あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第五十二話:英雄譚

ジュソウ総合病院。

 

「西賀君、急げ!」

 

「はい!あと3分でいけます!」

 

亮は央元と泥のマガツヒの空気砲で破壊された病院の結界を急ぎ修復していた。

 

「2人とも、あれを見よ!」

 

イズナが指した東の空に歪な形状の雲が広がっている。

 

「何だあれ……もの凄いマガツヒの気配だ。」

 

「大物だな。さっきからやけに寒いが、あいつの仕業かもしれねぇな。」

 

その時、亮の通信用の符からカンナの声がする。

 

「西賀さん、聞こえますか?」

 

「聞こえるよ、カンナ。どうしたの?」

 

「雲のような姿の未知のマガツヒに庁舎が襲撃されています。」

 

「こっちからも見えてるよ。特徴は?」

 

「普段は気配も姿も隠していて、獲物を仕留める時だけ姿を現すようです。雪に触れると呪われて、低体温を発症し、数分で身体が凍って動けなくなります。呪いで凍った人に触れても呪われます。」

 

「なるほど。そっちは無事?」

 

「住民は無事ですが、呪いで私とアンナさん以外は動けなくなっていて、今すぐ対処しなければ全滅します。」

 

「分かった。俺はどうすればいい?」

 

「アンナさんにできるだけ多くの霊力を送って下さい。後は私が倒します。5分後にマガツヒが生きていたら作戦失敗で庁舎は全滅していると思ってください。」

 

「分かった、すぐに送れるだけの霊力を送る!後は任せたよ!」

 

「お任せを。」

 

通信用の符が沈静化する。

 

物理的に離れていても、陰陽師から式神へは契約術式を通じて霊力を送り込むことができる。詳しい状況は分からないが、庁舎は今が勝負所なのだろう。

 

「やるんだな……西賀君。」

 

「はい。すみませんが庁舎の方に俺の全霊力を送ります。」

 

「やるからには出し惜しみはするなよ。結界は俺に任せとけ。」

 

「お願いします。」

 

仲間を信じ、任せる。西賀亮の仕事における基本戦略である。

 

(カンナが何とかするって言ったんだ。何とかなる!)

 

ここで全てを出し尽くしても構わない。それくらいの気持ちでアンナに霊力を送り込む――

 

▽▼▽▼

 

庁舎前の公園。

 

「来た来たっ!」

 

陰陽師の霊力を受け取り、アンナの身体が青白い光を輝く。

 

(さすがは西賀さん、こういう時の判断の早さが半端じゃない。向こうも戦ってる雰囲気だったのに、すぐにこんなに霊力を送ってくるなんて。)

 

戦いの中で霊力を失うリスクは大きい。時間が無さ過ぎて詳しい状況は説明できなかったのに、大した胆力である。

 

「行くわよっ、カンナ!」

 

「はい。」

 

公園を出る前にジュソウの住民たちを一瞥する。

 

「すぅ……すぅ……。」

 

みな、今はまだ一様に穏やかな寝息を立てている。

 

(358人いるんだっけ?私たちがしくじったら、この人たち全員死ぬのか。)

 

結界と壁から出ると、外は既に痛いほどの極寒である。早速身体が凍り始めるが、呪いのせいなのか寒さのせいなのか最早区別がつかない。

 

「やるわよ!」

 

アンナが自身の指に牙を突き立てる。1mmにも満たない小さな傷口から間欠泉のように血が吹き出す。血は吹雪に散らされることなく一筋の流れとなり、公園の外周を秩序を保って渦巻き始める。血の渦は急速に高さと勢いを増し、真っ赤な竜巻となり、竜巻が消えると深紅の要塞が公園を囲んでいた。

 

「住民はワタシが死んでも守り抜く!倒せなかったら承知しないわよ!全力でやりなさい、カンナ!」

 

アンナが叫ぶ。要塞創造で一気に霊力を使い果たしたのか、呪いが一気に進行し早くも下半身が凍りついている。

 

「はい!」

 

一歩進み出る。

 

(決める!)

 

カンナの奥の手はもちろん討飆である。

 

身体が凍っていく早さからして、あと2分もすれば自分もアンナも動けなくなる。討飆で呪いの元凶である呪雲のマガツヒを消し去るか、皆殺しにされるか、2つに1つしかない。

 

(甲陣展開。)

 

自分の顔程の高さに陣が生成され始める。

 

「……」

 

甲陣が完成するまでの間、最近読んだとある本のことを思い出していた。その本は北見慎が討飆の着想を得た英雄譚である。

 

『率嵐之禍獣至 人伏地而嘆 優勇士為人説勇気之言 勇士與獣戦 暗空以眩光照之 獣去而嵐静 然勇士不帰』

 

討飆はその昔、名も無き武芸者が風天という強大な霊獣を討伐するのに用いた技が元になっているらしい。

 

風のように気ままに現れてはいくつもの人里や国を滅ぼしてきた風天。またしても何の前触れもなく現れた風天の進路に、名も無き武芸者の故郷があった。

 

「もうお終いだ。」

 

「神は我らを見捨てたのか!」

 

絶望で最初(はな)から戦意を喪失している郷里の人々へ、名も無き武芸者は言葉をかけて回った。

 

「己を強者と信ずる者たちよ。家族を守れ。」

 

人々ははっとして己の臆病を恥じ、4歳の童から96歳の老婆までもが憑かれたように自身の家を補強し始める。

 

「己を強者の中の強者と信ずる者たちよ。故郷を守れ。」

 

技と体力に自負のある者たちが祈りの手を止め、山へ川へと走り狂ったように擁壁や堤防を建て始める。

 

「比類なき強者である我は、空高くから飆飆と喧しいあの獣を討ち、君たちの100年の未来を守るとしようか。」

 

名も無き武芸者は単身風天に挑んで戦死したが、風天も名も無き武芸者との戦いで深手を負い、以降100年間現れなかった。名も無き武芸者の奥義は風天の嵐を真正面から打ち消し、荒天の暗い空を眩い光で照らしたと英雄譚には書かれていた。

 

「……」

 

約10秒の思索の内に、甲陣の展開が完了する。

 

乙陣は使わない。衝撃波からの周囲の保護は全てアンナに任せる。

 

「ごほっ、ごほっ。」

 

寒さで感覚が麻痺しつつある。強風で立っているのも辛い。呪いの進行を抑えるのに霊力を絶え間なく消費し続けているので、討飆は1発しか打てない。

 

(この追いつめられてる感じ、瑠璃猿のマガツヒと戦った時を思い出すな。)

 

コンディションは最悪。しくじれば全滅確定。だが、こんな状況にも関わらず――

 

(私が守る。)

 

精神は澄みきって穏やかである。

 

(私が勝つ。)

 

強がりでもなんでもない。これは単なる予告である。

 

(私は蒼澄カンナ。北見慎の一番弟子。シジョウを救う女だ!)

 

古の英雄譚の主役のように、故郷を救った恩師のように、大事を成し遂げる自分の姿を克明に思い描ける。

 

(この街の358人を救えないなんて、あり得ない!)

 

こちらを見下ろす黄金の目をぴたりと見据えると、身体の震えがぴたりと止まった。

 

「死ねぇっ!」

 

怒号一声、甲陣に渾身の後ろ回し蹴りを浴びせる――

 

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