あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第六十話:獣の流儀

西賀亮班が引き受けた緊急の任務は霊獣絡みのトラブルの解決。一刻を争うとのことなので、たまたま執務室にいた西賀亮、アヤノ、ナタク、カンナ、紅葉、火天が現地へ急行する。近隣の支部へ転移の陣で飛び、荷馬車で任務の地タバへ向かう。

 

「タバとトラブルになってる炎鬼って霊獣がこれ。」

 

亮が広げた資料には全身を炎に覆われた二足歩行の屈強な牡牛のような生物が描かれている。

 

「炎鬼はタバのすぐ傍にあるタバ火山を縄張りにしているけど、敵対しなければ無害な霊獣で過去に討伐依頼が出たことはない。それが今日急に炎鬼がタバの人里に現れて『タバの住民が縄張りを犯したから罪滅ぼしに生贄を捧げよ、さもなくばタバを滅ぼす。』って難癖をつけてきたらしいんだ。」

 

「自業自得じゃないか。放っておけばいい。」

 

火天があくびと共に吐き捨てる。早く帰って寝たかったのを邪魔されて機嫌が悪いらしい。

 

「火天、そう単純な話でもなさそうなんだ。」

 

「どういうことだい?」

 

「タバの住民は誰も縄張りに入っていないらしい。そもそもタバ火山は簡単に人が入れる場所じゃないし、人間にとって有用な資源も採れないから入る理由も無いらしいんだ。」

 

「ふーん。妙な話だね。」

 

確かに妙な話だが、世の中には考えられない馬鹿もいる。無目的に火山探検に出かけて炎鬼の怒りを買った愚か者がいれば、何とか炎鬼を宥めるか、最悪討伐しなければならない。

 

(もし討伐するとなると厳しい戦いになるな。)

 

実物を見なくても分かる。明らかに外敵と戦うために発達した外見をしているし、人間に交渉を持ち掛けるほど高度な知能を有する霊獣は戦闘力を兼ね備えていることが多い。

 

「タバは潜毒が大流行しているらしいから、潜毒菌をナクサに持ち帰らないようみんな医療用マスクを着用してて。」

 

亮が黒い医療用マスクを全員に配布する。

 

タバに着く、炎鬼はなんと村の広場で胡坐をかいてふんぞりかえっていた。

 

(げっ!)

 

物陰から確認する。体高は10m近い。自らが発する高熱で周囲の地面を溶解させている。霊力の放出を抑えているが、それでも漏れ出る量から強大な力の持ち主であることが見て取れる。

 

(マズいな。どう見ても炎を操る霊獣だけど、こんな人里のど真ん中で戦闘になったら死者が大勢出るぞ。)

 

出方を迷っていると炎鬼の方から傲慢な声音でこちらに語り掛けてきた。

 

「そこに隠れている奴、出てこい。何だお前らは。」

 

「お、俺たちは陰陽寮だ。」

 

亮が応対するが、緊張で若干声が震えている。

 

「小童が何の用だ?この炎鬼様に説明することを許す。」

 

「タバと炎鬼が問題を抱えていると聞いて解決の手伝いをしに来た。」

 

「陰陽寮か。知っているぞ、人間のための組織だ。ふん、何が『解決の手伝い』か。どうせ俺を討伐せよと命令されているのだろう。」

 

炎鬼が鼻であざ笑う。

 

「ここの住民は俺の縄張りに侵入した挙句、ゴミを放置する罪を犯した。だが俺は慈悲深い。罪滅ぼしに生贄を寄こせば怒りを収めよう。さもなくばこの村を滅ぼす。それだけだ。問題など起きていない。小童の出る幕は無いと理解したか?」

 

「ゴミ?ゴミって――」

 

「目障りだ、5秒以内に視界から消えろ。さもなくば今すぐ村を火の海にする。5。4――」

 

「ちょっ――」

 

亮の背後をふわふわと漂っていた火天が不意に前に進み出る。

 

「0。」

 

そして黒マスク越しにカウントアップを宣言する。

 

「は?」

 

意味がわからないといった声音の炎鬼に、火天が炎鬼以上に傲慢な口調で語りかける。

 

「牛は数字が数えられないのか?僕は『0』と言ったんだ。時間切れだけど僕はお前の目の前にいる。どうした?村を火の海にしないのか?それとも牛頭では5秒前の自分の発言も思い出せないのか?」

 

「小娘、誰に向かって口をきいているか分かって――」

 

「お前こそ、誰に向かって口をきいているのか分かっていないらしいな。僕は火天。十二天が一柱、南東の大炎とはこの僕のことさ。」

 

「火天?火天だと!?ふははっ!」

 

炎鬼が上半身をくの字に折り曲げて爆笑する。興奮に合わせて周囲の気温が上がり、広場の残置物が発火し始める。

 

「なかなか笑える冗談を言うな。どういう事情があれば十二天が陰陽師と行動を共にするというのだ!?小娘、この炎鬼様を笑わせた褒美に真っ先に焼き殺して遺灰を火山の火口に撒いてやろう。」

 

「遺言はそれだけか?牛。」

 

「こちらのセリフだ!」

 

炎鬼が抑えていた霊力を放出する。予想通り凄まじい霊力だ。全身を燃え盛る竜巻が包み込み、炎で生成した武器を両手に握りこんで戦闘態勢をとる。

 

(今ここで戦うのはマズい!)

 

時刻は夕飯時。住民の避難はまだ済んでいない。このまま戦えばそれこそ村は火の海と化し大勢の住民が焼け死ぬだろう。

 

「ふん、牛の実力なんてこんなものか。」

 

火天も面倒くさそうに抑えていた霊力を放出する。炎鬼とは比べものにならない途方もない霊力だ。

 

「えっ。」

 

炎鬼の炎が線香花火が消えるかの如く鎮まる。広場の気温が一気に下がった。

 

「……。」

 

「……。」

 

「……本当に火天なのか?」

 

「最初からそうだと言ってるだろ。」

 

「……。」

 

「ん?」

 

「――サーセンしたあぁっっ!!」

 

炎鬼が地に倒れ伏す。いや、土下座している。

 

「お前、あっ、御身!御身をかの偉大なる瞋恚の炎、火天様とは露知らず、大変なご無礼をおぉぉ!」

 

ガンガンと鼻の頭を地に打ち付ける炎鬼。口調まで変わってしまっている。

 

「愚かな牛め!この僕への無礼、どう詫びるつもりだぁ!?」

 

炎鬼がペコペコするのを見て上機嫌になる火天。普段、十二天なのに畏怖すべき対象として扱ってもらえない不満を解消しているのだろう。マスク越しにでも彼女が垂涎せんばかりに破顔しているのが見て取れる。

 

「ははぁっ!火天様の奴隷になります!炎鬼の奴隷、興味ありません?僕こう見えて手先が器用なんで、マッサージとか壊れた家具の修理とか色々お役に――」

 

「ふん!愚かなしゃべる牛を従える趣向なんて僕は持ち合わせてないね。」

 

「え!?あっ、はい、失礼致しましたぁ!そうですよね、僕みたいな馬鹿牛が火天様のお役に立てるわけなんて――」

 

威張り散らす火天と尊厳をかなぐり捨てて媚びを売る炎鬼。そういえば、野生の世界では強く賢い獣ほど強者との戦いを避けると聞いたことがある。獣の流儀により戦わずして勝敗が決したのだ。

 

「牛。今回の一件は僕らに預けるんだ。君はもう関わるな。」

 

「はいぃ!かしこまりましたぁ!」

 

(えっ、もしかしてこれで解決?)

 

他の面々は能面のような無表情で霊獣たちのじゃれ合いを眺め続けるのだった。

 

▼▽▼▽

 

火天が炎鬼を屈服させたのと同じころ、リンはカンナの家で独り家主の帰りを待っていた。

 

(帰ってこないな……。)

 

カンナとは互いの家の合鍵を交換する仲である。

 

(退勤する前にご主人様がバタバタしてたし、緊急の任務が入ってカンナも呼ばれたのかな?)

 

先に夕食を済ませて寝る準備をするが、カンナはまだ帰ってこない。

 

(先に寝よ。)

 

冷たい布団に潜り込む。

 

(緊張するな……。)

 

リンは緊急任務に呼ばれなかった。明日の夜、以前ナクサの拠点を制圧した犯罪組織「赤猿組」の本拠地であるラクドウの倉庫群を強襲するためだ。複数の陰陽師による合同作戦で、西賀亮班からはリン、小狐丸、鬼一法眼、クラマ、太上老君、式神でありながらナクサの同心でもあるチヨミが参加することになっている。

 

本拠地はナクサの拠点とは比べ物にならない大きさらしいが、赤猿組の犯罪の証拠、具体的に言うと違法武器やインチキ霊具を大量に押収できると期待されている。赤猿組の背後には「黒城会」というより大きな犯罪組織がついているとされ、両組織の関係を暴き黒城会にダメージを与えられれば未来の犯罪被害者を数千人単位で減らせるらしい。

 

大規模任務への抜擢。名誉なことだと頭では分かっているが、誇らしさより不安の方がはるかに大きい。ここ数ヵ月、鬼一法眼の道場で稽古をつけてもらっているにも関わらず成長を実感できていないためだ。

 

道場では鬼一法眼とカンナ、たまに遊びに来るようになった央元班のジャンヌ、薮原と模擬戦を中心にした鍛錬を行っている。模擬戦では全戦全敗、しかも全ての試合で手も足も出ず惨敗している。

 

師である鬼一法眼や不世出の才を持つカンナに勝てないのは当然である。薮原も大男でしかも元職業格闘家らしいので負けても仕方がない。だが、ジャンヌは格闘技を始めてまだ1年らしい。ジャンヌも自分よりはるかに体格に恵まれているが、それを差し引いても一方的にボコボコにされまくるとさすがにこたえるものがある。

 

(私って対人格闘の才能無いのかなー。)

 

そう思わざるを得ない。

 

『リンも順調に成長してきたな。』

 

『相当強い奴が相手でもない限り殴り合いなら秒殺だよ。』

 

『リン、いい感じ!』

 

『リンちゃんセンスあるよ。もっと若いことに始めてたらプロも狙えたんじゃない?』

 

稽古仲間は口をそろえて自分の成長を褒めてくれるが、それを素直に受け止められないほどにはこちらも自信を失っている。

 

(本当に私で良いのかな?)

 

選ばれた身にも関わらず、ついそう言いたくなることが何度もあった。

 

(本拠地には用心棒が大勢いるんだろうな。強い奴は全員小狐丸か法眼先生の方に行ってくれないかな。)

 

(地震とかで任務中止にならないかな。)

 

(明日起きたら急に『ごめん、やっぱりリン以外の人に行ってもらう!』とかならないかな。)

 

情けない妄想が脳内を埋め尽くして眠れない。独りになると否応なしに自分の心の弱さを見つめさせられる。こういう日こそカンナの腕の中で眠りにつきたいのに、なぜ今日に限って緊急任務なのか。

 

(カンナ……。)

 

椅子の背もたれに被せてある、カンナがよく部屋で着ている青いタオル地のパーカーを嗅ぐ。

 

(カンナの匂い!)

 

若く健康で強い女の匂いに、わずかにミント系の香水が混ざっている。カンナに抱きしめられている時のあの香りだ。

 

(カンナが任務に行っちゃったのが悪いんだから、これは私のもの!)

 

猫又の流儀により部屋着の所有権を奪い勝手に着用すると、リンはようやく眠りにつくことができた。

 

▼▽▼▽

 

鬼一法眼はユメからカンナの悪夢の調査結果を共有してもらい、道場で内容を反芻していた。

 

(恐らく我がカンナに感じた危うさと悪夢は無関係ではない。)

 

手がかりを求め、ここ最近は夜中まで陰陽寮の図書館で借りた古文書を読み漁っている。

 

(独房、殺人鬼のカンナ、骸骨、黒い炎……何を意味している?)

 

だが、真実は未だつかめていない。

 

(正体を暴くための決定的な何かが我には無いのだ。恐らくそれは本には載っていない。)

 

古文書を最後まで読み終え、本を閉じる。

 

(カンナの悪夢については人伝に聞くのではなく、我自身の目で確かめるべきか。)

 

▼▽▼▽

 

同じころ、イズナは新垣製薬の研究施設へスクナビコナを訪問しに行っていた。

 

スクナビコナは暗礁に乗り上げつつある潜毒の感染拡大についてイズナにかいつまんだ説明をしている。

 

「――というわけで、潜毒菌は毒性は強いし感染経路も多彩で厄介な菌なのは間違いないけど、普通の健康な人の免疫には簡単に負けちゃうの。」

 

「それにも関わらず大陸中に感染が広がっているわけか。」

 

「そう。最初に潜毒が流行したのはラクドウなんだけど、知ってた?」

 

「いや、初耳だ。」

 

「でしょ?ラクドウの外に広がらなかったから他の街では大して話題にならなかったの。だけどラクドウでの流行が落ち着いてしばらく間をおいてから、急に大陸のあちこちに広がっちゃって。」

 

「今に至るというわけか。」

 

「そう。感染規模、感染に要する時間、感染の広がる都市の順序、何もかもが潜毒菌の性質とも疫学とも辻褄が合わなくてお手上げ状態なの。誰かが意図的に菌を拡散してるって陰謀論の方がまだ説得力があるくらいにはね。」

 

「なるほどな。おぬしの仕事に影響は?」

 

「もしかしたら新垣製薬が出向期間を伸ばしてって言いだすかも。」

 

「分かった。亮に伝えておく。」

 

「よろしく。」

 

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