あやかしランブル!~蒼澄カンナ伝:私の家がなんかデカい穴に呑み込まれてるんですけど……~   作:吾輩はもぐらである

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第六十五話:エゴ

ある日、執務室でいつも通り作業していると亮に声をかけられた。

 

「カンナ、アヤノ、和道さんが呼んでるからちょっと来て。」

 

(何だろ?)

 

何の用事か見当もつかない。だがアヤノは「もしかして」と心当たりあり気な表情を浮かべている。

 

亮に連れられ陰陽寮の幹部の1人である和道の執務室へ向かう。

 

「西賀です。アヤノとカンナを連れてきました。」

 

「入ってください。」

 

部屋に入ると長身痩躯で松葉杖をついた隻脚の男が茶の準備をしている。和道だ。

 

「急に呼びたててしまって申し訳ありません。5分で終わりますから。」

 

「あっ、お茶運びます。」

 

和道が茶を運ぼうとするのを抑える。

 

「ありがとうございます。」

 

笑みを浮かべる和道。温雅な雰囲気の50歳前後の男だが、修羅場の潜り過ぎで目の奥に異様な暗さが潜んでいる。

 

「お忙しいでしょうから早速本題から。アヤノさんとカンナさんが模範式神投票の上位5人に選ばれました。」

 

「うそっ。」

 

「おおっ!」

 

亮、アヤノと顔を見合わせる。

 

「お2人の仕事ぶりは抜きん出ていますから。それにしても、班から2人も上位5人を輩出するとは西賀さんの採用力も大したものですね。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「再来週結果発表があるので出席をお願いします。最終的な順位はそこで発表されますのでお楽しみに。それと、上位5人に選ばれたことは一応内密にしておいて下さい。結果発表はお祭りみたいなものなので、先に結果が分かるとつまらないでしょう。そのことをお伝えしたかっただけです。」

 

「承知しました。」

 

「あとこれはカンナさん個人に伝えたいことなのですが。」

 

「私個人に?」

 

「ええ。結果発表には第八管轄区長の千里清治が来ます。」

 

一瞬胸がかっと熱くなった。

 

「カンナさんにとってはとても重要な情報でしょう?」

 

「……仰る通りです。」

 

思わず舌なめずりしそうになり、湯呑に口をつけてごまかす。

 

(千里さんが来るのか!)

 

シジョウ奪還作戦の最高指揮官の千里だが、残念ながらナクサにはたまに出張でやってくる程度なのでお目にかかれる機会は非常に少ない。挨拶を交わしたことがあるが、向こうが自分のことを覚えているかすら怪しい。

 

「千里君はいつも人材を探しています。投票で一位になると短いですがスピーチをする時間を与えられますから、印象に残るよう備えておくことをお勧めします。」

 

「お気遣いありがとうございます。」

 

和道はナクサにいる。非常に気さくな人なので、機会があれば声をかけ相手の耳にタコをつくる気でシジョウを取り戻す意気込みを語って聞かせてきたが、どうやらそれが活きたらしい。

 

(千里さんの性格は色んな人の評判や議事録である程度把握してるし、スピーチ考えとくか。)

 

そんなこんなで模範式神投票の結果発表の日がやってきた。

 

模範式神投票は素行と仕事の成果に卓越している式神に陰陽寮の職員が投票し、上位者を表彰する催しである。素行も重要なので、西賀亮班に多い「素行に難ありだが成果は出している」系の式神はまず勝てない。有り体に言うと、事務部門と実動部門の双方から非の打ちどころが無いと評価されるような式神が勝つ催しである。

 

結果発表の会場は陰陽寮が借り上げた民間の会議場。決して小さい会場ではないが、各地の支部から駆け付けた陰陽寮関係者でほぼ満席である。

 

(何位かな?)

 

模範式神投票の上位入賞者の名は陰陽寮中に知れ渡るため、シジョウ奪還作戦に参加するために名を売りたいカンナとしては順位は非常に重要である。

 

上位5名は舞台袖で待機し自分が呼ばれるのを待つ。自分とアヤノの他に杉がいて、後の2人は知らない式神だった。

 

「さて、いよいよ上位5名の発表です!」

 

結果発表は演説に慣れている対外広報部門の人間が司会進行をつとめ、お祭りムードで進んでいく。

 

5位はナクサ支部長南山田班の式神伊良部アキト。研究部門に所属しており、30歳の若さで既に上級管理職の地位にある。霊術や霊具による犯罪や事故の捜査に長け、赤猿組の壊滅に貢献した成果を筆頭に功績が多々あるらしい。伊良部という名字にはっとしたが、やはり瑠璃猿のマガツヒとの戦いで殉職した伊良部祥子の元夫だったらしく、待ち時間中に亡き妻の仇を討ったことへの感謝の弁を熱く述べられた。

 

4位は央元班の杉龍一。何をさせても優秀な総合力人材で、今回の表彰は赤猿組壊滅作戦を裏方として支えた功績によるものらしい。スマートに見えて泥臭い仕事が得意らしく「不仲だったラクドウの行政、警察、陰陽寮西部第二支部を団結させた必殺技」と称して舞台で土下座を披露し会場の笑いを誘った。

 

いよいよ残るは表彰台に登る3人の発表である。舞台袖に残っているのはカンナ、アヤノ、北別府の陰陽師補佐を務める妖狐のアヤカシ神宮司キコ。キコとは面識がないが、ラクドウ警察と共に赤猿組を壊滅させる作戦の絵図を描いたのは彼女らしい。怜悧で図太そうな印象を与える顔立ちで「出来る女オーラ」が半端ではない。

 

「いよいよ模範式神投票、表彰台に登る上位3名を発表します!」

 

司会の一言で会場が静まり返る。

 

「3位は、去年の優勝者がまた表彰台に帰ってきました!表章する理由が多すぎて説明する時間が足りない司会者泣かせの彼女!ジュソウで名前付き1体を単独討伐!更に創立間もない3つの新都市の行政に顧問として携わり、限られた顧問期間でマガツヒと霊術犯罪に係る治安行政に大いに貢献して3都市全てから表彰されています!正に全ての式神、いや、全ての仕事人の鑑!いい仕事がしたければ彼女の背中から学べ!第一管轄区第一管区ナクサ本部西賀亮班所属、アヤノさんです!」

 

司会の高らかな宣言と共に観客から拍手が沸き起こる。アヤノが照れくさそうな笑みを浮かべながら舞台に上がり、客席に一礼してから表彰台に登る。

 

「続いて第2位はこの方!ラクドウに巣くう犯罪結社『赤猿組』壊滅作戦の指揮を執った若き大軍師!彼女の活躍により潜在的な犯罪被害が被害者数にして5000人、銭貨にして2000億は減ったとされています!卓越した企画力と先導力であらゆる困難を知的に解決!ラクドウ警察から幹部待遇で引き抜かれかけてるって本当ですか!?第八管轄区第一管区長北別府怜子付陰陽師補佐、神宮司キコさんです!」

 

「あっちゃ〜、あれだけ成果出しても2位ねぇ!おめでとうさんね、新人さん。あなた、よっぽどすごいんね。」

 

キコが舞台に上がり、観客に向けて笑顔で手を振りながら表彰台の位置までゆっくりと歩き、アヤノと握手してから表彰台の2番目に高い位置に立つ。

 

「第1位は年明けに式神になったばかりの新人。ただの新人ではありません!既に名前付きを4体も、しかもその内2体は式神になる前に討伐していたという超大型新人です!」

 

「名前付きを4体」「新人」の部分で会場がどよめく。

 

「腕っぷしだけじゃないんです!怒れる霊獣を歌声によって鎮める胆力と芸、今年の『防衛結界保全業務の効率化競技会』で最優秀論文賞を獲得する知力、マガツヒに家や家族を奪われた子供向けの福祉施設の仕事を継続的に支援したことで施設から感謝状を授与される仁徳!正に全方位超大型!『アヤノさんの一番弟子』とは本人の弁ですが、それでは尊敬する師に晴れ姿を見せていただきましょう!第一管轄区第一管区ナクサ本部西賀亮班所属、蒼澄カンナさんです!」

 

万雷の拍手を一身に受けながら表彰台に登る。だが、浮かれている場合ではない。

 

(……いた!千里さんだ。)

 

客席の中ほど、和道と葛の葉に並んで座っている千里の巨躯を認める。彼の印象に残ることこそがカンナにとっての最重要事項である。

 

「では、蒼澄カンナさんから簡単な自己紹介と今後の仕事に対する意気込みをお願いいたします!」

 

彼に少しでも好印象を与えられるようスピーチの内容は練りに練り、亮とアヤノ相手に何度も練習を重ねてきた。

 

(千里さんが好きなのは多分仕事ができて生意気でビッグマウスなやつだ。)

 

司会からマイクを受け取る。アヤノがこちらを振り向きウィンクしたのでウィンクを返し、話し始める。

 

「蒼澄カンナです。」

 

千里に目線を向ける。

 

「私はシジョウ出身です。例の穴に実家も、財産も、犯罪者に殺された家族のお墓も全て奪われました。」

 

例年一位になった式神は自分に投票した人々への感謝とか謙遜の言葉といった「お行儀の良い話」から話し始めるらしいが、誰が話しても同じ話に千里が興味を持つとは思えないので、そういうのはすべて無視することにしている

 

「地元で2年、事態が解決するのを待ち続けました。泣いて俯いていたわけではありません。毎日犯罪者やマガツヒと戦っていました。でも、いつまでたっても問題の根本は何も変わりませんでした。穴はいつでもそこにあって、地元の人たちは『あの穴からまたマガツヒが襲ってこないか』『もう昔のような生活には戻れないんじゃないか』って暗い顔をしているんです。」

 

一息置く。模範式神投票に参加するのは初めてだが、観客の反応から自分のスピーチが例年と比べて異質であることを察する。

 

「子供のころから正義の味方になるのが夢でした。私にとっての正義は社会問題を根本から取り除くことです。だから式神になって自分でシジョウを救うことにしました。」

 

千里がこちらを見つめている。どうやら自分のスピーチは退屈ではないらしく、身を前に乗り出している。

 

「私の意気込みはもちろんシジョウ奪還作戦に抜擢されることです。千里さん、どうか私を異界の穴に放り込んで下さい。」

 

千里がニヤッと笑うのが分かった。

 

「機会さえいただければ必ず黒蝗と笑い女を滅ぼし、作戦を成功させることを誓います。ここにいる全ての方が証人です。もう一度言います、私に賭ければ決して損はさせません。最後になりましたが、この度は多くの方に投票いただけたことを深く御礼申し上げます。ありがとうございました。」

 

▽▼▽▼

 

「カンナ!やったよ!千里さんがこの後飲まないかって!カンナと話したいんだって!」

 

舞台を下りると亮が飼い主の帰りを歓迎する子犬のように駆け寄ってくる。

 

(亮さんって何か可愛いな。)

 

一緒に舞台を降りたアヤノも嬉しそうに顔を輝かせる。

 

「すごいすごいすごい!凄すぎますよカンナさん!」

 

「一位になれたのはアヤノさんのお陰です。本当にありがとうございます。」

 

「カンナさんの実力の賜物ですよ。さあ、カンナさんにとってはここからが本番ですね。」

 

「はい!」

 

というわけで、亮と2人で千里と和道が待つ店へ向かう。

 

「ああ、蒼澄さん!千里清治といいます。急に呼んじゃってごめんね。」

 

「いいえ、そんな!光栄です。」

 

立ち上がって握手を求めてきた千里の手を握り返す。並外れて大きい自分の手を更に包み込んでしまう巨大な手。ごつごつとして肉厚で、皮は固く、怪我だらけであちこちに絆創膏が貼られている。正に戦う男の手だ。

 

「大分前に挨拶したっきりやったね。」

 

「ジュソウ事変の後に一度ナクサに来られた時ですね。覚えて下さっていたんですね。」

 

「蒼澄さんのことは和道さんや春樹から『ナクサにシジョウから来た蒼澄カンナっておもろい子がおるから()よ飯でもご馳走してこい』って言われとってさ。」

 

「千里君ったら、僕は前から言ってたのに今日になってようやくなんて!」

 

「いやぁ。俺も滅多にナクサには来られへんし、こっち来る時は予定が一杯なんですよ。」

 

千里が苦笑する。

 

(千里さんがそこまで私のことを認知してるなんて……。)

 

噂は知らないところで広まるものだ。

 

亮も目を輝かせて「光栄です」と2人と握手を交わしている。社交辞令ではなく本心だろう。少なくとも自分はそうである。2人は正に英雄と呼んでも過言では無い人物だからだ。

 

和道陽大。役職は陰陽師の頂点である主席陰陽師、幹部の1人である。今年で陰陽師35年目。偉そうぶらない性格で良い意味で幹部っぽくなく、上品すぎて戦っているところが想像しづらい御仁だが、数多くの偉業を成し遂げ陰陽寮史に名を刻むことが確定している偉人である。千里にとって師匠のような人物らしく、公私を問わず仲が良いらしい。

 

千里清治。役職は第八管轄区長。シジョウ奪還作戦の最高指揮官。彼の管轄区内では葛の葉を上回るカリスマがあり、人事通のリッカ曰く「大過無ければ次の主席陰陽師は千里でほぼ確定」らしい。身長188cmのカンナでも見上げるほど背が高く、筋肉質でガタイの良さも半端ではない。獅子を思い起こさせるもの凄い強面だが、お洒落のセンスは抜群である。

 

彼らの近年で最高の業績を1つ選べば、和道は黒蝗から故郷を守り抜いたこと、千里はシジョウの滅びを回避させしめたことが挙げられるだろう。

 

これまで黒蝗に襲撃された人里の数は32あるが、十分な数の住民が生存し存続している人里はわずかに3つしかない。1つは10年前に大ミミズク様が黒蝗を返り討ちにしたミナカタ、1つは3年前に北見慎が黒蝗を撃退したシジョウだが、残りが15年前に黒蝗に襲撃された和道の故郷「麦の国」である。

 

15年前、和道は当時彼の式神だった同郷の小久保仁と2人で麦の国に里帰りしていた。2人が故郷に滞在中、何の前触れもなく黒蝗が現れた。2人は戦いを挑み、和道が片足を失う重傷を負ういはしたが見事撃退に成功した。2人は救国の英雄としてあちこちに像が建てられ、麦の国では今でも男の子の名前として「陽大」「仁」が人気らしい。

 

千里は黒蝗と笑い女に急襲されたシジョウに独断で編成した部隊を率いて急行し、その後和道の猛プッシュでそのまま最高指揮官に任命された。当時の議事録によれば、シジョウの滅びはもはや避け難く、陰陽師や式神の犠牲を許容可能な範囲に収めつつ生存者を逃がす方法を検討するべきと考える者が多数派だった。千里はそんな面々に猛抗議して無数の策を編み出し、最終的に陰陽師と式神の犠牲を当初予想の5割、住民の死傷者数を3割に抑え、シジョウ中央区の都市機能を回復させる成果を挙げている。

 

そんな2人だが、幸いにして自分や亮のような年少の(ペーペー)相手に偉そうにするタイプではない。話してみれば気のいい大人の男である。仕事、趣味、私生活、酒と飯の話。職場の飲み会でありがちな話題でしばらく盛り上がるが――

 

「蒼澄さんの今日のスピーチ、ホンマに最高やったわ。」

 

ちょうど20合目の徳利が空になった時千里が話題を変えた。

 

「みなさんを退屈させていなければ幸いです。」

 

「俺、模範式神投票はもう飽きるほど観覧してるけど、あんな熱くておもろいの初めてやわ。ね?和道さんもそう思うでしょ?」

 

「あははっ、そうですね。」

 

「俺な、今日は単純に蒼澄さんとお話したいなと思っててん。けどな、あんなおもろいスピーチ聞かされたら俺もおもろい話をせなアカンと思ってな――あ、西賀君にも関係あるからちょっと聞いてな。」

 

酔いで眠たげな亮が飛び跳ね、慌てて水を飲み干す。

 

「シジョウ奪還作戦の話や。」

 

千里もコップの水をごくりと飲み干す。卓の雰囲気が変わった。

 

「今はまだ異界への突入方法が分からんけどな、もし分かったとして、何人くらいの陰陽師をシジョウに送ることになると思う?」

 

「6人か、多くて9人だと思います。異界に大勢投入するのは危険が大きすぎるので突入するのは1部隊。穴周辺に待機して穴を観測しつつ不測の事態に備えるのが1か2部隊。残りの舞台は市街地に散って住民を監督することになるかと。」

 

「その通り!でな、どの部隊の役割もめっちゃ重要なんやけど、まあ普通に考えて花形は異界に突入するやつや。ありえんくらい危険やけど、シジョウを滅茶苦茶にした大物マガツヒを2体とも仕留めたらそれこそ歴史に名を残す偉業やからな。」

 

「私もそう思います。」

 

「どう?蒼澄さんはそういうの興味ある?」

 

「歴史に名を残すとかはあまり興味がありませんが……シジョウを救うことが私の全てです。そのために歴史的な偉業を為す必要があるなら為すだけですよ。」

 

「うーん。蒼澄さん、やっぱ最高やな!」

 

「素晴らしい……その意気ですよ、蒼澄さん。」

 

千里が豪快に笑い、和道が静かに微笑む。自身が偉業を為している御仁だけあって、実力ある若者のビッグマウスには非常に寛容である。

 

「でな、ここからはじゃあ誰を作戦に抜擢するかって話や。」

 

「もう目星はついているんですか?」

 

「せやな。ええか、ここからは他言無用で頼むで。もし明日異界に突入する方法が見つかったら突入するのは怜子の班や。」

 

(……やっぱり怜子さんか。)

 

「穴の周りに待機するのは俺と央元春樹。市街地に散る面子は検討の余地ありやけど、西賀君の班の実力なら市街地組に加えることは可能や。その代わり一番優秀な式神を連れてきてもらわな困るけどな。」

 

「怜子さんを突入班に抜擢した理由を教えていただけますか?」

 

「実力と本人の思い。当たり前すぎてつまらん答えやけど、結局はそこが大事やからな。」

 

非常に残念だが、千里の人事案は予想の範疇である。シジョウ奪還作戦に抜擢されそうな陰陽師の事は粗方調べたが、千里と距離が近く実績も抜群の北別府はカンナから見ても筆頭候補である。

 

「怜子さんご本人も異界に突入したいと思われてるんですか?」

 

「めっちゃ思っとる。怜子はシジョウが地元やし、実はな、怜子は旦那さんを黒蝗に殺されとるねん。」

 

「えっ!?知りませんでした。」

 

「うん。怜子さんの旦那さんはめっちゃ強い男で、俺の式神やってん。でも4年前に遠征先で黒蝗と鉢合わせして戦死してしまったんや。」

 

「怜子さんが異界に行きたいのはご家族の仇を討つためなんですか?」

 

「せやな。『黒蝗をこの手で始末するまで現場から退く気はさらさら無い』って前に本人が言うとったわ。」

 

千里が困ったような笑みを浮かべる。

 

「気持ちは分からんでもないけどな。怜子は女手1つで子供育ててるやろ。お前子供どないするねんって話や。」

 

「そうですね。娘さんと亡くなった弟さんの息子さんを育ててるんですよね。」

 

「ぶっちゃけるとな、俺は怜子に安全な後方支援部隊に転属してほしいねん。あいつの実力なら引く手あまたやし、本人が希望すればどこでも行けるはずやねん。けどな、この話を前怜子にしたら余計なお世話じゃってブチ切れられたわ。そうなると、公平に考えたら異界行は怜子の班になってしまうわけや。」

 

千里が深いため息をつく。本気で北別府と子供の身を案じているのだろう。

 

「なぁ、蒼澄さん。やっぱりシジョウの女性ってのはこういう時引かれへんもんなんか。」

 

「そうですね。千里さんが怜子さんを心配する気持ちはわかりますが、私が怜子さんと同じ立場なら異界に行きたいと思っていたはずです。」

 

「子供がおっても?」

 

「多分私と怜子さんって考え方が似てると思うんですけど、怜子さんは『勝って生き残れば問題は起きないから、勝って生き残ればいい』って考えているはずです。」

 

「うわっ、すごっ!怜子もそう言っとったで。」

 

「私自身がそうなのでよくわかりますが、怜子さんはシジョウの伝統的な女性像の見本ですよ。」

 

「一度火がつくと自分が負けるとかそういう事を一切考えへんのよな。どこそこの地域の女性は○○な性格が多い〜みたいなやつ、ずっとしょうもなっ!て思ってたけど、シジョウに関しては正しいと思うわ。」

 

「説得で怜子さんを引かせるのは無理そうですね。」

 

「せやな……。なあ西賀君、頼むで。西賀君がここからぐんぐん伸びてガンガン実績を積んでくれたら、俺も異界に行くのは西賀亮班やって堂々と言えるからさ。怜子も自分以上の適任者がおれば振り上げた拳を降ろせるやろ。」

 

それから暫く飲み続けた後会はお開きとなった。

 

▽▼▽▼

 

(酔ったな……3人ともあんなに飲むなんて!)

 

亮がふらつく足で自宅へ戻ろうとしていると――

 

「西賀君。この後ちょっとだけ話せるか?」

 

千里に声をかけられ喫茶店へ連れていかれた。

 

「蒼澄さん、めっちゃええ子や。あんな子よう見つけたな。」

 

「見つけたわけではないんです。カンナがたまたま人伝に俺のことを知って式神として雇ってくれって応募してきたんです。」

 

「やっぱり蒼澄さんはシジョウを救いたいから式神になりたいって言ってたん?」

 

「そうです。」

 

「それ聞いてどう思った?」

 

「力になりたいと思いました。」

 

「どう?今んとこ力になれてると思う?」

 

「そうですね……カンナは厳しくしごいて欲しいって言ってたので、難しい仕事を回すとか、教育係にアヤノを就けるとか、そういうことはできていると思います。ただ、正直カンナは何をさせても優秀過ぎて俺の方が助けられるばかりで……。」

 

「まあ、出来る子に必要なのは機会やから西賀君のやり方でええやろ。実際一位になったんやし、育成大成功やん。」

 

「そうですね。」

 

「でな、西賀君。」

 

店員が持ってきたコーヒーをあっという間に空にする千里。

 

「実は蒼澄さんを確実に異界に送れる方法があるねんけど――」

 

「えっ!?どうすればいいんですか?」

 

思わず食い気味で飛びつく。

 

正直、千里に「異界に突入するのは北別府班」と知らされて、もうどうしようもないと思っていた。北別府は現役の陰陽師で五指に入る実力者として陰陽師の間で知られており、自分のような凡人が太刀打ちできる相手ではないのだ。

 

「うん。教えたるけど、西賀君に対して無礼な話になるかもしれん。それでもええか?」

 

「はい、構いません!」

 

「契約解除や。」

 

「えっ?」

 

「せやから契約解除や。蒼澄さんとの式神契約を解除するねん。で、蒼澄さんは怜子と契約する。」

 

「なる……ほど……。」

 

「あの実力でしかも怜子と同郷やろ?怜子も秒で契約するわ。」

 

「ええっと……」

 

「春樹と怜子から聞いてんけどな、蒼澄さんは未成年の時からシジョウで暴れとるマガツヒや犯罪者とずっと戦っとったらしいねん。自分は成人やって嘘までついてな。全部シジョウのためや。ああいう子に機会を与えるのが俺みたいなおっさんの役目やねん。」

 

「確かに、北別府さんと契約するのがカンナにとって異界に突入する一番の近道なのは分かります。」

 

「うん。今すぐ決めてくれとは言わんけどな、いざ異界に行けそうやぞってなった時にちょっと俺の言葉を思い出してほしいねんけど……。」

 

千里が若干気まずそうに口ごもる。

 

「ホンマに失礼なこと言ってるな、俺。悪い。今のはあくまでそういう方法もあるって話や。決して指示ではないからな。そこは勘違いせんといて――」

 

「千里さんの言う通りだと思います。」

 

「えっ?」

 

「最短でカンナの気持ちに応えるなら千里さんの言う通りにするべきだと思います。でも、今すぐではないですよね?」

 

「せやな。異界に行く方法もまだ分かってないし。」

 

「ギリギリまで粘らせてください。俺なんか北別府さんの足元にも及ばないことは分かっています。でも俺、カンナと式神契約する時に約束したんです。カンナの力になるって。今でも力になりたいと思っています。これは完全に俺のエゴですけど、カンナは俺が異界に連れて行きたいんです。」

 

「そうか!」

 

千里が破顔する。

 

「エゴ!ええやんけ!大事やで。エゴも貫けない奴なんてホンマろくでもないからな。」

 

「ありがとうございます。その時が来て俺に異界に行く資格がなかった時は俺から契約解除を申し出ます。その時はカンナが確実に北別府さんと契約できるよう取り計らいをお願いします。」

 

「約束する。すまんな、西賀君。君こそ本当の男や。西賀亮班に優秀な子が多い理由が今日分かったわ。」

 

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