あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第五十話:敵前逃亡

眩い光、耳をつんざく爆音、不可視の鎧が無ければ身体が四部五裂していたであろう衝撃。上空に勢いよく吹き飛ばされる。

 

(あっ。)

 

空中でもみくちゃにされながらも、カンナは見た。無数のマガツヒに包囲される寺、そして病院と庁舎の方角から立ち上る粉塵––

 

「ぶっ!」

 

クレーターの如き大穴があいた空き地に叩きつけられ、鞠のようにバウンドする。

 

「■■■■■……」

 

穴の底には砕け散った天牛のマガツヒ。残骸が全て消滅するのを確認すると、出血だらけの身体に鞭うって先を急ぐ。

 

(急がないと……それにしても、あんな強いマガツヒでも私の出来損ないの討飆で一発で倒せるんだ。)

 

実戦では初使用だが満足のいく収穫が得られた。師が創造した奥義が身に付きつつあることに思わず興奮で身震いする。

 

「はあっ、はあっ。」

 

丘を登りきり、北東に伸びる坂を下りきった先にある庁舎を臨むが――

 

(えっ!?負けかけてない?)

 

高揚感が早くも消え失せ、今度は背筋に走る寒気で身震いすることとなる。

 

東棟、中央棟、西棟に別れた3階建ての庁舎。結界は既に破壊され、蜂の巣でできたような身体の10m近い巨人のマガツヒの侵攻を受けている。無事なのは西棟だけで、東棟は既に崩落し、今は半壊した中央棟が巨人に滅多打ちにされている。

 

庁舎の南にある結界が張られた大きな公園では人が大勢倒れている。

 

蜂の巣のマガツヒの体の穴から湧いて出てくる50cmほどの虻型のマガツヒの群れが、公園の結界を破らんと猛攻をしかけている。それに対抗するのは空を飛ぶ深紅の剣。

 

「あっ!」

 

公園から離れたところで紅葉が戦っている。虻のマガツヒと獣骨のマガツヒに集られ、今にも倒れそうだ。

 

「紅葉さん!」

 

坂を駆け降り、こういう時のために携帯しているホイッスルを鳴らす。

 

「――!」

 

紅葉もこちらに気付き何か叫んでいるが、虻のマガツヒの羽音が煩過ぎて聞き取れない。

 

(あれ?全然襲われないぞ?)

 

なぜか虻のマガツヒも獣骨のマガツヒもこちらに来ず、紅葉ばかりを襲っている。

 

(チャンス!)

 

不意打ちでマガツヒを撲殺しまくり紅葉を救出する。

 

「紅葉さん?大丈夫ですか?」

 

「……何とか。」

 

紅葉は虫刺されと噛み跡だらけだが、どれも傷は深くない。

 

深刻なのが低体温。寒さで身体をがたがたとふるわせ、睫毛や眉毛の先端に霜が降りている。時期は5月初旬。温暖湿潤なジュソウは春服では薄っすら汗が出てくる陽気にも関わらずである。

 

「カンナですか?」

 

「そうです。私ですよ、紅葉さん。」

 

「来て下さったのですね……。」

 

紅葉は安心したような笑みを浮かべ、ふらっとこちらに倒れかかる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……庁舎にメグとオモイカネとリッカがいます。」

 

「えっ、あそこに!?」

 

「このままだと3人が死んでしまいます……」

 

「私が助けます!」

 

いよいよ足元が覚束なくなってきた紅葉を背負って庁舎に突撃する。

 

「3人はどこですか?」

 

「恐らくマガツヒが攻撃しているところに……」

 

カンナの背中で紅葉が太刀を振り回し寄ってくるマガツヒを切り捨てながら応える。その時――

 

「ウォオオオォォォ――!」

 

蜂の巣のマガツヒの渾身のぶちかましが中央棟に炸裂。柱をへし折られたらしく、建物がガラガラと音を立てて崩れる。

 

(ヤバい!)

 

蜂の巣のマガツヒは瓦礫の山と化した中央棟に執拗に追撃を加えている。恐らくあそこに――

 

「もう……意識が……」

 

「後は私に任せて寝てていいですよ。」

 

「……最後の仕事を」

 

紅葉が背を飛び降り、最後の力を振り絞って太刀を大上段に構える。太刀が赤い光を放ち始める。

 

「消えてください。」

 

前に倒れながら太刀を振り下ろす。中空に斬撃の軌跡が走ったかと思うと、蜂の巣のマガツヒが腰断されその場に崩れ落ちる。それと同時に、周囲をぶんぶん飛び回っていた虻のマガツヒが一斉に地に落ち動かなくなる。

 

「カンナ……後は……」

 

「安心して下さい。紅葉さんが起きるまでに全部解決しておきます。」

 

「――」

 

紅葉は少し微笑むとそのまま気を失った。

 

獣骨のマガツヒと戦いながら瓦礫を掘り返す。どこからか、ホイッスルの音がする。

 

(あそこだ!)

 

瓦礫を無我夢中で掘り進むと、土を固めて作った出入り口付きの小さなドームが出現する。出入り口をこじ開けると女が飛び出してきた。

 

「ふぇぇん、怖かったですぅ……。」

 

豊かな栗色の髪の毛、海向こう風の顔立ち、外国人が好みそうな香水の香り。面識は無いが、メグで間違いないだろう。

 

「大丈夫ですか?私、西賀さんの班の新人のカンナです。」

 

「誰でもいいから助けてぇ!」

 

メグが抱き着いてくるが、カンナが血だらけであることに気づき腰を抜かす。

 

ドーム内に目をやると、リッカと、オモイカネと思われる人物が倒れている。2人とも毛布でぐるぐる巻きにされ、寒さに身を震わせ、目を虚ろに見開いている。

 

(おかしいな。)

 

カンナは違和感に気付き始めていた。

 

(紅葉さんがいるのに何でこんなに追いつめられてるの?それに何で3人とも凍えてるの?あの蜂の巣のマガツヒや虻のマガツヒにこんなことができるようには見えなかったけど。)

 

カンナはリッカと紅葉の2人とは面識がある。紅葉とはマガツヒ討伐の任務を数回共にしたこともあるが、蜂の巣のマガツヒごときに遅れをとるヘボではなかったはずだ。

 

(これ、私が把握できてないことがあるな。)

 

メグに状況を問おうとするが――

 

「カンナさん、これっ!」

 

メグが突然可愛らしい意匠のポシェットを押し付けてくる。

 

「中に魔法のクッキーが入ってます!」

 

「ク、クッキー?」

 

「食べるとマガツヒの注意を引き付けられます!」

 

「なるほど。便利ですね。あの、メグさんですよね?聞きたいことが――」

 

「うまく使ってください!虻のマガツヒが居なくなったので私は失礼します!それではお達者でっ!」

 

そう言い放ち、メグは箒に乗って飛び去ろうとする。

 

「えっ。」

 

予想だにしない行動に息を飲むが、箒を掴んで逃走を阻止する。

 

「いやいや、『お達者で』じゃなくて。まだやることがあるでしょう。」

 

「嫌です!」

 

「はい?嫌ですって、いや、あなたね――」

 

「ジュソウに行けなんて任務、私は受けてないですから!リッカさんが『ジュソウがまずいらしいから状況確認だけでもしておこう』なんて余計なことを言い出して、無理やり連れて来られたんです――」

 

「私たちが逃げたらここの住民はどうなるんですか!状況を考えてください!」

 

「考えた結果です!あんなに強いマガツヒが居るなんて詐欺ですよ、詐欺!今逃げないとお終いです!」

 

まさかの敵前逃亡。

 

(居るんだ、こんなカスみたいな式神。)

 

衝撃の発言に閉口するが、気になる一言を追及するのは忘れない。

 

「待ってください。あんなに強いマガツヒってどのマガツヒのことですか?まさか3人を凍えさせてるやつですか?来たばかりで状況が掴めてないんです、ちゃんと情報を共有してください。」

 

「箒を掴まないで!我慢して付き合ったんだからもういいじゃ――」

 

「おい。」

 

「ピィッ!」

 

らちが明かないので軽く恫喝してやると、怯んだメグが箒から転げ落ちた。

 

「時間が無いの。さっさと話して。」

 

額が接するほど顔を近づける。幾人ものチンピラや犯罪者を黙らせてきたカンナの圧にメグが押し黙る。

 

「……雲みたいなマガツヒです。」

 

ようやく諦めたのか、メグが恨みがましい目を向けながら話し始めた。

 

「紅葉さんとリッカさんが戦ったけどあっという間に負けちゃって――」

 

「どこに居るんですか、そんなの?」

 

「分かりません。戦ってない時は姿が見えなく気配も無いんです。アンナさんの使い魔が囮になってここから遠ざけたんですけど、その後の行方は――」

 

「ワタシが説明する。」

 

背後から声に振り返ると方から、肩から蝙蝠の羽を生やした金髪の女が息を切らしている。

 

「ワタシはアンナ。」

 

「新人の蒼澄カンナです。」

 

「お陰で助かったわ、ありがとう。急いで3人を公園に運ぶわよ。」

 

弱々しい喘ぎ声を零す3人を公園に運び込む。

 

「3人は空いているところに配置して。」

 

「わかりました。」

 

公園には異様な光景が広がっている。

 

住民たちが綺麗に整列した状態で地面に寝そべっている。遺体安置場と見間違えそうな光景だが、みな穏やかな寝息を立てている。

 

「順を追って説明するわね。」

 

アンナの説明はざっと次の通りである。

 

ジュソウに駆け付けたアンナ一たちは央元に会って状況を把握し、最も避難民が多い庁舎の人手が不足すると予想して駆け付けた。

 

避難民を整理中に屋外から強大なマガツヒの気配を感じ、直後に雪が降り始めた。

 

「見てきます。」

 

そういって屋外に状況を確認しに行ったリッカだが、外に出ると寒気を訴えて倒れた。

 

彼女を襲ったのは天より降り注ぐ呪いの雪。呪術の専門家であるオモイカネの解呪が間に合い一命をとりとめたが、オモイカネも呪いで動けなくなった。3人が凍えているのは呪いの症状らしい。

 

「3人を凍らせたやつに庁舎の結界が結界がすぐに壊されたから、ワタシの使い魔を囮にして遠ざけて、紅葉が集まってきたマガツヒの相手をして時間稼ぎをしている間に、住民がパニックにならないようユメの催眠術で眠らせて操って公園に連れてきたわけ。ユメとは面識ある?そこでぬいぐるみ抱えて寝てるやつよ。」

 

「お初にお目にかかります、私がそのユメです。」

 

獏のぬいぐるみを抱えて眠りこけている女が名乗る。

 

「新人の蒼澄カンナです。よろしくお願いします。」

 

「ふふふ、頼りになりそうな方が来てくれて安心しました。」

 

「……寝たふりですか?」

 

「寝てますよ~~。私は獏のぬいぐるみを抱いて寝ている間は超能力が使えるので、自分を操ってしゃべらせてるんです。住民のみなさんも私が眠らせて、操ってここまで歩いてもらいました~~。」

 

のんきな口調だが、大人数を操るのは霊力の消耗が激しいのか、ユメの顔面は蒼白で息も荒い。霊力切れで失神するのは時間の問題だろう。

 

「カンナさん、アンナさん、あのっ、私、本当にもう無理です。お願いだから逃げさせて――」

 

また騒ぎ出すメグ。だが――

 

「メグ、アンタさっき逃げようとしてたでしょ?カンナに止めてもらえてよかったわね。」

 

「ふぇ?」

 

「ついさっき、ここからそう遠くない場所でワタシの使い魔の最後の一体がやられた。あのマガツヒ、多分すぐ近くにいるわよ。」

 

アンナのその言葉を待っていたかのように、ガラスを割るような大きな音が空から響き渡った。

 

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