あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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キリムのイロイ

 マフルージャ王国王都ベランサ。

 その高級市街地に、かつてとある伯爵家の持ち物であった家がある。

 貴族の王都屋敷として作られ、使われて来たその屋敷は非常に立派なものだ。

 その屋敷の庭を駆け回る、金の髪の少女。

 

 その少女の髪の隙間からぴょんと飛び出す獣耳。

 走る動きに合わせて揺れる、金色の長い尾っぽ。

 その獣人の少女は蒼い瞳に輝くような生命力を漲らせていた。

 

「うおー! うわははは! お父さんが帰ってくる! お父さんが帰ってくるー!」

 

 その全身で喜びの感情を全力で表現して。

 庭を駆け回り、スッ転んで、起き上がって、また駆け回る。

 獣人特有の高い身体能力任せに走り回る動きはすばやい。

 やがて、疲れたか飽きたかしたか、転んだ勢いのまま少女が動きを止めた。

 

「ふはぁ、へぇ……つかれた。へへ……お父さん、帰ってくる。お母さんも、サシャも、ギールも、喜ぶぞー」

 

 そう言って笑う少女――――お針子のブレウの娘、キリムのイロイ。

 彼女が喜びを爆発させていたのは、彼女の父たるイスパルツが帰ってくる予定を聞かされたからだ。

 イロイは父であるイスパルツが大好きなのだった。

 

 

「あら、イロイ。どうしたのそんな泥んこで」

 

「あ、サシャ。お父さんが帰ってくるから、よろこびを表現してきた!」

 

「ああ、なるほど。イロイは感情表現が運動になるものね」

 

 ひとしきり暴れ倒し、疲れたので屋敷に引き返したイロイ。

 そこでふと出くわしたのは、簡素なワンピースに身を包んだ獣人の女性。

 この屋敷の庭に存在する図書館の主、キリムのサシャだ。

 イロイの父違いの姉でもあり、彼女もまたイスパルツほどではないが留守にする頻度は多い。

 

 そんなサシャは30を目前に控えた年齢ながら、驚くほどに若々しい。

 母であるブレウのように若返りの薬を使ったわけではない。

 純粋に日々の運動と満ち足りた栄養、そして充実した生活が彼女に若々しさを与えているのだ。

 

 むかしと変わったところと言えば。

 ちょっと近視が入ったので銀細工のフレームを使った眼鏡をしているくらいだ。

 

「でも、そうね。ご主人様が帰ってくるんだもの。歓迎しなくっちゃね」

 

「うん! おかえりのダンスをいまから練習しないと!」

 

「私は衣装と鞭を出さないと」

 

「おー? 鞭? あ、わかった! お父さんと遠乗りにいくんだ! ずるい! 私も私も! 私もつーれーてーけーよー!」

 

「ああ、うん、そうね。遠乗りにはいっしょに行きましょうか」

 

「よっしゃー! ぐえっ」

 

 喜びを表現するジャンプ。それで天井に激突し、イロイが落下。

 それを見てサシャがくすくすと笑う。

 

「なんていうか、ほんとに……イロイは見てると元気になれるわね」

 

「おお……? よくわかんないけど、元気になれたならよかった!」

 

「ふふ、ありがとうね。よし、イロイ。あなたはお洋服を着替えて、服は洗濯に出しなさい。ちゃんと担当のメイドにおねがいするのよ?」

 

「わかったー!」

 

 サシャに手を振り、イロイは着替えるために部屋へと勢いよく戻る。

 そして、その勢いのままに着替え、勢いを減じさせずに部屋を飛び出し。

 そのままの勢いでメイドに洗濯を頼み、さらなる勢いで次の人のところへ。

 

 

 

 

 

「おかあさーん! おかあさーん! お父さん帰ってくる! 帰ってくるよー!」

 

「うん、知ってるわよ」

 

 針子部屋で裁縫に勤しんでいたイロイの母、キリムのブレウは端的にそう返した。

 

「というよりも、イロイ?」

 

「うん?」

 

「私が旦那様が帰ってくると伝えたら、お父さんが帰ってくるって言って飛び出したのはあなたでしょうに」

 

「うん。知ってるよ。喜びを表現したかった」

 

「そう……」

 

 我が娘ながら元気が無限大に余りすぎているイロイにブレウが溜息。

 獣人の血もあるが、アグレッシブなのはたぶん父方の血だろう。

 あのエネルギッシュで行動力に満ち溢れた女たらしの血を感じる。

 

「なんと言うか、イロイはほんとうに旦那様が好きね……」

 

「うん! 大好きー!」

 

 イロイは輝くような笑顔で首肯する。

 イロイにとって、イスパルツはたまにしか会えないお父さんだ。

 肉親だからと言う要素もあるが、純粋にイロイはイスパルツが好きだった。

 

 いつもお土産を買ってきてくれるし。

 楽しい冒険話をたくさん聞かせてくれるし。

 外を走り回ったり、木にぶつかりに行ったりする遊びにも付き合ってくれるし。

 剣や魔法の訓練ではメチャクチャ強くて憧れるし。

 そして優しくて綺麗でカッコいいのだ。

 

 強くてかっこいいサシャも大好きだが。

 それより強くてカッコよくて綺麗なイスパルツはもっと大好きだった。

 イロイの目から見ても、イスパルツはとても美しいのだ。

 サシャはべつに不細工ではないが、取り立てて美人でもない。

 

「まぁ、旦那様が帰ってきたら、ちゃんとするのよ? 泥んこだらけで出迎えちゃだめよ?」

 

「うん! わかったー! 噴水の方でやる!」

 

「水浸しもだめだからね」

 

「そっかー。じゃあ、ギールのところ行ってくる!」

 

「お仕事の邪魔はしちゃだめよ?」

 

「うん!」

 

 イロイが勢いよく部屋を飛び出していく。

 それを見送って、ブレウは思わず笑う。

 

「ふふ、私似かつ旦那様似だわ。血ねぇ」

 

 そう笑って、ブレウは仕事に戻った。

 

 

 

「うおー! ギールー! お父さんが帰ってくるぞぉー!」

 

「ああ、イロイ。そうだね、オーナーのお帰りの予定は私も聞いているよ。楽しみだねぇ」

 

「うん! めっっっちゃ楽しみー! やったー!」

 

「あはは、元気だねぇ、イロイ」

 

 屋敷の外で、屋敷全体の見回りをしていたイロイの勢いに笑う。

 この歳若く愛らしい女大工、キリムのギールはこの屋敷専属の大工だ。

 この屋敷は恐るべきことに、屋敷の保守・修繕を外部の大工に委託するのではなく、自前で大工を抱えると言う真似をしている。

 

 率直に言ってかなり無駄だが、その分だけ屋敷の状態はきわめて良好に保たれている。

 ギール自身、穀潰しと言われないように屋敷の保守管理には本気だ。

 まぁ、ただ1人の大工のみを雇い、継続的に屋敷の保守を任せるのは貴族らしいやり口……なのかもしれない。

 

「ギールもお父さん好きだもんね! 私も大好きー!」

 

「はははは、オーナーは恩人だからね。返しきれない恩があるんだよ」

 

「命の恩人なんでしょ? 知ってる知ってる」

 

「そう、私の命の恩人なんだ」

 

「ギールも大好きだから、ギールが無事でよかった! さすがお父さんってことかな!」

 

「ふふふ、私もイロイが大好きだよ」

 

 イロイを見つめるギールの瞳は暖かい。

 その暖かなまなざしに、イロイも胸が暖かくなる。

 

 イロイにとって、ギールはもう1人の姉のような存在だ。

 そして、サシャと違ってギールは屋敷から遠く離れることはまずない。

 屋敷の敷地内にある、ギールの家に住んでいるのだ。

 

 イロイはたびたびそこに遊びに行ってはギールに面倒を見てもらったものだ。

 ギールは本当に親身にイロイの面倒を見てくれた。

 それはどちらかと言うと、イロイの母ブレウへの気遣いのようでもあったが。

 そこにはたしかにイロイへの暖かな愛情があり、優しい愛があった。

 

 そう言う意味で心理的な距離、交流度合いではサシャよりもギールの方がずっと上だ。

 サシャよりもギールの方がいいとは言わないものの。

 ギールが本当にお姉ちゃんだったらいいのに、とは思っていた。

 

「ギール!」

 

「おおっと、どうしたんだい?」

 

 思わず胸が昂ってイロイはギールに抱きつく。

 ギールの細身だが筋骨のしっかりとした体がイロイの幼なげな体を受け止める。

 イロイは今年で10歳になったが、同年代の子供よりもいくぶん小柄な部類に入った。

 

「ギール大好きー!」

 

「おやおや、ありがとうね。私もイロイがだーいすきだよ」

 

 ギールがイロイを抱き返すと、甘い香水の香りがふんわりと香った。

 イロイの父、イスパルツが帰ってくる時だけ、ギールがめいっぱいのオシャレのためにつけるものだった。

 その香りを感じると、イロイはますます嬉しくなる。

 大好きなお父さんが、周りのみんなも大好きだとわかるからだ。

 

 

 

 それからイロイはどったんばったんと喜びを表現しまくり。

 メイド長のマーサに雷を落とされたり、女家礼のポーリンには苦笑され。

 そんな激動の中、イロイは空間の揺れる感触を感じ取った。

 

「! お父さんだぁー!」

 

 そして、イロイは歩いていた2階の廊下から中庭に向けて飛び降りた。

 その眼下の中庭に姿を現すのはイロイと同じ輝く黄金の髪の少女。

 

「『軟着陸』! お父さぁーん!」

 

 魔法で落下の衝撃を帳消しにし。

 イロイは全力で踏み込んで大好きなお父さんへと飛び込む。

 そのお父さんことイスパルツも腕を広げてイロイを迎え入れる。

 常人だったら骨とか痛めそうな勢いでイロイが激突した。

 

「うぐぅ……!」

 

「いだぁ!」

 

 イスパルツが呻き、イロイも悲鳴を上げる。

 激突の威力にイロイの幼く華奢な体は痛んだ。

 自分の力を制御しきれない悲しきモンスターのようだ。

 

「お父さんおかえりなさい!」

 

「イロイ! また大きくなったね! それでいて相変わらずのかわゆいお耳! しゅごい! ふあふあ! きもちいい! くにくに! しゃいこう!」

 

「ふへへへ! お父さん、私のお耳気持ちいーい?」

 

「すごくきもちがいい!!」

 

 父イスパルツはイロイの耳にメロメロだ。

 イロイはイスパルツが耳フェチだとよく知っている。

 母と姉、そしてギールを交えた4人がかりで耳を触らせてやれば、1日くらいなら引き止めることができるほどだ。

 

「はああぁ……イロイのかわゆいお耳、堪能した……」

 

「私もお父さん堪能した!」

 

「ふふふ、おたがい堪能したね! さ、イロイ。屋敷に入ってお話をしよう。最近は何か変わったことがあったかな?」

 

「うん! ラルザのお父さん、いなくなったんだって聞いた!」

 

「へぇ……? ラルザ、ラルザね……?」

 

 どこか聞き覚えがあるな、と言う顔をするイスパルツ。

 そんなイスパルツにイロイが補足する。

 

「ラルザは、前に私にお父さんが女なんておかしいって言ってきた子だよ。獣人の男の子のラルザだよ」

 

「ああ」

 

 イロイの父、イスパルツは女だ。それも目も覚めるような美少女。

 女家令のポーリンもハッとするような美人だし。

 姉サシャの冒険仲間であるレインも目を惹く美女だが。

 イスパルツはそんな2人に見慣れたイロイの目から見てもワンランク上の美少女だった。

 イロイは目が肥えているがゆえの美形好きだった。

 

「いやぁ、ラルザくんは父親が女なんて自分なら耐えられないなんて言ってたね」

 

「うん……ひどいよね。私はお父さんがお父さんでよかったのに」

 

「それは嬉しいなぁ。まぁ、ラルザくんにも体感ができるように取り計らっておいたからね!」

 

「体感?」

 

「きっと楽しいよ! ラルザくんのお父さんだったイラーダはなかなか……ふふ、そう! なかなかよかったからね!」

 

「へー?」

 

 なにがどうよかったのか。そして何が楽しいのか。

 その辺りがイロイにはいまいちわからなかったが。

 まぁ、さして興味のある事柄でもなかったので、すぐに忘れた。

 

 

 

 屋敷に入って、談話室に場所を移し。

 お茶とお菓子を楽しみながら、イスパルツとイロイは談笑した。

 

「おかえりなさい、ご主人様」

 

 やがてサシャが合流してきた。

 

「今回はどれくらい滞在の予定なんですか? 夕飯くらいは……それと夜の予定は?」

 

 そう尋ねつつ、サシャがイスパルツの手をぎゅっと握った。

 そのどこか幼なげですらある仕草にイロイは思わず微笑む。

 姉のサシャもお父さんが大好きなのだろうと伺えたからだ。

 

「ふふ……サシャったら、可愛いんだ。今回は1週間くらいは滞在する予定なんだ。いろいろと楽しもうね」

 

 イスパルツもまた、ぎゅっとサシャの手を握り返す。

 そうしておたがいに微笑む姿には確かな絆が伺えた。

 

「へへ、サシャもお父さんのこと好きなんだね! 私も大好きー!」

 

「ふふ、私も大大だーい好きよ。ね、ご主人様」

 

「私も負けないし! あ、そうだ! お父さんが帰ってくるから鞭出すって言ってたね!」

 

「えっ、あ、ああ、まぁ、そうね」

 

「私もいっしょに行きたい! いいでしょ、お父さん!」

 

 馬に乗って遠乗りに自分も行きたいとイロイが主張して。

 その言葉にイスパルツが目を白黒させてサシャを見る。

 

「サシャ……さすがに……半分しか血が繋がってないからって……それは……引くわ……」

 

「違うんですよ! そうじゃないんですよ! 遠乗り! 遠乗りですよ! 乗馬鞭のことですよ!」

 

「な、なんだ、そっか……びっくりしたぁ……」

 

「おお……? サシャ、お父さん。乗馬鞭じゃない鞭ってなんだ?」

 

 そのイロイの疑問に、一瞬の静寂が立ち込めた。

 その天使が通り過ぎたような静寂が明け、イスパルツがなんでもないように答える。

 

「乗馬用でない、馬追い鞭とか、牧羊鞭とかもあるんだよ。都会じゃあまり見ないよね」

 

「そ、そうなの。そう言うことなのよ、イロイ」

 

「へぇー。知らなかったー」

 

 そんな危うい会話をしたりもして。

 イロイとイスパルツは親子の絆を深めた。

 

 

 それから、夕飯の時間になったら家族揃って食べる。

 なぜだかは知らないのだが、この屋敷の主人たるイスパルツの食事の席にはギールも同席している。

 ブレウとサシャはイスパルツの家族であるから不思議ではない。

 だが、そこになぜギールが含まれるのかをイロイは知らない。

 不思議に思って聞いても教えてもらえないのだ。

 

 また、なぜか女家令のポーリンも同席している。

 こちらに関しても謎だが、やはり教えてはもらえなかった。

 

 そうして夕食が終わると、入浴の時間となる。

 イロイはいつもはブレウやサシャ、時たまギールと入るのだが、今日はイスパルツに入浴をせがんだ。

 

「もちろん。いっしょに入ろうね。背中の洗いっこしようか」

 

 イスパルツは優しく微笑んでイロイのわがままを受け入れる。

 このイロイの他愛のないわがままを笑って受け入れてくれるところがイロイは大好きなのだ。

 シャレにならない重大な事柄も笑って受け入れようとしてくるので、そちらは心労が嵩むのだ。

 

「ねー、お父さん」

 

「んー?」

 

 体を洗って、背中を洗いっこして。

 イロイはイスパルツの背に生える翅を指先で突つく。

 すると黒い翅脈の走る3対6枚の羽がくすぐったそうに震えて細かな泡と水滴を弾いた。

 

「うわひゃっ……お父さんの翅は、お爺ちゃんにもらったやつなんだよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「じゃあ、私にはいつ生えるの?」

 

「生やそうと思っていろいろすると生えるんだよ」

 

「そうだったんだ……」

 

 まさか成長につれて生えるのではなく、努力して手に入れるものだったとは。

 イロイがまさかの真相にガッカリする。

 毎日翅が生えるようにとお祈りしてから眠っていたのがバカみたいではないか。

 

「どうやったら生えるの?」

 

「んー……大人になったら教えてあげようね。お父さんも、大人になってから生やしたんだよ」

 

「えー! なんでなんでずるーい! 私も翅ほしー!」

 

 バチャバチャと足元で水飛沫を上げての抗議。

 イスパルツは笑って、水桶に湯を汲んでイロイへとぶっかけた。

 お湯の勢いでイロイの体についていた泡が勢いよく流れて落ちる。

 

「うわびゅっ」

 

「ふふふ、大人にならないとだーめ」

 

「ぶー!」

 

「だめなものはだめだよー」

 

 なんて言いながら、イスパルツは自身も勢いよく湯を被る。

 イスパルツの滑らかな裸身を湯が流れ、泡が消えていく。

 そうして顕になった裸身にイロイは感嘆する。

 

 美しいとか、憧れるとか。

 そう言う言葉は出てこないけれど。

 イロイはその肉体の造形美に見惚れた。

 

 サシャの鍛え込まれて頑健な体にも憧れるが。

 無駄なく鍛え込まれ、美しく絞られたイスパルツの体にも憧れた。

 いつか大人になったら、あんなかっこよくて強そうな体になるんだと、イロイは憧れのまなざしでイスパルツを見る。

 

「お父さん、かっこいーね!」

 

「? そう? イロイはかわいいね」

 

「あぷぅ」

 

 鼻をピンと指先で弾かれ、イロイの口から間抜けな声が漏れた。

 それに文句を言って、イスパルツはますます笑い。

 親子の温かな交流は和やかに続いた……。

 

 入浴後は寝巻きに着替え、イロイは寝支度を整える。

 そしたら、あとは自室に向かって寝るだけなのだが。

 イロイは枕を手にイスパルツの部屋を訪ねた。

 

「お入り」

 

 部屋を訪ねたところ、誰何(すいか)の言葉もなしにそう告げられた。

 イロイは促されるままに部屋に入ると、イスパルツの部屋にはスパイシーな香りが立ち込めていた。

 なにかしらのお香でも焚いているのか、胸がドキドキと騒ぐ心地をイロイは感じた。

 

「あれ、イロイ?」

 

「うん。お父さん、いっしょに寝てもいい?」

 

「えっと……うん、いいよ。でも、後でサシャも来るハズなんだ」

 

「サシャもお父さんといっしょに寝たいんだ。じゃあ、みんなで寝ればいいじゃんね! お母さん呼んで来る!」

 

「あっ」

 

 イロイは勢いよく部屋を飛び出し、ブレウを呼んで来た。

 なぜかブレウの部屋にギールもいたので、ついでにギールも引っ張って来た。

 そしてイスパルツの部屋に辿り着くと、そこには妙に攻撃的な衣装のサシャが鞭を手に立っていた。

 

「サシャ、なんでそんな恰好してるの?」

 

「エッ、アッ、エッ」

 

「まぁ……サシャったら……」

 

「アッ、コッ、コレッ……チッ、チガッ……」

 

「ああ、サシャ……オーナーと……激しいんだね……」

 

「ウッ、イッ、ヒッ、ヒッ……」

 

 サシャは瀕死になった。

 

「……ごめんね、サシャ。魔法で連絡すればよかった……」

 

「もうむりです、私はしにます。さようならご主人様」

 

「うん、さようなら……あとで蘇生するね……」

 

「そこは止めてください……」

 

 そんな会話をする中、イロイは気にもせずに話を元のラインに無理やり戻す。

 

「お父さん! お母さんとギールつれてきた! みんなで寝よ!」

 

「あははは、私のベッドが満員御礼だね。うん、いいよいいよ。みんなで寝ようね」

 

 イスパルツは笑ってイロイを抱き上げ、ベッドへと運ぶ。

 サシャら3人はなんとも言えない面持ちになりつつもベッドへ。

 

「えへへ、みんなで寝るの楽しーね!」

 

「そうだね、イロイ」

 

「明日は遠乗りにいくんでしょ! みんなでいこうね!」

 

「そ、そうね、イロイ……」

 

「お母さんも、ギールもいっしょにね!」

 

「もう、強引な子ねぇ」

 

「ははは、おさそいしてもらえてうれしいよ。予定を開けなくっちゃね」

 

「それから、剣と魔法の訓練もいっしょにしようね! それでね、それでね、サシャに貴族向けのお手紙も書けるって言われたんだよ! それも見てね!」

 

「わぁ、頑張ってるんだね、イロイ。ちゃんと見るよ」

 

「やった!」

 

 暗い部屋の中、イスパルツの優しい答えが静かに響いて来る。

 そして、大好きな家族の香りと吐息、そして身じろぎの音。

 夜目の効く獣人でも視界の効かない闇の中で、イスパルツが自分を優しく見守っている。

 そのあたたかいまなざしを感じて、イロイは静かに眠りへと誘われていく。

 

「それでね、明後日はね……木登りしてね、お父さんと、木登り勝負してね……」

 

「ふふ……おねむだね、イロイ。明日もちゃんといるから、今日はもうお眠り」

 

「やぁだぁ……お父さんと、もっとおはなし……したい……」

 

「ふふ、かわいい子だね」

 

 イスパルツのたおやかな指がイロイの胸を優しく叩く。

 その規則的なリズムにイロイの意識は急速に眠りへと落ちて行った……。

 

 

 

 夢の中で、イロイはイスパルツと共に冒険をしていた。

 それは、具体的な内容のよくわからない、夢想ばかりが先行した冒険の夢だけれど。

 大好きなお父さんと、お父さんの大好きな冒険をする楽しさ。

 それだけはイロイの幼い心に生まれた本物だったのかもしれない。

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