その娘、半龍半鬼の鬼狩りなり   作:時長凜祢@二次創作主力垢

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孤児と鬼神の出会い

 とあるお山にに住まう鬼神、伊吹童子は、神格の問題から長らく生き続けていた。

 かつて息子でもあった酒呑童子はすでに生き絶え、鬼神と名乗れる存在は、全て彼だけの名称となってしまったのだ。

 そんな伊吹童子は、平安の世から少々困ったことになっていた。

 

 自身が八岐大蛇からこぼれ落ちた魂により生まれ落ち、人知れずのんびりと暮らそうとしていたところ、平安に生まれた鬼が人を喰らい始めたことにより、自身まで人喰いの鬼と思われてしまうようになってしまったのだ。

 自身は人を喰らうことはしない。確かに息子たる酒呑童子や、その配下たる鬼どもは人を喰らったが、自身は人を喰らわずとも生きていけるし、酒呑童子が持ってきた酒と、適当な動物の血肉、そして山に実る木の実などを喰らえば十分生きていけるのである。

 だと言うのに、自身まで人喰らいと思われ、彼は少々ご立腹だった。そのせいか自然に精通する山神たる大蛇、八岐大蛇としての側面が悪さをしてしまい、彼が住まう山は常に悪天候となっていた。

 その天候は、山の麓に暮らしている人間達にとってかなりの害となるもので、麓に住まう者達は、山神の怒りに慌てふためいていた。

 

 そんな中、麓に住まうものは、あることを思いつく。

 それは、山神を鎮めるために人を贄として捧げ、その怒りを鎮めようと言うものだった。

 それに反対するものはおらず、すぐに贄は送り込まれた。

 

 送り込まれたのは幼い少女。かつて、人喰いの鬼により両親を奪われ、村全体で育てられていた孤児だ。

 村人達は、すぐに孤児を山の入口へと連れて行き、山神の元へと向かうように言った。

 村人達に育てられた娘は、村人達の言葉に従い、荒れ狂う山神の山へと向かった。

 

「……何やら人の気配がするなとは思ったが、まさか童女が山に入ってくるとは思わなかったな。」

 

 珍しく人の気配を感じ、姿を現した伊吹童子は、目の前にいる童女を見て、何度か瞬きを繰り返す。

 現れた伊吹童子を見た贄の童女も、彼の姿を見つめては、何度か瞬きを繰り返した。

 

「おい、童女。お前、ここに何をしに来た?この山には何も目ぼしいものはないが?」

 

 怯える様子もなく、ただきょとんとしている童女を見つめた伊吹童子は、すぐに童女の目線に合わせるようにしゃがみ込み、山の中には何もないのに何しに来たんだと問いかける。

 すると童女はハッとしたような表情をして、その場でペコリと頭を下げた。

 

「おはつにおめにかかります、やまがみさま。ふもとのむらからにえとしてやってきたものです。

 わたしのようなおさなごのちにくがやまがみさまのはらのたしになるかはわかりませんが、どうか、そのいかりをおしずめください。」

 

「………………は?」

 

 淡々と紡がれた言葉に伊吹童子は呆気に取られる。

 

 ─────……今、この童女はなんで言った?贄?幼子の血肉が腹の足しになるかはわからないが怒りを鎮めろ?

 

 なんの悪夢だと伊吹童子は考える。自身が人を喰らうと思われたこともそうだが、それ以上に幼子からそのような言葉が出てくるとは思わなかったのだ。

 なんで贄なんかと一瞬思ったが、ふと、自身が暮らす山の悪天候を眺めては、苛立ちにより山も同じように表情を変えていることに気づき、少しの間無言になる。

 

 ─────……なるほど。山の悪天候が続いたせいか。ずっと八岐大蛇から鬼へと変貌していたから忘れていたが、八岐大蛇の力がなくなったわけではなかったな。

 

 自身のやらかしで天候がおかしくなり、そのせいで贄を送り込まれたことがわかった伊吹童子は、冷や汗をかく。

 自身の特性を忘れてしまうなど、なんと情けないことか。

 

「あー……悪いな。最近、少しばかり腹の虫がおさまらないことがあってな。村の連中にはすぐに天候を戻すから贄は不要だと伝えておけ。」

 

 現状を反省しながら、伊吹童子は童女に村に戻って天候は戻すことと、贄は不要だと言うことを伝えておくように童女に告げる。

 しかし、童女はその表情を軽く歪め、その言葉を否定するように首を左右に振った。

 

「……どうした?何かあったのか?」

 

 首を左右に振られるとは思わず、伊吹童子は少しの間無言になる。しかし、すぐに童女に何かあったのかを問いかけて、首を左右に振った理由を問いかけた。

 

「……わたしは、みなしごです。ひとくいのおににははとちちがくわれてしまい、わたしだけがのこったんです。

 そんなわたしを、むらのひとたちはそだててくれました。あたたかくそだててくれたんです。

 これはそのおんがえしのようなもので、むらのひとたちのやくにたてなければいみはありません。」

 

「………お前、名前は?」

 

「なまえはありません。みなしごということで、ななしとはいわれますけど……」

 

「……なるほどな。」

 

 孤児の話を聞き、伊吹童子童女の背後に目をやる。童女から離れた位置には明らかに武装している様子のある村人が存在しており、孤児を返しても碌なことにはならない様子があった。

 

 ─────……童女を贄に選んだ理由は口減しか。孤児であり、名を持たぬ者だからこそ、贄として選ぶことができた。

 

 ─────……役に立たなければ役立たずとして命を奪うことができるし、贄としてオレが童女を引き取れば、それはそれで邪魔な子供1匹を減らすことができる……と。

 

 なんとも浅はかで愚かな考えだと伊吹童子は考える。だが、そこまでわかっていると言うのに、童女に帰れと言っても後味は悪い。

 少しの思案のうち、伊吹童子は何かを決めたように小さく頷き、目の前の童女を優しく抱き上げた。

 

「気が変わった。贄としてお前は引き取ってやる。だが、オレは人は喰わないのでな。食糧としてではなく、眷属として引き取るとしよう。」

 

「けんぞく……?」

 

「召使みたいなものだ。まぁ、こっちの言うことを聞いてくれたらそれでいい。」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げる童女に、伊吹童子は小さく笑いながら、喰ったりはしないと改めて告げる。

 食べないの?と不思議そうにしている童女の姿には、少しばかり苦笑いをしそうになったが、それは表に出さないようにして、小さな頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「……となると、お前には名前を与えないとな。ナナシと呼ぶことはできない。」

 

 “なんともくだらない見下し言葉だからな”……と伊吹童子は一度童女から離れた位置にいた村人達を酸漿のような真っ赤な瞳で睨みつけ、わずかな怒気を滲み飛ばす。

 鬼神に睨まれた村人はその恐ろしさに首を締め上げられるような感覚に陥り、悲鳴を上げてその場から逃げ出した。

 

「……?いま、だれかいたような……」

 

「そうか?オレには何も聞こえなかったがな。」

 

 悲鳴を聞いた童女が疑問の言葉を口にする中、伊吹童子は自分は何も知らないと告げ、その頭を優しく撫でる。

 そして、少しの間考え込んだのち、彼は小さく笑って口を開いた。

 

「……よし、お前はこれから伊吹(いぶき) 弥宵(やよい)と言う名を名乗れ。

 山神であり、自然の怪物、八岐大蛇がつけた名だ。必ずお前に力を与えるはずだ。

 まぁ、今は八岐大蛇ではなく、八岐大蛇の魂と力を持つ鬼神、伊吹童子だがな。」

 

「いぶきどうじさま……」

 

「呼び方はそうだな……八雲(やくも)の方がいいかもな。もしくは主とでも呼べ。本来ならば、神格は名を名乗ってはならないのでな。」

 

「そうなんですか……?」

 

「ああ。お前の前では伊吹童子と名乗ることができる。お前にオレは名を与え、眷属として引き入れたからな。

 明日になれば、人の身から少々かけ離れた存在になる。オレの眷属と言うことは、オレの同胞になることを意味するからな。

 まぁ、安心しろ。確かに弥宵は眷属だが、オレの家族でもある。こう見えてオレは一度子を育てたことがある身でな。

 少々調子に乗り過ぎて、第一の我が子は最終的に人間に討たれたが、子を育てることには慣れている。」

 

「わたしの……かぞく……」

 

「ああ。だから安心して過ごすといい。人間とは少々育て方は異なると思うが、ちゃんと弥宵を育て上げるとも。

 では、戻るとしようか。オレ達の住まう場所へ。いずれはオレと同じように、人間としての姿も、様々な力も得ることができるようになる。」

 

 ナナシと呼ばれ、名を与えられなかった孤児の童女。しかし、それは鬼神に名を与えられ、引き取られたことにより、確かな居場所を得ることとなった。

 新たに引き入れた眷属であり、唯一の家族となった童女を抱き上げていた伊吹童子は、そのまま山の奥へと姿を消した。

 

 翌日、山の天候はすっかり安定し、麓の村は歓喜した。邪魔な孤児は山神に連れて行かれ、穏やかな天候を取り戻したのだから当然だろう。

 だが、村の人間達は気づかなかった。天候が落ち着いたのは確かだが、眷属としてだけでなく、娘として引き取られていたことを。

 娘として引き取った山神が、あとあと引き取った童女が口にした言葉に怒りを覚えていたことを。

 

「帰ったらまずは飯にするか。基本的にオレは、山に住まう動植物と山の中にある川の魚、他にも、山にあるもので食事を済ませてるが……弥宵には苦手な食糧はあるのか?」

 

「にがてなものはありません。せっかくそだててくださっていたのに、すききらいをするわけにはいかないので、ありがたくぜんぶたべていました。」

 

「そうか。まぁ、どうしても無理な食材があれば言うといい。食べやすくするか、抜くかするのでな。」

 

「ありがとうございます……やくもさま。」

 

「ああ。」

 

 本来ならば、人が歩くことは困難と言える道なき道を移動しながら、弥宵との話に花を咲かせる伊吹童子は、弥宵が本当にまともな生活を送っていたのかを把握するため、眷属化したことにより記憶を把握できる術を使い、言動に嘘はないかを確認する。

 それにより見えたのは、弥宵が言ってることに嘘偽りはないことや、好き嫌いをすることがないと言う理由から、残飯などを村人から与えられたこと、他にも、まともな食事を与えられた時は、幼子でありながらも弄ばれていた童女の記憶だった。

 村人は暖かく育ててくれたと言っていたが、実際は下卑た邪な感情を向けられて育てられていたと言うのに、その幼さの純心を良いことに、洗脳されたような状態に陥っていたのである。

 

 ─────……随分と吐き気を催す記憶があるな。この記憶はいずれ弥宵に悪影響を与えかねない。完全に眷属として、尚且つオレの娘として、人間から変貌させる前に、孤児だったこと以外の全ての記憶を消しておくとしよう。

 

 それらを見た伊吹童子は、再び天候が荒れてしまう勢いで怒りを抱く。

 しかし、それ以上に無垢な童女を引き取ることができてよかったと安堵の気持ちを胸に宿す。

 これ以上、穢れ切った邪な感情の目に晒されることはないのだから。

 

「そういえば、やくもさまはひとをくわぬといっておりましたが、わたしのかあさまたちはひとくいのばけものにくわれてしまいました。

 そのひとくいのばけものは、やくもさまとおなじようにとがったつのをもつものだったのですが、あれはなんだったのでしょう……?」

 

「それは人を喰らう鬼もどきだ。太陽の光に晒されれば焼失し、特異な金属で頚を斬られれば命を落とす元人間とでも言っておこう。」

 

「あのばけものは、もともとはひとだったのですね……」

 

「ああ。こちらからしたら傍迷惑だがな。そいつらと我らは違う生き物だ。一括りにされてしまっては敵わん。」

 

「われら……」

 

「オレの眷属になると言うことは、お前も同胞になると言うことだと先程言っただろう?」

 

「はい。ひとのみからしょうしょうかけはなれたそんざいになるとおっしゃいましたね。」

 

「そうだ。ゆえにお前は人ではなくなる。だが、人ではなくなったとしても、人と同じように生活はすることができるのでな。

 不安も心配も必要ない。周りから違う存在になったとしても、お前にはちゃんと同胞たるオレがいる。

 だから、あまり深く考え込まず、健やかに育ち、大人になれ。わかったな?」

 

「はい、やくもさま。」

 

「それでいい。さて、帰宅したらまずは飯を済ませ、そのあとに弥宵の服を選ぶとしよう。

 少々調子に乗りすぎて、過ちを犯したバカ息子が命を落とした時、そのバカ息子が住処としていた場所から回収した品々がある。

 あまりにも暴れるものだから、その気を鎮めるため当初の人間どもが捧げ物をしたらしくてな。

 まぁ、それを受け取ろうがあの倅は好き放題引き連れた鬼共と過ごしていたため、神格は失われ、完全に悪鬼と成り果てたが、折角残っていたんだ。

 売り捌くのも悪くはないが、弥宵の服をそこから見繕う方が活用法としては正しいだろうよ。」

 

 そう言って伊吹童子は自身の住処としているお山の洞窟へと戻り、連れて帰った孤児をその中へと入れる。

 

「………すごい……。」

 

 そこで弥宵が見たものは、明らかに住み心地の良さそうな御殿のような場所だった。

 金銀財宝の調度品……どこから仕入れたかもわからぬ寝床、色鮮やかな着物の数々と、あらゆるものに目を奪われる。

 

「この全てが愚かな倅の住処から移動させたものだ。どれも人間が捧げ物として与えたがゆえに、返す必要がなくてな。

 これだけあれば、必要な時に売り払うこともできると言うわけだ。まぁ、今のところそのようなことをする必要はなく、気にすることなく過ごせるがな。」

 

 目を輝かせながら宝物を見る弥宵に、伊吹童子は小さく笑いながら宝物の説明を行う。

 そして、弥宵を御殿の中にある台の前に座らせて、御殿内にあるいくつもある洞窟の中のうちの一つへと足を運び、そこからいくつかの食材を持ってきた。

 

「先程も言ったように、オレはかつて子を育てたことがある。それは、鬼神でもなければ八岐大蛇でもなく、人の世に溶け込んで生活していた時の経験だ。

 まぁ、あまり上手くはないが、多少なりとも調理をすることはできる。だが、いずれはお前に食事を頼むことになるだろうからな。

 とりあえず、今は成長することに専念するといい。そのような小柄な体では、食事を作るのも一苦労してしまいそうだ。

 食事の作り方に関しては、少しずつオレが必要な知識などを集めてこよう。」

 

「わかりました。」

 

 話を聞いたのち、弥宵が小さく頷けば、伊吹童子は満足気に笑い、調理をするための場所へと足を運んだ。

 同時に伊吹童子はそこからあるものを取り出し、自身が持ち合わせている力を加えながら小さな盃の中へとそれを注いだ。

 

「弥宵。食事をする前にこれを飲んでおけ。先程伝えた変貌の際に体に負担がかからなくなるまじないをかけておいた。

 人から鬼神となるんだ。何もしない状態では命を落としかねん。」

 

「これは……?」

 

「薬のようなものだ。」

 

「くすり……わかりました。なかにあるものをのみほせばよろしいのでしょうか?」

 

「ああ。」

 

 差し出された盃を受け取り、弥宵はすぐにそれを飲み干す。その瞬間、彼女は少しだけ視界がぐらついてしまい、一瞬倒れそうになる。

 

「う……あ……?」

 

「……やはり、童女には少々強過ぎたか。だが、これもお前のためだ、弥宵。

 人から鬼神となり、これから長き時を生きることになる。その時の中で、お前の中にある悪辣な者どもに弄ばれた記憶は、あまりにも酷いものであり、お前を苦しめる原因となる。

 同胞となった存在を……眷属とした者を苦しめるものは見過ごせないのでな。

 孤児であった記憶以外は全て消させてもらう。かつて暴かれ続けた胎も治しておく。

 記憶と肉体に齟齬が生じては、消したものが戻ってしまうからな。」

 

 伊吹童子の言葉の意味を理解することなく、弥宵は一瞬にして熱が回る体に意識を手放す。

 それを確認した伊吹童子は、しばしの間無言になったあと、彼女にも喰わせるための食事を作り上げるのだった。

 

 

 

 

 ……しばらくして、倒れ込んだ弥宵がその場でみじろぎ、ゆっくりと起き上がる。

 その意識は明らかにボーッとしており、なぜ自分がこのような場所にいるのか理解していないようだった。

 

「目を覚ましたか。弥宵。」

 

「!」

 

 彼女が起き上がったのを確認した伊吹童子は、静かな声で弥宵の名を呼ぶ。

 彼に名を呼ばれた弥宵は、一瞬だけ驚いた様子を見せたが、大丈夫であることを伝えるために小さく頷いた。

 

「あの……やよい……とは、わたしのなまえですか……?いえ、それよりも、あなたは……?」

 

 呟くように紡がれた疑問の言葉。伊吹童子は小さく口元に笑みを浮かべたあと、目の前にいる弥宵の頭を優しく撫でる。

 

「オレの名は伊吹童子。かつては山神や水神として、八岐大蛇と呼ばれていた怪物が鬼となったものだ。

 鬼とは言え、平安の世より跋扈するようになった人喰いの擬き共とは違い、神格を持ち合わせている人を喰わぬ鬼神だがな。

 お前に告げた弥宵という名はオレがつけておいた。山の麓に倒れていたのでな。勝手に拾って名付けさせてもらったぞ。」

 

「いぶき……やよい……。どうしてでしょう。すごくなじむなです。」

 

「そうか。ならば、この名がお前に合っていたのだろうな。」

 

 弥宵の反応から、孤児であった記憶以外が完全に消えていることが把握できた伊吹童子は、彼女に与えた名と、自身の名を告げる。

 名前が馴染むと言ったのは、二度目の名付けによりその御魂の名が確立されたことを意味するのだが、二度目の名付けであることは伏せながら。

 

「一度拾った以上、オレはお前を家族として……そして、我が同胞たる眷属として歓迎する。

 オレと共にいると言うことは、人の身から離れることを意味するのだが……これに関してはどうしようもなくてな。」

 

 人の身から離れるという言葉に、記憶を失った弥宵は驚いたように目を丸くする。

 しかし、すぐに少しだけ考えるような様子を見せたあと、その首を左右に振った。

 

「……かまいません。わたしにはすでにおやはなく、ひとのよにみれんなどありませんから。

 このようなわたしをひろってくださり、かぞくにしてくださりありがとうございます。」

 

「気にする必要はない。一度子を育てた身としては、少しだけ放っておけなかっただけだからな。

 これからお前には様々なことを教えていく。それを吸収し、健やかに育つといい。」

 

「はい。……えっと……なんとおよびしたらよろしいでしょうか……?」

 

「そうだな……人の世に溶け込む際に名乗っている名がある。その名は八雲。ゆえにお前もオレをそう呼ぶといい。」

 

「わかりました、やくもさま。ふつつかなこむすめではありますが、よろしくおねがいいたします。」

 

「……その言葉はどこで習ってきた?いや、気にする必要もないか。」

 

「?」

 

 不思議そうに首を傾げる弥宵に、伊吹童子は小さく笑う。そして、目の前にある丸々とした小さな頭に優しく手を置き、そのまま何度か撫でつけた。

 

「オレが名を与えた時、弥宵にはオレの同胞へと至るまじないをかけておいた。明日になれば人ではなくなる。

 だが、そこに至るまではかなり体に負担がかかるのでな。今日のところは確と食事を摂り、英気を養って眠ることだ。

 ここにある食事にもまじないはかけてあるからな。喰えるだけ喰らい、あとはゆっくりと休息を取れ。いいな?」

 

「はい、やくもさま。」

 

「フ……それでいい。聞き分けが良く、従順に物事をこなす娘は好ましい。お前はいい子だな、弥宵。」

 

 “かつての愚息にあかを煎じて飲ませたい程だ”と彼女の頭を撫でた伊吹童子は、弥宵に食事を済ませるように箸を渡す。

 すると弥宵はすぐにその箸を受け取り、目の前にある食事に手をつけ始めた。

 

「人としての名は、伊吹弥宵で構わないが、念の為、鬼神へと至った際の名も与えておくとしよう。」

 

「?きじんにいたったさいのな……ですか?」

 

「ああ。伊吹弥宵と言う名は、言わば真名だ。それは易々と名乗っていいものではない。

 ゆえに与えるのが字名と呼ばれるものだ。オレが名乗る八雲と言う名がそれだな。」

 

「まことなは、あかしてはならないものなのですか?」

 

「そうだ。真名と呼ばれるものは、魂を明かすための名なのでな。魂を明かすと言うことは、明かした相手に隷属することを意味するのだ。」

 

「やくもさまのまことな……わたしはしってしまいましたが……」

 

「そこは問題ない。お前はオレが名を与え、同胞とした娘だからな。いわゆる親のようなものだ。

 どちらが隷属すべき立場なのか明白なため、オレとお前の間では無効とされる。

 だが、外に居る人間相手では話は変わってくる。ゆえに必要なのだ。伊吹弥宵と言う名を持つ娘が鬼神となった時の名が。」

 

 伊吹童子の言葉に、弥宵はよくわからないと言わんばかりに首を傾げる。

 それを見た伊吹童子は、難しいことはあとあと知っていけばいいと告げ、御殿から見える外へと視線を向ける。

 美しき心を持ち、鬼神に相応しい清廉たる気高さを持つ娘へと至れるように、思いついた言葉を口にする。

 

「……そうだな。お前の字名は宵月にしよう。夜に輝く盈月のように、美しく清廉とした気高い娘に至れるように。」

 

「よいづき……」

 

「ああ。鬼神へとなった時は、宵月の名を口にするといい。字名は、身内の者か、伴侶の者にのみ名乗るんだ。わかったな?」

 

「わかりました、やくもさま。」

 

「それでいい。さぁ、食事を済ませて今日は休もう。明日から、様々なことをお前は学ぶことになるのでな。」

 

「はい。」

 

 短く返事をしたあと、弥宵は再び食事をし始める。それを少しだけ見つめた伊吹童子は、小さく口元に笑みを浮かべたあと、手元にある盃に酒を注ぎ、それを静かに仰ぎ飲んだ。

 

 ……新たに鬼神となることになった孤児は、これから先様々な出会いに巡り合う。

 その出会いの最中、彼女は多くの鬼と人を救いながら歩むことになるのだが……それは鬼神に拾われた弥宵も、鬼神たる伊吹童子すらもわからなかった。

 

 

 

 




 伊吹弥宵 鬼名:宵月
 人喰い鬼のせいで両親を失ってしまったが、お山に住まう鬼神である伊吹童子に拾われたことにより、新たな居場所を得た元孤児。
 山の麓にある村で村人達に育てられていたのだが、その過程で何度も体を弄ばれ、暴かれ、穢されていた。
 しかし、それを知った伊吹童子の手により、その記憶は完全に消された上、失ったものも取り戻し、孤児である記憶のみ残された。

 伊吹童子
 八岐大蛇でもあり、自然を司る神格も持ち合わせている鬼神。
 人と同じ食事をすることで生き長らえることができるため、人は喰らわぬ存在なのだが、平安の世より生まれた鬼のせいで風評被害を受けまくっているため、人喰いの鬼にはかなりご立腹の様子。
 贄として送り込まれてきた童女に名を与え、引き取ることにしたが、その際村で童女がどのような扱いを受けていたのかを知り、後日綺麗さっぱり麓の村を完全に滅ぼした。
 童女……伊吹弥宵には、自身と同じ鬼神になるためのまじないをかけることで眷属化したが、自身の召使としてではなく、娘として育てるつもりでいる。

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