24歳になったウマ娘がトレーナーと再会する話です

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【愛が重馬場/良馬場】24歳になったウマ娘とトレーナーが再会した話「ナイスネイチャ・キングヘイロー・マンハッタンカフェ・アグネスタキオン・エイシンフラッシュ編」

【ナイスネイチャ】

 トレセン学園は福利厚生がしっかりしていると巷では言われている。確かに寮も食堂もある。労働時間と給料については敢えて何も言わないでおくが、総合的にはまあしっかりしている。しかし、その中でも少し不便なところがある。特に一番不便なのは「食堂が夜遅くまでやっていない」ことだろう。

 仕事上どうしても深夜の時間帯に夕食を取りやすくなるが、その頃には食堂は閉まっている。(また、開いていても酒類は売っていないので学園外で買う必要がある)したがって自炊をする必要が出てくるわけだ。それを見越しているのか、トレーナー寮にはキッチンもついている。そして今はその自炊をするための食材を買うために学園近くの商店街に来ている。ここの商店街はほとんどがリーズナブルな価格帯で買い揃えられるようになっている。薄給の自分には結構嬉しい。

 

「おや、トレーナーさん?」

 

 野菜を見ていた所、誰かに声をかけられた。

 

「……もしかしてネイチャ?」

 

「やっぱり!トレーナーさんだよね?久しぶりです!」

 

「あ、ああ……」

 

 少し変な反応をしてしまった。というのも、眼の前の彼女──ナイスネイチャの姿が俺の想像の中での見た目とだいぶ変わっていたからだ。学生の頃とは違って、結んでいた髪をおろして、丸い眼鏡をかけていた。だいぶ大人びた印象だ。学生時代の彼女を「若者特有の明るさを兼ね備えた学生」と表現するなら今は「大人として成熟した一人の女性」と表現できる。

 

「トレーナーさんってまだトレーナーやってるんですか?」

 

「まあ、ね。君はトレセンを卒業して6年か、ということは……もう立派な社会人か」

 

 ナイスネイチャと駆け抜けた日々を昨日のことのように思えるが、そんなに年数が経っていたのかと一人で驚く。

 

「そうですね……今はお母さんのスナックを引き継いでやってます」

 

「そうなんだ、この辺?」

 

「そうですよ。……どうせなら寄ってきませんか?」

 

「え?……どうしようかな……」

 

「奢りますから〜」

 

「うーん、じゃあ少しお邪魔しようかな」

 決して奢られたいわけではない。そう、決して。

────

 ネイチャについて行くと、一軒のスナックにたどり着いた。

 

「お邪魔します」

 

「どうぞー、ゆっくりしてって〜」

 

 店は00年代からタイムスリップしてきたようなレトロさが残っていて、角が少し剥げたテーブル、年季が入っている絨毯。少し古いイメージも感じるが、店内は清潔そのものでホコリ一つ落ちていない。彼女が日々掃除を欠かさずにしているからだろうと予想してしまう。

 

「で、トレーナーさんは何飲むの?」

 

「あー、じゃ焼酎もらえるかな?ロックで」

 

「はいよー」

 

慣れた手つきで用意するネイチャ。

 

「……はい、焼酎ロックどうぞ」

 

「ありがとう」

 

ふと、自分に渡されたグラス以外に、もう一つグラスが用意されていることに気づいた。

 

「ちょっと隣失礼しますねー」

 

カウンターから出てきたネイチャが、俺の隣の椅子に座る。彼女はもう一つのグラスを手にとると、こちらに向き直る。

 

「じゃ、乾杯」

 

 そこで、そういえばネイチャは既に成人しているのだったと気づく。

 

「……乾杯」

 

 一拍遅れてから応える。

 

 グラスを少し傾け、口に流し込むすぐに喉が焼けるような熱さを感じる。

 

「トレーナーさんは最近どうなの?」

 

「最近か……今年からチームを持つようになったんだけど、皆すごくてね。この間なんて大幅にタイムを更新したこともあったんだよ。彼女らの成長に驚かされてばかりだよ」

 

「ふーん」

 

 少しつまらなそうにするネイチャ。ここで眼の前の元担当に他のウマ娘の話をするのはご法度だということに気づいた。

 

「……もちろんネイチャ以上の娘は現れていないけどね」

 

「そりゃどーも」

 

 お世辞であることを見透かされたようで、向こうを向きながら、少しそっけない態度を取るネイチャ。

 

「……ちなみに君は最近どうなんだ?」

 

 気まずくなったので、話題を変えることにした。

 

「私?私は……まあフツーに楽しくやってますよ」

 

「そっか」

 

「あ!そうそう、最近お母さんが『いい人見つけて』ってうるさくて〜」

 

「ああ、確かにネイチャの親御さんならそう言いたくなるお年頃だね」

 

「でもでも、『早く孫を見せてほしい』とかも言ってるんですよ?流石に気が早くないですか?」

 

 畳み掛けるように饒舌になるネイチャ。結構大変な思いをしているんだな……

 

「……まあ、ネイチャなら魅力があるし、すぐにいい人が見つかるんじゃないかな?」

 

「……」

 

 突然、固まったかのように喋らなくなるネイチャ。俺もしかして地雷を踏んでしまったか?

 

「……トレーナーさんはアタシのこと、魅力的に思っているんですか?」

 

……空気が変わってきた。

 

「もちろん、君はいつだってかわいいよ」

 

 臭いセリフかもしれないが、それでもフォローにはなっているだろう。それに嘘を言っているわけではない。

 

「トレーナーさん……」

 

 顔を俯かせるネイチャ。

 

「じゃあ、私のこと、好きってことですよね」

 

 

 そこまではっきりと言われると気恥ずかしいが、

「ま、まあ……そういうことになるね」

 

 すると、彼女は顔を上げて、こちらを見る。そして優しく微笑みながら

 

「あたし、もう結婚できる年齢になりましたよ」

 

 と言った。

 

 

 

【キングヘイロー】は勝負服つくるアパレル企業の社長

 ウマ娘の勝負服について、現在は企業がその制作を行っている。昔は自作や、レース場などで支給されたこともあったらしい。そしてデビューしたウマ娘はその勝負服を手に入れなければならない。しかし彼女らはまだ未成年。したがってトレーナーである俺達が企業とウマ娘を仲介して勝負服を制作する必要がある。

 今日はそのためにとある企業に出向いている。トレーナー業として普段はゆるい格好でも問題ないが今日は他所に出向くのでスーツを着ている。少し息苦しい。

 

「トレセン学園の〇〇トレーナー様ですか?」

 受付の人に確認を取られた。

「はい、そうですが……?」

「お待ちしておりました。社長室へご案内させていただきます」

 

……え?社長室?

 

 おかしい、俺はたしか勝負服担当部門の人にアポを取っていたはずだが?

 まあ、引くに引けない状況なので黙ってついていく。

 

────

「社長、トレーナー様をお連れしました」

「了解。入って頂戴」

 

 聞き覚えのある声がドアの奥から聞こえる。……しかし誰だ?思い出せない。

 

「久しぶりね、トレーナー」

 

 執務スペースに腰をかけた人物が俺を迎える。

 

 学生時代から、その大人びた風貌は変わらなかったが、今ではそれに拍車がかかったようで、「一流」というのは彼女のためにある言葉ではとさえ思えてしまうほど完璧な装いをしているウマ娘がそこにいた。

 

「き、キング……」

 

「相変わらずのようね、トレーナー」

 

キングは一度受付の人に視線をやる。それを察知した受付の人は少し足早に部屋を出ていった。

 

「キング、まさか君がこの会社にいるなんて」

 

「そんなことより、貴方。それが余所行きの格好かしら?」

 

キングは席を立ち、俺の体を一瞥する。

 

「?……べつに問題無い服装だと思うが?」

 

「ハア……まったく貴方は……」

 

キングは俺に近寄ってくる。

 

「まず、スーツのジャケットのボタンは上だけよ。2つとも止めないのがマナー。そしてシャツが袖から見えて良いのは1から2cm程度。貴方のは出過ぎよ。もしかして適当に安いのを選んでないでしょうね?今度私が見繕うから、ちゃんとしたスーツを選ぶように心がけなさい」

 

 怒涛の勢いで指摘された。まさかここまで指摘されるとは思ってもいなかった。

 

「最後に、ネクタイが曲がっているわ。時々鏡をみて気にするようにしなさい」

 

 キングが俺のネクタイの位置を丁寧に直す。

 

「……やっぱり君には敵わないな」

 

「当然よ、なんたって私は一流なんだから」

 フフン、と鼻を鳴らすキング。これは昔の頃と変わらないみたいだ。

 

「しかし、こうしていると、なんだか君が学生だった頃を思い出すよ」

 

「……そうね」

 キングが遠い目をする。あの日々を思い出しているのだろうか。

 

「……それは一度置いておいて、本題に入らせてもらうわ」

 

「ああ、そういえばそうだったな」

 

「貴方のところの勝負服なんだけど……すべてこの私が監修することにしたわ」

 

「いいの?君はこの会社の社長なんだろ?業務的に厳しくないか?」

 

 キングにやってもらえるなんて願ってもない機会だが、本人を働かせ過ぎるのかもしれない。

 

「貴方の日頃の仕事量に比べたらここの社長なんてたいしたことないわ。それより……今じゃ私は世界的デザイナーなのよ?ありがたく思いなさい!」

 

「もちろん、もちろん」

 

「ついでにあなたが社交の場で着るスーツも私が見るわ」

 

「え?ああ、さっきのちゃんとしたの買えって事?別にそこまでしてくれる必要はないと思うんだけど」

 

 俺の言葉をきいたキングはすごい呆れた顔をする。

「……いい?もし貴方のところのウマ娘が何かしらのレースに勝ったり、表彰されたりしたときに、同時にトレーナーにも注目がいくの。だから貴方がちゃんとした服装をしていないと、その娘の評価まで落ちる可能性もあるのよ?」

 

「それは嫌だな」

 

「でしょ?だから貴方もしっかりとした装いをする必要があるの。……余談だけどアメリカやイギリスのレースではウマ娘と同じくらいトレーナーが注目される場合もあるらしいわ。それほどトレーナーとウマ娘は一心同体なのよ」

 

「へえ、それは知らなかった」

 

「……とりあえず詳しいことは別日に話し合いましょう。今日はこれで終わり。……貴方、この後時間があったりする?」

 

「え?まあ、あるけど」

────

 

「店員さん!生おかわり!」

 

 紅潮させた顔を項垂れながら、居酒屋の店員さんに注文するキング。あの後居酒屋に誘われた。キングのことだからてっきり高級なレストランとかにするのかと思っていたが本人曰く「居酒屋のほうがリーズナブルだし落ち着く」という庶民的発想からだった。社長になってもそこは変わらないようで少し安心した自分がいた。それでも、同じ机に2つのジョッキが並んでいることが未だになれない。もう彼女も立派な大人ということ受け入れたくない自分がいるのかもしれない。

 

「かしこまりました!生一丁!!」

 

「お、おい……流石に飲み過ぎじゃないか?」

 

「何言ってるの?久しぶりに会ったんだからパーッとものもうじゃない!それとも何?私の酒が呑めないっていうの?」

 

 アルハラまでかます社長、キングにはあまりお酒を与えないほうがいいなと思った。

 

「飲める、飲めるから落ち着いて……」

 

「……のに」

 

「はい?」

 

「せっかく貴方と再会できたのに、このまま何も無いのが嫌なのよ!」

 

 突然大きな声で言うキング。すぐにハッとした表情になって座り込む。

 

「えっと……どういう意味?」

 

 一応、傷つけないように遠回しに訊いてみる。しかしその言葉がショックだったのか、キングは涙目になりながら、捨て台詞のように言う。

「この……へっぽこ!」

 

 ジョッキの氷がカランと音を立てた。

 

 

 

【シーザリオ】

 ウマ娘のトレーナーになる過程は、人によって様々であるが最も王道なのはトレーナー育成学校を卒業して、トレーナー試験に合格することだ。たまに育成学校をすっ飛ばしてトレーナー試験に合格したり、海外から日本の永年トレーナー資格をもった人がやってくるケースもある。まあ数としては圧倒的に育成学校を経由している人が多い。そして今日はその育成学校を卒業した人が、トレセン学園に配属される日である。

「俺も指導する側かー……」

 しみじみとつぶやく。新人だった頃が懐かしい。

 

「失礼します」

 

 どうやら新人の人が来たようだ。俺のサブトレーナーから始めるらしい。というかその情報以外何も知らされていないんだよな……

 

「本日よりトレセン学園トレーナーに就任しました、シーザリオと申します。ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」

 

「……よ、よろしく」

 俺の眼の前にいたのは、かつて共にトウィンクルシリーズを駆け抜けた、担当ウマ娘────シーザリオがいた。

 

「どうかされましたか、トレーナー?」

 

「あ、いや、ごめん。何でも無いよ。……よし、じゃあまずはトレーニングの補助をしてもらおうかな」

 シーザリオ本人が特に気にしていないようなので、こちらも再会を気にしないことにした。

────

 練習コースには既に3,4人のウマ娘が集まっていた。

 

「もしかしてトレーナーはチームを持たれているのですか?」

 

「え?ああ、まあね。去年から任されていてね、正直一人だけじゃ監督するのが厳しいから、ちょうど君が来てくれて助かったよ」

 

「そうですか」

 

「あ、トレーナーだ!おはようございますっ!」

 

一人のウマ娘がこちらに気づく。

 

「おはよう」

 

「おはようございます、トレーナーさん。……そちらの方は?」

一人のウマ娘がシーザリオの方を見て質問をする。

 

「ああ、彼女は──」

 

「シーザリオと申します。本日よりこのチームのサブトレーナーとして皆さんのトレーニングの補助にさせていただきます。宜しくお願い致します」

 

 流石と言うべきか、シーザリオらしいと言うべきか、完璧な挨拶をしてみせる。

 

「シーザリオさんって……あの!?」

「日本とアメリカのオークスを制した伝説のウマ娘……!」

「私、シーザリオさんに憧れてトレセン学園に入ったんですよ!」

 

「恐縮です」

 毅然とした対応をするシーザリオ。チームの娘からしたら、オンのときのシーザリオの対応は少し無愛想に思うかもしれないと心配したが……

 

「はあ……クールで素敵……!」

 

問題なさそうだった。

────

「よし、前回よりもタイムが向上してる!よく頑張ったな!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

「少し走り方を見直すのがベストかもしれません。先程の走りでは前傾姿勢になりすぎているようでした」

 

「なるほど……ありがとうございます!」

 

 二手に分かれてトレーニングを指導する。今までは俺が全部の娘を見回る関係で、つきっきりで見てあげることができなかったが、シーザリオが気てくれたおかげでだいぶ楽になった。ここでサブトレーナーに一部のウマ娘を育成を任せっきりで大丈夫なのかという疑問が出るかもしれないが、俺は個人的に「シーザリオならうまくやるでしょ」と思っている節がある。もちろん、メインは俺が指導するが、でも最初から結構任せてもシーザリオなら大丈夫だろうという自信がある。

 

「そういえばトレーナーさんは、シーザリオさんを育成していたんですよね」

 チームの一人の娘が俺に話しかける。

「そうだよ」

 

「その頃のシーザリオさんの話とか聞きたいです!」

 

「いいよ、でもいいタイムを出したら教えてあげる」

 

「わかりました!じゃあ走ってみます!」

 

 元気に走っていった。物で釣るのは良くないかもしれないが、すごい元気に走っていったので良しとしよう。

「なんのお話をされていたんです?」

 

「うわあ!?びっくりしたー……」

 いつの間にか背後にシーザリオがいた。

 

「……シーザリオが現役の頃どうだったかって話」

 

「なるほど……懐かしいですね。あの頃はトレーナーは若々しくて……」

 

「え?もしかして俺って結構老けたの?」

 

「冗談ですよ……フフフ……」

 

 相変わらずオンとオフの使い分けが上手い。

 

「しかし、君が卒業してから6年か……俺もトレーナーとして一人前になれたのかな?」

 

「もちろんですよ。私と出会った頃を数えたら10年以上。立派なベテラントレーナーです」

 

「そうかな〜?」

 

「そうです。……そういえばまた、私はトレーナーに教えてもらう立場ですね。私からもなにかトレーナーに与えられるものがあれば良いのですが……」

 

 顎に手をやり考え込むシーザリオ。ウマ娘時代は走りで返してくれれば良いと言った記憶がある。最終的に日本とアメリカのオークス制覇というとんでもないプレゼントをくれたが。しかし今彼女は走る立場にはない。

 

 俺個人としては別に返してもらわなくても十分だがシーザリオ自身が納得いかないのだろう。どこまでも律儀なのは彼女の良いところだ。

 

「……じゃあこれからは俺に『どんなウマ娘を育てた』のか教えてほしいな」

 

「そんなので良いのですか?……いえ、わかりました。逐一報告するようします。そうですね、毎週レポートにして提出するようにします」

 

「いや、そこまで畏まらなくてもいいけどね!?」

 

 訂正、律儀すぎるのも困るかもしれない。

 

「……トレーナー、タイムどうでした?」

 いつの間にか走っていた娘が帰ってきていた。

「あ」

 ここで会話に夢中でストップウォッチを止めるのを忘れていた事に気づく。

 

「ごめんタイマー押すの忘れてた。もう一回お願いしても良い?」

 

「えー?」

 当然嫌な顔をする。

 

「フフッ……」

 しれっと笑っているシーザリオが視界の端に映った。

────

「今日はこれで終わり。お疲れ様」

 

「お疲れ様です」

 トレーニング後、練習器具を片付けてから解散する。

 

「これからどうするの?俺は一旦寮に戻るけど」

 

「そうですね……私もついて行きます」

 

「え?ついていくって?」

 

 たしかトレーナー寮は男性と女性で棟が分かれていたはず。 

 

「あれ?言ってませんでしたっけ?同室ですよ?」

 

「はい?」

 

 言っている言葉が分からなかった。

 

「どうやらトレーナー寮の改修工事がはいって、新入りのわたしの部屋はまだ用意できないようで……そこで理事長が『共有ッ!トレーナー諸君は新人トレーナーとしばらくの間部屋を共有するように!』と」

 

あのクソガキ理事長、なんてことをしてくれたんだ!

 

「え?それは流石に不安でしょ?異性と同室でやりくりするなんて」

 

「いえ、平気です」

 

「……流石にどうかと思うんだけど」

 

「トレーナーはそういう人でないと信じているので」

 

 純粋な目線が俺に向けられる。

 

「うっ……」

俺はそれに対抗しうる力を持っていなかった。

────

「お邪魔します」

「どうぞ、汚いかもだけど入って」

渋々部屋にいれる。

 

「冷蔵庫のものは好きに使って大丈夫、風呂は……俺が外で入ってくるから君はここをつかって」

 

「了解です」

 

「あとは……まあ相談しながら使っていこう」

 

「これから宜しくお願い致しますね、トレーナー?」

 

「……うん」

 

 俺、この生活に耐えられる自信ない。

 

 

(シーザリオと同棲はもしかしたら別で短編作るかもです!)

 

 

 

【マンハッタンカフェ】

 春の嵐というのは、いつ降るかわからないもで、傘を持たずに迂闊に外出したのが仇となった。外はザーザーと強い雨が降っている。

 

「どうしたものかな……」

 

 思わずつぶやいた言葉も雨音に消される。とりあえずなにかの店の軒下で雨宿りをしているが、どうもすぐに止みそうにはない。

 

「こうなったら、しばらく雨宿りしてようかな…………あ」

 

 ふと、あたりを見回すと数メートル先に「喫茶店」の看板がある建物を見つけた。あそこなら、時間を潰せるかもしれないな。

────

カランカランと、ドアに付けられた鈴が鳴る。

 その音を聞きつけた店主がパタパタと出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ……って……もしかして、トレーナーさんですか?」

 

 出迎えたのは、学生の頃から変わらない長い艷やかな黒髪を束ね、紺色のエプロンを身に着けたマンハッタンカフェだった。

 

「もしかして、カフェ?」

 

 お互い、入口で固まる。幸いなことに店内には俺以外に客はいなかったようで、しばらく沈黙が続いても誰にも何も言われなかった。

 

「……えっと、久しぶり。ここに店を出してたんだ」

 

「お久しぶりです。……ええ。実は今日が開店初日でして……トレーナーさんにも招待状を書こうとしていたところですよ」

 

「そっか……しかし災難だね。記念すべき日にこんな雨が降るなんて」

 

「いえ、むしろこうして素敵な最初のお客様がいらっしゃったのですから、感謝したいくらいです」

 

「ふふっ、そっか」

 

「だいぶ濡れているようですね。タオル、持ってきますので使ってください」

 

「ありがとう」

 

カフェは店の奥へと姿を消す。俺はカウンターにある椅子にゆっくりと腰掛ける。ふと店内を見回してみる。内装は60年代の街角にあった喫茶店を再現したかのようで、革製の椅子や、あしに細かい装飾が施されている机、レコードからはスイングジャズが淡々と流れている。彼女のセンスはやはり素晴らしいとしか言えないぐらい完璧の雰囲気を保っていた。

 

 

「はい、タオルです」

 

「ありがとう」

 

受け取ったタオルで頭を拭く。

 

「なにか、飲みますか?」

 

「じゃあ、君のおすすめを一杯」

 すこしカッコつけて注文してみる

 

「フフッ、わかりました」

 カフェは俺にはその注文が似合っていなかったのか失笑しながらも用意を始めた。

 

────

「どうぞ、熱いので気をつけてくださいね」

 

「ありがとう」

 

「私なりのブレンドです。……お口に合うと良いのですが」

 

 コーヒーカップを傾ける。

 

 昔カフェが作っていた『風味がしっかりしていて少し苦みが強い』コーヒーとはまた印象がガラリと変わって、

 

「スッキリした後味で、苦さの中に甘みが少しだけある、って感じだね。 とても美味しいよ」

 

「ありがとうございます」

 

────

 

「……雨、やまないですね」

 

「そうだね」

 

「……最近お友達から『昔に比べて元気がなくなった』と言われました」

 

 ポツリとカフェが言葉を漏らす。

 

「そうなの?」

 

 個人的には、昔とは印象が変わらず元気なように見える。

 

「ええ、今も……え?……『今は元気』……?どういうことですか?」

 

「?」

 

どうやら俺の予想どおり、今のカフェは問題ないように見える。

 

「え?……相手?……あ……」

 

 みるみるうちに顔が赤くなっていくカフェ。お友達と何を話したのだろうか?

 

「えっと……トレーナー、さん」

 

 先ほどとはだいぶ態度が変わって、しおらしい態度になっている。

 

「何?」

 

「その……もしよければ……なのですが……これからもたまにこの店に来てくれませんか?」

 

「もちろんだよ」

 

 雨はいつの間にかやんでいたようで、窓から一筋の光が漏れる。

 

 「……雨、やみましたね」

 

 少ししゅん……とした表情を見せるカフェ。それを見た瞬間、俺の何かが「まだ店にいろ」と命令を下す。

 

「本当だ。……でも少しゆっくりしていようかな。まだいても大丈夫?」

 

「もちろんですが……良いんですか?」

 

「大丈夫大丈夫。……それに、俺は君と少しでも長く一緒にいたいからね」

 それを聞いたカフェは急に耳をピコピコさせる。

 

「……ありがとう、ございます」

 

この時間がずっと続けばいいな、と思った。

 

 

 

【アグネスタキオン】

 現在、ウマ娘の育成・レースの主催は文部科学省がになっている。初期は農林水産省が担当していたこともあったらしいが、「人とウマ娘の文化の相互的理解及び、文化の永続的な発展をもたらす」という意味で文部科学省主催に移ったらしい。つまりウマ娘の育成関連で関わりがあるトレセン学園は文部科学省の所属になり、他の大学や研究所などとも交流がある。

 

「依頼!君にはカワチ大学の研究会にトレセン学園代表として赴いてもらいたい!」

 

 唐突に学園長から呼び出された挙げ句、訳のわからない依頼をされた。そもそも理事長(学名:トレセンショウリジチョウ)は突拍子もないことを言い出す生き物であったのを忘れていた。

 

(……しかし、カワチ大学?たしか理系の最高峰の大学だよな?なぜそのなところがトレセン学園と?)

 理事長の発言内容が気になる。

「えっと……?」

 

 俺が返答に困っていると、それを察したのか、たずなさんが詳しいいことを教えてくれる。

 

「実はトレセン学園は、ウマ娘の研究の機関の一つでもあるんですよ。そして今回カワチ大学と共同で研究を行うことになったのですよ。トレーナーさんには学園代表としてその研究会に出席してほしいのですが、大丈夫ですか?」

 

 ここでようやく納得がいく。

 

「大丈夫ですが……なぜ俺を?」

 

 俺は別に研究をしているわけでもない。

 

「不明!しかしどうやら大学の研究チームの代表が君を【指名】しているようだ!」

 

 自信満々に言う理事長。

 

「?」

 

 釈然としなかった。

────

「これよりカワチ大学と日本ウマ娘トレーニングセンター学園共同研究会を始めます」

 

 次の日、俺はカワチ大学の講堂に行った。大学なんてトレーナーになる前以来だから、すこし懐かしく感じた。

 

「本日『ウマ娘の走行時の筋肉反応とその限界と拡張空白についての研究』ということで、まずは大学側から代表者の挨拶をお願いします」

 

壇上に誰か上がる。席が壇上からだいぶ離れているため誰かはわからない。

 

「今回の研究の代表者をさせてもらっている、アグネスタキオンだ。よろしく頼む。今回の研究ではウマ娘という種としての限界について──」

 

 続けて色々言っているが、俺はそれが頭に入って来なかった。なぜならその代表者の名前、「アグネスタキオン」に覚えがあったからだ。

 

 しばらくして研究会は終わった。ほとんどが俺の知らない専門用語で話が進んでいたため理解するのはできなかった。

 会場に集まっていた人は続々と部屋から出ていくのを横目で見る。とりあえずタキオンには挨拶をしようかと、席を立った。

 

 講堂から出る。

 

「待ってたよトレーナー君」

 

 出入り口の横でタキオンが待っていた。

 

「タキオン……!久しぶr」

 

 俺が挨拶をしようとしたところ、口を塞がれた。

 

「少し場所を移そうか、君と話がしたい」

──

タキオンの研究室連れられた。そこは結構散らかっていて、なんというかタキオンと出会った頃を思い出す。

 

「まずは久しぶりだね、トレーナー君」

 

「あ、ああ……」

 

 対峙して改めて思ったが、タキオンは学生の頃よりも痩せた?というよりやつれたようにみえる。目にも生気がないし、なにかがおかしいと感じる。髪は腰ほどまでに伸び切っていて、なんというか苦労してる研究者みたいな見た目だ。(後で知ったが、タキオンはまだ大学院生らしい)

 

「私から質問したいことは1つある」

 

 なぜか彼女から重々しいオーラが漂っている。そして、ゆっくりと、それは当たり前かのように質問してきた。

 

「トレーナー君、私と同棲する気は無いかね?」

 

「……は?」

 

 ちょっと何言ってるかわからなかった。

 

「その……自分で言うのも恥ずかしいものだが……トレーナー君がいない生活を送っていると、あの頃が恋しくなってきてね。美味しいごは

んや、ある程度洗濯、掃除までやってもらえるなんて、ありがたいことだったなあと今更ながらに感じていて……その、良ければだが、もう一度それをやってほしい……」

 

「なるほど……」

 大体の事情は察せた。俺をわざわざこの会に指名したのは直接会って交渉するため、散らかった研究室、伸び切った髪、痩せてように見えるのは俺がいなくなったことによって再び不摂生な生活を送るようになったから、ということか。

 

「とは言ってもなあ……それじゃあいつまで経ってもタキオンが自分で生活を送れるようにはならないじゃん」

 

「何を言っているんだい、トレーナー君?」

 タキオンがキョトンとする。そして至極当然のことを言うかのように続ける。

 

「一生私のそばにいてくれるのだろ?」

 

「はい?」

 もしかして本当に危ないくらい栄養が摂れていないのかと心配するくらいには、何を言っているのか分からなかった。

 

「さあ、私の面倒をしっかり見てくれたまえよ。この6年間、一度も私と顔を合わせなかったのだから、その分もしっかりと頼むよ」

 

 

 

【 エイシンフラッシュ】

 気まぐれの旅行でドイツにきた。なぜドイツにしたのかはよくわからないが、きっと担当のトレーニングのいいアイデアが浮かぶだろう。弟がイタリアに移住していたから、後で顔でも出そうかな?

 そういえば、旅行の目的も考えていなかった。しばらくどこへ行くか悩んだ後、ウマスタで有名になっていた菓子店が近所にあったのを思い出したのでなんとなくそこへ行くことにした。

 

 ……なんでこんな「なんとなく」で旅行しているのだろう?

 ふと頭に疑問が浮かぶ。いつもは計画をある程度立ててからする。というか大体の人はそうするだろう。自分でもこんな衝動的に海外へ行くのは初めてである。

 ま、いっか。

 

 ドイツの町並みはやはり日本とは大きく違っていて、レンガの道路に石造りの建物がずっと続いている。ドイツでは一般的な市街地を歩いているだけなのに異世界に来たのではと錯覚してしまう。

 

しばらく歩いていると、話題になっていた菓子店が見えてきた。

 

「店名は【efeu】……確かドイツ語でアイビーだったかな……」

 

店内に入ってみる。ドイツ語は元の担当からみっちりと教え込まれたため、多分大丈夫だ。

 

「いらっしゃいませ、トレーナーさん」

 

 店内に入るなり聞こえてきたのは、まさかの日本語で、しかもトレーナー呼び。そして声にも聞き覚えがある。

 

「……エイシンフラッシュ?」

 

「そうです、お久しぶりですね」

 

 少し意外だったが、彼女が学園を卒業する前に「パティシエになりたい」と言っていたのを思い出して、納得がいった。

 

「久しぶり。いい店だね」

 

「ありがとうございます。これから二人で切り盛りしていく店なのでしっかり熟慮しながら考えました」

 

「二人?誰かと共同でやってるの?」

 

「フフ、何を言っているんですか?トレーナーさん。あなたと私で経営するんですよ」

 

「……はい?」

 

 何を言っているんだ、この娘は?

 

「いや、お誘いは嬉しいけど、トレーナー業だってありますし」

 

「他の娘にうつつを抜かすような仕事はしなくても大丈夫ですよ」

 

「……それに、仮に俺と君で運営すると言ったって、俺は今日ドイツに観光に来ているだけだしなあ……」

 

「そのへんの手続きは私が行っておきました」

 

「なんで君がそこまで……ちょっと待てよ?そもそも俺はたまたまこの店を訪れただけなのに、なんでそんな『最初から来るのがわかっていた』みたいになっているんだ?」

 

「フフフ」

エイシンフラッシュはただ笑みを浮かべているだけだった。

 

「それになんで俺はドイツにいるんだ?今ってトウィンクル・シリーズの最も忙しい時期だし……」

 

 不敵な笑みを浮かべながらフラッシュはこういった。

 

「すべては、私の計画通りです」

 

 

《アイビー》

アイビーの花言葉は

『永遠の愛』

『夫婦愛』

『結婚』


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