あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第五十四話:奮戦

(終わった。)

 

獣骨のマガツヒの大群を前に行動を起こす体力すら残されていない。

 

人間は死に際に走馬灯を見るらしい。まとまりのないイメージが時系列を無視して脳内を駆け巡る。17歳の春、地域の就活イベントで聴講した現役の式神の講演に感動して「私も式神になる」と宣言したら母親に人生で初めてマジ切れされたこと。9歳の時、父親が勤務先の病院から独立することになりナクサに引っ越した時のこと。11歳の時、母方の祖母の葬式で両親と姉と兄が泣いているのを初めて見た時のこと。1週間前、食堂で亮とカンナの3人で昼食を食べていた時のこと――

 

身体は動かず、その代わりとばかり心臓が激しく鼓動する。

 

「プォォッ!」

 

足元の小型を踏み潰しながら突っ込んでくる象型。距離が縮まっていく――3m――地響きが伝わってくる。2m――もう手を伸ばせば触れられる。1m――

 

「ブロロロッ!」

 

通り過ぎていく象型。

 

「……?」

 

その後を小型が続く。どの個体もこちらには目もくれず走り去り、T字路を病院とは反対方向に曲がっていく。

 

(……何で?)

 

T字路の先から誰かがマガツヒと戦っている気配。後を追うと、誰かが獣骨のマガツヒの総攻撃を受けている。小型に集られて顔が見えないが、象型の頭部に飛び乗ってとりつき、頸椎に何発も踏みつけをお見舞いしている。

 

「プアァァッ!」

 

象型は滅茶苦茶に走り回り、街路樹をへし折り、建物の壁に激突して止まる。

 

「オオォォッ!オッ……」

 

ゴキッと大きな音を立てて折れる象型の首。象型が倒れ、戦っていた何者かが立ち上がる。

 

「カンナさん!?」

 

庁舎にいるはずのカンナだった。

 

アヤノには知る由も無いことだが、カンナは呪雲のマガツヒを倒した後亮に「病院に戻ってほしい」と要請された。遅れて庁舎に到着したリンに後を任せ、重傷を負ったアンナを担いで病院に駆け戻ってきたのだ。近くの民家に寝かせたアンナが狙われないよう、メグのクッキーを食べてマガツヒの注意を惹き付けながら戦っている。

 

もぎ取った象型の頭蓋を槌のように振り回し、小型を次々と叩き潰すカンナ。

 

「っああっ!」

 

頭蓋骨が砕け散ると、いつも通り素手での格闘戦。カンナは飛び掛かってくる小型を砕き、踏み潰し、渾身の力で引き裂いていく。

 

(凄い……。)

 

檻から放たれた魔物の如き孤軍奮闘ぶり。見ているだけで、どうしようもなく血が滾る。

 

「あ……あ”ぁっ!」

 

気づくと叫んでいた。

 

「ふんっ!」

 

無理矢理肩を嵌めなおすと鬼包丁を両手で引きずって参戦する。

 

「カンナさん!」

 

「アヤノさん!無事だったんですね!」

 

カンナは血だらけで霊力も残り少ないが、表情はいつもの余裕と覇気に満ちている。それはアヤノが彼女に期待する全てだった。

 

(まだやれる!)

 

すべてを使い果たしたと思っていたのに、急に身体が動くようになる。まだ戦える。鈍っていた感覚が戻ってくる。

 

興奮と衝動に突き動かされるかのようにカンナと共に戦い続けた。気づいたら夜になり、獣骨のマガツヒの群れは全滅し、その後もマガツヒと戦い続けて、戦い続けて――

 

「千里さん、誰か戦ってます!」

 

「援護やぁ!行けぇ!」

 

気づいたら陰陽寮の応援部隊が到着していた。アヤノはそれを見届けると脱水と出血によるショックで失神した。

 

▼▽▼▽

 

応援部隊はマガツヒを一掃し、ジュソウを解放した。

 

到着に2日かかると予想された応援部隊が1日足らずで駆け付けられたのは、上層部が部隊を編制するのを待たず、何人かの有力な陰陽師が独断で集結し現場へ急行したためらしい。

 

住民の死者13人、負傷者52人。襲撃の規模とタイミングからすると奇跡的な少なさと言える。

 

「お陰で助かったよ、西賀君。忙しいだろうに、飛んできてくれてありがとうな!」

 

「俺も央元さんと肩を並べて戦えて良かったです。」

 

亮はお世辞や社交辞令抜きでそう思っていた。自分より2年上の央元の卓越した仕事ぶりに素直に感激していた。

 

(俺と央元さんじゃ実力差がありすぎて参考にはできないな。)

 

……などとも思いつつ。才能の差というのは残酷である。

 

「アヤノさんが倒した泥のマガツヒ、リンさんが倒した触手のマガツヒ、カンナさんが倒した天牛のマガツヒは過去に他の人里に壊滅的な被害を出した名前付きで間違いないらしい。呪雲のマガツヒは観測事例が無いけど、あのヤバさはどう考えても名前付き級だろ。一度に4体も名前付きを倒すなんて滅多にないことだから、手柄を売り込むのも仕事の内と思って、西賀君も上にウマくアピールしなよ。」

 

西賀亮班は戦いの傷と呪雲のマガツヒの吹雪を浴びて極度の低体温に陥ったことによる肺炎で入院者が続出している。自分は比較的軽傷だが、アンナ、アヤノ、紅葉、リッカ、オモイカネは手術が必要となった。特にアンナは重症である。

 

(オモイカネだけ『臀部に殴打による内出血の跡あり』って診断されたのは何でだろう?)

 

入院せずに済んだのはメグとユメ、そしてなんとカンナ。

 

メグはいつも通り逃げ隠れしていたのでほとんど傷を負っていない。「怖い目にあったから傷心旅行に行く」とお見舞いの品だけ置いて颯爽とナクサに帰還した。

 

ユメは呪雲のマガツヒの雪をほとんど浴びておらず、住民を操ることに集中していて戦っていないので怪我をしていない。霊力の使い過ぎで失神したが点滴治療で当日中に退院し、自宅安静が命じられた。

 

カンナが入院せずに済んだのは……不明。病院から庁舎まで血みどろの戦いを繰り広げながら往復し、呪雲のマガツヒの吹雪に打たれ、アヤノが失神した後も戦い続けていたと報告を受けたのだが、半日の検査入院で「ほぼ治っているから帰っていい」と診断された。上半身の痛々しい裂傷も既に消えかけている。カンナの持久力と回復力がやけに高い事は前から勘付いていたが、滅茶苦茶である。

 

「姉貴はいつ頃ジュソウを発たれるんですか?」

 

「結界をきちんと張り直すまでは居ますよ。」

 

「カン姉ちゃん、ずっとここにいてよぉ!」

 

「姉様ぁっ!この街の守護神になってぇ!」

 

カンナは住民からカリスマ的人気があり、昼休みは常にファンに囲まれている。子供からは「カン姉」、男性からは「姉貴」、女性からは「カンナ様」か「姉様」と呼ばれることが多い。

 

「あたしを殴ってぇ!永遠に消えない傷を刻んでぇ!」

 

「キエェェッ!カンナ様の子を孕ませてぇっ!」

 

見ての通り、カンナ愛が有り余って脳が焼き切れた危ないファンも少なくないが、カンナは落ち着いて堂々と対応している。まるで芸能人だ。

 

「西賀さん、ジュソウの住民からみなさんへお見舞いの品です。」

 

「おっ、美味しそうなサクランボだね。俺からみんなに配っておく。」

 

カンナに手渡された大量のサクランボを式神たちの部屋に配って回る。

 

最初は206号室。ユメ、オモイカネ、アンナ、紅葉、リッカが入院している。病院側の厚意で班員は同じ部屋になるよう調整してもらっている。

 

「カンナさんは凄かったですね。さすがはアヤノさんがべた褒めするだけありますねぇ。」

 

「頼りになります。」

 

元気に会話しているのはリッカと紅葉。アンナは自分の力不足で住民を死なせかけたことにへこんでいる。オモイカネは呪雲のマガツヒに殺されかけたにも関わらず「自ら呪われたことで素晴らしい知見を得られた!」と論文執筆に没頭しており会話の輪から外れている。

 

「あいたた……。」

 

オモイカネは尻が痛むらしい。

 

「大丈夫?」

 

「ええ、単に痛いだけですので。でもおかしいですねぇ、尻もちをついた記憶は無いのですが……。」

 

「ア、アンタ途中でぶっ倒れたし、多分その時じゃない?きっとそうよ!」

 

アンナの口調から何かをごまかすような響き。さては、何か知っているのではないだろうか?

 

次は203号室。アヤノ、リン、イズナ、鬼一法眼、央元の式神である東雲ジャンヌが入院している。

 

「はい……会議には必ず向こうの管理職を参加させてください……一担当者と話しても意味ないんで……根回しも念入りに……あと資料に載せるデータのソースは前に私が使ったやつで……」

 

アヤノは包帯だらけの姿で当たり前のように仕事をしている。通信用の符で誰かに指示を飛ばしているらしい。鬼一法眼は「治った」と自己診断して屋上で鍛錬をしているので不在。安静にしているのはリンとイズナだけ。その様子を見たジャンヌはドン引きしている。

 

「リ……リン。」

 

「どうしたの、ジャンヌ?」

 

「アヤノ、何で仕事する?法眼先生、何で休まない?怪我してるのにおかしい!リンの陰陽師悪魔!」

 

「別にご主人様が無理強いしてるわけじゃないから……」

 

「みんな春樹のところにおいで?顔怖い、でも優しい男だから。」

 

どうやら自分はジャンヌに重症の部下に業務遂行を強いる鬼畜と誤解されているらしい。ジャンヌは西賀亮班の式神たちと1日で打ち解けるくらいには社交的だが、自分が話しかけると真っ白な毛を逆立てて警戒心を露にしてくる。

 

「ジャンヌさんもサクランボ食べますか?」

 

「嫌。」

 

真っ向から拒否。とても悲しい。

 

「はい……今日の4時までに修正して下さい……それでは」

 

ちょうどアヤノの会議が終わったらしい。どうしても気になることがあったので聞くことにする。

 

「アヤノってジュソウに知り合いがいたりする?」

 

「えっ?」

 

「行きの馬車で普段より緊張しているみたいだったからさ。」

 

「気づいていたんですね。実は姉がジュソウに住んでるんです。」

 

「えっ、そうだったの!?」

 

「姉が経営している会社が最近ジュソウに新しい工場を建てて、稼働が安定するまで数年はジュソウに住むことにしたらしいです。今は出産のためにこの病院に入院しています。気遣いで判断を誤らせたくなかったので敢えて黙っていました。」

 

「そうだったんだ……。」

 

身内に危機が迫るなか普段通りの仕事をして見せたアヤノのプロ意識にただただ脱帽するばかりである。

 

「入るよー。サクランボの差し入れー。」

 

央元が部屋に入ってくる。どうやら彼も見舞いの品のおすそ分けに来たらしい。

 

「アヤノさん、その怪我で仕事してるのかよ……」

 

苦笑する央元。ジャンヌが「奴隷労働!ブラック!」と追撃する。

 

「ジャンヌさん、ほい、サクランボ。」

 

「あっ、サクランボ好き!」

 

央元に渡されたサクランボをむしゃむしゃと頬張るジャンヌ。サクランボが嫌いだから受け取ってもらえなかった可能性が消え失せ、追い打ちで悲しい。

 

「西賀君……10分でいいから時間くれるかな?」

 

「はい。」

 

央元に連れられたのは入院患者用の個室。中で女性が海向こうの言語で書かれた資料を読みながら待っていた。

 

「コトノさん、西賀君を連れてきたよ。」

 

「初めまして。」

 

立ち上がろうとしてふらつく女性を慌てて央元が支える。

 

「コトノさん、立っちゃダメだってば!」

 

「えー、夫がこう言うので座ったまま失礼します。アヤノの姉のコトノです。こちらが名刺です……」

 

名刺にはコトノの身分として『株式会社カイチオプティクス社長』と書かれている。ピンと来ない社名だが、カメラや内視鏡のレンズを扱う会社らしい。

 

コトノは身長はアヤノと同じくらいだが、あまり顔は似ていない。目は垂れ目、髪は茶髪、アヤノよりも童顔でチャラそうである。だが、放つオーラはおかしみを感じるほどにアヤノと同質で、「仕事ができる女」感が半端ではない。ヒトの霊力が感じられる。

 

「アヤノが日頃お世話になっております。」

 

「あ、いえいえ。アヤノさんは大変優秀で、僕が支えられているようなものですので。」

 

「あっ、そうなの?確かにアヤノが優秀なのはそりゃそうだろうなって感じですが。」

 

(ものすごい姉馬鹿だな。)

 

「アヤノって何度か陰陽師を変えているでしょ?仕事で色々悩んでたみたいで、あの子そういうの抱え込んじゃうから、実家に全然帰って来なくなってたんです。でも西賀さんと契約してからはちょくちょく顔を出してくれるようになったので、家族一同安心しています。」

 

「それは良かったです。僕が特別何かをしたわけではないですが。」

 

「今日はどうしてもお礼を言わせていただきたくて……失礼……」

 

突如ふらつくコトノ。駆け寄る央元。

 

「コトノさん、もうおしまい。」

 

「そう?私もう少し仕事してから戻るから――」

 

「西賀君に挨拶したらすぐ戻るって約束しなかったっけ?」

 

「えー……春樹君、すごい記憶力~。」

 

「すごいだろ。30分前の会話だって俺は覚えてるんだ。」

 

「忘れろよ、もうっ!」

 

「さぁ、戻るよ!西賀君、来てくれてありがとうな。」

 

「アヤノをこれからもよろしくお願いします……ごほっ。」

 

支えられるようにして去っていくコトノ。央元が戻ってきたのは10分後だった。

 

「ったく、あの人は……。」

 

「ご病気なんですか?」

 

「病気ではないけど、一昨日出産したばかりなんだ。」

 

「えっ。一昨日?」

 

「しかも三つ子。」

 

「普通、子供を3人産んですぐに動けるようになるんですか?」

 

「無理無理、普通ならしばらくは集中治療室で寝たきりだよ。コトノさんは『24時間365日働けます!』を地で行くタイプの経営者でネジが外れてるんだ。俺や医者がいくら言っても仕事をしたがるから困り果ててるんだよ。」

 

身内を危機から守り抜けて緊張の糸が切れているのか、央元のテンションは高い。

 

「央元さん、仕事中ご家族のことは心配じゃなかったんですか?」

 

「心配、そりゃ心配さ!ぶっちゃけ仕事中もコトノさんのことで頭がいっぱいだったよ。今だから言うけど、仕事中に西賀君と何話したかほとんど思い出せないんだ。」

 

「央元さんはしっかりされてましたよ。」

 

もう彼に驚かされることは無いと思っていたが、家族のことで頭がいっぱいでもあれだけ戦えるのかとまた驚かされている。亮は央元に強い尊敬の念を抱き始めていた。

 

「それならいいんだけどな。俺は式神に家族が病院にいることを打ち明けたんだよ。俺んとこの式神は子持ちの既婚者が多いし、気持ちを分かってくれるかなぁって甘えもあってな。でも、アヤノさんはだんまりだったんだろ?」

 

「そうですね。気を遣わせたくなかったそうです。」

 

「ちゃんと緊張をほぐせるよう休暇でもあげてくれ。あれだけボロボロなのに仕事してるあたり、さすがはコトノさんの妹だよ。放っておくと動けなくなるまで働いちゃうからな。」

 

「そうします。」

 

ジュソウの攻防は終わってみれば半日強の戦いだったが、密度が高く1週間は戦った気分である。

 

(班のみんなに順番に休暇取らせるか……。)

 

▼▽▼▽

 

病院の一室。央元と、独断で応援部隊を組織しジュソウへ率いてきた千里が話している。

 

「ほな春樹、葛の葉さんの部隊への引継ぎも済んだからぼちぼち俺は帰るけど、今回はホンマに見事な仕事ぶりやったで。」

 

「いやいや、これ位当たり前にこなせないと洋二さんに祟り殺されますって。」

 

「そういえば、お前の義理の妹さん(おお)たで。アヤノさんやってんな、あの模範式神投票一位の。」

 

「そうです。」

 

「あの子、あちこち飛ばされて苦労してるんやろ。今は誰んところで式神やってるん?」

 

「西賀亮っていうナクサ本部の新人です。」

 

「ほぇー、知らんわ。どんなやつ?」

 

「明るくて度胸満点な感じです。体力もありますね。」

 

「ふーん。あかん、印象薄くてすぐ忘れるかも。」

 

「西賀君の式神に蒼澄カンナって子がいるんですけど、その子のことだけでも覚えておいて下さい。」

 

「蒼澄カンナ、知ってる!あれやろ、小久保さんが負けた瑠璃猿を倒した一般人。俺が駆け付けた時も元気いっぱいで戦っとったわ。」

 

「シジョウを救うために式神になった口ですよ、蒼澄さんは。」

 

「くっそー、そんなやつおるなら俺が契約したかったわ。ええわ、覚えとく。シジョウ奪還作戦は優秀なやつがわんさか必要になるからな。和道さんにも共有しとくわ。」

 

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