帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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径剣流

 

 「正眼の構え」をとった竹刀の剣尖の向こうに、ミーチャの姿を置く。

 

 そのミーチャがおもむろに取った構えは、右足を引き、剣を我が身の真後ろへ隠す「裏剣(りけん)の構え」だった。

 

 ごくり、と喉を鳴らす僕。

 

 ——『径剣流』とやり合うことになるのは覚悟していたが、よりによってこんな形でなんて。

 

 これは、防具と審判に守られた競技撃剣ではない。

 

 何も身につけていない状態、ルールも無い、見守ってくれる審判もいない、純粋な剣の勝負だ。

 

 双方の得物が真剣ではなく、竹刀であることが唯一の救いである。

 

 けれど一方で、僕が最初にやってきた剣の勝負というのは、路上におけるルール無しの喧嘩試合だったのだ。経験が皆無ではない。

 

 それに——僕だって、何もしてこなかったわけじゃない。

 

 息を吸い、そして止める。

 聴覚を研ぎ澄ます。呼吸音に注意を集中させる。

 僕の後ろにいる女の子を除けば、今目の前にいるミーチャが最も近い距離にいる人間だ。その呼吸の音に耳を傾ける。

 剣と動作と呼吸を合一させることで、剣技となる。

 つまりそれは、呼吸の些細な変化から、斬りかかってくる前兆の手がかりをある程度予測することが可能ということ。

 幸い、今は周囲が静まり返っているし、ミーチャもひどく興奮した様子なので、耳を澄ませば呼吸音が結構よく聞こえてくる。

 

 次の攻撃の詳細が分からなくてもいい。

 

 前兆さえ分かればいい。

 

 そうすれば——

 

(————()()!)

 

 「前兆」を読んだ僕の左上に、「金の蜻蛉(トンボ)」が生じた。

 その「必勝の一点」へすぐさま己の剣尖を一致させる。

 同時に——ミーチャが発した神速の薙ぎ払いを受け止める事に成功した。

 

 ミーチャは驚愕し、僕は()()()と思った。

 

 『劣化(れっか)蜻蛉剣(せいれいけん)』。

 「金の蜻蛉」が僕の視界に一瞬だけ現れ、その一点に剣尖を合わせると、剣は一瞬だけ「必勝」を帯びる。

 本来の『蜻蛉剣』に比べると、ひどく不完全で中途半端な「半至剣」。

 

(だけど、『径剣流』に通用する。戦える——!)

 

 「一瞬」で相手を斬り殺す、ズバ抜けた剣速を誇る『径剣流』

 だけど、そんな「一瞬」よりも()()()()『劣化・蜻蛉剣』を使えれば、防ぐことは出来る。

 すぐにやられることはない。

 

 だけど、問題は——

 

「おっと!」

 

 ミーチャが剣を一度離したかと思いきや、今度は左からの薙ぎ払い。やはりそれも空に一瞬で刻まれる稲妻模様のごとき速度で迫ったが、それも一瞬早いタイミングで『劣化・蜻蛉剣』を発動していた僕の剣によって受け流される。

 

 左薙ぎ払いからほぼ自然な流れで「裏剣の構え」になったミーチャ。現れた「金の蜻蛉」の点光。すかさずそこへ足を移動させて剣尖を合わせ、下から上へ瞬時に描かれた一太刀から我が身を紙一重で逃す。

 

 大きく後方へ跳んで、遠間を作り、様子を伺う。

 

「……驚いた。まさかボクの『径剣流』を、三回連続で受けてみせるなんて」

 

 ミーチャが目をしばたたかせながら、僕の立ち回りをそう評する。

 

「中学生レベルの剣の腕じゃ、ボクの剣速についてこれる奴は限られてる。……光一郎(こういちろう)も、何か「持ってる」感じだったりするのかな」

 

 僕に会うたび、嬉しそうに輝かせてくれていた、綺麗な青い瞳。しかし今は敵意と憎悪を帯びた険の強い眼差しだった。それが悲しかった。

 

 そんな気持ちを呑み込み、強がるように微笑する。

 

「だったら、どうするの?」

 

「別に。依然やることは変わらないよ。この寝転がってるクズどもを庇う君を、同じようにズタズタにしてやるだけだ」

 

「そう簡単にいくと思わないでよ。……剣士として、僕は君以上に修羅場をくぐってるんだから」

 

「戯言をっ!」

 

 「金の蜻蛉」が浮かび上がったので、そこへ剣尖を合わせる。

 ミーチャの姿が消えて、現れる。瞬間移動にしか見えないほどの神速の突きが、僕の左肩の隣を弾丸のごとく通過。

 

 後方へ飛び退いた僕を、ミーチャの「裏剣の構え」からの右薙ぎ払いが追いかける。それもどうにか「金の蜻蛉」の力を借りてガードし、次に訪れた左薙ぎ払いも同じように受け流す。

 

 次も、その次も、僕はミーチャの素早い剣技を着実に防いでいく。

 

 最初は呼吸音だけが「前兆」を読む手がかりだったが、今は肩の上がり下がりという手がかりも加わった。

 ミーチャの全身をよく観察し、肩の上がり下がりで呼吸の状態を読む。観ることは僕の得意分野だ。

 

 「前兆」さえ先んじて読めれば、『劣化・蜻蛉剣』で防げる。

 

 一見すると、順調な戦況に見えるかもしれない。

 

 しかし、そうでもなかったりする。

 

(防いでばっかりじゃ、攻められない……!)

 

 そう。防御だけでは勝てない。

 

 まして僕の『劣化・蜻蛉剣』は、使用する上で結構な体力と精神力を消耗する。なおのこと長くはもたない。というか、早速キツくなってきた。

 

 何か、どうにかして、反撃する方法は無いのか——そう思いながら、終わりまでそう長くない防戦一方を続ける。

 

 ミーチャの刺突と、「必勝の一点」に一致させた僕の剣尖が、ピンポイントで一致。

 

「うぁっ……!!」

 

 刺突そのものを防ぐことはできたが、剣尖同士の衝突によってミーチャの全体重をその身で受け止めることになり、僕は後方へ大きく吹っ飛ばされた。開け放たれた控え室の扉から外へ投げ出される。

 

 転がって、壁に背中を打つ。

 

「——光一郎、大丈夫っ!?」

 

 控え室の外で待っていた峰子(みねこ)が、心配そうに訊いてくる。

 

「……大丈夫。手は出さないで」

 

 僕は手を掲げ、そう峰子に訴える。

 

「でもっ……」

 

 不安げに食い下がろうとした峰子の肩を氷山(ひやま)部長が触れ、無言で首を振る。

 

「……()()()()()()()()?」

 

 部長の問いに、僕はことさらに強気に微笑んではっきり頷く。

 

 ミーチャの狙いは今、僕一人に集中している。この状態を維持したい。

 下手にこの剣戟に、二人を関わらせたくはない。

 何より、ミーチャを止められるのは、自惚れ抜きで今のところ僕一人だから。

 

 峰子と一緒に、元来た方向へ引き返していく部長の姿を見送る。

 

 そこでふと、僕は気づいた。

 

 ここは廊下だ。

 

 前後の一本道。幅も広いとはいえない。

 

(それなら——)

 

 僕は飛び起き、控え室の扉から離れた。

 

 開け放たれた扉から、ミーチャがゆっくりと出てくる。

 

「……やっぱり光一郎は、友達が多いんだね」

 

 遠間から、僕は「正眼の構え」で待ち構える。

 

「君だってその中の一人なんだよ。ミーチャ」

 

「でもボクは日本人じゃない」

 

「ナニ人かなんてどうでもいいって、結構前に言ったよ」

 

「綺麗事言うなよ。ボクはこの帝国じゃ憎むべき敵性外国人。嫌われ者のロシア人なんだ。口では何と言おうと、心の奥底では区別してるんだろ? 意識的にしろ、無意識的にしろ」

 

 竹刀を握る僕の両手に、力がこもった。

 

「——()()()()()()()()()()()。ミーチャ。そういうことを言うと」

 

 僕と、エカっぺと、そしてミーチャ自身を、貶めるようなことを。

 

 ミーチャは「正眼の構え」を取った。僕の剣尖の延長線上にミーチャの剣尖が重なり、お互いの視線さえも重なる。鋭利な戦意と敵意を僕に向けた眼差し。

 

 互いの間合いが、少しずつ詰まっていき——()()

 

「っ!!」

 

 間一髪「必勝の一点」に剣尖を一致させた僕の竹刀が、僕の体を横へ引っ張った。

 ミーチャの雷閃じみた突きが、一瞬後に僕の直前の立ち位置を光速で貫く。

 

 前のめりになった勢いが余って体勢を崩し、壁にもたれかかる僕。

 ミーチャは鋭く振り向きながら「裏剣の構え」を取る。  

 前兆。

 そして目にも留まらぬほどの神速の一太刀が僕へ迫り——()()()()()()()

 

「っ……!?」

 

 ミーチャが息を呑む声。己の振った竹刀が、壁に引っかかって止まっていたからだ。

 

 ……廊下の幅は狭い。控え室はある程度の広さがあったからよかったが、ここで薙ぎ払いをするとなると引っかかる可能性を留意しなければこうなる。

 

 ミーチャが慌てて竹刀を引き戻したその時には、僕はすでにミーチャの間合い深くまで躍り出ていた。

 

 竹刀は左手だけに持ち、空いた右手で堅く拳を握り締め、

 

 

 

「このっ……うつけ者がぁ————っ!!」

 

 

 

 ミーチャの右頬を、思いっきりぶん殴った。

 

「うっ……!!」

 

 腕力と重みと意識をありったけ乗せた一撃は、僕より背丈があるはずのミーチャの体を大きくぶっ飛ばした。

 

 尻餅を付いてバウンドしてから、仰向けに倒れる。

 

 拳が痛い。殴るって、結構痛いものだ。人の頬骨は結構硬い。

 

「ミーチャ……もうやめようよ。こんなこと」

 

「……光一郎」

 

 ミーチャは上体を起こし、僕を見つめてくる。

 

 先ほどまで剣呑に光っていた敵意と戦意が、今は薄れていた。

 

 今なら話し合いの余地があるかもしれない。

 

「確かに、赤坂東中学撃剣部(あいつら)は君を粗末に扱った。それは腹立たしいし、あってはならないことだ。でも、暴力に訴えたところで、あいつらは君に対する見方を好転させたりなんかしない。意味が無いんだ」

 

「……ボクは」

 

()に行こうよ、次に。仲良くなれないんなら仕方ないよ。今回の件をちゃんと謝って、償って、そしたら別の居場所を探そうよ。きっと見つかるから。何なら、僕も協力するしさ。ね?」

 

「光一郎…………ボクは……」

 

 寄る辺を見つけて、すがりついてくるような目。

 

 僕はゆっくり歩み寄り、手を差し伸べる。

 

 ミーチャもまた、震えた手をおずおずと伸ばしてくる。

 

 互いの手が、触れ合うその直前。

 

「——っあがっ!?」

 

 ミーチャが突如眼をギョッと見開き、息を詰まらせたかと思うと、僕の手を乱暴に払いのけた。

 

「あ、あ、ああ、あああ……ああああああああああああぁぁぁぁ!?」

 

 さらに、頭を抱えて苦しみ悶えだした。

 

 頭の中で何かが暴れ回っていて、それに悩まされているような、そんな苦しみ方だ。

 

「ミーチャ!? どうしたのっ!?」

 

 その普通じゃない苦しみように、僕が思わず尋ねると、ミーチャは呻き声で小さく言った。

 

「に、にげ、て……こう、いちろう…………!!」

 

 ——逃げて?

 

 いったい何を言ってるんだ。

 

 額にびっしりと脂汗を浮かべたミーチャが、気が触れたようにぼそぼそと呟く。

 

「憎い……憎い、ちがう、憎い、ちがう、ちがう、ちがう、憎い、ちがう憎い、憎い、ちがう、憎い、憎い憎い憎いちがう憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイ————!」

 

 ……明らかに、ミーチャの様子がおかしい。いったいどうしたんだろう。

 

「っ————がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 喉が潰れたような雄叫びとともに、ミーチャが手元の竹刀を乱暴に振るった。

 

 僕はどうにか飛び退いてギリギリで回避。再度距離を取る。

 

 「正眼の構え」となった中段の剣尖の向こうには、むくりと立ち上がるミーチャの姿。

 幽鬼じみた物々しい気を纏い、その青い両目には再び敵意と戦意が炯々と光っていた。

 

「いったいどうしちゃったんだよ、ミーチャっ!? ねぇ、もうやめようよ!? 話を聞いてよ!」

 

「うるさい黙れ日本人っ!! 話す事なんかない! お前もボクの敵だ! 殺してやる!! 死ねっ!!」

 

 言うやいわんや、ミーチャは左足で大きく一歩前へ出ながら「裏剣の構え」を作り、そこから雷光じみた速度で竹刀を薙ぎ払ってきた。

 

 ソレが発せられる一瞬前に、僕は右側後方の「金の蜻蛉」に竹刀の剣尖を合わせるべく一歩退いていて、それによってミーチャの薙ぎ払いを紙一重で躱せた。

 しかしすぐに今度は左側からの神速薙ぎ払い。それも「金の蜻蛉」に従うまま受け流す。

 

(ホントに太郎くんには感謝の言葉も無い……『劣化・蜻蛉剣』が無かったら、打つ手無しでボッコボコにされてるよコレ…………!!)

 

 『径剣流』の剣速に舌を巻き、同時にそれを辛うじて防げている『劣化・蜻蛉剣』の存在へのありがたみを痛感する。

 左からの薙ぎ払いを振り抜いた末に「裏剣の構え」に戻ったミーチャから、再びの右薙ぎ払い。それも「金の蜻蛉」の力で()()()

 

 左薙ぎ払い、右下からの斬り上げ、右薙ぎ払い、左薙ぎ払い、右薙ぎ払い、左薙ぎ払い、右下からの斬り上げ——光みたいな速度で襲い来る太刀筋の数々。

 

 それらをどうにか『劣化・蜻蛉剣』頼りで完封しきっている僕だが、これはハッキリ言って地獄の釜に垂らされた蜘蛛の糸だ。捕まっていれば地獄に落ちずに済むが、いつ切れるか分からない、か細く頼りない命綱。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 度重なる『劣化・蜻蛉剣』の乱発で、急速に疲労が蓄積してくる。

 すでに顔は汗まみれ。四肢の芯にも酸っぱい疲労が宿ってきていて、動きが鈍り始めている。

 

 『劣化・蜻蛉剣』は、()()()()()()()()()僕の至剣『蜻蛉剣』の出来損ないだ。いわゆる「半至剣」。

 しかし、本質的に至剣と同じであることには変わらない。

 そして至剣とは、技というより「身体機能」に近い感覚で用いる。その個人にしか存在しない「身体機能」として。

 筋肉を使い過ぎれば筋肉痛になるのと同じように、「身体機能」である以上、酷使すれば当然ながら体に負担がかかる。

 まして、至剣を中途半端に発動させている「半至剣」であれば、その負担はなおのこと強いだろう。

 

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はぁ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………!!」

 

 コレは僕の息切れじゃない。

 

 ミーチャのものだ。

 

 稽古着から出た手と首と、顔。人種に由来する色白さを持った彼の肌には、結露のごとくびっしりと汗が浮かんでいる。

 

 四肢には疲労で震えが宿っており、構える姿もややへっぴり腰だ。

 

 明らかに疲れ果てている様子。

 

 同じような有り様の僕は、共感を覚えながら言った。

 

「……()()()()()()、ソレ」

 

 そう。

 ミーチャが使う『径剣流』もまた、()()()()()()()()()()

 はるか昔の至剣流皆伝者が、己の至剣を他の人でも使えるようにと体系化させた剣である。

 しかし、本質的には、やはり至剣。

 まして、もともとは他人の至剣だ。使いすぎればなおのこと疲れるだろう。

 

 図星を突かれたようにミーチャは目を見開き、それからキッと僕を再度睨む。息切れと疲労度も相まって、まるで手負いの獣のような形相だった。

 

「ミーチャ、君はこれまで全ての試合を、一瞬で終わらせてきた。だから疲れやすいっていう『径剣流』の弱点を気にしなくて済んだ。でも今、君は何度も『径剣流』を使う必要に駆られて、今まで気にせずに済んだその弱点に足を引っ張られている」

 

「黙れっ……知ったふうな口をきくなっ!!」

 

()()()()()()()()()()()

 

 僕は遠間に立つミーチャに剣尖を向け、刺すように言い放った。

 

「ミーチャ、降参しろ。君はもう僕には勝てないよ。そんな状態じゃ、満足に『径剣流』は振るえない。そして『径剣流』を抜きにした他の剣術でなら、僕は君よりも強い」

 

 我ながら大した痩せ我慢だと思った。僕も『劣化・蜻蛉剣』の使いすぎでもうほぼヘトヘトだというのに。

 

 ミーチャは神経を逆撫でされたのか、歯を剥き出しにして、猛獣のように激昂した。

 

「舐めるな光一郎っ!! ボクの『径剣流』は最強なんだぁぁぁっ!!」

 

 「裏剣の構え」を取ろうとするミーチャ。

 

 それに対し——僕は駆け出していた。

 

 震える両脚に鞭打って全力の瞬発力を発揮し、ミーチャの間合い深くまで踏み込んで、左手でその左手首を掴んだ。()()()()()()()()()

 

 間近にあるミーチャの憎悪の表情を真っ直ぐ見つめながら、僕は淡々と答える。

 

「もう一つあるよ。『径剣流』の弱点。それは——()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ」

 

 ミーチャの両目が、またも図星を突かれたようにギョッと見開かれた。

 

 ——そう。それこそが、『径剣流』の弱点の一つ。

 

 あの神速の斬撃を放つ前、ミーチャの全身の筋肉は頑ななまでに最初の構えを堅持していた。どんな状況であっても。柔軟さに欠けるくらいに。

 

 さらに、太刀筋の角度、技の始終の動きも、常に一定だった。まるで書写の授業のノートのなぞり書きを行うように。不気味なほど正確に。

 

 極め付けは、連撃における()()()()()()()()だ。

 ミーチャは連撃を行う際、必ず最初に「裏剣の構え」を取ってからスタートしていた。

 そこから続く攻撃パターンは、主に二通り。

 ——右薙ぎ払いを放ってから、次に左薙ぎ払いをして、「裏剣の構え」に戻る。

 ——右下から斬り上げる。

 このパターンから逸脱したことは、これまで見た中で一度も無い。

 ()()()()()()()()

 

 なぜなら、全ての技の()()()()()が、かっちりと定式化されているから。

 おそらくその「定式」を少しでも破れば、あの神速の剣技は使えないのだ。

 そうであれば、あの凝り固まった動きや連撃パターンにも説明がつく。

 

 すでに僕はそのように、ミーチャの『径剣流』における動きの法則を()()()

 掴んだ今となっては、至極読み易い。

 もう『劣化・蜻蛉剣』が要らないくらいに。

 

「君の『径剣流』は強いけど、完璧じゃない。これだけに頼ってたんじゃ、僕には勝てない」

 

「ふざけるなぁっ!! 『径剣流』は最強だ!! ボクが未熟なせいだ!! 八つある型の中で、まだ四つしかまともに使えないからっ!! だから『径剣流』は悪くない!! 『径剣流』を馬鹿にするな!! 『径剣流』まで否定するなぁぁぁっ!!」

 

 血を吐くようなミーチャの訴え。

 

 人種で否定するだけでなく、自分が日本人と仲良くするための努力の証まで否定するな。

 

 そのように聞こえた。

 

 ——もう言葉だけじゃ、分かり合えない。

 

 乱暴に僕の左手を振り解こうとしたミーチャの顔面に、僕はすかさず額をぶち当てた。

 

「ごぁっ……!」

 

 額にじぃんと鈍い痛みが響くとともに、ミーチャのくぐもった呻き。

 

 僕は竹刀を左手に持ち替え、右手を拳にした。

 

 全体重ごと、右拳を前へ進め、

 

「いい加減目を覚ませ、この大馬鹿野郎————っ!!」

 

 ミーチャの左頬に、もう一度思いっきり叩き込んだ。

 

 硬い手応え。そのさらに先へ突っ切る気持ちで、体重と拳を進める。

 

「がぁっ——!?」

 

 ミーチャの体が床にワンバウンドし、仰向けに倒れた。

 

 体を震わせながら起きあがろうとするが、失敗。それを何度も繰り返す。

 

 もう、体力の限界なんだろう。

 

 かくいう僕も、竹刀を杖のようにして、片膝をついていた。

 体が燃えているように汗を流し、間隔の狭い呼吸を繰り返す。

 

(やばい、もう、そろそろ限界かも……)

 

 それでも、ミーチャへの残心は忘れない。

 

 もしも再び起きあがろうものなら、僕も立ち上がって応戦しなければならない。

 

 だが、そこへ。

 

「光一郎っ!!」

 

 峰子の声。

 

 振り返ると、峰子と部長、そしてその後方からたくさんの大人がぞろぞろと来ていた。

 

 ——人を、呼んでくれたんだ。

 

 それを見て安堵を覚えた僕は全身を弛緩させ、その場で安らかに崩れ落ちたのだった。

 

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