あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

54 / 67
第五十三話:勇士帰

地上から放たれた一筋の光が吹雪を蹴散らしながら天高くへ飛翔する。高く、高く、高く――

 

「フオオォォォ」

 

黒雲を貫いても勢いは衰えず登り続け、ついに轟音を立てて炸裂する。

 

「オ……オォォォ……」

 

光に飲まれ、驚愕に目を見開く呪雲のマガツヒ。マガツヒとしての形を保っていられたのは数秒の間だけ。光は呪雲のマガツヒの実態の無い身体を吹雪と一緒に掻き消しながら空に広がっていく。

 

その輝きは寺で激戦を繰り広げている真っ最中の鬼一法眼の元にも届いていた。

 

(見ているか、慎。)

 

一瞬の鋭い突風の後、吹雪がぴたりと止む。

 

(これが其方が残したものだ。)

 

嬉しかった。誇らしかった。全ての人にカンナを知ってほしかった。

 

「カンナーーッ!」

 

すっかり熱を奪われた冷たい身体の内側から熱いもの迸るのを抑えられなかった。

 

▽▼▽▼

 

カンナはまたも衝撃波で吹き飛ばされ、おまけに吹き飛んできた色々な物の下敷きになっていた。

 

「ぶはぁっ!」

 

ようやく下敷き状態から脱出。マガツヒの気配は消え、吹雪も止んでいる。呪雲のマガツヒを倒せたことは間違いないだろうが――

 

(……結界の気配が全然しないんだけど。)

 

公園は内から順に結界、リッカの壁、アンナの血の要塞で覆われていたはずだ。一番内側の結界の気配がしないことが暗示するのは、はっきりいって最悪の事態である。

 

(ヤバい。ヤバいヤバいヤバい――)

 

吹き飛ばされたせいで公園の方角は分からない。粉塵が酷く、不可視の鎧のお陰で目を開いていられるが、ほとんど何も見えない。

 

「……」

 

不安に駆られながら視界が開けるのを待つ地獄のような時間。だが、その時間が過ぎるのが恐ろしい。視界が開けたら住民のバラバラ死体が散乱しているかもしれない――

 

(ここは……)

 

ようやく周囲の状況が把握できるくらいに粉塵が収まる。

 

どうやら、丘から庁舎へ続く坂道を下りきったあたりまで吹き飛ばされたらしい。

 

庁舎は最後まで残っていた西棟が倒壊し、いくつかの大きな瓦礫と骨格材の残骸がそこに大きな建物があったことを示すのみである。

 

そして問題の公園だが、やはり結界が消えている。アンナの要塞とリッカの壁もろとも衝撃波で破壊してしまったらしい。住民を皆殺しにしてしまったかと肝を冷やすが、どういうわけか土を固めて作った箱のようなもので公園全体がすっぽりと覆われている。

 

「誰か、誰かいますか?」

 

慌てて駆け寄ると、箱の側面についた扉が開き、中から尻をさすりながらオモイカネが出てきた。

 

「陰陽寮の方ですか?」

 

「そうです。西賀亮班の新人の蒼澄カンナです。」

 

「私はオモイカネです。まずは中へ。」

 

箱の中に入ると、住民たちが変わらず穏やかな寝息を立てている。

 

「はぁ……みなさん無事だったんですね。」

 

重すぎる十字架を背負う必要は無いと知り、思わずため息が零れる。

 

「カンナさん、派手にやりましたねぇ。」

 

住民に混ざってぶっ倒れているリッカがこちらに苦笑いを向ける。

 

「この箱はリッカさんが?」

 

「ええ。凍っても辛うじて意識を保っていまして。壁と結界がもの凄い勢いで壊され始めたので、反射的に防御したら、ギリギリ何とかなりました。ずっと呪いで倒れていたお陰で、霊力が有り余っていたのが幸いでした。」

 

「本当に、もう、ありがたすぎてお礼の言葉が見つからないです……。」

 

任務が終わったらリッカにはたっぷり礼をしなければならないだろう。

 

リッカの隣で血みどろのアンナが倒れている。

 

「ぁ……ぁっ……」

 

一応生きているが、討飆の衝撃波で凄まじいダメージを受けている。オモイカネが慣れた手つきで応急処置を施しているが、本格的な治療が必要だろう。

 

つまり、胸を撫で下ろしている暇はない。今すぐ行動しなければ。

 

「状況をとりまとめて西賀さんに報告します。」

 

▽▼▽▼

 

ジュソウ総合病院。

 

アヤノは病院の敷地から少し離れた場所で、強力なマガツヒと死闘を繰り広げている真っ最中である。空のことも、吹雪のことも、気にしている余裕がないほどに。

 

「ガヒヒッ!」

 

笑い声とも咆哮ともつかない鳴き声を上げながら襲い来るは泥のマガツヒ。体高約3m、黒い粘着質な泥でできた人間の上半身の像のような姿をしているが、動きは恐ろしく俊敏である。べちゃべちゃと縦横無尽に跳ねまわり、時に地面に浸透して姿を隠し、殴打の瞬間だけ硬質化する野太い腕で一撃を叩き込んでくる。

 

「ガヒッ!」

 

頭を狙ってきた敵の一撃を右手で持った愛刀鬼包丁で受け止める。

 

「ぅぐっ!」

 

凄まじい怪力に受け止めきれず、鬼包丁の腹が側頭部を強打しそうになるのを既に打撲痣と内出血跡だらけの左腕で受け止めて防ぐ。

 

「はぁっ!」

 

返しの一撃を腕に叩き込むが、切り落とされた腕は瞬時に泥水と化して傷跡に吸収され、あっという間に腕が復元される。

 

泥のマガツヒが飛び退いて距離をとる。着地と同時に両腕で地面を掴み、大きな口をがばっと開く。

 

「ガガガガガ――」

 

「!」

 

口の中で空気が渦を巻く。頭が向く先は背後にある病院。

 

(マズい!)

 

雄たけびを上げながら距離を詰め、鬼包丁を振り下ろして頭部を真っ二つにする。

 

「ガヒャェッ!?」

 

射出寸前だった空気の塊が凝集圧を失って四散し、勢いで吹き飛ばされる。

 

「ううっ……」

 

ダメージは軽くないが、こうするしかない。あと数秒対処が遅れていたら超威力の空気砲が射出されるところだった。

 

背後の病院から立ち込める粉塵。空気砲の最初の一発は病院に直撃し、6層の多重結界の内5層をまとめて破壊した。次の一撃は確実に中の住民ごと結界と病院を消し飛ばすだろう。

 

空気砲は予備動作が大きく、ダメージ覚悟で砲台たる頭部を破壊すれば射出を防げる。暴発のダメージで力尽きる前にマガツヒを倒さなければならないが、大きな泥の身体から弱点を探すのは至難の業だろう。

 

(この戦い方じゃ駄目だ……私が先に倒れる……変えないと……)

 

口内の血を吐き出し、吹き飛ばされても決して手放さなかった鬼包丁を支えに立ち上がる。

 

ダメージで意識が朦朧とする。打撲跡が増えていくのに痛みは遠のいていく。左手の肘から先の感覚がほとんどない。

 

「あ”ぁぁっ!」

 

「ガヒッ!」

 

家族が現地にいようといつも通りの仕事をする。その意気込みでジュソウへ来たが――

 

(コト(ねえ)……)

 

口先だけだったと認めざるを得ない。こんな状況でも姉のことを思い出しているのだから。

 

『アヤノ、あんたまだ式神になるとか言ってるの?あんたなら就職先なんて選び放題なのに、よりによって何で式神なの?』

 

『はぁ?せっかく受かった大企業2年で辞めた人が何言ってんの?』

 

『わたしは起業するだけ!式神みたいな危ない仕事じゃないでしょ?』

 

『そういう問題じゃないから!』

 

『そういう問題だから!』

 

喧嘩するほど仲が良いを地で行く姉妹だったと思う。姉は口やかましくて干渉も強かったが、こちらが強い意志を見せれば折れてくれる柔軟なところもあった。並外れて賢く、先見の明があり、思いやりと行動力があり、総じて見れば強く優しい姉だった。

 

そんな姉だが、結婚して央元の子を身籠った時にはかなり不安そうだった。

 

『三つ子なの。』

 

ジュソウ総合病院産婦人科棟202号室。姉は今そこにいる。出産予定日が的中していれば、今頃地獄のような難産に耐えている真っ最中のはずだ。

 

「ガフッ!」

 

泥のマガツヒの豪腕を完全に受け止めきれず、頭部を岩のように硬い腕がかすめる。

 

「う……」

 

意識が一瞬飛ぶが――

 

「ん”あ”ぁっ!」

 

「ガビュッ!?」

 

構わず返しの一撃を放つ。

 

「はあ”っ……あ”ぁっ……」

 

視界がぼやける。顔を伝う汗に血が混じり口の中に入ってくる。刺すような寒さすら遠のいていき、疲労と倦怠感が強まっていく。

 

『アヤノが本気で式神を目指すなら講術所の費用はわたしが貸すから。出世払いでちゃんと返しなさいよ。』

 

家族が現地にいようといつも通りの仕事をする。その意気込みでジュソウへ来たが、口先だけだったと認めざるを得ない。

 

『春樹君……シジョウの任務で大怪我しちゃったんだって……助かるかもわからないし、助かっても一生目覚めないかもしれないんだって……。』

 

こんな状況でも姉のことを思い出している。

 

「ガガガガガ――」

 

空気砲の射出準備に入る泥のマガツヒ。阻止しようとしてももう間に合わない。

 

『春樹君から急に『目が覚めました。退院したら職場に復帰します。心配かけてごめん。』って手紙が来たんだけど、わたしの婚約者をどんだけ働かせるわけ!?春樹君の上司殺してくるから、名前と居場所教えて!』

 

こんな状況でも姉のことを思い出している。

 

「ゴアァッ!」

 

射出される空気砲。射線上には自分とそして病院。回避は到底間に合わない。

 

『春樹君からアヤノはめちゃくちゃ優秀って聞いたよ。やるじゃん!』

 

こんな状況でも姉のことを思い出している。

 

「コト姉。」

 

だが、それも悪い事ばかりではない。

 

「コト姉えええぇぇぇ!」

 

普段では出せないほどの力が湧いてくるのだから。

 

鬼包丁を地面に叩きつけるように振り下ろす。アヤノから放たれた膨大な霊力の奔流が空気砲もろとも泥のマガツヒを捉える。

 

「ガ――」

 

霧散する空気砲、押し流される泥のマガツヒ。泥の身体が人型を維持できず無数の部位に分裂し、更に泥の飛沫にまで分解され、存在を保てないほどの細かな断片となり消滅した。

 

(コト姉、ありがとう。)

 

恨みつらみの感情を力とするイメージを持たれがちな般若のアヤカシだが、ある程度術に習熟するとそれ以外の感情、例えば愛のような陽性の感情をも術に変換できるようになる。

 

必要だったのは隙。すばしこく動き回る泥のマガツヒに渾身の一撃を命中させられる瞬間だけだったのだ。

 

「ふうっ……ふぅーっ」

 

泥のマガツヒとの戦いで体力と霊力をかなり消費してしまった。深く息を吸い込むことができない。

 

(まだ……まだだ……)

 

病院は最も守りが手薄である。自分が倒れればまず守り切れない。

 

(回復しないと……)

 

だが――

 

「ボルルゥッ」

 

背後から獣のような鳴き声。どうやらまだ休ませてはもらえないらしい。

 

「プアァァァン」

 

現れたのは獣骨のマガツヒの群れ。だが、今までのとは違うのが混じっている。

 

(……象?)

 

実際に象の骨格を見たことは無いが、一目でそうとわかる形、圧倒的巨躯。

 

「ウォァッ!ウォッ!」

 

他に、猿のような個体も混じっている。

 

「っ!来るならっ!来なさいよ!ほら!」

 

鬼包丁が普段よりも重く感じられる。酸欠で息が苦しく、思考がまとまらない。

 

「プォォッ!」

 

殺到する獣骨のマガツヒの群れ。鬼包丁を構えようとして、肩が外れて持ち上げられないことに初めて気づく。

 

「あっ。」

 

死。

 

自分は死なない。命がけの仕事でも、頭のどこかで何となくそう思っていた。死は遠いところにあり、工夫さえすれば確実に回避できるもののはずだった。

 

「ギャッ!ギャッ!」

 

「ウォワッ!」

 

迫り来る死の群れの前に、アヤノは無防備に放り出されていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。