。

 

「もう慣れっこだから、うなされてても気にしないでってカンナは言ってる。」

 

「……そうか。」

 

鬼一法眼はそれ以上追及してこなかったが、何か思うところがあり気な表情である。

 

「私も法眼先生に相談したいことがあるんだけど?」

 

「聞こう。」

 

「カンナがね––」

 

リンはカンナが夜中に密かに泣いていた話をした。

 

「カンナの今までのことを思うと泣きたくなるのは普通かなと思うんだけど。普段のカンナは全然そういう風に見えないし、何でなのかなぁって。」

 

「うむ。それはカンナが苦悩を消化し始めたということでは?」

 

「え?」

 

思いがけないことに、鬼一法眼から確信に満ちた即答を得る。

 

「カンナは16歳の時に家族を犯罪者に奪われ、報復行為で少年院に収容されていたと慎に聞いている。出所したら既に故郷は壊滅していて、そこから今日まで戦い漬けの日々だったのでは?」

 

「うん。カンナもそう言ってた。」

 

「リンは兄をマガツヒに奪われているな?死んだ兄を思い出し、悲しみに浸り、泣いたことはあるか?」

 

「数えきれないほど。一時期、本当に毎晩泣いてたから。」

 

「では、今までカンナにはそのような夜があっただろうか?」

 

「それは––」

 

言われてハッとした。

 

(無いんだ。)

 

兄の死後も、リンには村と家があった。善意と実力ある大人たちの庇護があった。辛い夜は泣き疲れて眠りに落ちるまで泣けばよかった。そのお陰で、長い時間をかけて兄の死を受け入れることができた。

 

だが、カンナはどうだろう。マガツヒと犯罪者が跋扈する崩壊した故郷。助けを必要とする生存者たち。リンが知っているカンナならどうするか?自分を顧みず戦いに没頭するカンナの姿がありありと思い浮かぶ。

 

「リンも気付いたようだが、カンナにとっては今こそが、ようやく訪れた悲しみに浸ることができる日々なのだろう。」

 

「そうだね。」

 

「カンナの心はまだ故郷に取り残されていると我は見る。我の弟子でも、辛い戦場に長く居過ぎてそうなった者を見たことがある。」

 

「私はどうすれば良いと思う?」

 

「カンナの帰る場所になるのだ。カンナが戦いから解き放たれ、辛い過去に浸り、泣きたければ泣ける居場所になるのだ。」

 

「分かった。やってみる。」

 

その夜、いつも通りカンナの隣で寝ようとすると、布団の上にカンナの着物が敷かれている。鬼一法眼家の薄っぺらい布団でも眠れるようにとのカンナの気遣いだろう。ありがたく着物にくるまってカンナに抱きつき、唇を重ねる。

 

(はぁ……安心する。)

 

カンナの故郷では親しい女性同士でキスするらしい。耳慣れない奇習に最初は驚いたが、慣れとは怖いもので、今や自分も寝る前にカンナとキスしないと一日が締まらなく感じるようになった。

 

リンは初めてカンナの家に泊まった日のことを思い出していた。部屋から感じた濃密な寂寥。きっとあれは、カンナが戦い続けるために封印し続けてきた感情の吹き溜まりだったのだろう。

 

(私がカンナの帰る場所になるんだ。)

 

辛い過去に浸り、泣く。暗くて後ろ向きに聞こえるが、自分が兄の死を乗り越えるためには必要不可欠な行為だった。

 

悲しみは完全に消えはしない。だが、故人に想いを馳せ、記憶を再生し、悲しみを何度も追体験することで、抱えていられるほどの小ささまで消化することはできる。

 

カンナの中に当時の大きさのまま残っているであろう感情の塊。自分の呪いは西賀亮が解いたが、ならばカンナの呪いを解くのは自分の役割だろう。

 

「お休み、カンナ。」

 

もう一度口づけしてリンも眠りについた。

 

▽▼▽▼

 

(リンも寝たか。)

 

鬼一法眼はまだ起きていた。

 

(やはり、カンナの抱える危うさに気付いているのは我だけなのか?)

 

彼女もまたカンナの着物にくるまりながら、目を閉じ考える。

 

カンナは初対面の時より穏やかに、良い方向に変化していると感じられる。リンのお陰だろう。カンナは誰かを愛でたり面倒を見たりすることで安らぎを得る性質らしい。甘えん坊のリンとは相性が良いようだ。

 

これからカンナは戦いに没頭している間は忘れていた苦悩と向き合わなければならない。辛い思いもするだろうが、きっと乗り越えられるだろう。この点について、鬼一法眼はあまり心配していなかった。

 

(カンナが安らぎを得るほどに危うい気配も減ずればと願っていたのだが……。)

 

リンに話さなかったことがある。

 

カンナから感じる危うさ。それは初対面の時よりも大きくなっていたのだ。ごくわずかに、しかし無視できないほどの確かさで––

 

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