あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第六十三話:黒い人型

かつては堅気の製造業が物流拠点に活用していたラクドウの外れにある倉庫群。2年前までは部品や完成品の入出庫で常に荷馬車が行き来していたこの場所も、今や犯罪組織「赤猿組」が支配する魔窟である。

 

日々違法ビジネスに日々精を出していた犯罪組織「赤猿組」だが、今日は彼らの平穏が乱される日だった。ラクドウ警察と陰陽寮の合同部隊が強襲を仕掛けてきたのである。

 

「3人ともホー6に向かって!」

 

赤猿組は、というよりラクドウの犯罪組織は官憲を恐れない。他者を害することに微塵の躊躇も無い赤猿組の構成員たちが、組の主要なシノギの1つである違法武器の在庫を用いて死に物狂いの抵抗を見せる。銃、爆弾、危険な霊具。戦いは最初から戦争の様相を呈していた。

 

「このままホー6に行きますよ!」

 

「うん!」

 

「おう!」

 

銃撃音と爆撃音に負けないよう、至近距離にも関わらず通信用の符を通してやり取りする小狐丸、リン、薮原、クラマの4人組。クラマは上空から指示を出し3人が目的地へ走る。

 

「止まって!銃を持ったやつがいる!」

 

クラマの言う通り、進行方向に敵の一団を認める。動揺した様子で銃を構えながら右往左往している。無数の倉庫が密集し迷路のようであった倉庫群は、杉の壁であちこちが分断されて複雑さを増し、敵から地の利を奪っている。

 

(全員ヒトだ!)

 

リンが遮蔽物で銃を防ぎつつ距離を詰め、不意打ちであっという間に全員を蹴散らす。

 

「ゴラァ!」

 

「殺すぞ小娘がぁ!」

 

背後のコンテナの陰から飛び出てくる影が2つ。

 

(アヤカシだ!)

 

だが、こちらは小狐丸と薮原が秒殺する。

 

「そこから北に直進して突き当りを左折して!途中にある赤い屋根の崩れかけの建物が見える?そこに敵が3人いるから気を付けて!ごめん、ボクも今襲われてるからしばらく指示できない!」

 

通信用の符からクラマの声が響く。見上げると、クラマが凶器を携えた暴漢2人と相対している真っ最中だった。赤猿組にも空を飛べるものが結構いるので空からの案内人も安全ではない。

 

「行きましょう!」

 

強襲作戦の目的は赤猿組の犯罪の証拠を押収すること、そして組長、副組長、若頭の三幹部を全員捕縛することである。小狐丸たちは敵の数を減らしつつ幹部が居ると思われる地点を目指していた。

 

「死ねっ!」

 

「くたばれよ警察共が!」

 

容赦なく向けられる殺意、暴力の矛先。

 

(怖い。)

 

これほど強烈なむき出しの悪意に晒されたことなど一度も無い。冷や汗がながれ、全身に鳥肌が立つのが分かる。

 

振り下ろされた太刀を躱して肘鉄をお見舞いし、男の意識を奪う。気絶した男を投げつけてもう1人の身動きを封じ、倒れたところを顔面に掌底を叩き込む。敵とは言え人間の肉がひしゃげ、骨が折れる感触が全身を駆け巡る。

 

(気持ち悪い。)

 

だが――

 

(やれる。私はやれる。)

 

ほとんどの敵を圧倒している。悪意に対する恐怖。敵を傷つけることへの嫌悪感。動揺しつつも、そんな自分を冷静に見つめている。

 

「図に乗るなよコラっ!手前らはここまでだ!」

 

(こいつは強い!私じゃ勝てない!)

 

赤猿組の構成員の4人に1人はアヤカシ。更にその内4人に1人くらいはリンには太刀打ちできない強者がいる。だが――

 

「圭司!あいつをお願い!」

 

「おう!リンちゃんは後ろを頼むぜ。おいこらぁ、そこの社会のゴミクズ!お前の相手は俺だぁ!」

 

無理に立ち向かう愚は犯さない。強敵は薮原と小狐丸に任せ、自分はとにかく雑魚の数を減らすことに専念する。

 

「はぁっ、はぁっ。」

 

いつもより疲れ出すのが早い。吐き気がする。自分でも不思議だが、マガツヒと殺し合いはできても武装した人間に攻撃されるのは途方もなく恐ろしい。だが、敵と相対すれば「今はやらなければ」という義務感が恐怖に打ち克ち戦いに集中できる。

 

(大丈夫。まだやれる。やっぱり法眼先生の稽古は無意味じゃなかったんだ!)

 

稽古仲間の成長を称える言葉が気休めではなかったことを、重火器で武装したならず者の集団に立ち向かっている今が証明している。

 

「ごめん、やっと倒した!そっちは大丈夫?」

 

「おう、クラマちゃん。こっちは問題無しだ。」

 

「進行方向に大きな三角屋根の倉庫は見える?そこを右折したらホー6まで一直せ……」

 

「ん?どうしたクラマちゃん?」

 

「クラマさん?」

 

「ううっ……」

 

通信用の符からクラマの弱々しいうめき声。

 

頭上から液体が落ちてくる。見上げるとクラマが口元から血を垂らしながら真っ逆さまに落ちてくる。

 

「うおぉっ!?」

 

薮原が受け止める。クラマは気を失っておりピクリとも動かない。

 

「撃たれたのか?」

 

「いえ、そんな痕跡はどこにも……。」

 

「とにかく助けを呼ぶか。」

 

「ええ。」

 

その時、リンはこちらに1人の男がこちらに近づいてくるのを察知した。

 

「気を付けて。敵が来てる。」

 

「ん?ヒトだな。」

 

「妙ですね。銃を持っていません。」

 

こちらは一目でアヤカシと分かる風貌の3人組。重火器無しのヒトでは太刀打ちできないと分かるはずだが、男の足取りには迷いが無い。

 

男が懐から異様な気配を放つ脇差のようなものを取り出す。

 

(霊具だ!)

 

全身の細胞が危機を察知しざわめきだす。

 

「くそっ!」

 

薮原がいち早く飛び出し、リンと小狐丸を守るように仁王立ちで立ち塞がる。

 

「斬り裂け、弟切草!」

 

「うぉごっ!?」

 

男が抜刀すると同時に薮原が大量に吐血して倒れ込む。

 

「がぁ……ぁ、き、斬られた……?」

 

男が納刀する。

 

「斬り裂け――ああっ!来るなぁっ!」

 

だが次を放つより早くリンが男を蹴り倒す。男は泡を吹いて動かなくなった。

 

「本部、聞こえますか?4班の小狐丸です。クラマさんと圭司さんが敵の霊具によると思われる攻撃で大量に出血しています。救護をお願いします。」

 

「老君ちゃんは今別のところに着手してる!ちょっとだけ耐えて!」

 

通信用の符から作戦の責任者である北別府の声が応じる。1分ほどすると空から太上老君の治癒術の光が降り注ぎ始め、苦悶の喘ぎ声をあげていた2人が落ち着き始める。

 

「もう間もなくチャンくんがそっちに着くから!」

 

しばらくすると中肉中背の若い男が空を滑空するようにこちらへ向かってくる。北別府の式神で足長手長のアヤカシであるチャンだ。

 

「怪我人、治療室に運びます。凶器、回収します。」

 

「お願いします!」

 

チャンが海向こうの言語で念じると、10m近い長い手が肩甲骨あたりから生えて怪我人と脇差を優しく掴み上げる。更に念じると今度は臀部から20mはあろうかという長い脚が生える。

 

「なんだありゃぁっ!?」

 

「巨人がいるぞ!殺せ!」

 

途端に銃撃に晒されるが、長い方の手足は物理攻撃に耐性があるらしくチャンは平然としている。邪魔者を蹴散らしながらチャンが戻っていく。

 

「リンさん、行きましょう。」

 

「うん。」

 

小狐丸と2人、先を急ぐ。

 

いよいよホー6の地点に到着する。地点と言っても単に赤猿組の幹部が詰め所にしている倉庫があるだけの場所なのだが――

 

「居た!」

 

屈強な体格の猿のアヤカシが手下に指示を飛ばしている。赤猿組の組長だ。

 

「急げぇ!あれだけは渡せんぞぉ!」

 

構成員たちが大量の保管物の中から1つの箱を抜き出し、組長に投げ渡す。

 

「組長、こいつを!」

 

箱を受け取るや否や走り出す組長。

 

「あの足の速さ、私では追いつけません!リンさん、ここは私に任せて追ってください!」

 

「分かった!」

 

脱兎の如く駆けだす組長。後を追うリン。

 

(わざわざあの箱だけを選んで持ち出した!大事な証拠なんだ!)

 

予想を裏付けるかのように、逃走経路で銃撃戦が繰り広げられていようと霊術のぶつけ合いがあろうと組長は駆け足を全く鈍らせない。鬼気迫る逃げっぷりだ。

 

(そんなにその箱が大事なの!?)

 

命からがら後を追い倉庫群を北に抜け出る。組長が今にも馬を走らせようとしている。

 

「待て!」

 

その辺に落ちていた木箱を馬の前に投げつけると、動転した馬が暴れ出し組長を振り落とした。

 

「畜生がぁ!」

 

「投降して!そうすれば傷つけない!」

 

「馬鹿言うな、クソ女が!手前も手前の家族も家族も地獄に送ってやらぁ!」

 

組長が懐からあの脇差を取り出す。

 

「切り裂け––」

 

「させない!」

 

抜刀される前に距離を詰めるが、組長は自ら脇差を取り押した。もう一方の手は固く拳を握りしめている。

 

(罠だ!)

 

顔面目掛けて飛んできた拳をギリギリで防ぐ。鍛錬を積む前の自分なら顔面を砕かれて早くも敗北していただろう。

 

「死ねやぁ!」

 

防御を固めるリンに拳が降り注ぐ。

 

(強い……体力任せじゃなくて打撃術の訓練を積んでる動きだ。)

 

敵の攻撃を防いでもダメージが無いわけではない。拳を受け止める腕の皮膚が破れ、肉の深くで内出血しているのが分かる。素手での打撃は防御を容易にすりぬけ、既に何発も胴や顔面に届いている。

 

(耐えろ……私の実力じゃまだ反撃はできない……。)

 

嵐のような猛攻だが付け入られるほどの隙は無い。だが、組長が早くも肩で息をし始めていることにリンは気付いていた。

 

(組長は一刻も早くこの場を去りたいのに、私に邪魔されて、手下も足止めで低いっぱいで助けに来ない。かなり焦ってるはず……。)

 

雄たけびをあげ、口角泡を吹きながら腕を回し続ける組長。息苦しそうだが勢いはまだ衰えない。

 

(耐え凌げば組長はいつかミスをするはず……)

 

この数ヵ月間、鬼一法眼の元で稽古を積んだが、ほとんど新しい技を身に着けていない。鍛錬したのは防御、突き、下段蹴りのみ。連続技は訓練すらしていない。

 

『半端な技は実戦では役に立たぬ。数は少なくても使える技を身につけ磨くのだ。』

 

『リンの打撃力ならちゃんと当てればだいたいの敵は倒せるよ。敵のミスを誘って確実にイイのを命中させることを意識して。』

 

鬼一法眼とカンナの言葉を思い出しひたすら勝機を伺う。

 

(私はカンナみたいに小さなミスは突けない……待たなきゃ……)

 

亀のように防御を固めひたすら殴られる。目と口に血が流れ込むが拭う暇すらない。

 

(組長は強い……体力も技も私より上……でも稽古仲間(みんな)ほどじゃない……いつかミスをするはず……)

 

その時、組長の拳がリンの右頬をとらえる。飛びそうになる意識をぎりぎりで掴み、防御を維持する。

 

(耐え続ければ勝機は来るはず……組長は苛立ってる……隙を突いて一撃で倒す……)

 

組長の顔面を狙った上段蹴りを防ぐが、防御の上から凄まじい衝撃が顔面を襲う。

 

(耐え続ければ……勝機は来る……)

 

頭が回らなくなり始めるのが自分でもわかる。耐えろ、隙を突け。その言葉が脳内にひたすら反響し続けている。

 

「はぁっ!はぁっ!いい加減にくたばれ!このクソ女が!」

 

組長が腹部目掛けて前蹴りを放つ。躱せない。鈍器で殴られたかのような衝撃と共に大きく後ろに吹き飛ばされる。

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

腹部に力をいれ辛うじて堪えたがほとんど息ができない。

 

「っしゃおらぁ!」

 

組長の目線はリンではなく地面に落ちた脇差に向いている。厄介な敵に死を与える瞬間を想像し、組長の顔に残忍な笑みが浮かんだ。

 

「切り裂け、弟切そ……」

 

組長が脇差を掴んで目線を上げた時、最後の力を振り絞ったリンの拳が既に眼前に迫っていた。勝利を確信し目を外した瞬間をリンは見逃さなかったのだ。

 

「う––」

 

「っあああっ!」

 

脇差の攻撃で大量の血を吹き出しながら倒れるリン。だが、勢いの乗った拳が組長の顔面に深々と突き刺さっていた。

 

「うごっ……。」

 

「……。」

 

組長が倒れ、その上に覆いかぶさるようにリンが倒れる。

 

「く、組長!」

 

「組長が倒れてるぞ!」

 

倉庫街から構成員たちがわらわらと湧いてくる。

 

「組長をどこかに隠せ!」

 

「箱も忘れるな!」

 

リンはまだ辛うじて意識があった。だが苦痛で意識が朦朧とし声を発することすらできない。

 

(逃げなきゃ……箱を持って……)

 

身体を動かそうとすると腹部に耐えがたい痛みが走る。自分の呼気から濃い血の匂いがする。内臓を損傷したのかもしれない。

 

「ん?誰だこいつ」

 

「組の(モン)以外はどうせ敵だ!とりあえず殺せ!」

 

構成員の1人がこちらに銃を向ける。だが、引き金が引かれる前に構成員が力なく崩れ落ちる。

 

「無事か、リン?」

 

倒れた構成員の後ろから鬼一法眼が現れる。片手で引きずっている縄にはボコボコにされて気を失った幹部2人が縛り上げられている。こちらへ迫ろうとする者たちも狼化したジャンヌといつの間にか追いついていた小狐丸にバタバタとなぎ倒されていく。

 

「組長を捕えたか。さすがは我が教え子だ。」

 

声を出すのも億劫なので目線で組長が持ち去ろうとした箱を示す。

 

「うむ。これも回収せねばな。大手柄だぞ、リン。」

 

鬼一法眼が懐から通信用の符を取り出す。

 

「こちら7班の鬼一法眼だ。倉庫群の北で幹部3名を拘束。重要な証拠と思われる物品を回収した。4班のリンが重傷を負っている。速やかに応援を。」

 

「北別府です。すぐに応援を送ります。物品はどのような物ですか?危険がなければ確認をお願いします。」

 

「確認する。」

 

鬼一法眼が箱を開ける。そして眉を潜めた。

 

「これは……黒い人型?黒く塗装した木材で作った人型のようなものが何個も――」

 

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