再び時間が経ち、翌日の夕暮れ。童磨は宵月に会うために、再びあの山の中に足を運び、満月の日には、どんな風に変わってしまうのだろうかと言う疑問を抱きながらゆっくり歩いていると、視界の端に記憶に刻んだ黒髪の少女が映り込む。
少しの間、じっと見つめた童磨は、その黒髪の少女が作業をしていないことを確認してから、すぐに彼女に近寄った。
「こんばんは、宵月ちゃん。今日は何もしてないみたいだね?」
「ん?ああ、こんばんは、童磨様。今回は、ちゃんと確認を取って下さったようですね。」
「うん。宵月ちゃんに怒られたくないからね。今日はちゃんと確認してから声をかけさせてもらったよ。」
いつもの調子で黒髪の少女……宵月に話しかけた童磨。
彼の声を聞き、振り返った宵月は、今回は作業をしていない時に話しかけてきた童磨に感心しながら、整っている顔を彼に向ける。
その際に見えた金色の瞳に、童磨は一瞬目を丸くした。あれ?昨日の夜もそうだったけど、今日も瞳が金色だと。
「どうしたの?その目。昨日の夜辺りから黒から金色に変わっているけど。」
自身が初めて会った時、宵月は黒の瞳だったはず……確かな記憶を持っている童磨は、すぐに疑問の声をあげる。
彼の疑問を聞いた宵月は、何度か瞬きを繰り返し、ああ……と小さく声を漏らした。
「この人としての姿は仮初の姿でして、自身が持ち合わせている力を使い、変化の術を使うことで作り上げていたんです。
本来の姿だと、いささか人目についてしまうので、誤魔化すために姿を変えなくてはならなかったもので。」
「人目につく見た目をしていたのかい?」
「ええ。まぁ、お父様の娘になった以上、避けられない変化だったので、わたし自身は気にしていなかったんですけどね。
ほら、言ったでしょう?山の麓にあった村の人間がわたしの姿を見て、手篭めにしようと邪な欲を抱いたせいで、村はお父様に滅ぼされてしまったのだと。」
“それは、わたしが神様の娘として覚醒したからだったんです。”と、小さく笑いながら告げる宵月に、童磨は相槌を打つ。
彼女がいう神様とはどのような存在なのだろうかと、度々出てくる単語に対する興味を少しだけ抱きながら。
しかし、童磨はその興味を口にすることはなかった。神様などこの世に存在していないという感情もあって、知ろうとは思わなかった。
「そろそろ月が昇ってきますね。ついて来てください。わたしが好んで過ごしている水辺があるのでそこに向かいましょう。
満月が昇った時、そこで月を見るのが好きなんです。」
「え?ちょっと待ってよ─────!」
紡がれた言葉と共に、山のどこかにある水辺へと向かってしまう宵月の背中を追うようにして、童磨は静かに走り出す。
体力は無尽蔵にあるが、基本的に座っていることの方が多い彼にとって、山の中を遊び場としている彼女の足の速さには、やっとこさ追いつけるものだった。
それを知ってから知らずが、宵月はどんどん山の木々すらも利用して遠くの方へと行ってしまう。
「うーん……宵月ちゃんって本当に速いなぁ……。桃を採って来てくれた時も思ったけど、見失っちゃいそうだよ……。」
「?そうでしょうか?今も童磨様はちゃんと追いつけていますが。」
「確かに追いつけてはいるけどね。結構大変かも。」
「なるほど……」
童磨の言葉を聞き、一度足を止める宵月。
彼女のすぐ隣に着地した童磨は、足を止めた彼女に視線を向けて、首を傾げた。
「童磨様は、人喰いの鬼の中でもかなりの力をお持ちですよね?」
「うん?確かに強いよ。十二鬼月って言われてるからね。」
「役職名はどうでもいいので、変化ってできます?」
「できるけど……」
「では、幼子の姿に変化していただけますか?尺数はわたしより小さめの。」
「え……?できるとは思うけど……」
宵月が何をしたいのかわからないまま、童磨は彼女の要望に沿って幼子の容姿へと自身の姿を変化させる。
自分の子供の頃ってこんな感じだったっけ……と少しだけ小さくなった両手を見つめながら。
「ありがとうございます。では、失礼しますね。」
「へ?うわわ!?」
小さくなった童磨を確認した宵月は、彼の体を軽々と抱き上げる。大きな服はずれ落ちないように、しっかりと腕で押さえながら。
急に視界が高くなったことに驚いた童磨は、慌てて宵月の体に抱きついた。それにより感じ取れた彼女の温もりに、少しだけ安心するような錯覚を覚える。
「童磨様が走り難そうにしておりましたので、少しばかり楽をしていただこうかと。
しっかりと捕まっていてくださいね。落っこちてしまいますから。」
「え、ちょっと待って宵月ちゃ……うわぁ─────!!?」
童磨の静止の声など聞こえていないと言わんばかりに、地面を蹴り飛ばして走り出す宵月。
急に勢いよく走り出され、さらには木々や崖を容赦なく使って移動する宵月に抱えられた童磨は、次々と変わる景色に驚き、同時に目を輝かせる。
「す……すごい!!こんな風に次々と変わっていく景色は初めて見たよ!!」
「普段は徒歩でしか移動しないのですか?」
「うん。基本的に急ぐことがないからね。だから、こんな景色は見たことがなかったんだ。宵月ちゃんって身軽だねぇ……!」
極彩色の瞳を輝かせながら、童磨ははしゃぐ。こんな風に何かを楽しむことなんて、今までなかったのに……と思わなくもないが、不思議と童磨はこの景色の移り変わり様に、初めて楽しいという感情を抱いたのだ。
はしゃいでいる様子の童磨を見て、宵月は口元に小さく笑みを浮かべた。
……程なくしてたどり着いた場所は、そこだけ意外なのではと思う程ぽっかりと開けた滝のある水辺だった。
辺りは薄暗く、夜はすぐそこまで迫っている。
「到着しましたよ、童磨様。」
「うん。ありがとねー。」
宵月に地面へと降ろしてもらった童磨は、すぐに姿を本来のものへと戻す。
抱えられて移動するのもいいけど、やっぱり自分の足で立つのが1番かな、と少しだけ考えながら。
「へぇ……こんな場所がこの山にはあったんだ。」
「はい。不思議な場所ですよね。ちなみにここ、辺りには桜の木が植ってるんですよ。」
「そうなんだね。春は過ぎちゃったから、もう花は咲いてないみたいだけど……」
「フフ……ええ。確かに春は過ぎてしまいましたね。ですが、落胆するのはちょっと早いかと。」
「?」
「こちらの話です。そろそろ月が昇りますね。それなりに容姿は変わってしまいますが、わたしではありますので、驚かないでくださいよ?」
「んー……驚く……かぁ……俺、感情ってよくわからないし、これまで何かに吃驚したことってあまりないから驚かないと思うよ?」
「おや、そうだったのですね。それなら確かに、驚くことはないかもしれません。」
「うん。でも、宵月ちゃんの本来の姿ってどんな姿なのかはちょっと興味深いかも。」
「そうですか。まぁ、過度な期待は置いててくださいね。落胆されたら困りますから。」
ふわりと笑顔を見せながら、言葉を紡いだ宵月は、水辺の中央にある巨大な岩の上に飛び乗る。
よく見るとその岩にはしめ縄のようなものが結びつけられており、明らかに異質な雰囲気を纏っていた。
「……その岩、上っても大丈夫なの?明らかに何かを祀ってる感じだけど。」
「問題はありませんよ。わたしのお父様が祀られている場所ですし、わたし自身、お父様と同じ力を持ち合わせているので何も起きません。
まぁ、童磨様は乗せることができませんが。この岩にはお父様の力がたんまりと込められているため、下手したら消滅してしまうかもしれませんし。」
「うわぁ……そんな危ないところあったんだ。気をつけないといけないね……。」
しれっと笑顔で水辺の岩の説明をした宵月に、童磨は少しだけ冷や汗をかく。
道理で近寄りたくない雰囲気のある岩なわけだ……と、異質さの理由に納得しながら。
「……そろそろですね。」
そんなことを思っていると、宵月はポツリと呟くように自身の手元を見つめる。
倣うようにして童磨も視線を向けてみると、その手には鱗のようなものが浮かび上がっていることが確認できた。
「鱗……?」
「はい。先日言ったように、わたしは人間ではありません。元々は人間でしたが、お父様に拾っていただいた時、人の世に対する未練は持ち合わせていなかったため、お父様と同族にしていただいたんです。
寿命も死の概念もなくなってしまいましたが、それはそれで、わたしのような孤児を生み出さない人の世を作るために尽力できるので、問題はありませんがね。」
穏やかな声音で、自身が人ならざる者へと変貌した理由を口にした宵月は、どこからともなく鈴のついた舞扇を取り出し、巨大な岩の上で緩やかに舞い始める。
すると、少しずつ辺りに月明かりが広がり始め、2人がいる場所を明るく照らす。
鈴の音と滝の音、穏やかな風が辺りに音を広げる中、下駄を鳴らしながら穏やかに舞う宵月が、一際大きな下駄の音を響かせるように踏み込むと、まるで弾ける水飛沫のように、光が強く跳ね上がり、水面に描かれる波紋のように、光輪を大きくしていく。
宵月の舞に反応するように、一つ、また一つと増えていく光輪が、周りの木々に触れると、薄紅色の花が次々と咲き誇り、青々とした若葉を塗りつぶし始めた。
同時に、宵月にも変化が起こり始める。
濡羽色の艶やかな髪は、月光をそのまま毛髪にしたかのような透き通った月白色へと変化していき、片腕は肘の下辺りまで白銀の鱗に覆われていく。
額からは2本の角が天へと伸び、明らかに人のものではない姿へと変貌する。
「わぁ……………!!」
光輪を広げ、葉に覆われた木々に桜の花を咲かせて満開にしていき、光の飛沫を跳ねさせる宵月の姿を見て、童磨は初めての高揚感に見舞われながら、極彩色の瞳を輝かせた。
心臓が早鐘を打ち、頬や体は熱を持ち、目の前で美しく舞い続ける宵月から目が離せなくなる。
側から見たら、畏怖を感じてしまう程の変貌を遂げた宵月……だが、童磨は畏怖ではなく、初めて見た美しい者への感動を抱いていた。
程なくして満月が水辺を照らし、舞による鈴の音と下駄の音がやむ。
先程まで薄暗く、鬱蒼とした木々しかなかったそこには、満開の桜の花が咲く、明るい景色が広がっていた。
舞を終え、月を見上げた宵月は、視線を童磨の方へと向け、岩を囲むようにして広がる水辺へと飛び降りた。
しかし、水辺に飛び降りた彼女は水中の中へと吸い込まれることはなく、水面にそっと着地する。
「これが、本来のわたしの姿です。鬼の力を持ちながら、龍神の力の影響も受けている現世の鬼神……まぁ、簡単に言うと神様と呼ばれる存在の一つですね。
元は人間だったのですが、鬼神の始祖であるお父様に拾って頂いた時、鬼神として共に歩むことを選び、お父様の娘であり、眷属でもある鬼神になりました。
まだ、力は完全に扱いきれていないので、鬼神としては力が弱く、本来ならば超えることができるはずのお兄様にも敵いませんが。」
水面に波紋を作りながら、その上を歩く宵月。童磨は彼女の言葉に耳を傾けながらも、水辺の方へとすぐに近寄る。
しかし、彼女に駆け寄ろうと水辺に足を踏み入れた瞬間、バシャンと水飛沫があがり、童磨が身にまとう服を濡らしてしまった。
「うわ!?」
「……童磨様。わたしは鬼神であり龍神だと言ったでしょう?ですから、水面の上を歩けるわけで、鬼神でもなく、龍神でもない童磨様が同じように水面を歩けるはずがないでしょうに。」
「できそうだと思ったんだよ〜……」
慌てて岸に戻る童磨に、宵月は呆れながら声をかけ、水面から地面へと移動する。
そして、できそうだと思ったと落胆した彼に近寄り、濡れてしまった服を一瞬にして乾かした。
「あれ?乾いてる?」
「鬼神たるもの、これくらいできて当然です。」
やれやれと言わんばかりの反応を見せる宵月に、童磨はそっと視線を向ける。
黒曜石を思わせる黒の瞳は、満月を嵌め込んだかのような明るい金色。その瞳孔は爬虫類のように細長く、鬼とも言えるものへと変わっている。
濡羽色の艶やかな髪は、月光のような月白で、光を吸収する黒とは違い、ほのかな光を放っていた。
左腕は肘あたりまで白銀の鱗に覆われて、指に生えている爪は鋭くなっている。右腕は人のものと変わらずだが、やはり鋭く尖った爪は生えていた。
額からは細く、根本から二又に分かれたツノが生えており、右の頬には大中小の白銀の鱗が生えていた。
「……何ですか?」
じっと見つめていると、静かな声音で問いかけられる。その際見えた口内の犬歯が生えている位置には、鋭く尖った牙が見え隠れしていた。
「わぁ……!すごい……!なんだろう、これ。何なんだろう……!?心臓がうるさいくらい早鐘を打ってて、気分がすごく高揚してくる……!!
体も燃えてしまいそうなくらいに熱くなって、宵月ちゃんから目が離せなくなってるよ……!!もしかして、これが恋ってやつなのかな……!?」
「……恋かいなかは分かりませんが、感動した時とかはそんな感覚に陥る気かましますね。
わたし、一度だけお父様の本来の姿……龍神としての姿を見せていただいたことがありますが、その時に同じような感覚に陥ったことがあります。
素直にそのことをお父様に伝えたら、感動してくれてよかったと……本来の自身の姿を見ても喜んでくれてよかったと言われたことがあります。」
「そっかぁ……!これが感動すると言うことなんだね……!!初めてだよ、何かにここまで感動したのは!!」
極彩色を眩いばかりに輝かせながら、高揚した声音で言葉を紡ぐ童磨。
その姿を見つめながら、宵月は口元に小さく笑みを浮かべる。その笑みは自身の人ならざる者としての姿に感動して、受け入れてくれた童磨に対する安堵と感謝が含まれていた。
「……そう言っていただけてよかったです。お父様も、こんな気持ちになったのでしょうね。感動して受け入れてくださったからか、どこか安堵と感謝が湧き上がってきます。
ありがとうございます、そのように言ってくださって。」
笑顔でお礼を言ってくる宵月に、童磨は思わず見惚れてしまう。こんな風に、何かに目を奪われてしまうなど、100年以上生きていた彼は経験したことがなかった。
……自身の容姿がいいことは理解していた。それを口にして近寄ってくる女が何人もいたから、いやでもわかってしまうものだった。
しかし、何かごちゃごちゃ言って近寄って来ては、触れてくるような女には何度も出会していたのに、女達が口にする言葉の意味はわからなくて、うるさいなぁ……としか思わなかった。
だが、今の童磨は、目を奪われるということや、何かに強く惹かれてしまうということを、身をもって経験することとなった。
「すごく綺麗だね……宵月ちゃん。もし、月の神様がいたら、宵月ちゃんみたいな綺麗な女の子なのかな?それとも、宵月ちゃんが月の女神様だったりするのかな?」
「わたしにそのような大層な神格はありませんよ。自然を司り、厄を祓い、病を退けることができる……とは言いますが、わたしは末席の方にいる小さな神格ですから。
月の神様は月読命様のみです。わたしのように人前に出ることがない幻想に等しき存在とでも言いましょうか。
まぁ、彼らがいることを、わたしはこの数年で知ることができましたがね。あの方々が表立って姿を見せるのは、よほどの災厄が現世に降りかかる時ですよ。」
神様はいる。見て来たからわかる。そう言ってくる宵月に、童磨は首を傾げる。
しかし、神様はいるのだろう……と不思議と彼は思えるようになっていた。
目の前にいる少女……龍と鬼の狭間にいるような容姿をしている宵月から、鬼とも人間とも似通っていない澄んだ気配がするために。
「神様を見て来たってすごいことを言うね。」
「出雲はわかりますか?」
「?わかるけど……」
「そこは、暦で神無月となっている他の地域とは違い、神在月と呼ばれている暦へと変わります。
日本中の神々が集まるとされているそこに、わたしのお父様もその月は必ず向かうのですが……その時に自身の娘だとお父様が紹介しまして。
それによりわたしは、神々と顔を合わせました。ついでに、なぜか大量の御加護を与えられました……。」
「……なんか、すごく不本意って感じの顔しちゃってるけど、何かあったの?」
「……大量の御加護を与えられてしまったので、このように龍神を示す鱗が本来の姿に生えるようになってしまったんです。
鬼神は神格を持っていますが、鬼であることには変わりません。なので、鬼神となった時は、龍神の側面は全く出ることなく、ツノが生えた月白の小娘だったんですよ。
しかし、神々にとって、当時7にも満たない童女であったわたしは、我が子のように寵愛する対象だったようで、身に余るほどの御加護を与えられてしまい、結果的に半分が龍神となってしまいまして……。
お父様もお酒が入ったせいで酔っ払っていたのか、止める様子も見せることなく、このようなことに……」
止める人がいなかったせいで、龍神としての側面まで宿すようになってしまったのだと拗ねた表情をして文句を言っている宵月に、散々な目にあったんだな……と少しだけ童磨は同情する。
しかし、すぐにその感情は霧散していき、こんなつもりはなかったのに……と片腕を見つめている宵月の頭を優しく撫でる。
「……童磨様。大丈夫ですか?」
「ん?どうしたの急に。」
「いえ……今のわたしは見ての通り神格を帯びた状態となっております。あちらにあるお父様の力が宿る岩程ではありませんが、神格の高さとしてはかなりのものなんですよ。
だから、大丈夫なのかと思いまして……。消滅する程ではないと思いますが、息苦しさを覚えてもおかしくはないといいますか……。」
「心配してくれるの?ありがとうね、宵月ちゃん。でも大丈夫だよ。確かに気配がかなり変わったもになってるみたいだけど、体調を崩したりはしてないから。
もしかしたら、俺が鬼だからかもしれないね。人間だったら、まずかったかも。」
「そうですか……?鬼って丈夫なのですね。」
「まぁね。陽の光を浴びたり、日輪刀で頸を切られたりしたら死んじゃうけど、それ以外だと、よほどのことがない限りは死なないんだよ。」
“流石にあの岩に触ったら駄目だけど”と水辺の岩に目を向ける童磨。
彼の視線の先を見るように、同じ方向を目を向けた宵月は、やっぱりお父様の岩は人喰い鬼にも有効なのかと考える。
「ねぇねぇ宵月ちゃん。今度から俺と会う時はそっちの姿になってくれないかな?俺、今の宵月ちゃんの姿の方が綺麗で好きだなぁ〜。」
岩を見つめる宵月に、童磨は笑顔を見せながら、次からは本来の姿の方で会ってほしいと告げた。
そのようなことを言われるとは思わなかったのか、宵月は一瞬だけ目を丸くする。
しかし、すぐに少しの間考え込んだのち、小さく頷いた。
「わかりました。次からはこちらの姿で相見えましょう。」
「ありがとう!嬉しいなぁ〜!」
上機嫌に言葉を紡ぎ、にこにこと笑顔を見せる童磨。
そんな彼を見て、宵月は少しの間無言になるが、満月の位置を確認したのち、童磨の手を優しく握りしめた。
「宵月ちゃん?」
「あなたの住処はどこですか、童磨様。」
「え?俺の拠点なら、ここから結構離れたところにある万世極楽教の寺院だけど……」
「でしたら、そこまで送ってあげます。時間帯的に、そろそろ帰宅しなくては行けないと思いますし。」
「え?あ……言われてみれば確かに……。普通に移動できる距離ではあるけど、ちょっと時間帯が危ないかも……」
「でしょうね。人喰いの鬼は、陽の光に弱いのでしょう?こちらの山は、東の方に位置する山なので、割とすぐに陽光に当たってしまいますよ。」
「それは困るなぁ……」
「少しだけ記憶を見せてもらえますか?」
「記憶?」
「はい。それにより寺院の位置を特定させていただきます。」
「構わないけど……」
童磨の承諾を聞き、宵月は一度目を閉じる。そして、目の前にいる童磨の額に自身の額を当てながら、鬼神としての力を使い、彼の記憶を覗き見た。
「……特定できました。では、行きましょうか。」
「へ?」
行こうと告げられ、童磨は間抜けな声を出す。その瞬間、童磨と宵月は風により舞い上がった桜の花びらのような薄紅色の光に包まれる。
あまりの眩しさに、童磨は固く目を瞑る。しかし、すぐにその瞳は開けられることとなった。
一瞬だけ感じ取れた浮遊感のあとに発生した地面を踏みしめる感触に気がついたために。
「……あれ?」
「到着です。素敵な寺院ですね。装飾などもしっかりされていて、華やかさがあります。
ですが、宿る神格は存在していない……と。なるほど。神格の仮宿にはなっていないのですね。
確かに、このような状態では、神格など信じることはできませんか。」
「!」
状況が飲み込めず、呆気に取られる中、紡がれたのは穏やかな鬼神の優しい声音。
寺院という言葉に意識を引き戻された童磨は、弾かれたように顔を上げる。
彼の視界に広がっているのは、100年の時を生きる中で見慣れてしまった寺院だった。
「え!?嘘!?もう寺院にたどり着いちゃった!?」
「ええ。先程も言ったように、わたしは自然を司ることもできますから、風を司る力を使い、共にこちらへと吹かれてみました。
まぁ、自然崇拝により発生した畏怖されし龍神の力に、さらに八百万の神々の御加護を余る程与えられてしまったせいですが、使い勝手は悪くないので。」
穏やかな声音で説明する宵月に、童磨は何度か瞬きをする。
しかし、すぐに笑顔を彼女に見せては静かに口を開いた。
「送ってくれてありがとね、宵月ちゃん。あ、お礼と言っちゃなんだけど、果物あるよ。食べる?」
“こっちにお供えもとして置かれたものなんだけど”と言って、自分達がいる部屋にあった見てくれだけの仏像の側にある果物を手に取り、食べるか聞いてくる童磨に、宵月は何度か無言になる。
そして、自身の目に映った果物についている穢れを見つめては、静かに首を左右に振った。
「いいえ。その果物はいりません。穢れが混ざっているものを食べてしまったら、わたしの神格は効力を発揮しなくなります。
山の果物は穢れを持たず、尚且つお父様の力が混ざる水辺で洗った上で食べているので問題はないのですが……。お気持ちだけいいですよ。」
「穢れ……?」
「はい。まぁ、清水で洗っていただければ食べることもできるのですが、どうやらこの寺院の側には清水がないようですし、受け取ることができませんね。」
「そっかぁ……神様って大変なんだね。」
「ええ。それなりに。」
申し訳なさそうに果物を受け取ることを拒絶した宵月の言葉を聞き、童磨は少しだけ肩を落とす。
せっかく何かお礼ができると思ったんだけどな……と小さくため息を吐きながら。
「教祖様。お帰り……に……」
「あ。」
「……それでは失礼しますね。童磨様。お時間がありましたら、またおいでください。」
そんな中聞こえて来た信者の声。襖が開き、そこから顔を覗かせた極楽教の信者の者は、己達の教祖の側にいる月光の童女に目を向けて固まる。
現れた信者に声を漏らす童磨。宵月は童磨に声をかけた極楽教の信者に少しだけ目を向けたあと、興味をなくしたように視線を戻し、童磨に一言声をかけてから、桜の花びらのような舞い上がる薄紅色の光と共に姿を消した。
幻想的とも言える景色に、信者の者は思わず見惚れ、一時的に固まってしまう。
しかし、すぐにハッとしては、自身が仕えている教祖へと視線を向けた。
「き……教祖様……。先程の童女は……?」
恐る恐ると言わんばかりの様子で、不思議な童女のことを問いかける信者。
信者の問いかけを聞いた童磨は、考え込むような仕草を見せては、しばらくの間無言になる。
そして、ふと思い浮かんだ言葉を、彼は静かに口にした。
「そうだなぁ……あえてどんな存在なのか口にするとしたら、俺の女神様……?」
「あの方が………!?」
「うん。やっと顔を出してくれた女神様とでも言っておくよ。」
─────……彼女以外の神様には会ったことないし、彼女なら神様だって信じることができるよ。
脳裏に過った言葉は飲み込み、宵月のことを自身の女神であると称した童磨は、口元に小さく笑みを浮かべる。
─────……きっと、これから先、俺は彼女以外のものを美しいとは思えないだろう。
断言できてしまう程に、童磨は月光の鬼神に魅せられた。
また明日も会いに行こう……そんなことを思いながら、童磨は静かに目を閉じる。
彼が閉じた瞼の裏側には、しっかりと宵月の姿が刻まれていた。
宵月
出雲の会議に連れて行かれたら、なんか知らんが大量の神格の加護を与えられてしまい、半龍半鬼神となってしまった元人間。
現在の年齢は6歳で、神々の前に連れて行かれたのは齢4年の時だったため、神々に気に入られてしまったせいである。
身に余る程の加護による神格の引き上げのせいで、鬼神としての力が上手く扱いきれない量の力を持っているので現在訓練中。
童磨
宵月の本当の姿に一瞬にして魅せられてしまった人喰いの鬼。
彼女が顔を合わせたとされている八百万の神々のことは知らないが、彼女であれば、神様も信じることができると思ってしまう程に惹きつけられてしまった。
宵月のことを俺の女神様と言ってしまったせいで、信者に自身が信仰する神=宵月の知識を植え付けてしまったのだが気づいていない。
信者A
先程の幼子が教祖様の言う神……急いで他の信者にも知らせねば!!