盈月の瞳を持つ白銀の龍の歌声により、その場は多くの光に満ちた。
龍神の歌を聞いた魂達は、その美しさに涙を流し、次々と浄化されていく。
時には家族の声を聞き、先に常世へと赴いていた家族と抱き合って姿を消し、時には風にさらわれた。
鬼により穢された大地は清澄なる光を放ったかと思えば、次々と緑を芽吹かせていき、荒れ果てた村の跡を埋め尽くしていく。
歌声が響くと共に起こる変化は、まさに神の御技と言うに相応しきもので、童磨は神龍により引き起こされていく奇跡に見惚れて言葉を失う。
「……ふむ。思った以上の数の迷子がいたようですね。まぁ、自身の寿命や病気で亡くなったわけではなく、鬼と言う異物により命を失ったのですから当然と言えば当然でしょうか。」
そんな童磨の横に、ふわりと優しい風を舞わせ、白龍が静かに降り立った。
その表情はどこか憂いを帯びており、悲しみを少し感じ取ることができるものだった。
「……ごめん。」
白龍の悲しげな表情を見て、童磨は無意識のうちに謝罪の声を口にする。
まさかの言葉に驚いた宵月は、キョトンとした表情をしては、童磨の方へと目を向けた。
「何故、童磨様が謝罪を……?」
「この村は、俺がやったわけじゃないけど、無惨様の役に立とうと強くなるために多くの人を喰らい、沢山の人を殺してきたことには変わらない。
今日、こうやって多くの人の未練の魂って奴を見て、それがどれだけひどいことだったのかわかったんだ。
夢の中で、俺があんな風に責められるのは当たり前だよね。それだけのことを俺はし続けて、多くの子達の遺恨を残してしまったんだから。」
俯きながら、自分がやってきたことの罪の重さを感じ取る童磨を、宵月は無言で見つめ返す。
神龍になったことにより、使うことができる相手の感情を読み取る眼には、確かな後悔が見え隠れしていた。
「……その通りです。童磨様含め、人を喰らうことで生き、力をつけていたお前達人喰らいの鬼は、これ程までに人を苦しめてきました。
その結果がこれです。数多の未練を残し、この世に縫い付けてしまう結末です。」
それを見た宵月は、少しだけ怒気を混ぜた声音でその罪を突きつけた。
神格ある者の怒気と呼ばれるものには、その神格を神格たらしめる神気が含まれている。
まともな人間であれば、わずかなそれを浴びるだけでも恐怖に平伏し、動けなくなるが、童磨は彼女の手により、わずかな神格を与えられた存在だ。
彼女の神気にわずかながらに耐性はできる。しかし、彼女が怒っていることをハッキリと感じ取り、言葉を返すことができなくなった。
「だからこそ、確かな贖罪と善行をこなしてください。あなたは、その機会を与えられるに足る存在だと認められたのだから。」
「……うん。頑張るよ。」
しかし、宵月から穏やかな声音で、だからこその贖罪と善行をと告げられ、童磨は小さく頷く。
それを見た宵月は、幼子を見るような穏やかな眼差しを童磨に向けたあと、彼がこちらに持ち込んでいた簪を咥えて取り出した。
すると、簪は淡い光を放ち、一筋の標を出現させた。
「!え、何これ……?」
「簪の持ち主である寿江子さんが、わたし達に向かってほしい方角を教えてくれたんです。
この光の標を頼りにして向かいましょう。彼女が還りたい場所に、辿り着くはずですから。」
「……わかった。あ、簪は俺が持って行くよ。この子の命を奪ったのは、俺自身だからね。」
「はい。それがよろしいかと思います。」
童磨が手のひらを宵月に差し伸べれば、宵月はその手のひらの上に簪をそっと乗せた。
乗せられた簪を見つめた童磨は、静かにそれを握りしめて、光の標を辿って行く。
自らの足でそれを返そうとしている童磨を見つめた宵月は、小さく笑ったのち、ふわりと宙へと浮かび上がった。
そして、歩みを進める童磨と共に、標の方角へと向かうのだった。
❀
しばらくの間移動を続け、ようやく標の終着点へと辿り着いた。
そこにあったのはかつて家だったのであろう廃家。長らく誰も使っていないからか、それとも鬼が荒らしたのか、ともかく、崩壊寸前となってしまっている場所だった。
『父さん……母さん……』
標となっていた光が収束し、1人の女性を形作る。それは紛れもなく常世と現世の狭間にて迷子になっていた寿江子の姿で、童磨は一瞬驚いてしまう。
『……やっぱり……もう、父さんと母さんはいませんよね………。』
わずかに透けている状態で、言葉を紡ぐ寿江子。その瞳からは涙が流れており、最期に一度だけでもいいから両親に会いたかったと言う望みが崩壊した瞬間だった。
その姿を見て、童磨は気まずそうに視線を逸らす。自分のせいでそうなってしまった……今の彼には、それを理解するだけの感情が戻っていた。
「……ごめんね、寿江子ちゃん。俺が、もっと早く君の声を聞いてあげていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。」
無意識のうちにこぼれ出た謝罪。寿江子はそれを聞いて、俯かせていた顔を静かにあげた。
その瞳は驚きに見開かれており、少しだけ戸惑っている様子だった。
「……寿江子様。少々宜しいですか?」
そんな彼女に、不意に宵月が声をかける。声をかけられた寿江子は、すぐに宵月へと視線を向ける。
美しき月白の龍神は、盈月の瞳を寿江子に向けて、その表情に穏やかな笑みを浮かべていた。
「ご自身に縁がある場所は他にございますでしょうか?なんでも構いません。ご先祖様のお墓でも、気に入っていた場所でも、どこでも構わないんです。
もし、思い当たる節がございましたら、教えてくださいませんか?」
宵月の問いかけに、寿江子は目を丸くする。しかし、すぐにその場で考え込むような様子を見せたあと、何かを思い出したようにハッとした。
『千年桜の大樹……』
「はい?」
『この地には、樹齢1000年を超えた桜の大樹が存在していたはずなんです……。
私は、幼い頃からその大樹と、大樹の側にある花畑がとても好きで、よく両親に黙ってそこに遊びに行って、怒られたことがあって……。』
寿江子の言葉を聞き、宵月は何度か瞬きをする。しかし、すぐにその言葉に小さく笑い、緩やかに頷いて見せた。
「では、そこに行ってみましょうか。もしかしたら、そちらにご両親がいるかもしれません。」
『?何故ですか……?』
どうして千年桜の元に、自分の両親が存在しているのか……その意味がわからず、寿江子は首を傾げる。
彼女の疑問はもっともだと、宵月は小さく笑ったのち、感じ取ることができる、一つの神格の気配がある方へと視線を向けた。
「1000年以上も生き続けた桜には、あるお方が時折遊びに来ます。その方は誰よりもお優しく、とても美しき神姫様なのです。
あの方がご両親を見つけていたとしたら、自身の宿木となっている千年桜の領域にて保護をしている可能性があります。」
『!?本当ですか!?私は……私はまた……両親に会えますか!?』
「可能性としては高いかと。ちょうど彼女もいらっしゃるようですから、試しに向かって見ましょう。」
『!はい!!』
花が咲いたような明るい笑顔を見せ、大きく頷いた寿江子に、宵月は静かに微笑み返す。
そして、蚊帳の外になってしまい、ぽかんとしている童磨へと視線を向けた。
「童磨様。呆けてないで急ぎますよ。誠心誠意を以って寿江子様のご両親に謝罪をし、確かな叱咤を受けてください。
それがあなたの贖罪です。ちゃんと娘さんを送りますよ。」
「え、あ、うん……って待って?今、叱咤を受けろって言った?」
「当たり前でしょう。娘を奪われたご両親が、簡単に許すと思うのですか?」
「それは……ちょっと、思わないかなぁ………。」
宵月の問いかけに、童磨は一瞬、琴葉と伊之助を脳裏に浮かべる。
信者とは言え、彼が率いる万世極楽教にはそれなりに多くの子供達がいた。
大人や、それなりに成長した人間は聞き分けが良く、特に手間はかからないのだが、成熟しきっていない子供となると話は別になる。
親や教祖の言うことは聞く……だが、ある程度年齢が高くなると、それ相応の感情も芽生えてくる。それにより喧嘩が発生することが度々あるのだ。
その日もまた、喧嘩が起こっていた。親が止めようと必死こいても、その喧嘩は次第に激化していき、それにより被害は大きくなっていた。
そして、まだ言葉も発することができず、四つ這いで歩くことしかできない伊之助が、その喧嘩に巻き込まれてしまったことがあったのだ。
子供が投げたものが伊之助に当たり、伊之助はその場で泣き出してしまう。子供達は、自分のせいで伊之助を泣かしてしまったことを理解していたのか、伊之助の泣き声に動きを止め、顔を青くしていた。
そこにやってきた伊之助の母、琴子が、伊之助を必死にあやし、なんとか泣き止ませていたが、今のうちに逃げようとしていた子供達の姿に気づいては、その場で正座をさせてしまった。
そのあとは長いお説教が始まり、周りの信者達も慌てる始末。何度か喧嘩をしていた子供達の親が必死に謝罪をして許してくれと言っていたが、今度はその親達にまで説教が飛び火したのである。
烈火のごとく泣きながら怒った琴葉だったが、最後は宵月が姿を現して、琴葉を宥め、泣じゃくる彼女を落ち着かせたことによりことなきを得たのだ。
一部始終を見て、まさかそのようなことが目の前で起こるとは思わなかった童磨は、その日、琴葉は絶対に怒らせては駄目だと冷や汗をかき、固まってしまったのである。
怪我をさせられてしまったと言うだけで、泣かされてしまったと言うだけで、あそこまで怒りを見せる親がいると言うのに、命を奪ったともなれば……その先の結末はあまりにも容易に想像ができてしまい、童磨は顔を青くした。
「子供が絡むと、親って物凄く怒りますからね。わたしもそれを体験してしまった身です。」
「そう言えば、宵月ちゃんもそうだったね……。確か、宵月ちゃんに邪な感情を向けて手篭めにしようとしていた人間がいた村だけ集中的に天変地異が起こって、村人全員鏖殺されたんだっけ……。」
『え゛……?』
「……寿江子様すら引いてしまってるのですが、どれだけ過激なのですかお父様………!!」
“娘を人間ごときに穢されてたまるか!!”“お兄様もそう思います!!”と謎の幻聴が聞こえたような気がした宵月は、その場で頭を抱えたくなる。
しかし、現在の彼女は神龍の姿をしているため、人の時のように頭を抱えることはできず、深く溜め息を吐くことしかできなかった。
「……とにかく、千年桜の元へと向かいましょう。わたしの気配に気づいた彼女も、こっちだと呼んでくれているので。」
親に関しての話はこれまでにしよう……そう決めた宵月は春のような華やかな神格がゆるりと手招きをしている気配を感じ取りながら、静かに桜の元へと向かおうと口にする。
「『呼ぶ?』」
宵月が口にした呼ぶと言う言葉に、童磨と寿江子は首を傾げた。
耳を澄ませてもなんの声も聞こえないのに……そのような疑問を浮かべながら。
「ええ。わたし達を呼んでいます。神格を持たぬ者や、神格が低い者には聞こえないでしょうけど。」
2人の疑問に気づいた宵月は、確かに呼ばれていることを告げ、童磨と寿江子を自らの背にそっと乗せる。
まさか自分達が神龍の背に乗ることになるとは思わなかった2人は、吃驚したように固まったが、宵月は気にすることなくふわりとその場で体を浮かせた。
聞こえてくる穏やかな優しい声と、ほのかに香る桜の香り……それを頼りにしながら。
宵月
神気を混ぜた歌声を響かせ、廃村にいた魂を全て常世へと導いた美しき龍姫。
伊吹童子の過激な天罰にかなり引いていた。
童磨
親という生き物の恐ろしさを改めて認識した元上弦。
寿江子を親元に返した時、叱咤が飛んでくるのは覚悟しておけと宵月に言われ、少しだけ帰りたいと思ってしまった。
寿江子
宵月と童磨に故郷へと送ってもらっている女性の御霊。
自宅だった場所に親がいないことに落胆したが、宵月から告げられた自身に所縁ある別の場所にいる可能性を示唆され、少しの希望を抱く。
嘴平 琴葉
回想に出てきた伊之助の母親。
子供の喧嘩に巻き込まれ、伊之助が大泣きしてしまったことや、ものが当たって泣いたことを知り、喧嘩していた子供達にお説教をかましたことにより、童磨からあ、琴葉は怒らせたら駄目な子だ……と軽く恐怖を抱かせた。