あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第五十一話:呪雲のマガツヒ

護峰寺はジュソウの居住可能地で最も標高が高い高台の上にある。建立されたのは約300年前で、ジュソウという街よりも古くからある歴史遺産である。とはいえ、その点を除けば地元の花火大会や祭事の時期以外は墓参り客と寺マニアの観光客くらいしか訪れない、大きいだけの平凡な寺である。

 

だが、この日の護峰寺には大勢の住民が避難のために詰めかけている。

 

極限状況に陥った一般人はマガツヒの姿や声を聞くだけでも心的外傷を負うことがある。それを避けるために外からの刺激――具体的にはマガツヒの姿、叫び声、振動――を遮断する特殊な結界が貼られた静謐な本堂で、住民たちが災難が過ぎ去るのをひたすらに祈り続けている。この寺の住職を長く務める男も、人生で最も切実に救いを求めて真言を唱えていた。

 

だが、この世の災難を防ぐのはいつも仏ではなく人間の仕事である。

 

寺をぐるりと囲む墓地の外縁で、鬼一法眼は央元の式神である薮原圭司(やぶはらけいじ)東雲(しののめ)ジャンヌの2人と拠点防衛線を繰り広げていた。

 

「南は僕がなんとかします!鬼一法眼さん、一旦北に回って下さい!」

 

「承った。」

 

現場を指揮するのは央元の陰陽師補佐であるぬりかべのアヤカシ杉龍一。20代前半と見える若い男だが、手馴れた様子で戦いながら指示を飛ばしている。

 

寺での攻防はこちらが優勢である。南の市街地から攻めよせる獣骨のマガツヒの大群は、杉が壁で作った即席の迷宮を突破できずにいる。北の林業の作業場の方から押し寄せる多種多様なマガツヒの群れに対しても、一歩も引いていない。

 

「死ね、ボケが!」

 

「グオオォォォッ!」

 

拳闘術を駆使する猫又のアヤカシ薮原圭司(やぶはらけいじ)と、白き巨狼と化した人狼のアヤカシ東雲(しののめ)ジャンヌが暴勇を振るう。2人とも武術経験者で、初対面にも関わらず自分とカンナのことを知っていた。

 

「見事な腕前。さぞや厳しい鍛錬を積んだろうな。」

 

「えっ、僕がですか!?」

 

薮原がくるりとこちらを振り返り、強面を少年のように輝かせる。

 

「法眼先生にそう仰っていただけるとは光栄の限りです!僕、法眼生成に憧れて武術を始めたので。」

 

「ウッ、ウルルッ。」

 

「ジャンヌも『光栄です』と喜んでおります!ジャンヌはカンナさんに憧れて海向こうから留学に来たんです。」

 

「そうか。光栄に思う。」

 

央元もそうだが、央元の式神たちも厳しい状況でも明るく余裕に満ちた振る舞いを徹底している。2人曰く、「人命を救うのは当たり前、心と財産も守り抜いてこそ一流の式神」らしい。陰陽師や式神の動揺が一般人にどれだけ悪影響かを熟知しているのだろう。

 

(若くして見事だ。)

 

そんな2人がふと戦いの手を止め、空を見上げる。

 

「グアッ、ガオ?」

 

「法眼先生、あれが見えますか?」

 

「む?」

 

暗くなりつつある空に何か大きなものが浮かんでる。

 

「何なのでしょう、あれは?どんどん大きくなります。」

 

「ゴゥ……」

 

「恐らく雲だが……雲が出るような天気ではないな……」

 

警戒を露わにする3人。

 

小さくおぼろげな雲。それはどんどん大きく、濃くなっていく――

 

▽▼▽▼

 

庁舎前。

 

「あいつが3人を凍えさせてる張本人ってわけですか?」

 

「そうよ……マズいわね。」

 

空に、ヒビが走っていく。透明な何かの向こうに隠れていた存在が、瞳の無い金色の一つ目でこちらをのぞいている。

 

ヒビは徐々に大きくなり、黒い雲が噴き出す。

 

「フォオオオォォォォ――」

 

風が空洞を通り抜けるような不気味な鳴き声。その姿は暗雲そのもの。だが、強大なマガツヒの気配を放っている。呪雲のマガツヒがついにその異様を露にしたのだ。

 

「ひぃ……最初に見た時よりずっと大きくなってます……。」

 

「もの凄い殺気ですね。」

 

「狙われてるわね、ここ。」

 

黒雲の中から金色の目がこちらを見つめている。

 

何の前触れもなく急激に気温が下がり始め、真冬でも滅多に雪が降らないジュソウに雪が降り始めた。

 

「本当にマズいわね。」

 

アンナが顔をしかめる。

 

雪が公園を覆う結界に触れると、結界にヒビが入っていく。

 

「結界が!」

 

「ごほっ……わたしが。」

 

後ろから弱々しい声。どうやらリッカが覚醒したらしい。リッカが手のひらを地面に付けると、地面からドーム状に湾曲した壁が隆起し、結界ごと公園を包み込んだ。

 

「あの雪に触ると呪われて、わたしみたいになっちゃいますから気を付けてください。オモイカネさんが倒れた今、誰にも解呪できません。」

 

「雪に触れるなと言われても……。」

 

「無理難題は承知ですが、それでもっ……あっ、あっ!」

 

「リッカさん?」

 

「あっ……あっ……。」

 

突如、リッカの身体が氷で覆われ始める。氷は髪や指の先端から身体の中心へ向けてゆっくりと広がっていく。

 

「壁の……霊力を……通して……呪いが……」

 

「リッカさん、リッカさん!」

 

「後は……」

 

受け身も取れずに後頭部から倒れかけたリッカを慌てて支える。その瞬間――

 

「あっ!」

 

一瞬で体温が急低下する感覚。リッカの身体に触れた部分から氷が自分にも乗り移り、全身に広がっていく。

 

「カンナ!」

 

「アンナさん、来ないで!触れるとアンナさんも呪われます!」

 

「くっ……ちょっとオモイカネ!いつまで寝てんの!このままだと全滅よ!今すぐ起きて何とかしなさい!」

 

アンナが赤い剣の柄でオモイカネをバシバシと叩く。

 

「アンナさん。」

 

「何!?今こいつを叩き起こすところだからちょっと待って――」

 

「何とかなりました。」

 

「ふぇ?」

 

振り返ったアンナの目に入ったのは黒い炎に包まれたカンナの姿。

 

「ちょっ……アンタそれ、大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。」

 

黒い炎は熱を発さないが、呪いの氷を消し去ると鎮火した。

 

「アンナさん、もうオモイカネさんのお尻をイジメる必要は無いですよ。」

 

「あっ。」

 

オモイカネの尻を剣の柄でぐりぐりしていたアンナが慌てて手を止める。

 

「さっきの黒い炎、何なのそれ?」

 

「すみません、自分でもよくわからないです。ちゃんと使いこなせてるわけではなく、勝手に出てくるんです。」

 

「まぁ、無事で何よりだけど……何か作戦はある?リッカが倒れたからこの壁もいつまでももたないわよ。」

 

「1つだけ、この状況を打破できる可能性がある作戦があります。ただ、かなりリスクが大きくてアンナさんの負担が重いです。」

 

「私は案無しよ。手をこまねいてたら全員氷漬けになるんだから、リスクなんて無いようなもんでしょ?アンタに賭けるから、その作戦ってのを言ってみなさい。」

 

「ありがとうございます。実は、ああいう飛んでるやつを倒すのにおあつらえ向きの技があるんですが――」

 

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