あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
その日、カンナがいつも通り執務室で仕事をしていると、葛の葉が執務室へ駆け込んできた。
「ジュソウの防衛結界がマガツヒに破壊された。人手が足りない。亮もすぐ動ける式神を連れて現場へ急行してほしい。」
西賀亮、イズナ、アヤノ、リン、鬼一法眼、カンナが抱えている仕事を放り出して現地へ飛ぶことになった。
ジュソウはナクサが属する第一管轄区と第八管轄区の境、ナクサから地図上の直線距離で100km近く西南西にある。馬を走らせても到底間に合わない。陣から陣への超高速移動を可能とする「転移の陣」で近隣の支部へ瞬時に飛び、そこから馬を走らせる。
荒れ道を爆走する馬車の荷台でイズナが現状を共有する。
「ジュソウは山間部の小都市だ。『
イズナがジュソウ近郊の地図を広げる。
「マガツヒは西からジュソウへ押し寄せている。」
ジュソウ西部に大量の「→」印を付ける。
「ジュソウは北を険しい山、南部を崖に囲まれている。避難には使えない。」
ジュソウの南と北に「×」印を付ける。
「よって住民の避難経路は2つ。北ジュソウから北東へ伸びる『旧ジュソウ街道』と、南ジュソウから南東に伸びる『新ジュソウ街道』だ。」
南北の市街地から東に伸びる2本の道のそれぞれに「⇒」印を付ける。
「南ジュソウでは先行した陰陽師がマガツヒと戦いながら住民を避難させ始めている。だが、北ジュソウの住民の避難で問題が発生している。」
「問題?」
「最近土砂崩れがあり、旧ジュソウ街道が途切れてしまっているのだ。」
旧ジュソウ街道に付けた「⇒」印に「×」印を重ねる。
「南ジュソウを経由して新ジュソウ街道から避難できないんですか?」
アヤノが疑問を差し挟む。
「難しい。北ジュソウと南ジュソウを繋ぐ橋が2本あるが、どちらもマガツヒで埋め尽くされている。」
「っ!……そういう状況なんですね。理解しました。」
アヤノが動揺をかみ殺したような表情を浮かべる。
(これ、もう詰みじゃない?北ジュソウは全滅、南ジュソウもほとんど助からないんじゃ?)
最悪の予想しか立てられないほど状況は厳しい。恐らく、他の者も同じ考えなのだろう。荷馬車に暗い雰囲気が漂う。
「一人でも多くの生存者を救出し、現場の情報収集を行うのが我々の役目だ。亮、お主から補足することはあるか?」
「俺からは2つ。まず、たまたまジュソウの近くで別任務に当たっていたリッカたちが現地に先行してるんだけど、ジュソウ到着の連絡を最後に通信が途絶えてる。それともう1つ、これが一番大事なんだけど……。」
西賀亮が一呼吸置き、全員と目を合わせてから続ける。
「ジュソウの現状を聞いて『もう助けられない』と思ったかもしれない。俺も、もう大勢亡くなっててもおかしくないと思ってる。だけど、俺たちが頑張れば救われる命がまだある可能性も否定できない。思い出してほしい。俺たちの、陰陽師と式神の使命を。こういう時こそ、救えないかもしれない命より救えるかもしれない命のことを考えてほしい。」
みな、無言で肯定する。西賀亮の意志は、熱は確かに伝わっている。荷馬車に漂う空気に熱気が混じり出したのが何よりの証拠だ。
(やるな、西賀さん。)
西賀亮は
荷馬車は山道をひたすら東へ走り続ける。もう30分もすればジュソウへ押し寄せるマガツヒの背に追いつくはずだ。
(なんだかアヤノさんの様子がおかしいような?)
アヤノは俯き、内頬を奥歯で軽く噛んでいる。これは彼女が強いストレスを感じた時に見せる仕草である。いつも以上の仏頂面で冷や汗をかいている。「何かあったのか」と声をかけようとしたその時––
「こちら央元、こちら央元。現在ジュソウで住民の避難活動中。聞こえていたら至急応答を求む。」
西賀亮の通信用の符から低い、ドスの効いた男の声。マガツヒとの戦闘音も響いてくる。
(えっ、央元さん?)
カンナはその声に聞き覚えがあった。
「央元さん、聞こえますか?こちら西賀亮です。」
「よぉ、久しぶりだな西賀君。今どの辺?誰を連れてきてる?」
「5分ほど前に大竜川沿いの街道に合流したところです。俺の他にイズナ、アヤノ、カンナ、リン、鬼一法眼、カンナがいます。」
「えっ、マジ?」
「えっ?」
「いやっ、何でもない。現場では取り急ぎ俺が指揮をとってる。西賀君は式神全員を連れて北ジュソウに直行してくれ。ジュソウの入口に近い方の橋を渡り切ったところで落ち合おう。」
「分かりました。あの、南ジュソウに何人か置いていかなくても良いんですね?」
「問題無い。楽観視できる状況ではないが、南ジュソウは何とかなる目途が立ってる。」
「えっ、もう目途が立ってるんですか?」
西賀亮だけでなく荷台の全員が目を見開く。
「ぐふふっ、西賀君、俺が3年目で支部長の座に王手かけてる超絶有能陰陽師だって知らなかったの?俺に指揮をとらせれば、まぁこんなもんよ。」
「すっ、すげぇ……あ、いやっ、失礼しました。お見事です。すぐ北ジュソウへ向かいます。」
「おう、待ってるぜ。アヤノさんと、あとカンナさんの名字が蒼澄だったら『央元からヨロシク』って伝えておいてくれ!じゃあな。」
通信用の符が沈静化する。
「ジュソウに着いたら北に直行だね。ところで、アヤノとカンナって央元さんの知り合いだったんだ。」
「シジョウの惨劇の時、一時期央元さんと一緒に戦っていました。央元さんは任務中にマガツヒに大怪我を負わされて、医者は助からない可能性が高いと言っていたのですが……」
かつての戦友との思いがけない再会にしばし言葉を失う。アヤノが言葉を引き継ぐ。
「央元さんはシジョウ奪還作戦で大怪我をされた後、三日三晩の大手術で奇跡的に一命をとりとめられたんです。退院後しばらくは後遺症で現場での仕事はできなかったんですけど、後方支援で作戦には参加され続けたはずですよ。」
「随分詳しいね。アヤノも央元さんとは知り合い?」
「義兄です。姉が去年春樹さんと結婚したので。」
「へぇーっ。」
「アヤノさんのお姉様のお名前は『コトノ』ですか?」
「そうですけど、私カンナさんに話したことありましたっけ?」
「前に央元さんに婚約者の写真を見せてもらったことがあるんですよ。この人が婚約者のコトノさんだって。」
央元の「南ジュソウは何とかなる」という言葉で荷馬車の雰囲気は明るい。詰んでいると思われた盤面にわずかだが勝ち筋が見えてきたのだ。だが––
(やっぱりアヤノさん様子がまだおかしいな。)
––アヤノはまだ内頬を噛み続けているのだった。