あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~ 作:吾輩はもぐらである
時刻は夕方。一行はほとんどマガツヒと戦うことなくジュソウにたどり着いた。
「信じられん……南ジュソウの方は本当になんとかなっているようだな。」
イズナが言う通り、住民の惨殺死体がそこら中に散らばっている光景を覚悟していたが、あちこちに戦いの痕跡こそあれ遺体は全く見当たらない。
とはいえ、さすがにマガツヒを全滅させたわけではないらしい。
「グルルアァ!」
「キケケ!」
建物の影から犬や猫の骸骨の姿をしたマガツヒの群れが猛然と突っ込んでくる。
(獣骨のマガツヒ!)
ジュソウに着くまでにも見かけたマガツヒである。だが––
「ふっ!」
飛び掛かってきたのを避けずに受け止め、腕力で押しつぶし、最後に頭部を踏み潰して止めを刺す。近接肉弾戦一辺倒のマガツヒなのでカンナにとってはカモである。
馬を降りて橋へと急ぐ。
ジュソウは小さな街である。主要産業は牧畜と林業。最近北ジュソウで稼働し始めた光学機器の工場周辺は比較的栄えているが、それ以外の地域は過疎気味で寂れている。家屋はまばらで、古くて大きな木造住宅が多い。荒れた道路や無秩序に生い茂る街路樹が、インフラ保守に金を投じられないジュソウの財政事情を如実に現している。
南側の川岸に沿って、シジョウで見たことがあるマガツヒの行き来を防ぐ結界が展開されている。
「どうやら北ジュソウは籠城戦に切り替えたようだな。」
イズナが呟く。
更に遠く東へ目を向けると、標高を下げながら東へ伸びる新ジュソウ街道を進む人だかりと、それを追うマガツヒの群れがかすかに見える。人だかりは遅々として進まないが、殿がマガツヒの侵攻を完全に押しとどめており、追いつかれる気配は無い。
(すごい手際だな。)
自分たちよりはるかに格上の仕事人たちだ。央元以外にも有力な陰陽師が来ているのかもしれない。
「北ジュソウに急ごう。」
北ジュソウへ続く長い橋には戦いの跡が残っている。深く、流れも速い大竜川の迫力に満ちた流れを横目に渡り切る。央元は2人の式神と待っていた。
「お久しぶりです、央元さん!」
「おおっ、久しぶりっ!やっぱりカンナって蒼澄さんのことだったのか。」
「無事とは知らなかったので、心配していたんですよ。」
「あたぼうよ!出世して、美人の嫁さんも捕まえて、人生これから楽しくなるって時にくたばってたまるかよ。」
央元は最後に見た時より更に筋肉質で厳つくなっているが、雰囲気はあまり変わらない。不謹慎一歩手前の陽気さ、不安を知らないかの如き大胆不敵な態度––
(久しぶりだな、この感じ。)
懐かしい気持ちがこみあげてくる。
「アヤノさんも正月以来だね。いやぁ、大変なことになっちゃったね。」
「そうですね。」
「まあ、俺たちの仕事ってこういう状況を何とかすることだから、そういう意味ではいつも通りだよ。気負わず、いつも通りの仕事をしようぜ。」
「もちろんです。」
アヤノに対する央元の口調は随分優しい。単に彼女が義妹だからか、あるいは緊張を察しての気遣いだろうか?
「央元よ、私は西賀亮の補佐を務めているイズナだ。結界が張られているが、北ジュソウは籠城戦に切り替えたということか?」
「ああ、そうだ。歩ける住民は橋を強行突破して新ジュソウ街道から逃がしたが、まだ798人の住民がこっちに取り残されてる。」
「なるほど。籠城拠点の目途は?」
「籠城に適した建物は3つある。1つ目がジュソウ総合病院。すぐそこに見えてるあれだ。」
央元が200mほど西にある、結界で幾重にも覆われた大きな建物群を指し示す。
「病院関係者と患者を合わせて351人が避難してる。妊婦や赤ん坊が大勢いるのが心配だ。」
「マガツヒとの戦闘で発生する音や振動が伝わらないようにせねばな。」
「それな。2つ目、
央元が指し示す方向、北東の台地にそれらしき建物が見える。
「3つ目、ジュソウ庁舎とその周りの公園。川沿いの道をひたすら東に15km行くとたどり着く。358人が避難してる。龍脈の条件が悪くて結界の強度が不安定だ。」
庁舎は丘の向こうにありここからでは見えない。央元が地図で場所を示す。
(マガツヒの急襲からまだ1日と経ってないのにもう籠城体制が整ってるとか、やっぱり央元さんってめちゃくちゃ優秀なんだな。)
内心驚愕する。
「大竜川に沿って結界を張ってるが、結界を張る前にこっちに渡って来たマガツヒはまだその辺をうろついてる。運が悪い事に、名前付き相当の大物が複数体いるみたいだから、気を付けてくれ。」
「状況は概ね把握した。いつまで耐えれば良い?」
「応援部隊がジュソウを解放するか、難易度は高いが俺たちが自力でジュソウのマガツヒを全滅させるまでだ。今頃お偉いさん方が応援部隊を編成してるだろうが、潜毒の感染拡大のせいで大陸中でマガツヒの出現数が増えてるから、そうすぐには来ないだろう。」
「勝負は2日といったところか?」
「俺んとこの補佐も同じ考えだ。長くても2日経つ頃には勝負は着いてる。」
「勝つのは俺達ですけどね。」
「鋭い!その通りだ、西賀君。」
央元がニヤッと笑う。
「ところで央元さん、俺の式神と会っていませんか?リッカ、紅葉、メグ、アンナ、オモイカネの5人がこっちに来ているはずなんです。」
「ああ、その5人なら会ったよ。庁舎の警護に向かったはずだ。」
「連絡が取れなくなってるんです。マガツヒとの戦闘で通信用の符が破損したのかと。」
「それはちょっと心配だな。早速動くか。」
「うむ。」
イズナと央元の指示が飛ぶ。
「法眼、おぬしは寺の警護に向かえ。リンとカンナは庁舎へ状況確認に向かい、問題無ければそのまま警護を。私はアヤノと亮と共に病院を警護する。」
「ヤブさん、ジャンヌさん、鬼一法眼さんを寺に案内してそのまま警護にあたってくれ。俺はここに残る。」
央元の式神が鬼一法眼を連れて寺へ走る。
「カンナ、行こう。」
「うん。」
去る前にもう一度アヤノの方を見るが、もう落ち着きを取り戻しているように見える。
(気にしなくて大丈夫かな?)
▼▽▼▽
病院の前。西賀亮とイズナが結界の点検のために場を離れ、央元とアヤノの2人が残されている。
「アヤノさん、あのことは西賀君たちに話した?」
「話してません。気遣いで判断を鈍らせてしまいかねないですし、普段の仕事とやるべきことは同じですから。」
「そうか。じゃあ俺は余計なこと口走らないよう気ぃ付けるか。」
「……言った方が良いと思いますか?」
「どっちでもいいんじゃない?アヤノさんが言わない方が良いと思うなら、言わなくて良いと思うよ。」
「春樹さんは式神たちに話しましたか?」
「話した。さすがに一人じゃ抱えきれなくてさ。」
アヤノが内頬を噛みながら大きなため息をつく。
「ついてないですね……。」
「いやー、お互い人生で一番ついてない日かもな。よりによって、この病院で