帝都初恋剣戟譚   作:新免ムニムニ斎

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プール、そして待望の水着《上》

 一日(いちじつ)千秋(せんしゅう)——僕のここ一週間の心境を四文字で表すならば、これをおいて他に無い。

 

 (きた)るべき七月十四日、日曜日。

 

 その日、僕らは日頃の稽古の息抜きとして、区民プールで遊ぶことになっている。

 

 プールとは何か?

 それは、水練ないし水遊びのために設けられた、巨大水槽。

 水遊びとはどんな格好でやるのか?

 もちろん、水着。

 そう、水着。

 水着である。

 水着以外にない。

 

 そして——(ほたる)さんもそのプールに来て一緒に遊ぶというのである!

 

 うそでしょ!?

 こんなことってある!?

 なんたる僥倖(ぎょうこう)

 八百万(やおよろず)の神々に感謝! (みかど)に感謝!

 わっしょいわっしょい!

 

 ずっと見たいと漠然に思っていた螢さんの水着姿が、ようやく拝めるのだ。

 

 好きな女性の半裸を合法的に見ることができるのだ。これに心躍らないわけがない。でなきゃ男じゃない。

 

 そういうわけで、僕ら撃剣部員+2が訪れたのは、岩本町(いわもとちょう)にある区民プールだ。

 

 屋内外両方に大きなプールがある。夏以外の時期は温水プールであるため、一年を通して楽しめる。さらに屋外プールにはウォータースライダーもあったりする。 

 

 今は夏真っ盛り。プールや海水浴のシーズンであるため、当然人も多かった。

 

 僕らもまたその人の群れの一部となって施設に入場し、更衣室で水着に着替えた。

 

 水着のバリエーション豊かな女性と違い、僕ら男の水着は基本的に上半身裸で海水パンツ一枚だけだ。おまけに女の人は日焼け止めなんかも塗ったりするみたいなので、必然的に女子部員は僕らよりも着替えが遅くなる。

 

 いち早く屋外プールに来た僕ら男子部員一同は、各々のリアクションを見せながら女子部員の到着を待っていた。

 

「……俺さ、今思うんだ。レギュラーでもない俺らが、それでも今日まで稽古を頑張ってきたのって…………今日、この日を迎えるためなんだって」

「学校水着以外の女子の水着姿が見られるなんて、夢みてーだ……」

「ビキニビキニビキニビキニビキニ……!」

「くそっ、氷山(ひやま)部長のシックスパックはまだかっ……!」

 

 プールサイドに固まって集まった男子諸兄は、内に秘めたスケベ根性を隠しもしていない。

 

 やれやれ、男っていうのは本当に単純な生物だなぁ。まったくどうしようもないよ。

 

(螢さんの水着螢さんの水着螢さんの水着……!!)

 

 まあ、かくいう僕も、そんなどうしようもない生物の一匹なんですけどね。

 

 やばい、どきどきする。夏の暑気以外の理由で体が熱い。

 くるんだ。とうとう。あと数分、数十秒後に、螢さんの水着姿が……!

 水場であるというのと、犯罪になる可能性があるという理由で、スケッチブックは持ち込めない。なのでこの眼で細部まで捉えて、心のフィルムに焼き付けるのだ。

 

 早鐘(はやがね)を打つ心音をカウントダウンのように感じ取りながら待ち続け——やがて「その時」はやってきた。

 

 その素肌に各々の水着を纏った半裸の女子部員らが、近づいてきた。

 

 非日常的な肌色パラダイスに、男子どもが色めき立つ。

 

「うわ、男子の目がやらしー」「あんまこっち見んなー変態ども」「こいつらと同じプール入りたくなーい、妊娠するー」女性陣は若干引き気味だが、それでいて声に楽しげな響きがあった。泳げるのが楽しみなのだろう。

 

 僕は水着女子の中へ何度も視線を巡らせるが……螢さんがいない。

 

「……望月さんなら、まだ着替え中よ」

 

「わっ」

 

 突如横から聞こえてきた面白くなさげな声に驚く。僕の隣には峰子(みねこ)がいつのまにか立っていた。

 

 男子諸兄がまたも感動めいたため息をもらす。

 ……峰子の水着は、空色のビキニだった。

 その小柄な体は、日々の鍛錬のせいか女性的に柔らかそうでありつつも引き締まった感じが見られ、余分な脂肪が見当たらない。

 大人の女性らしさの出始めた血色の良い肢体に、ビキニのパンツとブラというちっぽけな布切れのみを纏っているそのありさまは、なるほど男子が興奮するのも無理はない。何より、

 

「峰子って結構胸大き——あ、やべっ」

 

 ついポロッと本音が出てしまい、僕は愚かな我が口を思わず塞ぐ。いけない、つい冷静に観察しすぎて、言葉を慎む意識が薄れていた。

 

「…………貴方って正直な人ね。心配なくらいに」

 

 蹴られるか横っ面を叩かれるのを覚悟したが、峰子は頬を少し赤らめて上目遣いで睨むだけで、それ以上はしてこなかった。

 

「ごめん…………その水着、似合ってるよ。明るい感じがして可愛い」

 

「…………ありがと」

 

 峰子はそっぽを向く。頬の赤みをさらに濃くし、ラメ入りビーズの髪飾りで纏めた短いポニーテールを指先でいじる。

 

「光一郎も……結構引き締まっているのね、体。もうちょっと痩せっぽちかと思っていたけど」

 

 僕の方へチラチラ視線を送りながらの峰子の言葉に、僕は「そ、そうかな」と曖昧に答えた。

 

「ええ。すごくよく鍛えられてるのが分かる。……ねぇ、少し触ってみてもいいかしら?」

 

「ええっ?」

 

「なによ、断る気? 私の胸を視姦したくせに」

 

「シカンって…………まぁ、いいですけど」

 

 渋々了承した僕のお腹を、峰子の細い指先がそっとなぞる。なんだかくすぐったい。

 

「……すごい。男の子の体って、やっぱり硬いのね」

 

「ちょ、峰子、くすぐったいんですけど。あはっ、脇腹はだめだって」

 

「腹斜筋を触っているだけよ。変な反応しないでくれるかしら」

 

「変な触り方するからだよ、峰子のすけべ」

 

「どっちがよっ」

 

 ぺちんっ、と峰子が僕のお腹を叩くのと、他の女子が嬉々としたざわめきを発したのは同時だった。

 

 彼女らの視線の先には、水着姿の氷山部長がやや恥ずかしそうに立っていた。

 

「おおっ」

 

 僕もそれを見て、思わず感嘆を口からもらしてしまうほどだった。

 

 部長の体を一言で形容するなら「高弾力の細い鋼」だろうか。

 胴体から伸びる四肢と首は、女性らしい細さと肌のツヤをもちつつも、どこか筋張った感じがあった。

 胸はスタイルとアンバランスにならない程度の控えた大きさで、何より、砂時計じみたくびれを持った腰の中央には——綺麗に六つに割れた腹筋。

 女性らしい曲線美に男性的な感じも混じっている、よく鍛えられた中性的肢体に、黒いスポーツビキニを着用している。

 

 女子部員も、そして通り過ぎる女性客も、みんなドギマギした怪しい視線を部長の体に送っている。

 

 それらを一身に受ける部長は、その凛とした中性的美貌を少し赤く染めて我が身を抱いた。

 

「あまり見ないでくれ……さすがに恥ずかしいぞ」

 

 そんなリアクションがさらに心をくすぐったのか、女子部員が部長の周囲に集まってきゃぴきゃぴ騒ぎながら腹筋を触りだした。さっき更衣室であんなに触ったじゃないかっ、と部長は困り気味。

 

「……嗚呼、もう一度、あの魅惑のシックスパックを拝める日が来るなんて…………生きててよかった……」

 

 そんな部長に向かって、新山くんが合掌していた。周囲の男子が良かったなとか夢が叶ったなとか今夜は大変だなとか優しい言葉を告げる。

 

「——やれやれ、みんな楽しそうでいいわねぇ」

 

 撃剣部員のから騒ぎを見守る僕の隣に、水着姿のエカっぺが静かに歩み寄ってきた。

 

 僕は彼女に、気を遣うように問うた。

 

「エカっぺ……その、大丈夫だった?」

 

「何がよ?」

 

「いや……エカっぺは、撃剣部じゃないし。それに……」

 

「あたしは部員から良く思われてないって? 大丈夫よ。隅っこで静かに着替えてたし、女子部員の方もあたしを居ないモノとしてみなしてたしね。てかねコウ、勘違いしてもらっちゃ困るけど、そもそもあたしは「撃剣部の息抜き」に参加した覚えはないの。あたしはあくまで個人的にこのプールに遊びに来ただけなの。そこで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだからね」

 

 その上手い屁理屈に、僕は思わず吹き出した。なるほど、確かに個人的な理由で来たのなら、そこに口を挟まれるいわれは無いだろう。やっぱりエカっぺは僕よりも賢い。

 

「そんなくだらないことよりさぁ、他にあたしに言う事は無いのかしら、コウ?」

 

 エカっぺはその場で洒落たポーズで(たたず)み、責めるような、何か期待するような青い瞳を僕に向けた。ショートに切られた地毛の金髪が、真夏の陽光を受けて白っぽく輝いている。

 

 僕は彼女の立ち姿を注視し、そして今更ながらドキッとした。

 

 同じ中学二年生とは思えないスタイルの良さだった。

 人種に由来する色白な肌に陰影をくっきり作っている鎖骨は、まるで女神像を思わせる。その下部には、花柄のビキニブラを大きく形良く膨らませている胸。

 砂時計のような腰のくびれは、無駄な肉がついていない細さでありながら柔らかさと滑らかさが見てとれる。氷山部長と違い、女性らしさの強い腰つき。

 ブラと同じ柄のビキニパンツから伸びる両脚はスラッと長く、そして程良い細さ。白い素肌の光沢は輝かんばかりだ。

 

 一七〇センチ弱はある美しい肢体の頂点にある、気丈さと愛嬌が同居した顔立ちは、意地悪そうに笑っていた。

 

「あによぉ? 言いたい事があるなら言えばぁ? 素直に、言葉にしてさぁ」

 

 やや期待のこもったような口調で言われたので、素直に言葉にさせていただく。

 

「……前から思ってたけど、エカっぺってスタイルすごく良いよね。背高いし、胸も大きいし、腰も手脚もほっそいし。あと、肌も綺麗だし。まるでモデルさんみたい」

 

「やだぁっ、なにマジマジ見てんのぉっ? このすけべ!」

 

 エカっぺは恥ずかしそうに笑いながら、その長い足で僕の右(すね)をべしべし蹴ってくる。あんまり痛くない。

 

「あ、ちょっ、峰子っ? 君までなにさっ? いたっ、痛いっ」

 

 かと思えば、僕の左脛を峰子がべしべしと蹴ってくる。こっちはちょっと痛い。

 

 ジトッとした目をエカっぺに向ける峰子。それをフフンと得意げに笑ってやりすごしているエカっぺ。

 

 この状況をどうしたらいいのか考えていた時だった。

 

 

 

「——コウ君、おまたせ」

 

 

 

 福音が鳴った。

 

 待ちに待った声。

 

 螢さんの声。

 

 女の子二人も僕を蹴るのをやめて、声のした方を見る。

 

 僕も同じくそちらを見て、

 

「——ほわっ」

 

 想い人の艶姿(あですがた)に、意識が一瞬飛びかけた。

 

 螢さんが纏っていた水着、それは——

 

「……学校水着?」

 

 そう。峰子の言うとおり。

 学校の水泳授業で使われている、紺色のレオタード型水着である。

 平坦な胸部の布地には「望月」と書かれた名札が縫い留められていた。それが如実に学校指定感を物語っていた。

 

「これしか、なかった」

 

 峰子の指摘に、螢さんは答える。淡々としているようで、少し声が先細っている。恥じらいがあるのかもしれない。

 

 ——なにを恥じらうことがあるのでしょうか。十二分に魅力的でございます。

 

 意識が鮮明に戻った僕は、彼女の美しい学校水着姿を細部まで一気に視認した。

 いつもは降ろしてある綺麗な長い黒髪は、今は後頭部でおだんご状に結ってある。彼女の細く滑らかそうな首から後方の景色が見えて、すっきりした感じがある。

 半円形に形どられた学校水着の襟の内側にある白い素肌には、雪原の盛り上がりを思わせる控えめに浮き上がった鎖骨のライン。そこから左右へ視線をなぞれば、つるりとした丸みを帯びた線の肩口と、微かにもっちりとした感じのする閉じた(わき)のライン。

 そこからさらに下半身へ続く、線の細い腰。体の曲線はなだらかだが、しかし骨盤の辺りはしっかり女性らしく広がりを見せている。女性の骨盤が広いのは、妊娠と出産をするためなのだ。

 鼠蹊部(そけいぶ)の斜めのラインで水着の布地は終わっている。そして素肌と布地の境目には、よぉ——く見ないと分からないくらいに微かな()()()()があった。一見肉付きが薄いように見えるが、ちゃんと女性らしい肉付きがあるのだ。 

 その食い込み境界線から下へ伸びる、(つや)やかな御御足(おみあし)。細いが貧弱な感じはしない。強靭なバネを極限まで細く圧縮させ、それを最高級の絹で包んだような、美しく(つよ)い脚。

 

 …………良き。

 

「……あまり見ないで欲しい。わたし、この二人みたいに恵まれた体型ではないから」

 

 淡々と自己卑下をする螢さんに、僕は力強くNOを突きつけた。

 

「そ、そんなことありませんよ! 素敵です!! 本当です!! 螢さんの水着姿を今見ただけで、七割くらいここへ来た意味があります!! どうか自信を持って!!」

 

 嘘じゃない。実際僕はコレが楽しみで、今日このプールに来たのだから。螢さんが来なかったら、僕は今頃男泣きしていたかもしれない。それくらいだ。

 

 それに見てよ、太陽の光が作り出す螢さんの影。水着は着てるのに、影の輪郭は全裸となんら変わらない。もうこれって実質全裸なのでは? こんなえっちな格好が許されていいんですか?

 

「……ありがとう」

 

 いつもの無表情でこくんと頷いて告げる螢さん。

 

「その……よろしければ、その場でくるっと一回転してくれませんか」

 

「こう?」

 

 僕の注文のまま、螢さんは片足の親指を軸にバレエのように綺麗な一回転。

 そのたった一度の回転から、僕は数多くの情報を見出した。

 背中! 螢さんの、背中! 水着の輪郭によって丸く露わになった、背中の素肌! こんなに広い面積の背中を見るのは初めてだ。白く瑞々しい肌、浮かび上がった肩甲骨……まるで天女の羽衣のごとし。

 お尻も控えめながら、しかし確かな肉感を帯びて膨らんでいる。水着と肌の境目の食い込みは前から見るよりずっと顕著。まるで小ぶりな桃のようである。

 振り向きざまに、螢さんの体型を真横から見れた。やはり体は肉付きに乏しく薄め。しかし僕は確かに見た。螢さんの胸部の、ほんの微かな膨らみの気配を。限りなく平面に近くはあるが、決して平面にあらず。

 

「コウ君、どうしたの? そんな前屈みになって」

 

「い、いいえ、別に」

 

 やばい。何がやばいって、下半身の血流が()()に痛いくらい集中しまくっていてやばい。鎮まれ僕の血潮。その情熱を発露させるべき場所はここではない。

 

 ああ、今日、本当に、来て良かった。

 いや、今日まで、生きてて良かった。

 僕は今日という奇跡を、再び八百万の神々に感謝した。

 

 ……エカっぺと峰子が、そんな僕を産業廃棄物でも見るような目で睨んでいるのには、気づかないフリをした。

 

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