その娘、半龍半鬼の鬼狩りなり   作:時長凜祢@二次創作主力垢

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 サラッと上弦が引き抜かれる話。


極彩色の決断

 再び訪れた1日の終わり。

 いつものように、水辺で過ごしていた宵月は、背後に現れた感じ慣れた気配に気づいては、すぐに背後へと視線を向けた。

 

「やぁ、宵月ちゃん。今日も素敵な夜だね。宵月ちゃんも相変わらず綺麗だよ。」

 

「邂逅早々に口説く癖、なんとかならないんですか?」

 

「え〜……こう言ったら女の子って喜ぶと思ったんだけどなぁ……。」

 

「確かに、年頃の娘であれば頬を紅潮させ、喜び照れるかもしれませんが、残念ながらわたしはまだ齢6年という生まれて間もない童女ですので、特に何も感じませんね。」

 

「……随分と幼いなとは思ってたけど、6歳だったんだね。」

 

「ええ。お父様やお兄様が勉学を教えてくださいますし、時折暇を持て余した伊邪那美様が知識を与えてくださるので、このような性格になっておりますが。」

 

 まさかの事実に、童磨は少しだけ引いてしまう。年齢に関しては特に気にしていないのだが、伊邪那美と言えば、死者が行き着く常世にて、女王として君臨している女神……そのような存在が、目の前の半龍半鬼の神格に勉学を教えている……というのはなかなかに衝撃的な事実だった。

 だが、確かな神格により勉学をつけられているとなると、このようなしっかり者の娘になるのもおかしくないとすぐに考えては、宵月の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。

 

「6歳なのにしっかり者な宵月ちゃんに質問したいんだけど、構わないかな?」

 

「……はぁ……。わたしに答えられる範囲であれば構いませんが。」

 

 何が聞きたいんだと言うように、首を傾げる宵月に、童磨は一度笑顔を見せては、感謝の言葉を短く紡ぐ。

 しかし、すぐにその表情から笑顔を消して、口元に小さく笑みを浮かべた。

 

「俺はさ。宵月ちゃん以外の神格ってよくわからないし、初対面であっても顔色をひとつ変えることもなく、俺が人喰いの鬼であることを知っても気にせず言葉を交わしてくれる宵月ちゃんだからこそ、俺の神様になってほしいなって思ってるんだ。

 でも、君は俺の救い方を邪道と言って、俺の神様にはなってくれない。それでね?人喰い鬼だからこそ、眠る必要がないから夜通し考えてみたんだけど、やっぱり、苦しんでいる子を喰らうことにより、一つとなって救ってあげる方法しか思いつかなかった。

 だから、宵月ちゃんに教えてほしいんだ。どうやったら宵月ちゃんは俺の神様になってくれるの?

 どんな風に苦しんでいる子を救っていけば、宵月ちゃんは俺の神様になってくれるのかな?」

 

「……………。」

 

 宝石のような極彩色の瞳に、真剣さを宿しながら問いかけてくる童磨に、宵月は一瞬だけ目を丸くする。

 だが、少しだけ考え込むような素振りを見せたあと、彼女は背後へと目を向けた。

 

「……お父様。人喰いの鬼がこのように言っているのですが、答えは教えてもよろしいのでしょうか?」

 

「?」

 

 虚空へと声をかける宵月に、童磨は不思議そうに首を傾げる。

 だが、その意識はすぐに彼女の背後の方へと向けられることとなった。

 まるで龍が昇るかのように、月光に照らされて輝きを放つ九つの水の柱が天へと飛び上がる。

 幾重にも渦を作り上げ、空へと舞い上がった水の柱は、程なくして大地に降り注ぎ、辺りが蒼く幻想的に照らされる。

 同時に2人がいる場所には、大人が鳴らす下駄の音がこだまし始めた。

 

「……最近、やけにお前が山の中で遊んでいると思っていたが、まさか、人喰いの鬼と交流を得ていたとはな。

 しかも、その極彩色に刻まれている文字からするに、上弦の鬼と呼ばれている者の1人ではないか。」

 

 静寂の中、響き渡る青年の声。童磨が驚いて目を丸くしていると、月を隠していた雲が緩やかに晴れ、遮られていた月光が降り注ぐ。

 同時に現れたのは、銀色の髪を持ち、縦長の瞳孔を宿す酸漿の瞳を持つ男だった。

 

 男の姿は、宵月と同じく異形のものだった。額からは枝分かれした角が2本天へと伸びており、艶やかな白銀の長い髪は、白波のように揺れている。

 男の首元には、人喰いの鬼のように紋様が浮かび上がっており、ところどころ白銀の鱗を蓄えていた。

 氷を含んだ冷水の如く、どこか寒気を覚える程の凛とした気配に、童磨は少しだけ息苦しさを覚える。

 まるで、真冬の海へと投げ込まれたかのようなまとわりつく零度の気配は、血を氷へと変えて使用する童磨ですらも、体を軽く震わせた。

 

「ええ。山の中では人喰いをするなと命じているので、今のところ山にはなんの影響を及ぼしていないのですが、どうも気に入られてしまったようで……。

 つい先日から、自分達の主神になってほしい……と言われてるんですよ。

 ですが、彼……童磨が行っている人の救済は苦しむ者を喰らうことなので、断り続けておりまして。

 しかし、何度断ってもこの通り、必ず訪ねて来ては口説くの繰り返しなんですよ。」

 

「……まさか、人喰いの鬼を引っ掛けてくるとは思わなかったのだが?」

 

 困ったような表情を作りながら、現状を説明する宵月。

 彼女の説明を聞いた、彼女の父親である鬼神……伊吹童子こと八雲は、娘に釣られるカタチで困惑の表情を浮かべた。

 

「わぁ……。綺麗な人が増えたねぇ……。宵月ちゃんのお父さんなの?」

 

「はい。彼がわたしの父であり、我ら鬼神の始祖に当たる方です。お父様に拾われたことにより、わたしはが鬼神になりました。

 まぁ、八百万の神々の力のせいで、神格としてはお父様よりも高いようなのですが、わたしはお父様の上に立つことを望んでおりませんので、神格は高くともお父様に従属しております。

 まぁ、お父様より上と言われましても、わたしはまだ神格を得たばかりのため、扱い切ることができませんしね。」

 

 “身に余る程の御加護は、制御するだけで精一杯です”……とどことなく疲れた様子で言葉を紡ぐ宵月。

 その背後では、宵月の父親である異形の青年が遠い目をしており、なんとなく、力の制御でいっぱいになる程の理由の一つは彼のせいでもあるのだろうなと童磨は察した。

 

「……で、だ。なぜ人喰いの鬼如きが、オレの娘を信仰すべき主神にしたがっている?

 お前達の王は、平安の世に生まれ落ちた貴族の端くれだった鬼舞辻の童だろう?」

 

「ええ……?あの方をわっぱ呼びって……宵月ちゃんのお父さんって何歳なの……?」

 

「……少なくとも数千年は生きていると思いますよ?お父様が生まれ落ちたのは、神代の世に近いはずですし。」

 

「……そうなの?」

 

「ん?ああ。須佐之男命と顔を合わせることがあった時代だしな。」

 

「……だとしたらこの人、お父さんじゃなくてお爺さ……」

 

「何か言ったか小童。」

 

「わぁ〜……すっごく怖〜い……。」

 

 殺気と共に放たれた大きな力をぶつけられ、童磨は顔を青くする。

 ぞわりと内側から湧き上がる気持ち悪い感覚に、氷付にされてしまったかのような強い寒気、嫌な汗が体を流れるのを感じ取りながら、恐怖ってこんな感じなんだぁ……と、引き攣った笑みを浮かべた童磨は、目の前にいる銀色の鬼神をお爺ちゃんとは呼ばないようにしようと決めるのだった。

 

「質問に答えろ。なぜお前はオレの娘を自身が信仰する神として引き入れたいんだ?」

 

 再び問われた鬼神からの問い。共に放たれた重苦しい気配に、息苦しさを覚えながら、童磨はその場で硬直する。

 しかし、すぐに彼は口を開いた。脳裏に浮かんだ一つの答え……それを鬼神に伝えるように。

 

「……俺、神様なんていないって思っていたんだ。だから、極楽も地獄も存在しないと思っていたし、この100年間ずっと、その考えを変えていなかったんだよ。

 でもね。君の娘……宵月ちゃんと顔を合わして、言葉を交わして、彼女の本来の姿も見て、神様って本当にいたんだと痛感したんだ。

 その上、宵月ちゃんみたいな綺麗な女の子、俺、初めて見たからさ。もっと宵月ちゃんのことが知りたいって……宵月ちゃんと同じ時間を共有してみたいって思って……長く一緒にいるためには、どうしたらいいのかなって考えたんだよ。

 その答えが、宵月ちゃんを俺の……俺達の神様にすることかなって。だから、宵月ちゃんに、俺の神様になってほしかったんだ。」

 

 素直に告げられた、宵月を迎えたい理由に、八雲は一瞬目を細める。

 ……彼の目はあらゆる真実と嘘を見抜ける特殊な目……そのため、目の前にいる童磨が嘘偽りを述べていないかを確認するために使用したのだ。

 それにより出て来たのは偽り無しという答え。共にいたいと言う言葉の中には、仲良くしたいという感情のほかに、彼自身が気づいていない特別な感情も混ざっている。

 

「……愚かなものだな。お前のような生き物が、宵月にそのような感情を抱くとは。」

 

「え……?」

 

 再び突き刺さる殺気。しかし、童磨はそれ以上に、目の前にいる鬼神が口にした感情と言う言葉に、驚いたように声を漏らす。

 自身が宵月に抱いている感情……それはいったいなんなのか……混乱しながら彼は八雲を見つめ返した。

 

「……気づいていないのか。」

 

「いや、だって……感情なんてわかんないし……」

 

「何だと?」

 

 今度は八雲が混乱したように言葉を紡ぐ。人間は誰しも幼いながらに感情を持ち、時には同調し、時には衝突する程の激情を抱く……長らく生き続けていた元龍神は、人間と言う生き物はそう言ったものだとわかっていた。

 そのため、童磨が口にした感情なんてわからないと言う言葉に、八雲は信じられないものを見るように、酸漿の瞳で彼を見据えた。

 しかし、童磨から感じ取れたのは、感情がわからないという言葉に偽りなしという事実のみ。

 そのようなことがあり得るのかと、自身の目を疑ってしまう。

 

「最近は、少しだけわかるようになったんだよ?宵月ちゃんや、宵月ちゃんのお父さんである君を綺麗だと本当に思ってるし、宵月ちゃんに関しては、触れたいとか、もっと話したいとか、ずっと一緒にいられたらいいのにとか思ってるから。

 これまで誰かを見て、そんな風に思ったことなんてなかったよ。今でも俺は、宵月ちゃんを見てどこか高揚するような、熱くなってくるような、不思議な感覚を覚えてるし、今は君の気配とか殺気に寒気を感じるような、気分が悪くなるような感覚を覚えてるよ。」

 

 そんな八雲に対して、童磨は今は少しだけわかるようになったんだと告げる。

 それにも偽りがないことや、本当に感情は今になってようやく把握できるようになったことを確認した八雲は、何度か瞬きを繰り返したのち、童磨へと近寄る。

 

「?」

 

 急に近寄って来た八雲を不思議そうに見つめる童磨。八雲はそんな彼に手をかざしたのち、自身の力を発動させた。

 その力は、彼が宵月を拾った時にも使用していた対象の記憶を開示し、見ることができる術だった。

 

 ─────……この子の瞳の中には虹がある。

 

 ─────……白橡の頭髪は無垢な証。この子は特別な子だ。

 

 ─────……きっと神の声が聞こえてるわ。

 

「……これは………随分と強烈な両親の元に生まれて育ってしまったようだな……。」

 

 それにより映り込んだ記憶の断片を見て、八雲は表情を引き攣らせる。

 まさか、この世にこれ程までに盲目的で、引いてしまう程に極端な考えを持つ人間がいるとは……思わず童磨に同情してしまった。

 

 同時に、彼は童磨が感情の欠落を引き起こしてしまっていることに気がつく。

 頭が抜きん出てよかったことや、それにより他人に自身を合わせることが上手かったことが影響していたせいで、本当の感情を見失ってしまったことも把握できていた。

 

「……宵月。」

 

「?どうかなさいましたか、お父様?」

 

 八雲の行動の意味がわからず、童磨が首を傾げて見据えてくる中、当人は宵月の名前を呼んだ。

 父に呼ばれた宵月は、一瞬だけ不思議そうな表情を見せたのち、名を呼んできた八雲に近寄る。

 それを確認した八雲は、すぐに童磨に翳している手とは反対の手を宵月へと伸ばし、彼女に自身が見た記憶を流し込む。

 

「うっわ……」

 

 その瞬間、宵月は困惑した表情を浮かべた。八雲を通じて自身に開示された童磨の記憶は、彼女にとってもかなり衝撃的なものだったらしい。

 

「んー……この記憶から察するに、童磨様は普通の子供のように遊んだことは一度もありませんね?」

 

「へ?あー……言われてみれば確かに遊んだことはないかも。いつも勉学を嗜むか、信者の相手をするかのどちらかだったし、信者の人達の子供はいたけど、まともに話したこともない気がするよ。」

 

 宵月の指摘を聞き、童磨は少しだけ思案する。

 それにより出て来た100年間の記憶の中に、子供と遊んだ記憶は一つもなく、勉強か信者との会話ばかりが刻まれていることに気がつく。

 

「本来ならば、人間は同年代の者達と遊び、話し、時には衝突することで感情や情緒と呼ばれるものを育んでいく生き物です。

 だというのに、童磨様はその機会をご自身の親や周りの人間達により奪われていたのでしょう。

 神の子は頭が良くなくてはならない……神の子に低俗な人の子が近づいていいはずがない……神の子に人間が粗相を働いては行けない……。

 そのような考えのもと、普通の子供と接触させられることなく、隔絶された世界の中で生活することしかできなかった……と仮定すれば、感情が生まれないのも当然のことと言えるでしょうね。」

 

 “童磨様は、人喰いの鬼になる前は、ただ、少しだけ容姿が特異なものとなってしまった、なんの変哲もない人の子だったのに”……と、少しだけ悲しげな表情を見せる宵月に、童磨は胸が暖かくなるような感覚に陥る。

 目の前にいる美しき龍鬼神は、本気で自身のことを想い、愁いに沈んでくれているのだと、欠落した心でも理解できたのだ。

 心からそう思い、理解しようとしてくれたこと……自身の立場を愁いてくれるような存在は、これまで会って来た人間の中には1人もいなかった。

 

「童磨様が鬼になった経緯は、感情を知るため……ですか?」

 

「……うん。長く生きていれば、いつかわかるかなって思ったんだ。死ぬことに対する恐怖とか、誰かと一緒に過ごして笑い合える日々とか、辛さから暗くなる心とか、全くわからなかったから。」

 

「これまで生きて来て、感情はわかりましたか?」

 

「……正直言ってわかってないかな。俺の周りに来る子達って、みんな、苦しいから助けて、辛いから救って、極楽へ連れて行って……としか言ってこないから。」

 

「暗い感情にしか触れることがなかったんですね。」

 

「……うん。」

 

 話を聞いてくれる宵月に、童磨は自身のこれまでを素直に明かしていく。

 特に意を唱えることもなく、夜に寄り添う満月のように、そっと隣にいてくれるような宵月の前で、彼はこれまでずっと溜まっていた疑問や、自身の思いの丈を明かすことができた。

 

「極楽や地獄の存在の有無に関しては、まぁ、オレ達は認識することができるのでな。

 存在していることがわかっている。神々が住まう高天原の膝下にあるのが極楽であり、神々が裁定することにより、行き先を決める。

 だが、人間はそれを知覚することはできない。意識があれば見ることはできたかもしれんが、基本的に肉体があるからこそ五感を駆使して様々なことに触れることができるだけであり、肉体を持たぬ魂だけの状態では、何も感じることができん。

 ゆえに、黄泉は存在しない……と言うお前の認識は否定するつもりはない。」

 

 “見えるからこそ信じることができるが、見えなければ信じるのも無理な話だ”……と、これまで童磨が掲げて来た無神論を、八雲は否定することなく受け入れる。

 隣にいる宵月も、八雲の言葉に同意するのか、何度か小さく頷いていた。

 宵月もまた、見ることがなければ信じることはできないという考えを持ち合わせていた存在だったため、童磨の言葉にも一理あると考えているのである。

 

「感情の機微に関しては、夜の世しか知ることがなかった上、陽の気に触れることができなかったお前がわからないのも当然と言えるだろう。

 陰の気にしか触れることがなく、尚且つ陰の気の肥溜めのような場所でしか過ごすことができなかったのであれば尚更だ。

 お前が感情を学べなかったのは……育むことができなかったのは……自分勝手な思い込みをする人間達により、その機会を遮断されていたせいだと断言できるな。」

 

 自身が感情を学べなかった理由を淡々と、しかし、どこか呆れたような様子で説く八雲に、童磨は目を丸くする。

 だが、彼の言葉はどことなくしっくり来るもので、自身がこのような状態になってしまった理由に納得することができた。

 

「……そっか。感情がわからなくなったのは当然だったんだ。誰も教えてくれなくて、触れさせてもらえる機会も全部取られちゃったからなんだね。」

 

 スッと自身の表情から感情が抜け落ちることを感じ取る。自身の身の上を話したことにより、もはや感情を取り繕う必要がなく、目の前にいる2つの神格も、こちらの感情の欠如を把握して、受け入れてくれたため、これまで浮かべていたつぎはぎのカケラを浮かべなくてもよくなったのだ。

 

「あ、そちらが本来の童磨様なんですね。……お顔が整っているからでしょうか?ちょっとだけ怖いような……?」

 

「……宵月ちゃん。本人に真っ向から怖いって言わないで。なんかちょっと寂しいから。」

 

「すみません。整ったお顔をしてる方の無表情は初めて見たもので。」

 

「ええ……?さっき君のお父さんとかこんな感じじゃなかった?」

 

「?すみません、見てませんでした。」

 

「そっかぁ……見てなかったかぁ……。それなら仕方ないね。」

 

 いつもの調子で言葉を紡ぎ、平然としている宵月の姿に、童磨は思わず苦笑いをしてしまう。

 取り繕うことで浮かべていたものが、自然と流れて出て来たのは初めての経験だった。

 

「ふむ……これまでのお前の生き方を見てわかったが、お前のこの過去はかなり悪い影響を与えるものとなってしまったようだな。

 まともな親元に生まれていれば、鬼になることもなく、真っ当な道を歩めただろうに。

 ……宵月。確か、お前は神桃(しんとう)を作っていたな。採ってきてくれ。」

 

「わかりました。」

 

 八雲に告げられ、その場をあとにする宵月。聞いたことのない言葉を聞き、童磨は首を傾げるが、程なくして戻って来た宵月が一つの桃を持って来た姿を見て、目を丸くする。

 

「桃?」

 

「ああ。神桃(しんとう)と呼ばれているものでな。宵月が自らの力を注いで作り上げた桃で、宵月の力の影響を強く受けているものだ。」

 

 宵月が力を注ぐことによりできた桃であると教えられ、童磨は興味津々にそれを見つめる。

 宵月はというと、手元にある神桃(しんとう)を童磨の前に差し出した。

 

「お前の前には今、2つの道がある。これまで通り、人喰いの鬼として過ごし、陽の気に触れることなく終わりを迎えるか、これまで奪って来た人間達への贖罪を行いながら、陽の気に触れて生きるかのどちらかだ。

 まぁ、人喰いのまま夜を生きるか、神格を得るための修行を行う機会を得て、夜以外でも生活するか……というものだな。

 人を喰らい、生きて来た過去は変えられず、許されるものでもない。だが、過去を見たことで、一度だけ機会を与えてやることはできると判断した。

 かつて、オレの息子も人を喰らい、奪い取るだけの悪鬼だったが、今は鬼神として生活している。

 ……童磨と言ったな。お前に問おう。失ってしまった幼子の時……教祖として祭り上げられ、終ぞ感情を学ぶ機会を失った時を取り戻し、人々を助けるための道を歩んでみるか?」

 

 酸漿の瞳に見据えられ、童磨は思わず背筋を伸ばす。同時に、八雲が口にした言葉の意味を考えながら、宵月の手元にある桃に視線を落とした。

 それにより、必然的に映り込む宵月は、盈月のような金色の瞳を緩やかに細めては、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「これまで命を奪って来た以上、童磨様は長く悪夢にうなされてしまうと思います。

 ですが、その悪夢を一つ、また一つと乗り越えながら、これまで奪って来た命以上の命を救っていけば、わたし達と同じく、神格の一柱として認めてもらえます。

 そうですね……こちらの神桃(しんとう)はわたしの力を沢山含んでいます。

 そのため、これを口にすると童磨様はわたしの力を体内に取り込むことになるので、わたしの眷属になります。

 その後は、まぁ、お父様が言ったように、鬼神として至るための長い道を歩むことになりますが……」

 

 “眷属”という言葉を聞き、童磨は目を丸くする。しかし、すぐにそうなったら自分は宵月と一緒にいられると判断しては、目の前にある桃に手を伸ばした。

 だが、彼がそれに触れる前に、宵月はサッと桃を童磨から離す。

 

「……宵月ちゃん?」

 

 まさか離されるとは思わず、童磨は困惑したような声を漏らす。

 そんな彼に、宵月は金色の瞳を向けたまま、真剣な表情を見せた。

 

「……本当に、わたしの眷属になることを承諾しますか?これまであなたが奪って来た命は、100年以上の積み重ねによりかなり多いはずです。

 その贖罪をしながら、悪夢を見ながら、これから先生きていかなくてはなりませんよ?

 それこそ、あなたが奪って来た人間が許すまで、ずっと苦しむことになるかもしれません。」

 

 “それでもあなたは、わたしの眷属になりますか?”……と幼子であるとは思えない程に確りとした声音で問いかけてくる宵月。

 話を終わらすと共に、再び差し出された神桃(しんとう)に童磨は躊躇うことなく手を伸ばし、それを受け取る。

 

「どれだけ苦しいのか、辛いのか、想像することはできないけど、二度にわたって忠告してくるってことは、それだけ厳しいってことだよね。

 でも、どれだけ辛くて苦しくなっても構わないよ。宵月ちゃんと一緒に過ごすことができるならね。」

 

 そして、どれだけ厳しくても構わないと告げたのち、童磨は手に取った桃に牙を立て、そのまま静かに噛み砕いた。

 

「……あれ?前にもらった桃は味がしなかったのに、この桃は確りと桃の味がする。すごく甘くておいしいね。」

 

 目を丸くして、もらった桃の味を確りと感じ取ることができることを告げて、童磨は桃を食べ続けた。

 美味しいと口にした彼を見て、宵月は静かに目を細める。

 

「……ふむ。どうやら、お前はオレの息子とは違い、早い段階で鬼神に至ることができるようだな。」

 

「え?」

 

 八雲が口にした言葉に、童磨は驚いて顔をあげた。その際に見えた彼の酸漿の瞳は、先程のような冷酷な気配は全くと言っていい程に感じることができず、穏やかだった。

 

神桃(しんとう)の味の感じ方はかなり特殊でな。美味いと感じ取ることができる者は、修行を早く終えることができる者のみなんだ。

 修行を重ねれば報われる者は、美味いとは感じるが甘いとまでは感じ取ることができず、報われるのが怪しいとされている者は、味を感じ取ることができない。

 修行の機会すら与える余地なしとされている者は、神桃(しんとう)を口にした瞬間、悶え苦しみ命を落としてしまうな。」

 

「え゛……?つまり、俺って下手したら宵月ちゃんの眷属になることすらできずに死んでたかもしれないってこと……?」

 

「そうだが?」

 

「なんでそれを先に教えてくれなかったの!?」

 

「教えるわけがないだろう?お前は、罪のない人間を食い散らかしていたのだからな。

 死んだのであればそれまで。それにより守ることができる人間がいるのであれば、お前の命など切り捨てる。

 こればかりは他の神々も同じだ。まぁ、宵月はまだそこら辺は理解できていないのだがな。」

 

 当然だろうと言わんばかりに、神桃(しんとう)の特異性を話す八雲に、童磨は唖然とすると同時に、寒気を覚える。

 問題はないと判断されたからよかったものの、目の前にいる鬼神は、童磨の命を奪うことに躊躇いを持っていなかったのだ。

 死んだらそこまで……という認識だったのだろう。隣にいる宵月は、八雲が告げた通り、それを知らなかったのか、かなり驚いたような表情をしていた。

 

「これよりお前を宵月の眷属として迎え入れる。そうだな……とりあえず、これまでの100年の中、命を奪って来た人間を超える数の人間を救うことだな。これから先の15年……せいぜい励むことだ。」

 

 吐き捨てるように、決められた期間の中で、これまで命を奪って来た以上の人を救えと口にした八雲は、その場から水の龍に飲まれるかのように姿を消す。

 あとに残された宵月と童磨は、ポカンと呆気に取られたまま、しばらくの間固まっていた。

 

「……救えって言われても、どれだけの人を救えばいいの?」

 

 あたりに沈黙が広がったが、程なくして童磨がそれを破る。

 幼い宵月へと視線を向けて、どれだけの人を助けたらいいのかを問いかけた。

 

「……そうですね……お兄様の例え話によりますと、仮に100人の命を奪ったとしたら、2000人以上の人間を救うことができれば、ようやく認めてもらえる範疇に入るとのことらしいですが……。」

 

「ええ……?つまり、それを15年でやり遂げろってこと?でも、どうやって助ければいいの?」

 

「前提条件として、命を奪う以外の方法でなければなりませんね。とりあえず、童磨様はわたしが使える力の一端が使えるので、まずは厄払いから始めてみましょうか。」

 

「厄祓い……?」

 

「はい。わたしの力が含まれた桃を童磨様は口にしましたから、童磨様にも人の厄や、悪いところを見抜ける神眼が扱えるため、それを使うことで救うべき対象の陰の気を把握するんです。

 そして、把握できた陰の気を、童磨様が持ち合わせている神格の力を使って取り除く流れとなりますね。

 最初のうちは、わたしも使い方をお教えしますので、少しずつ頑張っていきましょう。」

 

「ありがとう、宵月ちゃん。」

 

「いえいえ。あ、それと、この度童磨様は神格見習いとなりましたので、食人衝動は発生しなくなっています。

 わたしが与えた神桃(しんとう)は、人喰いをしなくては生きることができないという特性と、陽の光を浴びると灰と化してしまう特性、あと、童磨様に仕掛けられていた鬼舞辻の呪いの全てを取り除く効能を持ち合わせておりますので、あなたはもう鬼舞辻の駒ではありません。

 その両目に刻まれた数字も必要なくなりましたから、取っ払わせていただきますね。」

 

 丁寧に説明をしながら、宵月はふわりとその場で浮き上がる。

 そして、目の前にある童磨の目に自身の手を静かに翳して、鬼神としての力を使用した。

 それにより、童磨の極彩色の瞳に刻まれていた上弦ノ弐を示す文字は一瞬に消え去り、美しい虹を宿した宝石のような瞳だけが残された。

 

「久しぶりに見るのではないでしょうか?文字が刻まれていない瞳は。」

 

 そう言って宵月は、どこからともなく鏡を取り出して、童磨の顔を映す。

 目の前に映る自分の瞳に、文字が刻まれてないことを確認した童磨は、何度か瞬きを繰り返した。

 

「わぁ……本当に久々に見たよ。何も刻まれてない自分の目。こうやって改めて見てみると、俺の目って結構独特だね。」

 

「そうですね。ですが、わたしは綺麗だと思いますよ。まるで宝石や、光を取り込んだガラス玉のようで。

 昔の人からすると、その瞳は本当に神に選ばれた存在のように思えてしまうのでしょうね。

 正直言って、実際の神格を持ち合わせている我々からすると、なんの変哲もなく、力を持たない人の子にしか思えませんが。」

 

 “まぁ、今は神様の見習いですけど”……と茶目っ気のある声音で言葉を紡ぐ宵月に、童磨は小さく微笑む。

 まさか、神を信じなかった自分自身が、本当に神になってしまうとは思わなかったと思いながら。

 

「とりあえず、鬼舞辻は童磨様の現拠点は把握していると思うので、この山の中に新たな寺院を設けて移動する必要がありますね。

 お父様のことですから、童磨様の拠点として使える建物をすでに作り始めていると思います。

 他の神々も童磨様のことを見守るつもりでしょうし、程なくして新たな拠点は用意されるでしょう。

 信者の皆様には、神様に近い場所へ移動すると告げればついてくると思いますから、移動の準備をお願いします。」

 

「……そうだね。呪いが解けた時点で無惨様は気づいていると思うし、早めに移動した方がいいかも。一気にみんなを移動させることって出来るかな?」

 

「わたしと童磨様の力、それとお父様の力があればなんとかなる範囲ですね。お父様にも協力を仰ぎましょうか。」

 

「助かるよ。あ、宵月ちゃんのことや、宵月ちゃんのお父さんのことはなんて呼んだ方がいいかな?やっぱり様付けかな?」

 

「わたしのことはこれまで通りで構いませんが、お父様のことは八雲様とお呼びいただければと思います。

 神格としてはわたしの方が上のようですが、立場としてはお父様が上司になりますし。

 あと、わたしのお兄様ともこれから先顔を合わせると思うので、そちらの方は夜月様とお呼びください。

 年齢としては、お兄様とお父様の方が遥かに上になりますから。」

 

「わかったよ。じゃあ、これからよろしくね、宵月ちゃん。」

 

「はい。よろしくお願いします、童磨様。……15年の間で、果たすべきことを果たせなかった場合、童磨様は命を落とす可能性がありますので、なんとしても頑張りましょう。

 わたしは、あなたには広く明るい世界を見守り続けてほしいと思っていますから。」

 

「……うん。頑張るよ。」

 

 これからのことを話しながら、童磨と宵月は闇に消える。

 その場に残されたのは、桜の花びらを思わせる薄紅色の光と薄氷のような蒼白の光のみだった。

 

 

 

 ……この日、一つの宗教団体から全ての信者が姿を消し、もぬけの殻となった豪勢な寺院のみが残された。

 そこにいたはずの教祖たる鬼も、その場から姿を消し、行方知らずとなったそう。

 近隣に住まう者達は、口を揃えて言う。寺院の者達はきっと神隠しに遭ってしまい、二度と現世には戻れないのだろうと。

 

 

「……童磨の気配が消えただと…………?鬼狩り共と争った形跡はないと言うのにか?

 あの男……いったいどこに消えたのだ……?気配がわからん。呪いも辿れん。」

 

 “何が起こったというのだ?この閉鎖された場所で”……残された寺院の前に現れた紅梅色の瞳を持つ男は混乱したように言葉を紡ぐ。

 その胸の内に、一つの嫌な予感を抱きながら……。

 

 

 

 




 八雲
 宵月が連れて来た童磨の記憶を見て、彼の親に対してかなり引いていた鬼神、伊吹童子。
 宵月が作った神気たっぷりの桃を食わせることにより、童磨を鬼から鬼神の見習いへと変貌させたが、その桃が実は認められなければ命を落とす猛毒であることを知っていた。

 宵月
 童磨を眷属にした半龍半鬼の神格を持つ少女。自身が力を流し込んだ桃は、食わせた相手を鬼神にし、自身の眷属へと変えることができることを知っていたが、ある種の剪定道具でもあったことは知らなかった模様。
 とりあえず眷属にした童磨に自分達が暮らしている山へと信者と共に移住するように命じた。

 童磨
 宵月の眷属になることに躊躇いがなく、サラッと鬼舞辻を見限った元上弦ノ弐。
 与えられた桃が、鬼神の路を歩めるか否かの剪定用道具とは思ってなかったため、実は命を奪われる可能性もあったことに冷や汗をかいていた。
 宵月の提案により、信者達と共に宵月達が暮らしている山へと引っ越したため、無惨の追跡を逃れることができた。
 鳴女の把握下からも逃れることができているようだが、童磨本人は気づいていない。

 紅梅色の目の男
 自身の把握下にいたはずの童磨の気配が消え、早急に連れ戻そうとしたが、それはできず、見事なまでに煙にまかれてしまった。
 嫌な予感を抱き、表情に焦りを浮かべる。


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