あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第五話:きしむ柱#2

風呂から上がったカンナは布団に寝転がって写真を眺めていた。

 

(……)

 

写真は古いものばかりである。どれもカンナの黄金時代のハイライトで、彼女が自分の将来に大きな不幸があるなどとは微塵も思っていなかった頃に撮影されたものばかりである。

 

1歳くらいのカンナに母がほ乳瓶でミルクを与えている写真。5歳くらいのカンナが飼い猫のリンリンと飼い犬のガウガウと一緒に家の庭ではしゃいでいる写真。7歳の時に祖父と父の3人でシジョウを象徴する自然遺産「シジョウ富士」に花見をしに行った時の写真。9歳のカンナが体育の授業で武術に取り組んでいる時の写真。12歳の時に初出場した武術の大会の18歳以下の部門でいきなり大陸一位になり、優勝祝いパーティでたくさんの同級生に祝福されている時の写真。カンナが15歳の時に武術の大会で4連覇を果たしたが、周囲はもはやカンナの優勝を当たり前と思うようになってしまっており、初優勝時と比べると随分ささやかになった優勝祝いパーティの時の写真。16歳の時、カンナの武術の師であり初恋の相手でもある北見慎(きたみしん)の誕生パーティを開催し、当時の彼の恋人のプレゼントに負けたくない一心で手作りしたケーキとマフラーを彼に渡している時の写真。

 

写真に映っている愛おしい人々は、今やほぼ全員が他界したか、行方不明となっている。

 

(寝るか。)

 

写真を片付けて部屋を暗くして布団に潜り込み、室内を満たす静寂を感じながら目を閉じた。建物のどこかの柱がきしむかすかな音がした。

 

(……少し冷えるな。)

 

カンナは天涯孤独の身だった。

 

生まれてすぐシジョウの山中に遺棄され、奇跡的に発見されて一命をとりとめ孤児院に保護されが、生みの親は知らない。

 

子供のいない蒼澄家に養子として引き取られたが、母はカンナが2歳の時に病死した。以来父と祖父と猫と犬と一緒に暮らしてきたが、父と祖父と猫はカンナが16歳の時に犯罪者に殺害された。犯人が「紅連会」という犯罪組織の構成員と偶然知ったので本部に殴りこみ、折しも新会長の就任式のために集結していた100人近い構成員を病院送りにした。これが後に「紅連会本部襲撃事件」と呼ばれる出来事である。カンナは自首して警察の厄介になり、シジョウの隣街ラクドウにある更生施設に収容された。最後の家族となった犬はカンナが施設に収容される前に寿命で亡くなった。

 

そしてカンナが17歳の時、2体の強大なマガツヒがシジョウを急襲し、今日では「シジョウの惨劇」と呼ばれている災禍が起きた。マガツヒは街の北部を壊滅させると、街の北にそびえ立つシジョウ富士の南側の麓一帯に異界へと続く黒い「穴」を出現させ、その向こうへと姿を消した。

 

カンナが更生施設を出所したのはシジョウの惨劇の2日後だった。故郷に戻るとカンナが育った町は何もかもが滅茶苦茶になっていた。友人の大半が死傷し、北見慎は逃げたマガツヒを追って行方不明になり、シジョウ富士の麓にあったカンナの家は穴に飲みこまれて消滅していた。

 

かくしてカンナは大切な人との繋がりも家も失った。今から2年前の話になる。

 

(……泣きそう。)

 

感情が高ぶる予兆のようなものを感じた。

 

(泣くな、これ。ああ、泣いちゃう!)

 

次の瞬間には泣きだしていた。

 

「ぐぅ……うぅ……」

 

嗚咽をこらえようとするがとめどなく涙が流れ、息が乱れる。

 

孤独の苦しみに涙を流したのはいつ以来だろう。壊滅した故郷を見た時も、親しい人物の死を耳にした時も、今のように涙は流さなかった気がする。

 

(安心して気が緩んだからかな。)

 

頭の中の冷静な部分で結論付けた。

 

思い返すとこの2年、心安らぐ日など1日も無かった気がする。

 

シジョウの惨劇の後もシジョウの受難は続いた。生存者の悲嘆と絶望によってマガツヒが連日大量発生した。警察組織と行政組織がまとめて壊滅したことで、もともと治安が悪かった街は秩序が完全崩壊し、無法者たちが悪しき欲望を満たすために暴れ狂った。シジョウに帰郷すると悲しみに浸る間もなくマガツヒや無法者との闘争に明け暮れた。闘っていない時間は街の復興作業と鍛錬に没頭していた。

 

そして今日でも受難に終わりは見えない。警察組織と行政組織が再編成され、道路や建物も復旧したが、シジョウ富士の麓には今もマガツヒが開いた異界へ続く「穴」が黒々と広がっているのだ。穴は陰陽寮の復興支援部隊が厳重に封印しているものの、住民たちはいつかあの穴から去ったはずのマガツヒが戻り、街をまた滅茶苦茶にするのではないかとおびえている。

 

それだけでなく、穴周辺には「泣き子」と呼ばれるマガツヒが常時大量発生している。陰陽寮の封印によって人里には降りてこられないものの、夜になると子供が泣き叫ぶ声に似た気味の悪い鳴き声を街に響かせるのだ。シジョウの住民はこの声を聞くたびに惨劇の日の記憶が蘇り、あの日がまだ終わっていないことを思い知らされる。

 

カンナはシジョウの現状を打破するために式神になることを決意した。穴の向こうに逃げた故郷の敵をこの手で滅ぼし、惨劇の終わりを証明し、シジョウの人々を恐怖から解放することを自らの使命と定めた。

 

「私が助ける。」

 

小さな声でつぶやく。これは特定のキーワードを唱えることでテンションを調整するルーティーンのようなものだった。『私が助ける』は確か子供のころ読んだ絵巻物に登場するヒロインのセリフだが、動揺を鎮め精神を落ち着かせたい時に唱える呪文だ。脳内に旅立つ日のシジョウの光景がよみがえる。惨劇の前より建物がまばらになった街並み、どす黒い穴に覆われたシジョウ富士の麓、陰陽寮が展開した封印結界が断続的に放つ青白い光––

 

「私が勝つ。」

 

自分に課した使命を言葉にする。これは闘志を掻き立てるための呪文。まだ負けていない。暗い部屋で一人寂しく涙を流すのも、精神にひと時の弛緩を許したからに過ぎない。孤独に凍てつく心が蘇る。式神となり、穴の向こうに潜む宿敵を打ち滅ぼし、シジョウに真の復興をもたらすまで止まらない。そのためにナクサへ来たのだから。

 

「……」

 

気付けば嗚咽は止まっていた。カンナは眠りについた。

 

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